第9話 ダンベル十キロもてません 2/4
「ヒーロー・ニュース・ネットワークです。最近、『謎のオレンジな男を見かけた』という話題が町中に広まってきました。警察によると、彼 を『オレンジ・マター』と呼んでいます。」
テレビの画面に映っていたのは女性のアナウンサーだった。彼女は茶色いショートな髪と地味な白い襟付きの服を着て、紙を体の前で支えてカメラに向かって喋っていた。
「警察が彼を調べているのですが、あまり詳しい情報はまだ入って来ませんでした。」
彼女の隣に座っていたのは青いスーツに黒い髪を横分けにして、目の元がキリッとしたカッコ良さそうな男性だった。彼は彼女の発言に質問した。
「彼の知っている情報とは――」
「――でも彼って、中身が美男子だったりして!」
「へ?」
すると女性のアナウンサーは息を荒くして隣の男性のアナウンサーに喋り掛けた。
「はぁーはぁー。私、あの中身、ぜひ見てみたいです!スリムで筋肉がある体質が好みなんです。後、年金百万位上でしたらさらに――」
「――あ……安藤さん?一体どうしたのですか?」
すると女性のアナウンサーがカメラに顔を近づける。
「オレンジ・マターさん!もしよければ私とお茶しましょう!私、年はまだ40過ぎてませんのでぜひ――」
「――ゴホン!安藤さん、しっかりしてください!」
「オレンジ・マターさん!私と」
「安藤さん!」
「何よ!私の邪魔しないで!だめならあなたが私を――!」
するとテレビ放送は急に泊まり、画面に鳥が空を飛ぶ映像に切り替わった。だが数秒後、再び放送が始まった。女子アナウンサーは気を取り戻して冷静に喋り始めた。
「……えーっと、近くのコンビニで働いている44歳の女性がそのオレンジ・マターと接触し、『彼と楽しい会話をしました』とおっしゃっていました。ほかには30歳の男性が彼を見かけたとおっしゃっていました。その男性とのインタビューがこちらです。」
テレビの画面がどこかの街中の道に変わった。そこには女性のリポーターとインタビューされていた若い男性がいた。
「オレンジの男について詳しく教えてください。」
リポーターはマイクを男性の顔に近づけた。続いてその男性が喋る。
「いやー、最近見かけるのですよ、特に夜。街灯の光から見えるあのオレンジのタイツ、ちょっときもいんすけど……。ま、でも悪さしないんで、放っておいてもいいんじゃないですか?実は、そばに住んでいる婆ちゃんがさ、昨日その男が荷物を家まで運んでくれたっと言ってました。婆ちゃんが旅行の帰りで、山のようにあるスーツケースをすべて手で持ち、家まで運んだってさ。ま、俺もあいつのことを良いやつと思いたいのだが、あのタイツじゃな……」
カメラがリポーターに戻り、続けて話した。
「『オレンジの男に助けられた』と言う人が最近ネットでの発言が多いそうです。しかし、昨晩、RR・コーポレーションから重要なファイルが盗まれたっと言う情報が入ってきました。施設を守っていた警官たちはオレンジ・マターと争い、傷つけられましたが皆大丈夫そうです。争い中、五階から落ちた警官も運よく木の上に着地して無事だったそうです。以上、現場からお伝えしました。」
画面は再び女性のアナウンサーに戻った。
「ありがとうございます。オレンジ・マター、あなたは一体新たなヒーロー?それとも新たな敵なのでしょうか?はい、では次のニュースです。この間の銀行強盗事件の怪獣化した能力者についてお伝えします。その怪獣化した男は死亡しました。原因は解りませんが、怪獣が透明な結晶に覆われ、その直後に倒れたと目撃者が言っていました。以上、ヒーロー・ニュース・ネットワークからお伝えしました。」
ソファーの上で寝っ転がりながら、口からよだれを出していた新士はテレビを見ていた。目を半分閉じながら、テレビのニュースアナウンサーの目の上のほくろに集中していた。逆様になりながら左手に電話、右手には小さな白い紙をしっかりと握っていた。
「ブゥーン、ブゥーン!」
床のじゅうたんの上には五歳の弟、大樹がおもちゃの車で遊んでいた。
現在、新士は自分の家にいた。『自分』と言うが、実際にここは記憶が消される前の新士の家だった。現在ここにいた新士は自分の家を思い出せなく、本当の家族の顔さえすっかり忘れていた。しょうがなく新士は赤人の指示に従って、いったんここに住むことになった。
記憶をなくしてからもう二週間。しかし、新士にとって沙美を助け出そうとした日はまさに昨日みたいに感じた。
「バーン!」
弟の大樹は車を投げてテーブルに当たる。新士は彼を気にせず、寝っ転がったまま動かなかった。テレビから目をそらし、家の中をぐるっと見てみた。木のテーブル、茶色いカーテン、トロフィーが上に飾ってある木材の棚、そして最後にホールクロック。なぜか周りの家具がすべて茶色くて見苦しかった。
新士はこの家にもう二週間も住んでいたのに、いまだに慣れていなかった。心は常にソワソワして、ゆっくりしようとしても全く落ち着かなかった。しかし、緊張の理由は新しい家だけではなかった。
大樹は遊んでいたおもちゃが飽きて、新士の腕をポンポン叩き始めた。けれど新士は大樹の小さなこぶしを無視してテレビを見続ける。構ってくれない新士を諦めて、大樹は新士の右手にあった紙を読み始めた。
「イチ・ハチ・サン、サン・ゴ・キュウ、ロク・ロク・ナナ・ロク。これ電話番号?あれ?この次、なんて書いてあるの?ねーえー、新士ィー!」
大樹は新士のシャツを引っ張り、しつこく聞いてきた。だがその突然、左手に持っていた電話が鳴り出し、新士は一気に飛び上がった。大樹を振り落とし、ソファーの上に立ち、電話を耳に当てた。
「もしもし、一ノ瀬先生?」
新士はソワソワしながら笑顔で先生の声を待ち構えた。
「おはようございます。薬局です。たった今、菅原さんの薬が出来上がったので良ければ――」
電話を切り、新士はまたソファーに座り込んだ。
「あーもう!なんで一ノ瀬先生からかかってこないの!ただ、沙美の様子を知りたいだけなのに!忙しすぎて喋る時間がないのかな?!なぁ、大樹。何でだと思う?」
新士は頭を掻きながら大樹を見つめた。
「新士、遊ぼうよ!」
「はぁー……」
新士は暗い目をしてギョロッと大樹を見つめる。大樹は頭を傾げて笑う。
どんなに沙美に目覚めてほしくても、新士は待ち続けることしかできなかった。
テレビの画面に目を戻したとき、新士はニュースが変わっていたことに気づいた。今度映っていたのはシャキーンと背を伸ばした青と黒色の堅そうなスーツとヘルメットを着ていたヒーローだった。彼はテレビ局からインタビューされている最中だった。
「ヒーローのブースターさん、勝利におめでとうございました。あの巨大な化け物との戦い、あっさりでしたね。どうやったらブースターさんみたいに強くなれるのですか?」
誇り高き英雄はカメラに顔を向け呟いた。
「皆、私の力はすべて能力から来てると思っています。だが、実際にそうではありません。なぜなら、私は毎日修行と訓練を重ねて、やっとここまでたどり着けられたからです。すべては私の努力の成果なのです。だから今テレビを見ているあなた!他人の能力に恐れず、強くなる努力をするんだ。少年、少女たち。体を鍛えろ!頭を使え!毎日をマキシマム・エフォートで頑張って、ヒーローを目指すんだ!」
画面に映っていたブースターはカメラに指を指し、雄々しいポーズをとった。
「(マディーもそうやって強くなったのかな?)」
新士はマディーと一緒に森の中で動物の死体を操る超能力と戦った時を思い出した。
「(僕も彼女みたいに戦ってみたいな……でもどうやったら……)」
その時、二階の階段から足音が聞こえた。新士は振り向き、洗濯物が入った籠を抱えて降りてきた母親を見つめた。彼女は新士に気づき、声をかけた。
「新士、具合はどう?何か必要?」
「平気です。さっき赤人が来て、そろそろ出かけるところです。」
「そう。でも何か必要ならちゃんと言ってね。あっ……後、私は新士の母だから、もっと気楽でいていいのよ。敬語なんて使わないで。」
「分かりま……分かったよ。」
新士の母はにっこり笑顔を見せながら奥の部屋に入って行った。彼女は初めて会った時と比べて、もっと笑顔を見せるようになった。その理由は頑張って新士を励まそうとしていたかもしれない。だが、その馴れ馴れしさが逆に新士の心を惑わせた。全く記憶にない他人の母をそう簡単に受け入れるわけにはいかなかった。
急に新士の首に冷たい感覚がした。振り向くとそこには赤人が手首をふり、空気で手を乾かしながら笑っていた。
「いやー、お前の家に来るのは久しぶりだな。ほら、早く外に行くぞ、新士。」