第12話 絶好の機会 1/4
赤人は気を失い、もう逃げることができなかった。しょうがなく新士は赤人の前に立ち、両手を出して彼をかばおうとした。目をつぶり、死ぬ覚悟を決めた。
「(僕は頑張ったんだ。今回は逃げないで最後まで戦ったんだ。僕、少しは変わったかな?)」
新士は目を再び開けて敵を見上げた。そして頭を振り向かずに赤人に喋った。
「赤人、ごめん。君を守れなくて。君みたいに僕は何の能力もない。ただ記憶を忘れる力しかないんだ。クッソー!こんな役に立たない力なんて最初からなければよかったんだ!いっそ、こんな力の存在なんて忘れたほうがマシだ!」
新士は振り降りてきた棍棒から目をそらし、青い空に浮かぶ太陽を見た。
「(ごめんな、赤人。僕がこんなに頼りなくて。じゃあな。)」
すると、目の錯覚かと思った新士は目を細めた。空に何か小さなものが飛んでいた。その物は棍棒が振り降りてくるペースより速く新士の方向へ降りてきて、どんどんデカくなった。
「うわ!」
その瞬間、その物が空から降ってきて新士の目の前に到着した。
新士はひるみ、いったん目をつぶった。しかし、ゆっくり目を開けるとそこに何者かが棍棒を両手で受け、新士の頭に当たる直前で化け物の攻撃を防いでいた。化け物はびっくりしてうなったが、それ以上に新士は驚いていた。
助けに来てくれた人は、足から頭までオレンジ色のタイツみたいな服を着ていた。変態と見間違えられてもおかしくないほど、その人の服装はキモかった。
すると彼は徐々に棍棒を押し上げていきながら、敵の化け物に喋りかけた。
「おい、豚野郎。お前、顔色悪くないか?なんか変なものでも食ったのか?」
オレンジの男は化け物との会話を始めた。実際に通じていたのか分からなかったが、新士はそのまま見続けた。
「よっこらしょ。」
そのオレンジの人が喋った途端、軽々と化け物の棍棒を路地の壁に投げつけた。化け物はバランスを崩し、横に飛ばされた。今度はさっきと違い、右側の壁にぶつかった。レンガの壁が崩れ始めて、今にでも隣の建物が壊れそうだった。
頭を壁に突っ込んだ化け物は意識を失って再び身動きが止まった。するとオレンジ色のタイツを着た男が化け物の背中を登り始めた。彼はポケットもベルトもなかったはずなのに、自分の背中に触れた瞬間、注射器が手品のように現れた。
「よーし、よーし。薬だよ。殺しはしないから、ちょっとだけ眠っていな。」
新士は化け物の首に針が刺される瞬間を見た。すると化け物は完全に動きを停止して、ぐっすりと眠り始めた。オレンジの男は化け物の背中から降り、新士の方へ向かった。
「ちょっと君、この辺にフードを被った泥棒少年を見なかったかい?」
新士は赤人の隣に倒れていた子に指を指した。
「サンキュウー、少年。」
オレンジは泥棒少年の元へ歩き、ポケットから財布を二つ取り出した。一つを新士に放り投げ、もう一つは自分の腰に当てた。するとまるで彼のスーツが生きているかのように動き、財布を飲み込んだ。びっくりした新士は目を大きくして彼の力を不思議に思った。オレンジの男の正体を知りたく、彼に声をかけようとした。しかし、オレンジの男はすでに泥棒少年を荷物のように肩に担ぎ上げて、この場から逃げようとした。
「俺のことは警察に言わないでくれ。では、アデゥー。」
オレンジの男はそう言いながら新士へ別れの言葉を送った。そして彼は化け物の足を蹴り、通り道を作りながら路地を出て行こうとした。
「(彼は一体誰なんだ?この化け物は一体何なんだ?なんで泥棒の少年を連れ去るんだ?)」
考える暇もなく、オレンジの男の姿を失う前に新士は叫んだ。
「ちょっと待ってください!聞きたいことがたくさんあります!この状況のすべてを教えてください!」
するとオレンジの男は振り向かずに叫び返す。
「いやだね!」
新士は悔しくて、再び彼に声をかける。
「だ……だったら、警察に言いますよ!」
オレンジの男は一瞬止まり、頭を新士の方へ向けた。彼の表情はスーツの外から見えなかったが、なんとなく新士に敵意を向けた感じがした。
「お前な。俺は今、お前を助けてやったんだぞ。なのに俺の言うことを聞いてくれないのか?俺はな、君みたいなガキが一番――」
その途端、彼は自分の言葉を止めた。
そして彼は背負っていた泥棒の少年を地面に置き、新士に向かって歩いた。するとオレンジ色のスーツが液体のように皮膚の上を駆けのぼり、右腕の腕時計みたいな小さい機械に吸い込まれていった。
彼はようやく本当の姿を見せた。中身の彼は30代ぐらいの男性だった。クルクルの茶色い髪の毛に、白い肌。そして緑色の襟付きのシャツとカーキー色のズボンをはいていた。彼は上げていた袖を元に戻し、腕時計を隠した。
「ほう、そうなんだ。君、強くなりたいのか?」
彼の言葉に新士を驚かせた。
「(今、僕の頭の中を読んだのか?)」
すると彼はチラリと赤人を見る。
「しょうがないな。ポータル君に話したいこともあるし……なら今日から三日後、午後五時に近くのムーン・センツ・カフェへ来い。そして来るときはポータル君を連れて来い。そしたらすべて話してやろう。分かったか?」
新士は静かにうなずいた。
「そして約束は守れよ。私のことは警察や他の人たちにも絶対言うな。もし、約束を守り続けられたら、今度会った時、強くなれる方法を教えてあげよう。」
新士は『強くなれる』っと聞いた途端、口角がぴくっと上がった。
「じゃあな。」
そう言った彼は新士に背中を向けて路地裏を出ていこうとする。再びオレンジ色の液体に身を包み、泥棒の少年を肩に乗せて去っていった。
「(これってまさか、僕が強くなれるチャンス?)」
彼が見えなくなった瞬間、新士は体の力を解放して、汚い地面の上で倒れた。新士の顔の隣には化け物の足があった。
「ははは……マジかよ。」
新士はジムなんかに行かなくても強くなれる方法があると知ってほっとした。笑顔が止まらず、手足を思い切って伸ばした。
サイレンと警官が駆けつける足の音が聞こえた。しかし体を起こせなかった新士は空を見ていた。いつの間にか少し曇り、雨が降りそうな天気に変わっていた。