22 MOCA2
エレベーターは最上階に到着した。
校長室の扉をノックした。だけど、返事が無い。
「あれ?」
何回ノックしても、ふざけてリズミカルに叩いてみても、応答はなかった。ヴァーミリオン校長が居留守を使うとは考えにくいので、たぶん入れ違いになったんだろう。
頭をかきながら、ポケットの携帯端末を取り出す。
ヴァーミリオン校長からメッセージが届いていた。
『これから、そっちに行く』
やばい、鍵、閉めてきちゃった。
私は急ぎ、古文研究室に向かう。
多くの人とすれ違う。廊下を走るなと怒鳴られたりしながら、階段で転びそうになりながら、第六校舎の四階、古文研究室の前に辿り着いた。
扉の前には先生の姿。中に入ることができず、開かない扉を見つめていた。
「遅かったね」
「すみません。ヴァーミリオン先生」
「花見でもしてたのかな」
先生は、そう言って、私の頭に手を伸ばす。
髪から、何か白っぽいものを拾い上げた。
何かと思ったら桜の花びらだ。
「あのですね、今、校長室に行ったら、ヴァーミリオン先生がいなくて、入れ違いで。だから、ダッシュで戻ってきました」
「ということは、運動をしたわけだ。じゃあ、ちょうどいいね」
先生は、私にペットボトルのジャスミン茶を手渡してきた。
「いいんですか?」
「ああ、差し入れだよ」
「ありがとうございます!」
受け取り、半分くらい飲んで、古文研究室の鍵を開けた。
ドアを目いっぱい開けて、開きっぱなしにする。
そこには、私が昔から慣れ親しんでいる古文研究室があった。
研究室を占拠していた大量のモニタはほぼ撤去され、書物だらけの部屋に戻っていた。
私は、所定の場所に向かう。扉を入ってすぐの場所、コピー機と辞書が並んだ書棚を背にする席だ。キャスターつきの椅子を引いて、深く腰掛けた。
広々とした視界の端に、ヴァーミリオン先生の姿がある。
先生は、パソコンの電源を入れて、私が打ち込んだデータをチェックしている。
「誤字」
「はう! すみません」
「脱字」
「なんと! ごめんなさい」
「衍字」
「あうぅ、申し訳ございません! ミスばかり!」
「でも、大まかな骨格としては、この方向性で良いと思う」
ほめられた。
「光栄です、先生!」
私たちは、MOCAプログラムの調整を行っていた。
戦闘用ではなく、教師としてのMOCAでもない。まったく新しいMOCAのプログラムだ。
自分で考えて動くMOCA。自分自身の大切さを知り、心身の痛みを知り、痛みを知るがゆえに優しさを持ったMOCA。私たちが作ろうとしているのは、もはやアンドロイドではない。そう、人間だ。
ヴァーミリオン先生と私のプログラムは、似通った部分も多かった。だけど、違う部分は決定的に違う。根本的に違うところがあった。
たとえば、先生はMOCAのプログラムを組むときに、同時に多くの知識情報を組み込む。知識の蓄積を何よりも重視する。けれど私は、知識だけの蓄積を「本物じゃない」と否定する。先に情報を得た状態で物事にぶつかることは、本当の意味での「知る」ことではないと思うからだ。
先生に反論するなんて、メイド時代の自分だったら絶対に有り得ない。でも、私にとって大事なMOCAのことなんだ。自分が抱えている熱い思いは、ぶつけたい。
私の反論に対し、ヴァーミリオン先生は、聖人の話を引き合いに出して、私を説得しようとした。聖人になるために、みんなが勉強しなきゃいけない、聖人を目指すべきだっていうのが、ヴァーミリオン先生の主張なのだけど、そもそも聖人とは何なのか。どのようなもののことを指すのだろうか。古の賢人を伝統的に聖人と呼んできたけれど、本当にそれで良いのだろうか。
――聖人とは?
この問いについては、試験に出たし、ヴァーミリオン先生の考えも知っている。聖人っていうのは、つまり「人間の理想像」ということだ。
ヴァーミリオン先生は、人間として生まれる以上、みんながこの「理想像」を目指すべきだと言っている。どのような人が聖人なのかは、古い古い書物にはっきりと書き残されている。だから読書し、聖人の言動を注意深く読み取り、自分なりに工夫して努力して、自身の行動に反映させていくことが好ましい姿勢だとされる。それが「学問」なのだと耳が痛くなるくらい言ってくる。
私にとっては、どうなのか。
私にとっても、聖人は「人間の理想像」ではあると思う。でも、ヴァーミリオン先生とは、聖人というものに対する考え方が決定的に違う。全然違う。ありえないくらい違う。かなり違う。
聖人は、目指すものではない。聖人は、自分の外にある人物のことを言うのではない。誕生の瞬間から、誰もが聖人なんだ。私もあなたも聖人なんだ。
――この空の下に暮らす人間は、みんな聖人なんだ。
ヴァーミリオン先生の言うように、後から学んで聖人になろうとするのは、いつまで経っても目指す場所に辿り着けない人が出てきてしまうから。それでは人を本当の意味で生かすエネルギーにはならない。だから、私は堂々と反論する。
「聖人になろうとして学び続けるのは認識を間違っています。学問をするっていうことは、つまり、すでに聖人である私たち人間が、その秘められた能力を発揮させるために学ぶのです。
そもそも先生、先生の言う聖人というのは、他人ですよね。聖人という名の典型化された誰か他人に、ぴったり重ね合わせてしまったら、それこそ『量産型アンドロイドを目指すことが理想です』と言ってるのと変わらないんじゃないですか?
もしも、自分では一生かかっても聖人になれないと諦めてしまったら、その時、どうすればいいんですか? 自分自身ができなかった聖人への到達を、自分の子どもに押し付けたり、他の誰かに押し付けたりすることになりますよね。
そんなの絶望じゃないですか? 責任逃れじゃないですか? 卑怯で姑息な答えの先送りじゃないんですか? 未来を考えるあまりに、『今』この瞬間に、手を抜くことになりやしませんか? 『今』に手を抜くことは、過去や未来に対して礼を尽くしていると言えるんですか?
人間は、誰もが本来は聖人なんです。聖人っぽくないなってことがある時は、その人には、ちょっと汚れがついちゃっているだけなんです。たとえば、鏡が汚れてしまって、ちょっと使えなくなったとしても、磨いたり、ふき去ったりする方法さえわかれば、ちゃんと人のすがたを映し出すんです。自分の心の鏡を磨けば、聖人らしさを発揮できるんです。そういう、可能性の塊のことを、人間と呼ぶんだと私は思います」
「言うようになったね。だけど、聖人になるために、どうやってくもりを取り去るんだい?」
「だからぁ、違うんですよ先生。聖人になるんじゃなくて、もう、今、この時に、全員が、すでに聖人なんです」
「そうか、失礼した。では言い直そう。君の言うとおりなんだとしたら、人間は、どうやって自分が聖人であることを証明すればいいんだい?」
「証明なんて必要ないです。自分が聖人だと思えたら、それでいいんですよ」
「その考え方は、ひとりよがりではないかな」
「先生は、やさしさゆえに自分自身っていうのをないがしろにしすぎです」
「そうでもないと思うけどね」
「自分自身にとって何なんだろうってことが、一番大事だと私は思うんですよ。だから、MOCAちゃんにも、自分を大事にして相手に共感する『心』を組み入れたんです。それさえあればいいんですよ。むしろ、先生みたいに、事細かな優しい行動規則をプログラムに組み入れるとか不愉快です。そんなことしたらMOCAちゃん、本当の『優しい』がどういうものなのかを知らない子に育っちゃう」
「……なるほどね。僕の考え方からすると、譲れないところだけど、君が言うような考え方も、もしかしたら、あるのかもしれない……。だけど、やっぱり譲れないよ」
「私だって譲れません!」
「物事の道理がわかるようになるまでは、知識が必要だろう! MOCAに必要なのは豊富な知識だ! 多くを知らなければ判断を下せない」
「まず『心』です! MOCAが心から何かを願うようになるまで、じっくり時間をかけるんです。知識ばっかり持ってたら、『ちゃんと知る』とか『ちゃんとわかる』ってことの妨げになっちゃいます!」
「いいや知識が先だ!」
「いいえ心が先です!」
何度も何度も、同じような言葉の応酬を繰り返した。
「段階的な学びは、どうしても必要だ。取り返しのつかないことにもなりかねない」
「そういう風に学んだのでは、心がばらばらになります。大事なことを自分自身で超リアルに把握することこそが学びの始まりです」
「わからずや!」
「ばか!」
私と先生の意見は、平行線を辿り続け、もうしょうがないので、「いつかMOCA自身に自分で考えてもらおう」ということで落ち着いた。答えの先延ばしになってしまうのは不快だったけれど、ずっと言い争うことの方がもっと不愉快で不毛だと思ったからだ。
きっとMOCAが自分で何かの答えを出す日こそが、MOCAが人間になる日だろう。
私は、そんな日が来ることを、とても待ち遠しく思いながら、寄り添える幸せを噛み締めたいと思っている。ヴァーミリオン先生と一緒になって、彼女に寄り添うことができるなら、それ以上のことは無いな。




