第22話 深爪スラッシャー
俺が立つのは、ボス部屋の扉の前。
この中に、ボスモンスターのグリーンエアツリーがいる。
モンスターをスキルベースで分類すると、大きく2つのタイプに分類される。
1つ目は、まあまあな強さのスキルを複数所持しているタイプ。
《AD-100ダンジョン》でいえばウィンドツリーがこのタイプで、【ストームリーフ】や【トルネードリーフ】などのスキルを持っていた。
もっと雑魚のモンスターでいえば、スライムなんかも一応このタイプに属する。
【体当たり】、【分身】、【粘膜シールド】と3つのスキルを持っているし。
対して2つ目が、強力なスキルを1個だけ所持しているタイプだ。
これから向かうボス部屋の、グリーンエアツリーがこのタイプに当たる。
グリーンエアツリーの【ガスコントロール】は、暴風を起こしたり、酸素を奪ったりと破壊力抜群のスキル。
暴風を起こされては近づけないため、攻撃にも防御にもなるというスキルだ。
「ああなったら、ああしてこうして…」
頭の中で一通りの確認とシミュレーションを済ませる。
酸素ボンベを使用可能な状態にして装着し、問題がないことを確かめると、俺はボス部屋の扉を開いた。
ボスモンスター、グリーンエアツリー。
幹も枝も葉も全てが緑色で、その高さは普通の一軒家くらいある。
目があるのかは分からないが、ボス部屋に入ってきたソロの探索者を認識したようだ。
グリーンエアツリーが、左右1本ずつある太い枝を動かした。
こうしてみると、左右の枝がまるで人間の腕のように見える。
グリーンエアツリーが右の枝を高く上げた時は暴風の、左の枝を高く上げた時は酸素が奪われることの兆候らしい。
グリーンエアツリーの右枝が動いた。
暴風が起きる。
「【グラウンドウォール】!!【グラウンドウォール】!!【グラウンドウォール】!!【グラウンドウォール】!!」
俺は連続で土壁を展開した。
四方全てを土壁が隙間なく覆い、簡易的なシェルターが出来上がる。
俺はその中心に、すっぽりと隠れた。
これなら、いくら暴風が吹いてこようが飛ばされる心配はない。
俺が隠れると同時に、風が吹き始めた。
初めは、穏やかで心地よいそよ風。
しかし風はどんどんと強くなっていき、土壁にぶつかってうなり声のような音を上げる。
ただ、土壁シェルターの中で体育座りをしている俺には一切届かない。
やがて風は、まさに台風の暴風域、それも超大型台風レベルの風へと発展した。
それでもなお、強さを増していく。
それに伴って、風の唸り声も大きくなっていった。
もし俺が今このシェルターから体の一部を出そうものなら、その部分だけちぎれて飛んでいくんじゃないかというくらいの強風が、ボス部屋の中に吹き荒れる。
酸素を奪われる奪われない以前に、この暴風の中では息ができないんじゃないだろうか。
《AD-100ダンジョン》で命を落とす探索者はそのほとんどが窒息死らしいが、その原因の一端はこの風にもある気がする。
5分くらい経っただろうか。
鼓膜が破けそうな轟音が、ピタリと止んだ。
俺は恐る恐る、右手をシェルターの上に出す。
右手に異常な感覚はない。
全くの無風状態だ。
俺は土壁の一部を崩して外に出た。
見ると、グリーンエアツリーの左枝はもうすでに高く上がっている。
「休む間もないな。まあ、今まで休んでいたようなものか。」
酸素ボンベのせいで若干こもった声で呟くと、俺は目の前にいるでっかいブロッコリーを見つめた。
左枝が勢いよく振られる。
酸素が、奪われた。
といっても、酸素は目に見えないから「ああ!!酸素が消えた!!」とはならないのだが。
俺は慎重に呼吸する。
大丈夫だ。酸素ボンベは正常。
しっかり息が出来る。
ただ、酸素ボンベは無限に酸素を生成してくれる訳ではない。
今回は機動力も重視して小型のものを選んだので、あんまりスーハ―息を吸ってるとあっさり酸欠がやってくる。
出来るだけ早く、決着をつけないと。
それでもまずは、ここへ来た目的を果たすところからだ。
「【複製転写】。」
俺は無駄に酸素を使わないよう、仕方なく小さな声で言った。
「【ガスコントロール】。」
[スキル【ガスコントロール】を複製しました。転写しますか?]
「Yes。」
[スキル【ガスコントロール】を転写しました。]
[スキル【ガスコントロール】を習得しました。]
ふう、目的達成。
さてと、まずはダメもとで…。
「【ヘルフレイム・ネット】!!」
俺は、物は試しと獄炎の網を放った。
ただもちろん、それがグリーンエアツリーに絡みつくことはない。
酸素のないところで炎が燃えるはずがないのだ。
いくら「魔王」でも、世界の物理法則を思いっきりねじ曲げることは出来ない。
「やっぱり、あれか。」
ぼそっと呟くと、俺は靴と靴下を脱いで丁寧に揃えた。
裸足の状態でグリーンエアツリーと向かい合う。
どうでもいいが、俺は深爪派だ。
昨日、爪を深々と切ったばかりの自分の足を見つめると、俺は跳んだ。
「【跳躍】!!」
俺はグリーンエアツリーよりも高く飛び、空中で思いっきり膝を曲げた。
【シックススラッシング】では1度に6個の斬撃が放てて、それが5度で計30個。
習得時に確認したところによると、与えられるダメージは1個の斬撃あたりで攻撃力×10%だから1度に攻撃力×60%のダメージを与えられる。
それが5度で最終的に与えられるダメージは攻撃力の300%だ。
ただ、このグリーンエアツリーは12330のダメージを与えなければ倒れない。
これは俺の攻撃力の450%にあたる。
【ヘルフレイム・ネット】なら90秒抑えつけるだけで与えられるダメージだが、【シックススラッシング】ではグリーンエアツリーの体力を削りきれない。
それでも【ヘルフレイム・ネット】を除けば【シックススラッシング】が最大火力だし、これで削れるだけ削るしかないだろう。
俺は足首もしなやかに使いながら、両足を力強く振った。
「【シックススラッシング】!!」
覚えたてのスキルで、俺はブロッコリーを刻みにかかる。
1度目の斬撃で、グリーンエアツリーの幹へ斬り傷がついた。
足を振るたびに、その傷が深くなっていく。
良かった。
深爪でも、斬撃飛ばせてる。
そして、5度目の斬撃。
思いっきり足を振ると、俺は次の攻撃スキルを発動しにかかった。
地面に着地し、そびえ立つグリーンエアツリーに向かって…
ん?
グリーンエアツリーが、グラグラとよろめいている。
そして、ズシーンという大きな音と共にその巨体が倒れた。
「え?何で?」
俺が今与えたダメージでは、グリーンエアツリーの体力を削り切れていないはず。
それでも、グリーンエアツリーは倒れた。
いや、ただ倒れただけで体力は0になっていないということもあるか。
[ボスモンスター討伐を確認しました。ダンジョン攻略成功です。]
お?おお?おおお?
俺は、自分が計算ミスをしたのかと【鑑定眼】を再度使う。
それでも、やはりミスは見つからない。
そうなると、間違えた可能性があるとすれば【シックススラッシング】の効果だ。
与えるダメージを見間違えたのかもしれない。
俺は、D-GUIDEから【シックススラッシング】の効果を確認しなおした。
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【シックススラッシング】Lv.2
効果:左右両足の爪から連続で5度斬撃を飛ばし、相手にダメージを与える。
与ダメージ:1個の斬撃ごとに自身の攻撃力×10%
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やっぱり、攻撃力×10%で間違いない。
いや待てよ?
どこにも、6個の斬撃を5回とは書いてないぞ?
リーフウィングクロウは左右両足で6本の爪を持っていたが、人間の俺は左右両足で10本の爪を持っている。
ということは10個の斬撃を5回、合計50回の斬撃が放てるということでは?
そうなれば、10%×10個×5回で攻撃力×500%のダメージを与えていたことになる。
俺は、グリーンエアツリーはに近づいてその体を確かめた。
よく見ると、斬撃の後は10本ついている。
そりゃ、倒せるわ。
「【ヘルフレイム・ネット】!!」
俺は酸素が戻ったかの確認と、グリーンエアツリーの処理を兼ねて、獄炎の網を放った。
酸素が戻っていたようで、グリーンエアツリーがごうごうと燃え始める。
俺は、酸素ボンベを外して思いっきり息を吸った。
焦げ臭いにおいと共に、自然な空気が体に入ってくる。
「さ、前準備完了だな。」
そう、あくまでも今回の攻略はまだ準備段階。
【ガスコントロール】が活かせるダンジョンを、俺はこの《AD-100ダンジョン》以外にも見つけている。
本命は、これから【ガスコントロール】で「魔王」らしく行動することなのだ。
俺は燃え尽きたブロッコリーを後目に、ダンジョンを出た。
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