18 ヴァーミリオン救出作戦2
――MOCAの寝室。
いや、まさか。そんな。
だって、あの場所こそ、MOCAが大量にしまってある倉庫じゃないか。あんなところに行ったら、何体ものMOCAが卵の中から生まれて、私に襲い掛かってくるんじゃないか。大量のMOCAを相手に勝ち目なんか無い。
これは、もしや、この男は、私を罠にはめようとしているんじゃないか。
もしかして、私、今、騙されかけてる?
たしかにMOCAの寝室と呼ばれる場所には、私の求めているものがある。高性能なコンピューターでMOCAのプログラムを素早く書き換えることができる環境が十分に整っている。
でも、本当に今、そこに辿り着ける状況なんだろうか。
私は、また騙されそうになっているんじゃないか。
思い返すと、入学したての頃に金丹を飲まされかけたし、屋上で邪教徒の誘いについて行きそうになった。もしかして、私って騙されやすい単純ばか?
これが罠だったら私はおしまいだ。地下深くのMOCAの寝室、そこが私にとっても永遠の寝室となる。
読経の声が小さく聞こえる教室最後方で、男と話す。
「あのぅ」私はおそるおそる、彼に語りかける。
「どうかしましたか」
「ええと、あなたを疑うわけではないんですが、納得いく説明を求めてもよろしいでしょうか?」
男性は頷いた。
「ご存知かと思いますが、学園の地下には通路網があります。あちこち多くの場所に繋がっている大規模な通路網です。迷宮やダンジョンと言ってもいいかもしれません。当然、そのような隠し通路が存在していることは、学園支配を目論む者たちの知るところとなっているでしょう。しかしながら、あのアンドロイドたちは、現在の地下通路網に進むことはできません」
「どうして?」
「電波が、届かないからです」
「冗談でしょ」
「冗談ではありません」
「電波が地下には通らないからってこと?」
「その通りです。正確に言うならば、地下深くにまでは通らないのです」
「じゃあ、図書室にMOCAが入ったのは、どう説明するの? 地下二階でもMOCAはすいすい動き回ってたよ?」
「図書室のある第二校舎は、地下二階とは名ばかりで、さほど深くありません。この学園は、ある程度の高台にあります。校舎へと向かう途中に長い坂があるでしょう。そう、たとえば学園の正面玄関あたりを思い浮かべてください。ハトが歩き回り、銅像が聳え立ち、階段状の水路を流水が下り、樹木が整然と立ち並んでいる学園の正面玄関あたりには、なだらかな坂道があります。あの場所を思い浮かべてくだされば、ご理解いただけると思います」
「たしかに、坂はあるけども」
「坂の途中にあるということは、同じ学園の敷地内であっても、校舎によって地下の深さが違っているということです。実際の例を挙げますと、第一校舎の一階と、第二校舎の地下一階が同じくらいの標高にあります。一階層分違うのです。差が激しいところになると、二階層分違っている場所もあります。もう一つ例を挙げるとするならば、私たちが今いる第一校舎の地下二階は、あなたがMOCAの研究に没頭していた場所と同じ深さ。つまり図書室の秘密書庫と同じくらいの深さなのです。現在の学園の電波状況ならば、そんなにも深いところまで、MOCAの電波は届かない。そして、今のMOCAの運用範囲は、電波の届く範囲に限られているのです」
「いやいや、待って。絶対おかしい! それ絶対おかしいよ! 私のご主人様だったヴァーミリオン先生は、以前、地下深くにあるMOCAの寝室から十体のMOCAを連れ出して、校長を捕らえたよね。そういうことが確かにあった。その時にさ、MOCAたち、思いっきりあの通路を通ってたよ」
「あの頃のMOCAは、電波による命令で動いていませんでしたから」
「え?」
「今回、MOCAを戦士として蘇らせた者は、それまで口頭での直接命令でのみ行っていた細かな指示を、遠隔操作で行えるようにプログラムを改変しました。戦いの道具としての効率を上げるために」
たしかに。なるほど。そういうことか。
金丹ジャンキーを壊滅させた頃の戦闘用MOCAは、私であったり、ヴァーミリオン先生の指示がなければ動かないようになっていた。私が「戦え」と命じたら戦い、「もういい」と言ったら戦いをやめていた。それは、外部からMOCAを乗っ取られることを未然に防止するためのルールだった。
今の赤いMOCAたちも、指示待ちMOCAであることは変わらない。だけど、遠隔操作の機能を持たせることによって、より大規模な支配や警備を実現でき、誰かを攻撃する際には作戦行動のバリエーションが格段に増える。
セキュリティ面の懸念は少しだけあるけれど、MOCAを外部から乗っ取れる人間なんてのは、MOCAプログラムを知り尽くしているヴァーミリオン先生くらいのもので、先生が敵の手中にある今、そのリスクは無視していいと、敵は、そう判断したんだろう。
ただし、支配を目論む人々にとっては、無線電波が届かないところにMOCAを送り込めない事情があった。それは、たとえば、もしも電波が無いところで動かなくなってしまった場合、MOCAが別の勢力の手に落ちて研究されてしまうおそれがあるってことだ。だから、電波が届かないところでは、赤いMOCAは運用できない。
「そっか、私の紺色のMOCAだけは、やつらの手が加わってない。だから電波による命令を受け付けないってことか」
「その通りです」
理解した。私の隣にいる子が、地下深くでも敵の命令電波がすごいところでも、すまし顔で立っていられるのは、電波経由の命令じゃなくって、この私の直接命令で動いているからなんだ。
「かつては地下にも無線電波が通じていたんですがね」
「そうなの?」
「地下深くにも教室はありましたから」
「ああ、そっか。MOCAが先生だった頃の……」
つまり、無線電波を使ったMOCAたちの同期っていうのは、MOCAが教師として配備された時から使われはじめたものなんだ。この機能は、私の紺色のMOCAにも、一応搭載されている。今はまだ、ずっとオフにしてるけど。
「アンドロイドMOCAが教鞭をとるようになってから、MOCAたちの繋がりを実現させるために無線電波が利用されてきました。それを戦闘用に応用したのです。ですから、『MOCAの身体を動かすこと』に電波が必要なのではなくて、『MOCAを思い通りに操るため』に、不可欠なのです」
「戦闘目的に使うなんて、ひどい話。本来の使い方じゃないよ」
私は憤りを表明したが、男は淡々と自分の言いたいことを語る。
「さて、あなたのMOCAは、今、その機能をオフにしているのではないですか。そして、あなたのMOCAにも搭載されているその便利な機能をオンにする時が、あなたの戦いの始まりなのではないですか?」
ずばり言い当てられて驚いた。
私の考えることが、この人にはわかっているみたいだ。
「……お兄さん、何者?」
「すべて、ずいぶん前に、お師匠様が仰ったことでございます」
お師匠様、か。名刺には、ロッシとかいう名前が刻まれていたが、何者なんだろう。何もかも見透かされているようで、不気味だ。
「お師匠様には千人の弟子が居ます。私も、そのうちの一人です」
「あなたみたいなすごい人が、千人……」
こんな弟子が千人いるって、ものすごいハイレベルだ。この人の師匠っていうのは、ヴァーミリオン先生とどっちがすごいんだろう。
「信じていただけましたか。では、あちらの階段よりお進み下さい」
男が指し示したところには、扉があった。ひとりで扉が開き、その中には闇が広がっている。少し恐怖をおぼえるけれど、ここを進む以外に、他に道はないと思う。
彼と話すことで、積み重なっていた疑問の多くが晴れた。
図書室にまでMOCAを送り込んでおきながら、私たちの秘密の書庫にまで来なかった理由。邪教の集会所にMOCAが攻め込まない理由。私のMOCAだけが地下深くに入れる理由。
多くの謎が、次々と、あっという間に解けてしまった。
うまく話術で丸め込まれたわけではないだろう。この人の説明は、「言われてみると確かにそうだ」と頷けることばかりだった。
――信じてもいい。
私は思い、「ありがとう」と言った。
「礼には及びません。私どもとしても、弾圧されるのは嫌ですから。あなたがたの道を、私どもは支持しているから協力したのです」
「うん。でも、ありがとう」
私は、おそるおそる暗闇へと歩を進める。
MOCAは私の決断を信じて……いるわけではないんだろうけど、私のうしろをついてくる。
ふと、思い立って私は立ち止まった。私は、男のほうに振り返る。
「最後に一つだけ聞かせてもらってもいい?」
「何でしょうか、私たちの勢力が目指すユートピアの話でしょうか」
そんなことではない。私は首を振る。
「敵のMOCAを無線で動くように改変した人は誰?」
「あなたの、よく知るお方ですよ」
ああ、そうか。
やっぱりそうなんだ。
目的地へ向かって、私たちは進む。通称『MOCAの寝室』まで、どれくらいで着くだろう。
隠し階段。その先は無明の闇だった。MOCAに内臓されている非常用の懐中電灯が闇を切り裂いた。ヴァーミリオン先生からは、「この機能は燃費が悪いから、よほどの非常時じゃない限りは使うべきでない」と言われていた。今がその非常時だ。完全な闇は本当に恐怖だ。この機能があってよかった。後でMOCAには焼肉をおごろう。食べ放題コースをおごろう。
あーあ、それにしてもな、そばにヴァーミリオン先生がいれば暗闇を理由にしがみついてやるんだけど、残念ながらMOCAと二人旅だ。なんて、そんなことを考えてしまうのは、不安を紛らわしたいからだろうか。
こんな大規模な地下通路で道に迷ってしまったら、外に出られる自信がない。だから、ひどく不安で、肌寒いのに汗が止まらない。
目印や、壁面に彫られた簡易マップを見逃さないようにしないと。
洞窟内を歩いていると、壁に彫られた目印や、いくつかの積まれた石がある。道に迷わないための目印として刻まれているものもあれば、縄張りを示すものとして置かれているものもあった。
学園内には色々な勢力がある。それぞれが敷地の一部を支配しているのだけれど、実はこの地下通路は、全ての勢力の拠点に繋がっている。だからこそ、目印や簡易マップが存在しているというわけだ。
「それにしても、誰もいないわね」
よく反響した。誰も返事をしなかった。
男の言ったとおり、通路は敵に支配されてはいなかった。赤いMOCAの姿はどこにもない。
作戦開始前の予想では、赤いMOCAがうじゃうじゃ湧いているものと思い込んでいて、この地下通路を使うことは絶対に無理だと思っていた。でも、私が勝手に決め付けていただけで、実際には、こんなにも簡単に、すいすい移動ができる。
ここは重要な通路のはずだから、MOCAを配置できるならより重点的に置くはずだ。そうしないってことは、やっぱり、本当にMOCAを地下で運用できないってことだろう。
敵の立場になって考えてみれば、確かに納得がいく。
もしも無線電波による命令が届かず、コントロール不能になったら、その時にMOCAがどのように動くのか予測不能だ。
たとえば、もし通路内でMOCAが全く動かなくなってしまったら、別の勢力にMOCAの解析をされてしまう。反対勢力もMOCAを手に入れることができてしまう。これでは、せっかくの武力独占が崩れてしまうだろう。
圧倒的武力を独占し、その状態を維持管理すること。これができなければ、武力支配が不安定になるのは避けられない。武力以外で統治する場合は、また話は別だけども。
考え事をしながら進むうちに、分かれ道に突き当たった。
「MOCA、どっちかな?」
しかしMOCAは答えない。今のMOCAは、私の判断に従うことしかできなかった。
つまんない景色の中を歩き続けること三十分。あちこち迷いながらも、目的の場所に着いた。第八校舎に続く曲がりくねった道の直下だ。
重たい鉄扉を開く。
スイッチを入れ、明かりをつける。
大きな部屋には、大小さまざまな機械があり、カラフルなコードが床を走っている。何よりも目を引くのは、MOCAが眠るはずの乳白色のカプセル。いくつも並んでいるが、中にMOCAは居ない。人は誰もおらず、人の形をしたものの姿も一つとして見られない。
この広大なMOCAの寝室は、かつてはMOCAが管理していた。異物がここに侵入した瞬間に、即座にMOCAが反応して排除するようプログラムされていたのだ。しかし、今や、もぬけの殻。
「ここが、あなたの寝室だったのよ」
私はMOCAに向かって言ったけれど、特に反応しなかった。
反応が無いってのがわかってるのに、ついつい話しかけてしまうのは、やっぱ、一人で地下通路に来てる恐怖を誤魔化したいからなのかな。
ああ、本当に不安だ。作戦失敗は許されない。私にできるだろうか。
いいや、できる。できるはずだ。やるんだ。やり抜こう。
私はMOCAを信じている。その可能性を。誰よりも信じている。
一刻も早く、ヴァーミリオン先生を救いたい。MOCAを救いたい。
そのために――。
これから私は全てのMOCAを、止める。




