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21 MOCA1

 春の甘いにおいがする。


 真新しい白い服を着て、赤茶色の煉瓦の上を歩く。


 かつて、第六校舎から校長室に行くためには、一度敷地の外に出なければならなかった。今はもう、そんな必要はない。室内だけを通って向かうことができるようになった。面倒な手続きなんてものは必要ない。もう遠回りしなくていいんだ。


 だけど、今日は、あえて遠回りをして先生のところへ向かおうと思う。その理由は――。


 足元を、ハトの群れが歩いている。ハトはゆっくり歩く私を追い抜いていった。私は、ハトの後ろを歩いていく。


 いや別に、ハトを追いかけたいから遠回りしてるとか、そういうわけじゃない。


 一羽のハトが重たそうな動きで飛び立って、銅像の上にとまった。ハトの動きを眼で追ってたら、どうしても目に入る。視界いっぱいの桜色。あたたかい日差しに照らされて、桜並木が風に揺れていた。水路の上に、白い花びらが落ちて、流れていく。


「きれい」


 そう、桜。


 私の目的は、この桜並木。

 もう、お花見の季節だ。暇を見つけて、ヴァーミリオン先生と一緒に歩きたい。


 桜はすぐに散ってしまうから、急いで約束をとりつけないとな。


 桜並木を抜けると、円形の噴水がある。噴水が動いてるのを、初めて見たけど……。


「しょぼい……」


 思ったよりずっと控えめな噴水で、少しがっかりした。


 下り坂の終点にある門は全開で、九割がた閉じていた頃よりもずっと開放感がある。


 敷地を出て、右に曲がる。


 警備のための柵を右手に見ながら歩を進めると、乗用車一台がギリギリ通れるほどの小さな門がある。屈強そうな警備員の姿は無い。以前は通行証を見せる必要があったけれど、今はもう、誰でも自由に入れる場所になった。


 まがりくねった道にある芝は張り替えられて、美しいグリーンを取り戻し、卵をぶつけられた壁も綺麗に塗りなおされた。


 私は、凱旋門のような形の巨大建造物、つまり第八校舎へと入り、校長室への直通エレベーターに乗りこんだ。


 視界が、上から下へと流れていく。ゆっくりと地上が遠ざかっていく。


 あの日、私たちは、ピンチを乗り越え勝利した。おかげで、学園はとても平和になった。相変わらず小さないざこざは頻発しているけれど、人々は、互いが互いを破滅的に傷つけることなく日々を過ごしている。


 ――勝因は何だっただろうか。


 それは、おそらく私が地下にある『MOCAの寝室』に入れたってことが大きい。


 では、どうして地下に入れたのか。


 敵の赤いMOCAが地下深くに入れなかったからだ。


 敵の選択は、地下にあった電波発生装置を止めていたこと、電波に乗せた命令によって動くようにすること。


 でも、ここで一つ疑問が浮かぶ。もしMOCAを制圧のための兵器として、より完全体に近づけようとするならば、電波による命令で動かすのは得策ではない。完全に近づけることを求めるならば、五百体ほど存在するMOCAのすべてを、電波の発信基地にすればいい。


 そうすれば地下にも入れる。電波の送受信装置さえ壊れていないことと、他のMOCAが近くにいるという二つの条件が揃えば、どこにでも入れる。最強の兵器となる。五百以上も作られていたのなら、学園制覇くらい、余裕で事足りたはずだ。


 もしも、私が考える通りになってしまっていたら、私たちに勝ち目は無かった。そうならなかったのは、ヴァーミリオン先生が敵に隙をつくってくれたからなんだ。


「僕の相棒である君が人質にとられていたのだから、あのゴミみたいな奴らに協力をしなければならなかった」


「なるほど、私にとってヴァーミリオン先生が人質にとられていたと同時に、ヴァーミリオン先生にとっても、私が人質にとられている状態だったんですね」


 互いが互いの人質となっていて、私も先生も、敵に逆らうことができなかったわけだ。


「ただ、MOCAのプログラムを扱える人間が、あの連中の中には一人もいなかったからね。そういう意味では幸運だった」


「一人も? 一人もですか?」


「そうさ。だから、連中の立場に立ってみれば、人質である君に危害を加えたら僕の協力が得られなくなると思って、連中のほうも君に手を出せなかった……ってところだろう」


 私は、なるほど、と頷く。


「あの状況では、MOCAプログラムの改変に協力し、性能をアップさせたように装うしかなかったというわけだよ」


 私は閃き、理解し、人差し指を立てる。


「……つまりヴァーミリオン先生は、さも敵に手を貸したように見せかけていた」


「その通り。気付かれないように、ほんの小さな突破口だけ作ってね」


 突破口というのが、まさにMOCAが地下で活動できないということ。その上で、MOCAを電波に乗せた命令によってのみ動くように改変したこと。通称『MOCAの寝室』にあった電波発生装置を止めたのも、実はヴァーミリオン先生だった。


 私は、見事その隙を突き刺し、切り裂き、ヴァーミリオン先生を救い出した。実は、私の把握してないところで、ヴァーミリオン先生との始めての共同作業をしていたのだ。


「だけど、正直に言えば予想外だよ。僕はてっきり、僕が隠したMOCAのデータを使うものだと思っていたから」


 ヴァーミリオン先生は、自分の身が危険に晒されることも覚悟していた。もしも私が、古文研究室に足を踏み入れていたら、人質という立場の先生は、殴る蹴るの暴行を受けてしまったかもしれない。


 だから私は、なるべく古文研究室に近づかないようにしていた。


「あ、そうだ先生、私、ちょっと思うんですけど」


「何かな」


「えっと、なんか、人質としての価値があったことを考慮しても、私に対する敵のマークが甘かったような気がするんですよね。いくら、敵のほうも他勢力の制圧に忙しかったとはいえ、かなり自由に動き回ることができて、ちょっと不自然でした。私は、その、ヴァーミリオン先生のパートナーなんだから、もう少し監視が厳しくても良かったはずなのに」


 私がそう言うと、ヴァーミリオン先生は、その質問を待ってたよ、みたいなにやにや顔をして、紙をぺろっと差し出してきた。


「それについては、これだ」


「これは……?」


「よく見てごらん。見おぼえがあるはずだよ」


「う、これは……! 私の……! 白紙答案!」


「そう。試験の時のやつだよ。君の、あまりにも未完成な答案が役に立ったんだ。これを連中にさりげなく見せた途端に、連中は君の能力を過小評価して、油断してくれたからね」


「あぁあ、やめてくださいー! なんでそんなもの、まだ持ってるんですかぁ!」


 私は奪い取ろうとしたけれど、ヴァーミリオン先生は答案をサッと引っ込めて回避した。


「どこで何が良い結果を生むか、わからないものだよね」


「返してくださいよぉ!」


 テストの点数なんてもはや大事じゃないと悟っていても、こういう使い方をされると非常に恥ずかしい。忌まわしき歴史がいつまでも先生の手元に残っているのは良くない、私の誇りを奪ってしまう。取り返さなくては!


 それから五分くらい鬼ごっこが続いて、ふかふかの絨毯の上に横たわる結果となった。二人とも体力ないもんだから、ぜえぜえ言いながら。


 すごく楽しくて、何が楽しいんだかわかんないけど楽しくて、二人して大笑いしたっけ。



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