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第4話 異世界に行っていたのか。

「げ、げぼ──失礼ね!」


 手ではたこうとしたら、ひらりとよけられた。


「よけるな!」

「逃げるさ。おまえごときに叩かれるかってーの」


 ふふん、と鼻で笑われた。く、悔しいったら。


「ねぇ。その、『おまえ』っての、やめてくれないかな! あたしには高藤柚葉たかとうゆずはっていう立派な名前があるんだから!」

「知ってるさ」

「……へ?」

「おまえ──ユズハの母さんには世話になってるからな。町内じゃ、ユズハんとこで出てくる煮干しが一番うまい」

「そ、そりゃ……どうも。あたしも好きだよ、煮干し」

「シブい趣味だな、JCのくせに」

「JC関係ないでしょ。というか、なんでそんな単語知ってんのよ?」


 えへん、とレモン猫が胸を張った。なぜそこで胸を張る。


「そういえば……そっちの名前は?」


 あたしが名乗ったんだから、猫さんのほうにも名乗ってもらうべきだろう。いつまでも、レモン猫じゃ味気ないし。


「俺の名前はレモンだ」


 ……と思ったら、その味気ない単語を返された。


「まんまじゃん」

「うるせーよっ。いいだろ別に! 名前なんてシンプルなほうがいいんだよ!」

「あー。負け惜しみ?」

「違ぇ!」

「うふふ。あ──痛!」


 ぴりっと脚に痛みが走った。

 な、なに? 慌てて足下を見る。

 虫、だ。

 はじめはカマキリだと思った。姿が似ていたから。身体の色が紫だったけど、そこはそれ、目の前の猫がレモンイエローだから、何となく違和感がなくて、でも。

 なんだあ?

 あたしは足を引っ込めて、腰をかがめた。顔を近づけてよく観察してみた。

 カマキリじゃない!


「ムチウチだ」


 へ? ああ──なるほど。

 確かにそのカマキリそっくりの虫はカマじゃなくてムチを持っていた。両腕の先が尻尾のように長く伸びてムチになっている。身体より長いそのムチを振り回して、あたしを威嚇していた。さっきの痛みは、あのムチで叩かれたんだ。


「ムチウチは雌雄同体で、春の繁殖期に入ると前足のムチで互いに叩き合って勝負する。そうして、勝ち残った一匹だけがメスに変化し、卵を産むんだ。負けたオスたちは全てそのメスに奉仕する」


 何、その逆ハーレム。

 草の陰からもう一匹ムチウチが出てきた。二匹は戦い始め、ものの数秒で決着が付いた。あたしを叩いたヤツが勝った。負けた相手を踏みつけ、誇らしげにまだムチで叩いてる。

 負けたほうがなんだか嬉しそうに見えるのは気のせいだと思いたい。

 うん。確かに、ここは異世界だ。

 こんなんで納得したくなかったけど。


「納得したら、動くぞ」


 ココは安全じゃない、という先ほどのレモンの言葉を思い出した。

 その言葉を裏付けるように、オオォン、という獣の雄たけびのような声が左手にある深い森から聞こえてきたのだ。

 その森、よく見れば木々の一部がピンク色だ。なんて無気味な森だろう。

 聞こえた声は犬の遠吠えに似ていた。ぎくり、と声に身をすくませてしまう。


「〈鬼殺し〉だな」

「お、おにごろし?」

「肉食樹だ」

「樹……ええっ!? 木なの?」


 犬どころか、獣じゃなかった。


「根を動かして歩き回り、見つけた動物を食う。人食い鬼でも食べちまうことから付いた名前だ。あの森には、家より高く育った〈鬼殺し〉が何本か生えている」


 げげ! 肉食の木ってわけ? しかも、食虫植物ならともかく食獣樹(しょくじゅうじゅ)って。

 森からは出てこない、とレモンは言ってくれたけれど、それでも頭の中で想像しただけで怖くなった。見上げるほどの大木がのしのし歩く、わけだ。


「あの森には肉食の獣──狼とかも百年くらい前まではいたらしいけどな。絶滅した。〈魔狼〉とまで呼ばれた種族もいたそうだが……。ああ、でも巨人やら〈豹頭草(ひょうとうそう)〉やらはまだ生き残ってるぜ」

「豹頭草って? ああ、いい。説明してくれなくていい」


 怖くなるから。

 とにかくココは危険ってことだけはわかったし。


「行くぞ」

「う、うん! ……どこへ?」

「城だ」


 そう言って、レモンはあたしの肩に乗ってきた。

 丘の向こうに見えている城に向かってあたしたちは歩き出す。

 今はとにかくこの猫──レモンに従うしかない。

 たとえこの猫が偉そうで、あたしを下僕だと言ったとしても。それに──見た目はこの子かわいいし。かわいいは正義だし。

 きょろきょろあたりを観察しながら歩くあたしの肩の上で、レモンが説明を始めた。


「だから──だな。猫ってのは、時々姿を見せなくなるときがあるだろ?」

「ああ……うん」

「そういうときはこっちの世界に帰ってきてるんだ」


 なんと。


「……あんたたち、この世界と行き来してるってこと?」


 肩の上で、レモンが頷いた。

 姿を見せなくなった猫たちはどこに行っているのか、という永遠の謎の答がわかってしまった。


 異世界に行っていたのか。

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