17 ヴァーミリオン救出作戦1
隊列を組んで歩く戦闘用MOCAの群れは、その存在だけで周囲を萎縮させた。昔のMOCAと違うのは、MOCAの服が赤色に変更されたことくらいで、美しさも強さも、以前と変わらない。
いや、単純な戦闘力という観点から言えば、もしかしたら以前よりも改良されて強くなっているかもしれない。「メイドを守る」という攻撃には邪魔だったプログラムが消去されているのだから。
ほんの数日のうちに、大量のMOCAが配備され、校内に監視の目を光らせるようになった。図書室職員の情報は間違いではなかったようだ。
学園は一つのグループによって支配され、支配者に反逆する者は冷遇され、ひどい場合は処罰されるようになった。なんとも生きづらい世の中になってしまった。
このままじゃダメだ。
早々に手を打たないと、学園が破滅してしまう。
私は、今回の作戦にあたり、MOCAをダウングレードした。もとの戦闘用MOCAに戻したのだ。作戦内容を考えると、どうしても、そうする必要があった。
「ごめんね、MOCA。こんな使い方、これで最後にするからね」
私はそう言って、育ちかけのMOCAデータを別の場所にコピーし、戦うためだけに生まれたMOCAを目の前に呼び戻した。
「ご主人様、ご命令を」
彼女は、跪き、そんな言葉を口にした。私はしゃがみこみ、彼女の冷たい手を強く握り締めた。
「――私と一緒に、ヴァーミリオン先生を助けに行こう」
図書室の地下から進軍を開始する。
螺旋階段を二人、上へ上へと昇っていく。
一般の人が読書するスペースを通ったのだが、すでにMOCAが数体、徘徊していた。私みたいな反逆者がいないかどうかパトロール中なのだろう。
早くも開始されてしまった、かくれんぼ。
オニだらけのかくれんぼ。
でも、これは予想の範疇だ。
敵のMOCAが少ないルートを、こそこそ動き回り、図書室から外に出る。どこも警備が厳重だったが、図書室の正面エントランスが最も手薄で、脱出の成功が高いように見えた。
しかし。
図書室を出るときに、さっそく三体のMOCAに囲まれた。どうやら私はすでに、敵に目を付けられているらしい。
たしかにね、封印されたはずのMOCAを連れ歩き、地下に籠もりきりで何をしているのかわからないとなれば、支配者としては捕まえて尋問したくなるだろう。
敵の目線で見れば、私はヴァーミリオン派の残党なのだ。
十中八九、敵のMOCAたちは、私を捕らえるよう命令されている。
敵のMOCAの数は、およそ五百体。すごい数のMOCAが学園内を徘徊している。
だけど私は、簡単に捕まるわけにはいかない。
「私のMOCA、私を守って」
三人ものMOCAの攻撃を、私のMOCAが防いでいる。
赤い服を着たMOCAが三体と、紺色の戦闘服に身を包んだMOCAが一体。
無表情のMOCAから、次々に繰り出される拳や踵。その一つ一つの動作が、速くて、重い。一発でも当たったら、私なんかすぐに動けなくなってしまうだろう。
それにしても、すごい。一糸乱れぬコンビネーションは相変わらずだ。一体でさえ強いのが三体で連携して、戦闘力は何倍にも膨れ上がっている。敵にすると、こんなにも恐ろしい。
このままでは、私のMOCAが殺されてしまうのも時間の問題だ。
どうすべきか考えているうちに、私のMOCAが吹き飛び、図書室のガラス扉に蜘蛛の巣状の亀裂が走った。
「MOCA!」
丈夫なボディを持つ紺色のMOCAは、まるでダメージなんか受けていないかのように、すぐに立ち上がった。今は、ただの戦闘用MOCA。「痛み」を感じる機能はオフにしてある。
私のMOCAは、お返しとばかりに赤いやつの腰にめがけて回し蹴りをお見舞いした。赤い服のMOCAは吹き飛び、エレベーターの扉にぶつかり、ドアが少し凹んだ。
「大丈夫? MOCA」
私の紺色MOCAは返事をしない。エレベーターの扉を背景に、立ち上がった敵を見据えている。
エレベーターか……。
あ、そうか、ここの三人のMOCAは、最上階へと続くエレベーターを死守するように命じられているのか。最上階には、ヴァーミリオン先生が閉じ込められているのだから、警備が厳しいのは当然だ。
でも逆に、こう考えることもできる。警備を厳命されているのなら、持ち場を離れることもできないんじゃないか。
だとしたら、増援を呼ばれる前に……。
「MOCA、ここは逃げよう!」
走り出す。
一体のMOCAだけが、私の指示に従った。
思ったとおり、敵のMOCA三人組が追ってくることはなかった。
私は樹木の陰から、ヴァーミリオン先生のほうを見上げる。桜の蕾の向こうに、学園で最も高い場所、第二校舎の頂上が見えた。
これから、気をつけねばならないのは、持ち場を守るMOCAよりも、むしろ、場所の制約なく動き回っている哨戒型MOCAだ。
敷地内を徘徊しているMOCAに発見されないよう、目的の場所を目指そう。
さて、ひとまずの目的地候補だが、いくつかある。事前に学園内の見取り図で確認してきた。
私の作戦には、画面とキーボードのついた高性能コンピュータが不可欠なのだが、学園内に新型のコンピュータを備え付けてある場所が、複数ある。
たとえば、ヴァーミリオン先生と私が使っていた古文研究室。だけど、あの第六校舎エリアは警備が厳しいし、私という存在が警戒された今となっては、近づくことすら難しいだろう。
たとえば、三号校舎にコンピュータールームという部屋があって、そこになら求める性能のコンピュータがある。だけど、あそこは、敵の技術班がMOCAプログラムをコントロールしているエリアだ。
最も厳重な警備が敷かれているだろう。あそこを陥落させるには、全然戦力が足りてない。MOCA百体くらい連れて行かないと、まず無理だ。
図書室の端末は書物検索用だから制限がかけられているものばかりだし、仮にしょぼい機械の中に高性能のものがあったとしても、図書室には哨戒型MOCAがたくさんいる。
さらに、もう一つ重大な問題がある。
そもそも図書室に戻るためには、またエレベーター前のMOCA三人衆と戦わなければならないのだ。
それは避けたい。
他に思い当たる場所は……無い。
あれ、やばい。本当に思い当たる場所無いよ。
なんてこった。いきなり行き詰ったじゃないか。
お粗末な計画を立てた自分に腹が立ったが、綿密に計画を立てている余裕は無かったんだ。恐怖のMOCAに学園が完全に支配されてしまう前に、手を打たねばならなかったから。
「うーん、どこかに無かったかなぁ」
記憶を搾り出す。
一つ一つの校舎を、頭の中で思い浮かべながら行き先を探す。
第一校舎は邪教徒の集会所、第二校舎は図書室やスカイジェイル、第三校舎はコンピュータルーム、第四校舎はサークル活動や部活動に使われている。第六校舎は古文研究室のある棟。第八校舎は校長室などがあって、敵の本丸。
どこへ行けば良いだろう。なお、第五、第七、第九校舎は、警備が手薄なものの、授業のための教室が大半を占めていて、注目すべき重要な施設は無い。当然、そこに私が求めている性能のコンピューターなんてものも無い。
どうしよう。
第一校舎で邪教徒に協力を要請する? いや、ヴァーミリオン先生を助けるためだってことはバレバレだろうから無理だ。邪教徒はヴァーミリオン先生に弾圧されたと思っているのだから。それに、ここの邪教徒集会所にいる連中は比較的穏健派で、争いを好まない人々なのだ。できれば巻き込みたくはない。
第二校舎にいきなり乗りこんでみる? だめだ、返り討ちだ。
第三校舎も同様だ。
第四校舎のサークル棟に関して言えば、ここに高性能なマシンがあるという話は聞いたことがない。だが、探してみる価値はあるかもしれない。パソコンサークルが存在しているなんて話は聞いたことがないけれど、情勢は刻々と変わるものだ。私が訪れた頃とは様変わりしているかもしれない。あの第四校舎は、さまざまな小組織が入って混沌としているため、思いがけない発見に期待できる。
作戦開始から十五分、早くも行き詰った私は、打開策を探すために第四校舎へと向かったのだが……。
「待ちなさい」
建物に入ろうとしたところ、
「あなた、以前と顔つきや服装は違うけど、ヴァーミリオンのメイドをしていた人よね。だったら、ここには入って来ないで欲しい」
入ることさえできなかった。私とMOCAの前に、メガネの女が立ちはだかった。第四校舎へ続く狭い通路を一人で見張っていた。
「もしかして、この建物も、すでにMOCAたちに占領されてしまった?」
女は首を横に振る。
「まだここには、やつらの手は伸びてないわ。でも、だからこそ、あなたをここに入れるわけにはいかない」
「どういうこと?」
「わからないものかしら。あのヴァーミリオンのメイドのくせに」
私はムッとした。だけど、なるほど、よくよく考えてみれば、私の立ち入りを阻止するのは当然のことかもしれない。
私は自分を落ち着かせるように息を一つ吐き、続けて言う。
「私が第四校舎に入ることによって、敵に攻め込む口実を与えるのね」
「その通り。もしやつらに占領されてたら、あたしはここには居ないわよ」
「なるほど。そりゃそうだね」
「あたしたちは中立よ。一日でも長く、学生らしいマトモなサークル活動をしていたいの。政治の争いに巻き込まれるなんて、まっぴら御免こうむるわ」
「わかった。そういう事情なら、ここには入れないわね。だけど、一つだけ教えて欲しいことがある」
「何かしら。ヴァーミリオンのメイドにわからないことが、あたしにわかればいいんだけど」
いやみったらしい言い方が少々頭にきたけれど、このくらいは慣れっこだ。
平気な顔で大事な質問を繰り出す。
「このあたりに、高性能なコンピューターはないかな?」
「何を言うかと思ったら……。高性能なマシンといえば、あなたの隣に立っているじゃないの」
女は紺色のMOCAを指差していた
「彼女は違う。私が探しているのは、画面とキーボードがついたコンピューター」
「ああ、そっちね。うーん、そんなに性能の良いやつは、ここらには無いと思う。でも、そうね。手掛かりになるかどうかはわからないけど、学園内の情報に詳しい人間なら、紹介してあげないこともないわ。特別サービスよ」
ベンチの下に二人で重なるように潜り込み、MOCAのパトロールをやりすごした。開け放たれた扉から、第一校舎へと入っていく。
ここは、邪教徒の拠点がある場所だ。地下深くの大ホールが邪教徒の集会所と化している。あまり近づきたくない場所だが、高性能コンピューターのためなら仕方ない。
いつも熱心に布教をしている坊主頭の人間が、ナントカ経という名のありがたい呪文を唱えている。救いを求める信者たちは、その呪文を「ありがたや、ありがたや」と聞いている。
何か現実世界で見えもしない何かへの信仰があるんだろうけど、私にとって、その光景が非常にばからしく見えた。それよりも大事な現実を思い出してほしいと、あらためて思う。
この邪教は、自分自身という存在をないがしろにさせているように見えて、私は気に入らないな。
さて、先ほどメガネの女は、私に名刺を手渡した。
「この方に会いに行くといい」
「ロッシ・チャン?」
「学園のことなら、だいたい全部知ってるから」
名刺といっても、所属や肩書きも記してないし、住所や連絡先や電話番号も書かれていないから、これを名刺と呼んでいいものか疑問なんだけど。でも、名刺に使われるサイズの硬めの紙に印字されているので、名刺と呼んであげることにしよう。
さっそく、名刺に書かれたロッシという名前の人間を探す。しらみつぶしに聞き込み調査だ。私は学生に名刺を見せ、たずねる。
「この名前の人、知りませんか?」
「ああ、知ってるよ」
「本当ですか。どこに居るかとか、わかりますか?」
「さあ」
だいたい皆、こんな感じの反応だ。年配の人にもきいてみたけれど、空振りだった。お経を読んでいる坊主にも名刺を見せたけど、ゆるやかに首を横に振った。
口をそろえて、ロッシという名前を聞いたことはあるけれど、会ったことはないという。
街で有名人の知り合いを探そうとしても、なかなか本人には会えないと思うが、そのことに近い気がする。
かつて大講堂だった集会所には、多くの人がいた。でも、百人以上に聞いてみても見つからない。
――あのメガネ女に、いっぱい食わされたのだろうか。
そう思った時、私の前に一人の男があらわれた。
名刺を見せたところ、名刺に書かれたロッシ・チャンという人物の弟子であるという。
メガネ女に騙されたわけではなかったようだ。
「お師匠様は、『眠たい。そのような所へ行くのは面倒くさい』というような発言をされたので、かわりに道士の私が伝言のために参上しました。伝えて来いと言われたのは、ただの一言」
「それは……?」
「――MOCAの寝室」




