12
『やめる?どうしたんだまた急に』
国分さんの声は、電話越しでも戸惑いと驚きを感じているのがわかった。
「逃亡するんです」
と、正直な理由を述べるわけにもいかない。
「ちょっと諸事情で」
でたらめを言った。
『そうか、残念だな』
「すみません」
『まあいいけどさ』
電話越しで国分さんは、軽く鼻で笑った。
『責任者に伝えておくよ。でも気が向いたらまた来てね』
「ええ、必ず行きます」
『じゃあ、またな』
そう言って国分さんは電話を切った。
「必ず行きます」
そう言った。しかし、もう逃げ続けなければならない。
もう一度国分さんに会うことはあるのだろうか。
それから、親にも、友達にも、長いこと会っていない。
この間学生時代の知り合いとすれ違ったが、声すらかけられなかった。知り合いなのに、お互いに今までずっと他人のようだった。
「人間は二度死ぬ」というのを聞いたことがある。
「一度目は肉体の死、二度目は忘却による死」だと言うが、先に忘却されることもあるのだろうか。
紫煙を燻らせながら、ジョイ・ディヴィジョンの「アンノウン・プレジャーズ」をターンテーブルで回し、私はどういう経路で逃亡しようか頭を回して考えていた。
順当に列車を使い、乗り継いで真っ直ぐ遠くに素早く行く方法が良いかもしれないが・・・。
それほど大きな団体ではないはずだが、追手の団体のシマはなるべく避けて行こう。
元々旅行が好きだった私は、地図や時刻表を見ながら逃亡経路を考えていて、少し楽しくなっていた。
見たいものを見て、シマを避けながら行きたいところに行く。
それで良いのではないかと結論がついた。