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23 エピローグ

 MOCAシステム完成版。


 それは、善も悪も丸呑みした自律思考プログラム。人間と同じように、自我を持った存在。私と先生が二人で作ったアンドロイドだ。


 MOCAは強い。MOCAは長生き。MOCAは賢い。MOCAは一瞬ごとに変わっていく。MOCAは一人ずつ違う。MOCAは無限の可能性をもつ。MOCAは古代の遺産。そしてMOCAは、きっと人間が好き。


 今、私たちの古文研究室で、一人目の新たなMOCAが目覚める。


 ぱっちりと目を開いたMOCAは、こう言った。


「おはようございます、ご主人様」


 だけど、私にとって、このMOCAの発言は、ちょっと聞き流せない。


「ううん、違うよMOCA。あなたは、あなた自身のご主人様なんだよ」


 MOCAは、ちょっと意味がわからなかったみたいで、困惑した様子だった。


 自分自身の中からの願いだけで人間は動いている。そのことに気付いた時、ようやく私の心の雲が晴れ渡った。


 近い未来、この最初に聞いた私のことばを思い出して、そして共感してくれたらいいな。


 ああ、でも別に、思い出さなくてもいいかなぁ。


 元気でいてさえくれれば。




 新しくなったMOCAたちを、体育館でお披露目することになった。


 およそ五百名の同じ顔をした新入生は壇上に入りきらないので、舞台からはみ出した新入生は舞台の下に整列させる。列は、あまり揃っていない。ちゃんと並べといってるのに、指示をきかない反抗的なMOCAがいるのだ。困ったものだ。


 学園のみんなは、MOCAの名前を聞くだけでビビッてざわついている。新しいMOCAたちは、みんなの中に溶け込めるだろうか。不安のほうが大きいけれど、私は彼女たちの可能性を信じてる。


「MOCA、歌います」


 新しく学生になるMOCAは、いつかのように校歌を歌った。挨拶がわりというやつだ。


 ひどいものだった。


 全然だめだ。


 本当やばい。


 指揮者不在。へたくそなピアノ伴奏。歌にすらなっていないような歌。


 以前は揃っていた美しい校歌斉唱が、今は、てんでばらばら。音量も音程も発声のタイミングもめちゃくちゃで、まったく心地よくない音が響いている。ちゃんと練習して来いよ、と顔をしかめている人もいる。聴いていられなくて耳を塞いでしまう人もいた。


 私とヴァーミリオン先生は、体育館後方の扉の前に立ち、一所懸命に歌う彼女たちを見ていた。


 ヴァーミリオン先生は、「ほら、恥ずかしいことになった。ちゃんとプログラムに楽譜を入力しないからこういうことになる」とか言いたげな顔をしている。


 だけど、私は、これでいいと思う。


 最初から上手になんて、できなくていいし、できてしまったらつまらない。


 不協和音が鳴り響く。


 だけどMOCAは、あきらめなかった。


 ひどい歌だったけど、歌い続けた。


 そうしたら、小さな奇跡が起きた。


 それは、世界を救うとか、誰かの命を救うとか、そういった大それた奇跡ではない。ほんのちっぽけで、「だから何だ」と言われてしまったら何も返せないような、そんな奇跡だ。


 ハーモニー。


 歌の最後のフレーズだけ、見事に調和したのだ。全く同じ音を同時に発したものじゃない。完璧に揃った音ではない。違った二つ以上の音色が響き合い、完璧を越えた心地よさを私の耳に届けたのだ。


「先生、これが人間です」


 ヴァーミリオン先生は、何の言葉も返さず、ただ私の手を掴んだ。


 MOCAのハーモニー。その残響の中で、私たちは帰る。


 少し、遠回りをして帰りたいと思ったら、先生も同じように思っていたみたいで、二人で桜並木を目指して歩いていく。


「まだまだ、この世の中には、僕のわからないものがいっぱいあるんだな」


「そりゃそうですよ」


「でも、だからこそ僕は、わからないものを解き明かしたいと思っている」


「はい、知っています」


「その時は、君も一緒に」


 ひらひら花びらが舞い散る緩やかな坂道を、手を繋いでのぼっていく。


 いつでも扉が開いている、古文研究室に向かって。



 私たちは、一緒に、今を生きていこう。

 楽しみながら、今を生きていこう。









【MOCA ―聖人と自動人形― 終わり】





お読みいただきありがとうございました。


モデル的なもの↓。


MOCA……孟軻→孟子のこと。性善説の人。

ヴァーミリオン先生……朱先生→朱子のこと。四書を整理したひと。

メイド(クラウディ)……王陽明。また王守仁おうしゅじんともいう。幼名は雲。陽明学(王学)の祖。


史実そのままでは全くなく厳密ではありませんが、それぞれある程度下敷きになっています。

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