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肉片とラジオと心霊現象

 あれは、確か中学3年生の頃。


 あの日、授業が午前中で終わって帰宅した僕は、マンションの共用廊下に面した自分の部屋で小説を読んでいた


 ふと、窓の外から『どぉぉん!』という大きな音がしたが、僕はそれぐらいで小説を読むのをやめたりしない。気にも留めずに集中して小説を読んでいたと記憶している。


 その集中が破れたのは、自宅の電話が鳴ったからだ。


 しぶしぶ電話に出ると、同じマンションに住んでいる友人だった。


「今すぐ廊下に出て、下を見てみ。」


 電話の要件はそれだけ。理由を尋ねても教えてくれない。


 仕方がないので、電話を切って共用廊下に出て、下を見る。


 共用廊下の下は入居者用の駐車場だったのだが、そこになぜか白い買い物袋を頭にかぶって、横たわっているスーツ姿の男がいた。手足は壊れた人形のようにあさっての方に折れ曲がっていて、周辺は赤黒い血溜まりになっている。


 少し時間が経っていたのだろう。すでに警察官がたくさんいて、現場検証をしていた。


 風に乗って運ばれてくる人生初の強烈な血臭を嗅ぎながら、救急車がいない理由を考えてみる。


 分かり切った理由で、考えるのも馬鹿らしくなった。きっと鈴なりになって顔をしかめながら下を見ている同じマンションの住人たちも、同じようなことを考えていたのだろう。


 不思議なことに、そんな光景を見て臭いを嗅いでも、吐き気を催したり、気持ち悪さを感じたりということはなかった。ただ、滅多にない珍しいものとして、現場検証を眺めていた。


 やがて、現場検証を終えた警察が、遺体を袋に入れて、荷台のついたジープで運んで行くと、その場に血だまりだけが残された。


 ああ、警察って後片付けまではやらないんだ。と、少し驚いたのを覚えている。


 鈴なりだった住人たちは、あっという間に誰もいなくなった。多分、後片付けが嫌だったのだろう。


 結局、管理人のおじいさんが砂袋を持って現れて、一人で掃除を始めた。方法は、血だまりに砂を撒いて、箒と塵取りで回収するという原始的なもの。


 黙々と作業している管理人さんを5分ほど眺め、僕は手伝うことを決めた。


 一階に降りて、


「手伝いましょうか?」


 と声をかけると、管理人さんは本当に嬉しそうな顔をした。


 とは言え、箒と塵取りは1セットしかないので、僕は砂を撒くだけの担当だ。


「警察って、血とか細かい肉片とか、回収しないんですねぇ。」


「せやね。最後までやってくれたらええんやけど。多分それ、脳みそやしね。」


 血だまりの中には、ピンク色の肉片が混ざっていて、砂と一緒に回収されてゴミ袋に入れられていく。


 管理人さんによれば、飛び降りたのはこのマンションの住人ではなかったらしい。この肉片が脳みそなら、何でこんなところまで来て飛び降りたのか聞きたくなる。


 二人で黙々と掃除をすると、1時間後には血だまりの跡がわからない程度にきれいになった。


 僕は手をキレイに洗ってから家に戻り、なんとなく靴を捨てた。



◇◆◇◆



 血溜まりを一緒に掃除して以降、管理人のおじいさんは僕の顔を覚えてくれたらしい。


 管理人室の前を通りかかって挨拶するたび声をかけられ、飛び降りたのが何者だったか、追加情報を教えてくれるようになった。


 何でも、近くの仏教系大学を卒業した関東出身の23歳の男で、就職が決まらずに絶望して飛び降りたらしい。何となく死者に対する冒涜のような気がして、僕は噂話に相槌だけ打って詳しくは聞かなかった。


 飛び降りから3日目だったか4日目だったろうか。記憶は定かではないけれど、いつものように中学校から帰ってくると、どこか様子がおかしい管理人さんに話しかけられた。今にして思えば、ひどく怒っていたように思う。


「今日、飛び降りた人の母親が、坊さんを3人も連れて来てたよ。」


 息子を供養しに来たのかな?と思って聞いていると、管理人さんはどうやらそのことに激怒しているらしく、僕は「おや?」と思った。


 よくよく聞いてみると、その母親は管理人室の前をわざわざ迂回して駐車場まで行き、いきなりお経をあげだしたらしい。お詫びも、挨拶すらもなく、やっと落ち着きを取り戻したマンションでそんなことをしたために、住民から不法侵入だと苦情が管理人の元に来たそうだ。


 管理人さんは、お経をあげている最中に割って入り、怒鳴りつけて母親たちを追い出したと言っていた。


 部屋に戻ってから、子どもを助けられなかった母親の気持ちと、もしかしたら友人だったかもしれないお坊さんたち、望まずに血だまりと肉片を掃除させられた管理人さんの気持ちを想像して、複雑な気持ちになったことを覚えている。


 飛び降りた人は、買い物袋を2重に被っていたそうなので、きっと血や肉片が飛び散らないようにとの気遣いができた人なのだろう。でも、それならこんな状況を生まないで欲しいと思った僕は、贅沢だろうか。



◆◇◆◇



 それから数日は、何事もなく過ぎたと思う。


 その日の夜は、勉強しながらいつものラジオを聴いていた。


 ふと、先週の事件の夜にも聴いていたラジオであることが頭の片隅をチラリとよぎったりはしたが、それで聴くのをやめるほど、僕の神経は細くなかったらしい。


 流行している音楽の途中で、雑音が入って何も聴こえなくなっても、まったく気にしていなかったように思う。


 だけど、急にその雑音が消えて、部屋が静寂に包まれた瞬間、強烈な違和感を感じて背筋に寒気が走った。雑音で音楽が聞こえなくなるのは理解できるが、雑音が消えた後、音楽が聞こえないのはどう考えてもおかしかった。


 ならばラジオの故障か何かか?僕はラジオの電源ランプを確認しようと顔をあげ———―


「ごめんなさい―――――」


 はっきりとした男性の声を聴いた。


 言葉を失って混乱している最中に雑音が戻ってきて、その雑音がおさまると、また最初の音楽に戻っていた。


 そこからはあまり記憶にないが、気が付くと台所で洗い物をする母親の横で、早口で「やばい」を連呼していたことは覚えている。


 母親は僕から事情を聞くと、


「そりゃあんた、今日は初七日やんか。謝られたんやったら害はないから、安心しいや。」


 と笑っていた。確かにその通りだろう。うらめしやと言われたわけではなく、ごめんなさいと言われたのであれば、許せばそれで終わりの話だ。


 僕は納得しつつ、管理人さんのところにも、彼が挨拶に来たのかがものすごく気になっていた。



◇◆◇◆



 僕はその日以降、管理人室の前を通るたび、僕が聴いたラジオの話をしようと管理人さんを探していた。


 しかし、管理人さんは待てど暮らせど出勤してこない。


 共用廊下にゴミが溜まりだした頃、ようやく新しい管理人さんが出勤してくるようになった。


 新しい管理人さんに前の人はどうしたのか聞くと、


「脳卒中で急に亡くなられたそうですよ。」


 と教えてくれた。


 管理人さんが出勤して来なくなったのは、あのラジオを聴いた日のちょうど翌日から。


 僕には、無関係とはどうしても思えなかった。


 あれから四半世紀が過ぎたけど、いまだに時々思い出して考える。


 連れていかれた管理人さんと、謝られた僕の差は一体なんだったのだろうと。




(了)



 ホラー小説を書いた経験がないので、試しに何か書いてみようかと思ったんですが、慣れてなくて適当なアイデアが湧きませんでした。


 仕方ないので、僕の実体験をそのまま書いてみました。


 今では不思議な思い出ですが、当時はものすごく怖かったんです。


 その恐怖、ちゃんと伝わりましたかねぇ?

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