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第48話 注意をそらせ

「ダメだ。カオスすぎて頭がついていかねぇ」


 藤塚さんが吐き捨てるように言った。

 全世界ネット配信だのSSランクダンジョンのモンスターだの、確かに全く訳が分からない。


「一旦退避!!」


 石狩さんの号令で、俺たちは浅川さんが部屋の隅に作ったシールドの中に逃げ込む。


「くっそ…。さすがにマーダーコングはやべえだろ…」

「十二竜からのマーダーコングはまずいわね。しかも先陣って言ってたから、あれを倒しても他のモンスターが出てくるはずよ」


 浅川さんも四桜さんも顔をしかめた。

 いかに最強の探索者たちといえども、さすがに息が上がっている。


「柏森」


 石狩さんが少しためらう素振りを見せながら言った。


「あいつ相手に粘れるか」

「石狩さんたちのサポートなしにですか?」

「そうだ。さすがに俺らもこのペースで戦い続けてたら壊れちまう。回復するまでの間、時間稼ぎは出来るか?」


 倒さなくてもいいならいけるか…?

 さっきボス部屋に響いた謎の声は、ただひたすらに殴るだけの脳筋と言っていた。

 逃げて逃げて逃げ回るだけなら…。


「石狩さん、マーダーコングの特徴を簡単に教えてください」

「そうだな。あいつはスキルを使わず暴れまわるだけだ。それでもたくさんの探索者を葬ってきたのは、その圧倒的なパワーと巨体に見合わない俊敏な動きのおかげ。攻撃範囲も広いし一撃一撃の威力も半端じゃない。おまけに、全身の筋肉が厚くてなかなか攻撃が通らない」

「ほぼ無敵じゃないですか…」

「いや、ちゃんと弱点もある。右肩だ」

「右肩?」

「ああ。どういうわけか、マーダーコングの右肩の関節は強度が低くなっている。左の拳と右の拳を比べても、右の方が弱い」


 弱いと言ってもえげつない威力なのだろうが、はっきりした弱点があるのはせめてもの救いだ。


「ねえねえ、石狩さん」


 ララが石狩さんに尋ねる。


「スキルを使わずにただ殴るだけでダメージを与えるって、そんなことが可能なんです?」

「いい質問だな。確かに、俺たちがモンスターにダメージを与える場合はスキルや専用の武器を使う必要がある。俺たちが力いっぱい殴ったところでモンスターたちは痛くもかゆくもないわけだ。でも、もし手に特殊なメリケンサックなんかをつけていたらどうだ?」

「専用の武器ならダメージを与えられる…」

「その通り。要は、マーダーコングの拳自体がダメージを与えられる武器なんだよ」

「なるほど…」


 ごく稀にだが、人間の中にも体の一部を改造して武器にしている探索者がいる。

 それと似たようなものなのだろう。


「俺らは四桜の手を借りながら回復する。それまでの間あいつの気をそらしてくれればいい。やれるか?」

「やれます。というかやります」


 俺は力強く答えると、ゆっくりとこちらに近づいてくるマーダーコングを見据えた。


「早倉さんも後方支援をお願いします。静月もできるよな?」

「もちろんです」

「任せといて」


 石狩さんたちが余計な心配をせずに回復できるよう、マーダーコングをシールドから遠い位置に保つ。

 それが俺のミッションだ。


「行ってきます!!」

「頼んだぞ」


 俺は勢いよくシールドから飛び出し、大きく手を叩いてマーダーコングの注意をこちらに向けた。

 シールドに向かっていたマーダーコングは進路を変え、俺に向かってのそのそと進んでくる。


「【グラウンドウォール】!!【グラウンドウォール】!!【グラウンドウォール】!!」


 少し距離を取って自分をコの字型に囲んだ。

 土壁を壊そうとマーダーコングが左腕を振りかぶったところで、素早く移動しコの字のスペースを抜け出す。

 マーダーコングのパンチが、一瞬で3枚の土壁を粉砕した。

 かすっただけで骨が折れそうな攻撃だ。

 絶対に食らうわけにはいかない。


「【奇術トリック・イグニッション】!!」


 早倉さんの放った燃える矢がマーダーコングの後頭部に突き刺さる。

 それを右手で引っこ抜いて投げ捨てると、マーダーコングはみんなのいるシールドの方へ向き直った。

 そこへすかさず、俺が逆方向から攻撃を仕掛ける。


「【ヘルフレイム・ネット】!!」


 レベルの差がありすぎて大したダメージにはならない。

 それでも、相手の気をそらせれば十分だ。

 おまけにマーダーコングは脳筋。

 攻撃が飛んでくれば、すぐにそちらへ方向を変える。


「【ブラック・キャノン】!!」


 静月が大砲で打ち出した攻撃が、見事にマーダーコングの背中を捉えた。

 やはりシールド側へ注意が向いた隙に、俺は次の段階へと移る。


「【分身】!!」


 素早く2人に分かれ、シールドから均等に距離を取って正三角形を作り出す。

 この中心にマーダーコングをとどめ続けるのが理想だ。


「【ヘルフレイム・ネット】!!」


 本当は【跳躍】からの【シックススラッシング】なども使いたい。

 しかし、万が一その次の攻撃でマーダーコングの気を引けなかった場合、空中であの大きな拳を避けるのは不可能だ。

 安全を考えれば、【ヘルフレイム・ネット】や【ポイズンジェット】などのスキルで攻撃するのが無難といえる。


「【奇術トリック・フローズン】!!」

「【ポイズンジェット】!!」

「【ヘルフレイム・ネット】!!」

「【ブラック・キャノン】!!」


 いける!!

 度重なる攻撃に、マーダーコングは三角形の真ん中で右往左往しているだけだ。

 このまま続けていれば…


「グガァァァァ!!」


 マーダーコングは大きく雄たけびを上げると、思いっきり自分の胸を叩いた。

 ゴリラでいうドラミングというやつだろう。


「柏森!!急いでマーダーコングから距離を取れ!!」

「分かりました!!」


 多くのモンスターには、攻撃してくる前に何かしらの前兆がある。

 今のがマーダーコングのそれだとすれば、強烈な攻撃が来るはずだ。


「グガァァァァ!!」


 マーダーコングはもう一鳴きして、ぐっと膝をかがめた。

 とてつもなく嫌な予感がする。


「やばいって!!」


 予感通り、マーダーコングは高く飛び上がった。

 その体は放物線を描いて片方の俺へと飛んでくる。


「うわわわわ!!」


 猛ダッシュで回避しようとするが、間に合いそうにない。

 死んだ…。


 そう思った瞬間、何ともタイミングの良いことに【分身】の効果継続時間が終わった。

 2人だった俺が1人になる。

 そしてその体は、マーダーコングが飛び上がったのとは逆の場所で1つになった。 

 何もない地面に巨体が墜落する。


「ギリギリセーフ…」


 何とも言えない幸運に冷や汗を流す俺だった。

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