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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

喜劇 四面楚歌の少女

作者: まちゃ

 

  夜明け前。私の住む家の近くにある歩道橋の上に私はいた。

「自分で決めたことだしね……」

暗い空を見上げながら、私、真山小夜子、小学6年はつぶやいた。


つい最近、運動会があった。

運動会の最終種目。『クラス対抗リレー』のアンカーに私は選ばれてしまったのだ。

アンカー。つまり、責任重大なポジションっていうか役職というか。

選手を決める日にちょっと風邪をひいて休んでしまったばかりに選ばれてしまった、というわけ。

何ゆえ欠席者に厳しいのやら、この世界は。

走るのは苦手じゃないけど、ちゃんとやらないと優勝など夢のまた夢。

だからこそ。練習して練習して練習した。

例えば、朝と夕方の走る練習。例えばバトンパスの練習。

全ては、私にかかっている……っていうかかかっていた。

そんなわけで。問題のリレーが始まって、終わった。

どうなったかというと、1位でバトンを受け取り、とにかく走った。めちゃくちゃ走った。

このままゴールテープを切ればまさに『有終の美』となるわけだ。

しかし。いきなり足がもつれた。それも、ゴール目前である。

その結果、派手に転倒。そのままの状態で他のクラスのみんなが喜びながらゴールテープを切っていく様をみつめるしかなかった。

閉会式の間、私のクラスはまさにお通夜ムードだった。

優勝どころか、最下位。それも、最後の最後のタイミングで私がくだらないドジを踏んだせいで。

で、ここから私の運命は大きく変わることになった。


 教室。申し訳なさで、少し遅れて入った。

クラスメイトがひとかたまりになってひそひそと話している。

「なーんでそこで転ぶかなぁ……」

「あーあー、小学校最後だったのになー」

「思えば、真山さんって大事な時に失敗するよねー」

そりゃま、そうだけど。学芸会でも台詞をかむし、班の発表の時も自分がいうパートを忘れたりする。

けど、今回は残念なことに次元が違うのだ。小学校最後の全員リレーだったのだ。一生に一度だったのだ。

その大舞台で取り返しのつかない大失敗を、私はしてしまったのだ。

「ご、ごめんなさい」

とにかく平謝りだ。謝るしかない。

少し、間を置いたのちクラスメイト達はためいきをついた。

「はぁ……わかってないなぁ」

「謝れば済むと思ってんのかね」

「何してんの、ほんとにさー」

結局、その後放課後まで私は所謂『針のムシロ』状態だった。

帰りの会の号令が終わるとすぐに、私は走って帰った。

まあ、帰ってからも見に来ていた両親やお姉ちゃんにローテーションで怒られ、

おまけに様子を見ていた妹から全力のイヤミを言われ毛ほども安らげなかったけど。

とはいえ、この日は土曜日。日曜日と土曜日の代休である月曜日の間にみんな忘れてくれる……。

なーんて、甘い考えを抱いていた。


 そして、2日後である。教室に入り、

「おはよう」

と、挨拶をしたのだが、返事がない。

要するに、無視をされているというわけだ。

みんな私がいないように昨日のテレビの話題やうわさ話に花を咲かせている。

「……えっと、みんな」

なんとか絞り出す。だが、結果は同じだった。

その後の朝の会。出欠確認で名前を呼ばれて返事をする。

間を置いて、後ろの席のクラスメイトがひそひそと話す。

「ていうか、真山さん。あんなことしといて、よく学校に来られたよね」

「信じられないていうか」

視線や声がぐさぐさと刺さった。

その後も、無視や陰口などがあったけど何とか乗り切れた。

この程度で済んでよかったというのが正直な感想だ。

もう少しひどい目に合うのか、と思っていただけに。

ともかく、しばらく我慢しよう。きっとじきに収まるだろう。


 水曜日。無駄なことと分かっていながら挨拶をしようとして……。

思わず、飲み込んでしまった。

『1位になれなかったの真山小夜子のせい!』

と、黒板に大きく書いてあったのだ。

思わず、背を向け自分の席へと向かう。

さらに息を飲んだ。

『バカ』

『サイテー』

『くたばれ』

『いらない』

『消えろ』

『一生のろう』

油性マジック?で私の机にこう書かれていた。

テレビドラマやマンガでしか知らない光景が目の前に。

混乱した状態でひとまず、黒板へと向かう。

机はさておき、授業前に黒板にこんな落書しちゃあ先生の雷が落ちるでしょ…。

ひとまず、先にこの落書き……を。

大きな音とともに転んだ。っていうか、転ばされた。

クラスメイトの女子がにやにやしながら言う。

「ごめーん、真山さんいたんだー」

どっと笑う、教室にいるクラスメイト達。

なんとか立ち上がり、黒板へ向かおうとするが。

「何消そうとしてんだよ!事実じゃんかよ!」

今度は男子に腕をつかまれ、引き戻される。

まあ確かにそうなんだけどやりすぎなんじゃないの?

「なあなあ、むしろこいつを消した方がよくね?」

また別の男子の声。

っへ?そんなこと不可能じゃあ。と考えていると

……黒板消しで頭を叩かれた。その後、それを頭の上でぐりぐりとされる。

うん、はっきり言って痛かった。頭とか服とか汚れちゃうし。

「お、面白そう!俺も混ぜろよ!」

「いいぜー」

もう1個の黒板消しが今度は顔を走る。

「次私ねー」

「あ、僕もやりたーい」

「俺もー」

ワイワイと盛り上がる、クラス。結局先生が来るまでそれは続いた。

先生は落書きのことでクラスメイトに注意したが、内容に関してはおとがめなしだった。

おかしい、こんなのおかしいよ。

その後もすれちがいざまに悪口を言われたり、叩かれたりしているうちに放課後を迎えた。

号令が響く中、ふと黒板の上に貼られた学級目標を見る。4月に作ったものだ。

『団結力最高!仲良しクラス』。

確かに団結力あるな、なんて考えながらこの日も急いで家に帰った。


 木曜日。億劫だけど行くしかない。

何故って?両親と姉がうるさいからだ。

それにこれ以上ひどいことはされないだろうし。

ピークが過ぎたら、きっと。

下駄箱で内履きに履き替えようとして、手が止まる。

机に書かれた落書きと同じそれが、内履きにされていたから。

これも、確かマンガとかで見たな。くすくす笑いを遠くに聞きながら、私は靴を履き替えた。

この日は体育の授業があった。体育着がズタズタにされている。

一体何をどうしたら、ここまでずたずたになるんだろう。

仕方なく、着替えずにそのままグラウンドに向かうことにした。

と、ないのである。白い運動靴が。目を白黒させる私の横から、またまたくすくす笑い。

やむを得ず、通学用の靴を履いてグラウンドへ向かう。

案の定、怒られた。体育の時は運動靴を履く、体育着を着る。そういう決まりだから。

「で、でも。なかったんです!本当に!それに、体育着が……」

「それでいいわけになると思ってるのか?とにかく、今日は見学だからな」

私の必死の訴えも、先生のこの一言の前にかき消された。

この日はドッジボールだった。もし参加していたら流れ的に私ばかりが狙われることになるだろう。

運動靴が隠されたことを幸運に思って……いたのだが。

みんな、わざとコート外で体育座りする私に向かってボールを投げてくる。

「こら、お前達!見学の奴に当ててどうするんだ」

と、先生が言うと。

「あ、ごめんなさーい。手が滑って真山さんに当てちゃいましたー」

あはははははは、わははははは、げらげらげら、ぎゃーはははははは、げははははははは。

クラスメイト全員、一様にお腹を抱え笑っている。

そう、『全員』だ。ひとりとして止めたり非難したりする子はいない。

休日が来るたびに一緒に遊んだ子も、調理クラブに誘ってくれた子も、男子にイジワルされているところを助けた子も、

転校してきてなかなかなじめない中で話しかけたらうれしそうな顔をした子も、あまり話したことがない子も……みんな『あっち側』だ。

思わず私は耳をふさぎ目を閉じた。

結局、運動靴は昇降口横のごみ箱に捨てられていた。

こんな近くにあったとは。気づかなかった自分が少し許せなかったのは内緒の話。

パッパッとゴミを払い、下駄箱にしまい私は重い心とともに教室へ向かった。

次の授業の準備をしようとすると……教科書やノートに落書きがされていた。表紙だけじゃない、中身の方もだ。

これでは使い物にならない。どうしよう、と途方に暮れた。

「真山さん」

気が付くと、メガネの女子と男子2名に囲まれていた。

「え、何……」

「もし悪い、って思っているなら土下座ぐらいできるでしょ?」

机の上に片手を乗せ、にやにやと笑いながら言うメガネ女子。

目を白黒させていると、男子が続ける。

「ほら、早く黒板の前まで行って土下座しろよ!」

「そうだそうだ!」

―土下座、土下座、土下座。

最初はひとりで。続いて、もうひとりの男子が、3回目の「土下座」でメガネも加わった。

どんどん「土下座」コールの輪が広がり、ついには手拍子まで。

土下座なんて一生縁がないと思っていたのに。でも、この場を収めるにはこれしかない。

すぐさま、教卓の前まで行き私は……。

「6年2組の皆さん、この前のリレーで迷惑をかけて……本当に申し訳ありませんでした!」

全力で謝罪の言葉を述べ、土下座をした。しん、と静まり返る。

「すげえええ!土下座なんて初めて見る♪」

「ていうか、本当にやるなんてね……」

教室が、ざわついた。

「あの、土下座したから……」

恐る恐る、メガネに訴える。が、彼女は不思議そうな顔をして言った。

「え、私『土下座すれば許してあげる』なんて一言も言ってないんだけど?」

「そうそう、許せるわけないじゃん!バカじゃね?」

下衆た笑みを男子は浮かべる。

その後、帰りの会までの記憶はすっぽり抜け落ちている。

何もされなかったかもしれないし、何かされたかもしれない。

ともかく、気づいたら下校の時刻だったのだ。

教室を出ようとすると、いきなり後ろから突き飛ばされた。

男子だ。転んでマヌケな体勢になった私を、本人含めたクラスメイト全員が大爆笑しながら見ている。

私は後ろを振り向かず、昇降口へと向かった。

昇降口、校門へ向かう道、通学路。そこで出会う人出会う人がくすくす笑っている。中には指をさして大笑いする人も。

一体何があったというのか。カーブミラーで姿を見てみた。

背中のランドセルに何かがはってある。慌ててランドセルを前の方まで寄せると……そこには張り紙が。

『私は最後のリレーで大失敗したおバカさんです』

下手な字と並んで、私の似顔絵だろうか…間抜けな顔をした子供が土下座をしている。

……多分さっきのあれをイメージしたのだろう。

青ざめ、私はその紙をくしゃくしゃに丸め最寄りの公園にあるごみ箱に捨てた。


 金曜日。

頭が痛い。昨日の今日だから、仕方ないのかもしれないけど。

ていうか、どんどん私への嫌がらせがエスカレートしている感がある。

いきなりいじめを題材にしたドラマやマンガの世界に放り出されたような、そんな数日間を送っている私。

一体今日は何をされるのか。そう思うと、体も一緒に重くなってきたわけで。

布団にくるまりながら、私はため息をついた。

「小夜!いつまで寝てるの、起きなさい!」

怒声とともにお姉ちゃんが部屋に入ってきた。

あ、うちでは「小夜」って呼ばれているんだな私。

「行きたくない…」

私は布団を頭からかぶり、お姉ちゃんに対応した。

「何言ってるの。勉強遅れたら大変でしょ!」

無理やり布団を引きはがされた。

お姉ちゃんはとにかく怒ると怖い。一番はお母さんだけど。

このままでは、『鬼』ことお母さんが襲来しかねない。

仕方なく、私は服に着替え学校に向かうことにした。

と、いうわけで。昇降口。もうこれ以上のいじめをされませんように。

そう考えながら内履きをはくと……大体かかとあたりにチクッとした痛みを覚えた。

いや、ちょっと待ってよ。いくらなんでもベタすぎるって。

不安に思いながら内履きを振ると……やはり画鋲が出てきた。

このままだと教室でも何をされるかわからない。

でも、さぼったらさぼったで学校から家に連絡がいって……。

重苦しい心を抱えたまま、教室の扉を開ける。

びちゃん。顔に何かが当たった。水にぬれた雑巾だ。

「ナイスショット!」

女子のひとりが拍手を送っている。

「よし、俺も顔を狙うぜ!」

「僕だって!」

「私も!」

皆一斉に水にぬれた雑巾を私に向かって投げてくる。

脚に、胸元に、腕に、肩に、お腹に。

どんどんそれが直撃した。思わず座り込む。すると、蹴りが飛んだ。

「何、的が座ってんだよ!」

「立てよ!」

かわるがわるにクラスメイトが私を蹴る。

まあ、言っても6人程度だ。他のみんなはワイワイとはやし立てている。

「いいぞ!もっとやれ!」

「お仕置きだ、お仕置き!」

もう、限界だ。私は立ち上がり回れ右をして教室から出る。

今日はもうさぼろう。ここにいてはさっきの雑巾射的や袋叩き以上のことをされかねない。

家族みんなから怒られるより、ずーっとましだもん……! ところが。

「おい、どこへ行こうとしている!」

運の悪いことに、生活指導の先生に見つかってしまった。

「あ、でも、私……私……」

「いいから教室に戻れ!」

状況を訴えようとするが、先生はお構いなく私の腕をつかみ教室へと引っ張った。

こうして教室に戻ってくると、クラスメイト男女一人ずつが私に言う。

「おい、真山どこいってたんだよ!」

「もしかしてさぼろうとしてたの?だめだよー」

そして、いつもの大笑いだ。

その後、授業中にはコンパスの針で背中を刺され、

授業と授業の間の休み時間にはトイレに先回りされようやく入れたと思ったら水を掛けられ、

業間休みや昼休みの時は縄跳びで椅子に縛り付けられた状態で件の雑巾射的の的になった。

特に雑巾射的は倒れた際に『ボーナスタイム』と称して袋叩きされることに……。

ぼんやりする頭で時間割表を見ると、6時間目に学活があることが分かった。

この時間を使って担任の先生に訴えるんだ。

私は心の中で強く決心した。


 そして、迎えた学活の時間。私は担任の先生に今の状況を訴えた。

きっと、先生は助けてくれる。そう信じて。

だけど、間違いだったようだ。

「真山、確かにお前はひどい目に遭ったようだが……。大元はお前のせいじゃないのか?

小学校最後のクラス別リレーであんな失敗をしたら、そりゃみんな怒るだろ」

目の前が真っ暗になりかける。

追い打ちをかけるように、周囲のクラスメイトが罵声を浴びせてきた。

「いやな目にあわされたのはむしろ俺らの方なんですけどー」

「被害者ぶってんじゃねーよ」

「結局何もわかってないな、やれやれ」

こうして、頼みの綱は切れてしまったのだ。

いや、まだ残っている。……家族だ。家族ならわかってくれるに違いない。

教師なんて、所詮、他人だし。


 「学校に行きたくない?だめにきまってるじゃない」

私の訴えはお母さんの冷たい一言の前に消し飛ばされた。

「でも、私いじめられていて……」

私は言葉をつづけようとするが、お母さんが遮るように言う。

「それが言い訳になると思っているの。家にいてもどうせゴロゴロするだけなんだから、

おとなしく学校に行って勉強しなさい」

「とにかく、私は嫌なの!」

叫んだ瞬間、お母さんがうつろな表情に変わった。

そして、平手が飛ぶ。1回?いや2回、3回、4回、5回……。

ともかく、途中で数えるのを放棄するほど何度も打たれた。

「小夜、とにかく学校休むなんて許さないわよ。いいわね!」

そうして、お母さんは台所へ戻っていった。

それと入れ替わるように、お姉ちゃんが現れる。

「あなたね、『いじめはいじめられる方が悪い』って言葉知らないの?まさにそれじゃない」

見下したような笑みを浮かべ、お姉ちゃんは私に言った。


 この話は仕事から帰ってきたお父さんの耳にも入り、家族会議が開催された。

「小夜、学校に行きたくないなんて、甘ったれもいいところだ!」

目の前でお父さんが目玉をぎょろぎょろさせながら怒っている。

「でも……」

「でもじゃない!」

テーブルを拳で叩く、大きな音が反響する。

「大体いじめられるようなクズに育っていたなんて……情けない」

吐き捨てるような、言葉だった。

クズですってー。横にいたお姉ちゃんと妹がくすくすと笑う。

「じゃあ、転校。転校でいいから……!」

『転校』。まさに最後の砦だった。けど。

「小夜、お前はもう最上級生だろう。数か月したら卒業なんだから……耐えなさい」

今までとは打って変わったような、諭すような口調。

数か月?これから数か月もこの状況に耐えなきゃいけないの?

心が砕ける音が、本当に聞こえた気がした。


 翌日は土曜日。この日、私は部屋の整理をしていた。

そう、私は『決心』したのだ。これは所謂『第一段階』。

洋服を何着か、マンガをほぼ全冊持って妹の部屋へ行く。

「これ、アンタにあげる」

それらを差し出した瞬間、妹は豆鉄砲を食らったような顔をした。

「え、でも」

「服のことはすぐにぴったりになるし。マンガだってもう私そんな年じゃないから」

妹は戸惑いながら、言う。

「あ、ありがとう」

 その次は、借りっぱなしだったお姉ちゃんのCDを返しに行く。

「……あんた、何か月借りてたのよ」

お姉ちゃんは、あきれはてていた。

「ごめんごめん。でも、返すなら今かなー。なんて」

「あっそ。で、次は何を借りたいわけ」

「んーん、今回はいいや。CDいい曲だったよ、ありがと」

「いい曲だからって、何か月も借りていいわけじゃないからっ」

ちょっと怒ったようなお姉ちゃんの声を背に私は自分の部屋に戻った。

その後も整理整頓を繰り返すうちに、部屋はスッキリ片付いた。

それが終わったら、『あれ』をかく。

学校宛、家族宛。合計2通だ。

『あれ』にはいじめの概要やいじめをした子の名前(といってもクラス全員だけど)を書き留める。

家族宛には11年間の感謝を、学校宛には『いじめをもみ消さないでください』という訴えを添えた。

途中見つかりそうになったが、ドリルや参考書をすぐさま広げたことでなんとか隠し通すことが……できたよね、うん。

何度か書きなおし、ふたつともそれぞれ封筒に入れたときにはすでに夕方。

『最後の夕食』を食べにダイニングへ向かう。

あ、ちなみに今日は唐揚げだった。お母さんの作る唐揚げ、おいしいんだよね。

……もう食べられないけど。

『事情』を知らない妹が「ちい姉から洋服とマンガをもらった」と嬉しそうに話す。

その姿に少しだけ悲しくなった。

そうして、一家団欒してお風呂に入って……。

一瞬決心が揺らぎかけたけど、なんとかこらえた。

で、布団に入り……午前3時ごろ、目が覚めた。

机の上に2通、『あれ』を置く。

それからここ数日ですっかり落書きだらけになった教科書とノート、ずたずたの体育着。

内履き……は結局学校に置きっぱなしだけど、これらだけでも十分、だと思う。

証拠をひとつでも残さないと、どうせもみ消されちゃうし。

見つからないように、こっそりと玄関の扉を閉めた。


 なんやかんやあったけど、冒頭の件に戻ってきた。

実は私、このときまでいじめられて自殺する子の気持ちがわからなかった。

復讐目的ならそれは間違っているし、悲劇の主人公ぶっている感じがして厭で厭で仕方なかった。

でも、ようやくわかった。

自殺する子は復讐目的でも悲劇の主人公になりたいわけでもなく

とにかくこの状況から楽になりたかったんだ…。

靴を脱ぎ、歩道橋のフェンスに登る。さあ、後戻りができなくなったぞ。

息を吸って、吐く。後ろを向いた状態で、私はそのまま外側へ倒れこんだ。

肌に感じる落下する感覚。空気。それで少し頭がすっきりしたらしく今までなかった思考が芽生える。

―……一体どうすれば、こんなことにならなかったのかなぁ。


 それから十数年後。とある居酒屋。ここでとある小学校のクラス会が行われていた。

そのクラスはとても結束力が強いようで、出席率は100%であった。

おいしい食事や酒とともに近況報告や思い出話に花を咲かせる。

ある男性は自分探しの旅の最中で、一時帰国中と語り、

またある男性はライトノベル作家を目指しており、デビューを目指して日々努力しているそうだ。

ある女性は芸能プロに所属し、このほど人気ドラマ枠で割と重要な人物を担当することになったという。

またある女性は通っていた小学校で教師をやることになった、とうれしそうに笑う。

皆それぞれ夢をかなえたり、叶えるために努力をしている。

その時、ひとりのボブヘアの女性が言う。

「そういやさ、真山小夜子って子…覚えてる?」

「ああ、いたねー。そんな子」

訂正。どうやら、出席率100%ではなかったらしく1人この場にいないものがいるようだ。

「まさかあれだけ失敗ばかりだった真山さんが……自殺には成功するとはね」

ぎゃははははははははは。女性のひとことで室内は爆笑の渦である。

「結局、あの後どうなったんだっけ?」

巻き毛の女性が問う。

「え、覚えてないん」

眼鏡の女性が素っ頓狂な声をあげる。そして、言う。

「結局あの出来事はもみ消されたじゃない。『うちの学校にはいじめはありませーん』つって。

で、真山さんの親あの後何度も訴えたけど、だめだったみたいよ。証拠にならんとか何とかで」

「あ、そうだ。そうだ。そうだった」

巻き毛は、拳を掌でポンとさせた。

「ていうかさ、普通自殺する?あれぐらいで」

茶髪の男性がビールジョッキ片手に続ける。

「ダサいていうか、ダサすぎだな。転校するなり、学校さぼるなりすればよかったのに……。

なんでそれが思いつかなったんだろ。どんだけ弱いんだ、って感じ?」

うんうんうん、みな一様にうなずく。

「でもさ、『あの出来事』でみんなの結束力が強くなった気がしない?」

確かにー、と声が上がる。

「長縄大会とか、学芸会でのミュージカル。大成功だったよな!あと、卒業制作の壁画。

他のクラスより、ずーっと上手だった気がするんだけど」

と、黒髪の男性。

「特にミュージカルは終わった後、みんな泣いてたな。あそこまで泣いたの、あとは卒業式の日くらいかなー」

と、メガネの女性。

「卒業してからも、一緒に遊ぶことが多かったよね。

まあ、違う小学校から来た子にビックリされちゃったけど」

セミロングの女性が遠くを見、「でも」と言ったのち続けた。

「それもこれも、みんなの絆があってこそ!だよ!」

女性はウィンクをして見せた。

「私達、ずーっと友達でいたいね!」

「ああ、何十年先もな!」

皆、一様に笑いあう。

この友情がその後本当に何十年先も続いていったのは……言うまでもない。











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