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「いや、その辺どうでもいいんで、結論だけ教えてもらっていいっすか?」


 俺は、鼻の穴を大きく広げて、勢い良く喋り出した社長の言葉を遮った。


 うちの会社は、地上と衛星軌道をつなぐエレベーターの管理事務所に、ネットワーク機材と配線を納品することが決まったらしい。その納品を俺が担当することになったわけだが、社長が納品する終端装置の箱をわざわざ俺の席まで持って来て、その特長を喋り始めたのだ。


 相変わらず社長の指示は、無駄な前置きが長い。


 放っておいたら、納品する機材の設置方法、ケーブルを取り扱う際の注意事項まで説明しようとしただろう。


 ぶっちゃけて言ってしまえば、現場で施工する人たちはプロだから、俺がそれを知っている必要などない。もっと端的に、スパッと指示ができないものだろうか?


 しかもこの社長、なぜか工事のスケジュールや進捗まで把握していて、それが当たり前と思っている節がある。本来納品担当者にそんなことは必要ないはずで、正直時間の無駄だ。


 だから、社長に変なスイッチが入ったら、早めに遮って結論だけを押さえてしまえば良い。それが入社後1年半かかって辿り着いた俺なりの結論だ。


「いや、どうでも良いってことはないでしょ?現場で質問されたらどうするの?製品の説明ぐらい、できてくれなきゃ困るんだけど」


 社長の上から目線の言葉にイラっとする。俺はこの会社で取り扱っている製品の説明ぐらいできるし、取り付け作業の研修も受けてきた。だけど、これまでその知識が生かされるような局面を経験したことがない。ここ1年半の間一度もなかったということは、これからもないだろう。


「俺ももう新人じゃないっすよ。納品するモノと納品場所と時間、あとは先方の担当者の名前ぐらいを教えてくれれば、それだけで大丈夫っす」


 社長は困った顔で、こちらを見ている。新人の頃は手取り足取りで助かったのは事実だが、その時期はもう終わった。


「一応、うちって設計にも関わってるんだよ?その関係で機材の仕様を把握して納品までできてるんだから、きちんと仕様を把握しといてね。仕様を満たしてないと判断されれば、現地で納品を拒否されることもあるんだからさ」


 社長はいつもこうだ。慎重と言えば聞こえは良いが、実際のところただの心配症でしかない。どうやったのかは不明だが、社長は報酬もなしに軌道エレベーターの設計会議にオブザーバーとして参加していたりする。事前に仕様を把握したり方向性を誘導したりするためらしいが、俺からすればどうせ入札の時に公表される情報なのだから、事前に手に入れる必要なんてない。

 俺が社長だったら、こんな遠回しで非効率的なやり方はしないだろう。やるならもっと効率的にやる。


「もう慣れているから大丈夫っすよ」


 そう答えると、社長は口をパクパクとさせて目を泳がせた。そろそろ信用してくれても良さそうなものだが、俺はまだ信用されていないらしい。


「あ、社長、その終端装置とハブの設定変更の最終チェック、僕がやっときましょうか?」


 隣の席に座っていた後輩が、黙ってしまった社長に声をかけた。この後輩君、社長と同じく、無駄が多くてかなりトロくさい仕事をするのだが、波長が合うのか社長には気に入られているらしい。


「チェック項目はわかる?」


 社長は後輩の方を向いて、返事をする。心なしか社長の表情が柔らかくなっているのが忌々しい。


「終端装置がパラレル、エルスリーはパラレルパラレル、エルツーがパラレルシリアル、以降はいつもどおりシリアルですよね。あとネットワーク設定はうちがやるんですか?仕様にないですが」


 後輩は無駄な作業を増やして点数稼ぎをするつもりのようだ。設定は仕入れ業者のキッティングでチェックされているから、二度手間はしなくて良いと教えたはずだが、学習能力が足りていないらしい。

 

「ああ、今回の機種は最初だけ中央から一括で設定できるから、ハードのレベルで繋がれば大丈夫。何だ?担当じゃないのに仕様書読んだのか?」


 社長は、あっさり後輩の提案を受け入れた。あれほど手間のかかる省力化を色々と試す社長が、無駄な仕事を増やす。自己矛盾ではなかろうか?そんなふうにブレるから後輩がつけ上がる。

 しかも、担当は俺だ。いかに社長といえど、担当を無視して勝手に決めるのはどうかと思う。


「ああ、なるほど。仕様に書いてあったの、そういう意味ですか。便利になったもんですね。仕様書をのぞいてたのは、今回の工事に多層型の光ケーブルが間に合ったって聞いて、興味あったからですよ。この仕様変更を捻じ込むの大変だったでしょう?」


 何気ない調子で社長をヨイショする後輩。多分この後輩は太鼓持ちの才能があるんだろう。俺が褒めてもあまり喜ばない社長が、嬉しそうな笑顔を浮かべている。


「おお、わかる?設計の担当者に、技術提案を募集してもらったんだ。で、うちがそこで提案した設計案がほとんどそのまま反映されてね。他に7社提案を出してきたみたいだけど、今回は楽勝だったよ」


 社長が自慢げに何か説明している。おそらく武勇伝的な内容なんだろうが、意味がわからない。技術的な提案があるならあえて他社を呼んだりせず、自社だけで提案すれば良い。なぜあえてライバルを増やすような真似をするのか、理解に苦しむ。


「さすが社長。抜け目ないっすね」


 何が『抜け目ない』だ。抜け目だらけじゃないか。

 展開される茶番に、だんだんイライラしてくる。俺は何を見せられているんだろうか?


「まぁ、これくらいはそのうちできるようになるよ。君らは優秀だから」


 本音を言えば、現時点で俺は社長を超えられる自信がある。社長も後輩も、自分が無駄の多い、非効率な仕事のやり方をしていることに気づいていない。


「ああ、そうだ。軌道エレベーターのステーション側のネットワーク工事の現場監督、候補者にお前の名前上がってたぞ。推薦しとこうか?」


 唐突に話題が転換されて、思考が止まる。顔を上げると、社長の視線は後輩の方を向いていた。


 つまり、後輩が宇宙に上がるということか。


「ちょっと待ってください!何でコイツなんですか!こんなヤツより、俺の方が適任でしょう!」


 血液が逆流する音が聞こえ、気がつくと立ち上がって叫んでいた。


 宇宙は俺の夢だ。こんなトロくさい太鼓持ちの後輩より、絶対俺の方が仕事ができる。それは社長も知っているはずだ。なのになぜ後輩なのか。


「え?何でって、えっ?」


 社長が心底びっくりした顔で、キョトンとした表情を浮かべる。その表情を見て、俺は唐突に理解した。


 社長は、俺よりも後輩を評価しているーーー


 後輩の困ったような顔を見て、急に惨めな感情が押し寄せてくる。俺は、何でこんな奴らに見下されなければならないのだろうか?


「いや、先輩、実はですねーーー」


 何か言おうとした後輩を睨みつけ、書類を投げつける。社長との会話に割り込んで来るとは、一体何様のつもりだろうか。


「せ、先輩!?」


 後輩の声のせいで、フロア中の社員の視線が集中する。それに絶え切れなくなった俺は、気がつくと会社を飛び出していた。


 湧き上がる怒りを必死に抑えながら、駅までの道を早歩きで歩く。


 あんな当たり前の事すらわからない会社に、俺はしがみつく必要があるだろうか、という思考が脳裏をよぎる。


 ここは地球上で最も希望に満ちた街だ。今の俺なら、 かわりの仕事などいくらでも見つけられるだろう。


 ならば、俺がもっと適正に評価される仕事を探せば良い。しがみつくほどのものではないはずだ。


 そう、これはキャリアアップだ。俺はもっと上に行くんだーーー


 そしてその日、俺は会社に戻らない事を決めた。




◆◇◆◇




 1年前にウチを辞めた先輩を、会議の場で見かけて驚いた。


 先輩は僕が新人だった頃に、仕事のイロハを教えてくれた人だ。しかし、僕が軌道エレベーターのステーション部分の工事監督者に推薦される話が出た際に、急に感情を爆発させて会社を辞めてしまった。原因は今でもわからない。


 あの日、僕は会社の入り口まで先輩を追いかけたのだが、小雨が降る中、雨に気づいた様子もなく走っていく先輩を見て、追いかけるのを迷ってしまった。それ以降、先輩の姿を見たのは今日が始めてになる。


 社長の話では、先輩は僕と同じく、宇宙へ出ることを夢見ていたのだそうだ。そのために宇宙工学科のある大学に進学し、しかし半年ほどで退学して、軌道エレベーターの建設が始まったこの街に来たらしい。


 僕も宇宙工学科の大学を中退しているので、その気持ちはよくわかる。きっと始まらない専門的な授業と、宇宙関係ではない先輩たちの就職先を聞いて、絶望したのだろう。極度に無駄を嫌う人だったから。


 先輩がこの街で仕事をすることを選んだことから考えて、宇宙を諦めたわけではなかったのだと思う。だが、僕は先輩から宇宙に出たいという話は聞いたことがない。それについて何か努力をしているという話もだ。


 それは社長も同様だったと聞いている。そして社長は、それを先輩の意思表示だと思っていたのだろう。


 一方で、僕は大学を辞めた後、宇宙に出るために必要になりそうな資格をいくつか取っていた。宇宙へ出たい他の社員たちも、当然そうしていたからだ。

 あの時、ステーションの工事監督として僕に声がかかったのは、宇宙に出られるだけの体力があることや、ネットワークの専門知識がある事以外に、仕様上作業員に求められていた資格を持っていたからにすぎない。


 あの日の反応から考えて、きっと先輩はそんなことを知らなかったのだろう。先輩も必要な資格を積み上げていれば、選ばれたのは先輩だったかもしれない。


「よぉ。久しぶりだな。元気にしてんの?」


 休憩所で缶コーヒーを片手に回想に浸っていると、そのキッカケになった先輩がニヤニヤした顔で声をかけてきた。あちらも僕に気づいていたらしい。


「お久しぶりです先輩。おかげさまで元気にやってますよ。」


 先輩に向き直って、頭を下げる。僕がいろいろな資格を取っていることをちゃんと説明していれば、先輩にもチャンスがあったと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「そうかー。最近全然仕事が取れてないって聞いてたけど、元気なのか。相変わらず能天気そうで安心したわ。」


 確かに、ここ数ヶ月ウチからの機材の納入は現在ストップしていた。軌道エレベーターの工事が宇宙港建設段階に進んで、うちの得意分野の機材が減ってしまっているのが要因なのだろうが、最近これまでの情報収集方法が通用しなくなっていると社長がぼやいていたのを聞いたことがある。


「確かに新たな調達の入札ではうまく行ってませんが、大丈夫ですよ。うちには複数年の保守契約があるし、軌道上の工事の下請けもありますから。」


 心配されているのかと返事をしたら、先輩が小さく舌打ちしたのが聞こえた。どうやら嫌味だったようだ。


「先輩こそ今何をしているんですか?なんかパリッとした格好してますけど。」


 気になって尋ねてみる。先輩は仕立ての良いスーツを着て、ブランドものらしい靴を履いている。身なりに関して言えば、ウチにいた時より上質なものになっていた。


「ああ、技術営業だよ。次の案件を取れれば、一千億円プレイヤーになる。俺一人でお前んとこの会社の年間売り上げ超えるな。」


 先輩は自慢げに笑うが、それがどうもしっくりこない。本当にそんな事が可能なのだろうか。


「それは凄い。どうやったんですか?」


 先輩は言われた事は効率的にやっていたけど、そこまでの魔法使いではなかったと思う。


「昔から、お前んとこの社長、効率悪いと思ってたんだよ。実力あるのに何でいちいち同業他社の顔色をうかがってるのか、理解できなかったんだ。で、転職先は大手だったからその辺の気づかいを捨ててみたら、これが大当たり。中小はつらいよな」


 小馬鹿にされているような気配を感じて、急激に話をしにくくなる。やはり、宇宙に出られなかったことを今でも恨んでいるのだろうか?

 溢れ出る怪しい気配に、先輩の事が心配になってくる。思い返してみれば、先輩がいなくなった日、社長が何を言いたかったのか先輩は気づいていなかったのかもしれない。


「まぁ、軌道エレベーターの工事はいろいろうるさいですからね。僕らのところなんか、吹けば飛びますし。」


 先輩はニヤニヤを崩さない。


「中小だとそうだよな。まぁせいぜい大手を怒らせないようにするこった。じゃあまたな」


 先輩はそれだけ言うと立ち上がって、休憩所を出ていった。


 それを見送りながら、考える。中小と大手ならば、確かに中小は大手を怒らせると商売の障害になる。だが、この業界のルールはそれだけではない。


 社長はあの日、先輩に業界のいろいろなルールについて、それとなく説明しようとしていたのだと思う。社長は先輩に期待していたから、事あるごとに教えようとしていた。

 先輩は昔、社長の長話は早めに遮ったほうが効率的、なんてことを言って、いつも自分の仕事を最短で終わらせることに終始していたから、多分ルールの重要性を理解していなかったのだろう。

 もしも先輩が、社長の行動が中小企業と大企業の差から来るものだけだと思っているなら、この先きっと失敗する。だが、それは僕が言うべきことじゃない。


「うまく行かないもんなんだな。社長が聞いたら悲しみそうだ。」


 時計を見ると、間もなく休憩が終わる時間だった。缶コーヒーを飲み干して、自販機の横にあるゴミ箱に空き缶を捨てる。


 少し重たい足を引きずって、廊下に出たところで、廊下に人があふれていることに気が付いた。


「どういうことっすか!俺は悪いことは何もやってないっすよ!」


 廊下の人だかりの奥から、先輩の動揺した声が聞こえてくる。背伸びして廊下の先を見ると、先輩が数人の黒スーツの男達に囲まれた状態で、何かの紙を見せられていた。


「だから言っているだろう。容疑は収賄と談合だ。裁判所の逮捕状もちゃんとある。詳しい話は後で聞いてやるから。」


 先輩が手首に手錠をかけられる場面を目にして、何となく納得する。


「5回連続で落札とか、さすがにおかしいよな。そら公正取引条約機構も動くわ。」


「ああ、あいつやっぱりやってたか。担当者と旅行の話とかしてたから、おかしいとは思ってたんだ。」


「そういえば俺、あいつが別の会社の営業と酒飲んでるの見たことある。」


 周囲から囁きが聞こえてきて、だいたいの概要がわかってきた。やはり懸念した通り、先輩は知らなかったのだ。軌道エレベーターの建設は人類の夢であり、この街には世界中から人と物と金、それに技術が集まってくる。

 そして、そういう各国の利害が入り乱れる環境下では公平性が最も重視され、不正に対する監視は強くなる。発注元に安易に技術提供することは特定の技術への誘導と解釈されかねないし、食事に行っておごるのは利益や便宜の供与と解釈されかねない。

 そういったことを、先輩は学ばなかったのだ。


「何だよ。収賄って!一緒に仕事してたらご飯ぐらい行くだろ!お世話になってんだからこっちが払うことぐらい当たり前じゃねぇか!談合だって、事前に知り合いに声かけといただけだ。根回し大事だって聞いたことあるだろ!なぁ、俺悪くねぇって!聞いてくれって!」


 先輩が連行に抵抗して、色々叫んでいるが、そのすべてが、先輩の無知をさらす。宇宙への出方にせよ、営業のルールにせよ、学ぶ機会は十分にあったはずなのに。


 すがるような目をした先輩と、一瞬視線が絡んだが、チクリと罪悪感が疼いて、すぐに目を逸らした。たったそれだけで、先輩の声がピタリと止まる。


「おっ?どうした急に。」


 黒スーツの男の拍子抜けした声が聞こえたので、気になってチラリと盗み見ると、瞳孔がキュッと小さくなった状態で、先輩は真っ青になって放心していた。


 そのまま先輩は、唯々諾々と黒スーツの男達に連行されていく。


「俺よりも、無駄な事ばっかやってる非効率なクズどもの方が正しいってのか。何で俺ばっかり馬鹿にされる。何で、どうして・・・・・」


 先輩が両脇を抱えられて横を通り過ぎる時、うわ言のような声が聞こえた。きっと、心の底からの声なのだと思うが、肯定できる要素がまったく見当たらない。


 廊下の窓からは、軌道エレベーターのワイヤーに取り付けられた航空障害灯の灯りが、点々と遥か彼方の星空に向かって溶け込んでいくのが見える。この街でしか見られない、幻想的な夜景だ。


 先輩にとって、僕らは『非効率なクズども』なのだろう。そして、先輩のようなクズもきっと世の中にはたくさんいる。それこそ、星の数ほど。


 先輩は、いや僕らは、いったいどこで何を間違えてしまったのだろう?


 答えは見つかりそうもないが、各国の叡智を結集した人類の夢は、そのクズたちの手によって、もうすぐ完成するーーー


 仕事は早いけど考えが浅い先輩と、深く考えるけど冒険しない後輩。


 あなたはどちらのタイプでしたか?


 ラインノベルのコンテスト用に書き下ろした作品で、お題が『どんでん返し』だったので先輩の末路がひどいことになりましたが、こっそりモデルにした同僚は今も第一線でバリバリと活躍しています。


 例えクズだったとしてもかまいません。自分がどちらのタイプでも気に病まないで、自分の道を進みましょう。


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