失われた音を求めて
https://note.com/yokoze_asahi/n/nbfc965ac069d
海沿いのリゾート地のホテルに宿泊している私は、朝方牛の大きな鳴き声で目が覚めた。
牛を見てみたいと思い、布団から出て窓のカーテンを開けてみたが、濃い霧で牛どころか、ホテルの前の景色すら全くもって見えなかった。
すっかり目が覚めて、牛も見れずにがっかりした私は、仕方なくタバコに火を付けた。
周期的に鳴く牛。ぴったり五秒間鳴いた後、一分ほど間が開いて、再びぴったり五秒鳴いている。明らかに機械的だったため、他の何かではないかと考えていたが、口に含んだ煙をふっと吐いたときにふと気が付いた。
霧笛の音ではないか?
濃霧で灯台の光が見えなくなると、音で陸の位置を知らせる。
その低く長い音は、牛の鳴き声に例えられる。
確かによく似ている。いや、よく聞いてみればそうでもない。私が寝ぼけていて牛に聞こえただけかもしれない。大海原に向かって陸地の場所を音で伝えている。波よ聞いてくれというように。
そう考えれば少しうるさいこの音も聞いていて心地がいい。もう一度布団に入り、二度寝を決め込んだ。
目が覚めると、すっかり霧も晴れて快晴だった。
窓から霧信号所の場所を探しているが、見当たらない。
チェックアウトの際、フロントスタッフに霧信号所の場所を尋ねてみると
「霧笛舎なら去年解体されましたけど」
と言われた。
さらにここの霧笛は二十年以上前に廃止されたと言う。
それでは私が聞いたものはなんだったのか。
本当に牛の鳴き声だったという結論に至るが、そもそもここに牛はいない。
<お母さんファーム>という牧場が近くにあるが、鳴き声が聞こえるほど近所ではない。
その後、私は灯台周辺を散策した。そしてあることに気が付いた。
昨日ここで撮影した写真には、灯台の右側に霧信号所が写っているが、今その場所から同じ景色を見てみると、その建物は無くなっていた。
「不思議なこともあるんだな」
そうつぶやいて、私は海沿いを歩き続けた。
野島崎灯台
霧信号所