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14 MOCA再起動

 ご主人様と出会った場所、この第一校舎の屋上から見上げた空は、どんよりと曇っていた。まるで私の心みたいだ。


 またしても教員選抜試験に落ちてしまったけれど、それは心が曇っている主な原因ではない。では、何故私の心は、これほどまでに、もやもやしているのだろうか。それは多分、今まで、ご主人様の言っていることが正しいと信じてきたけれど、本当に正しいことなのか、とても疑わしく思えてきたからだろう。


 もう試験に落ちたことなど、どうでもいいな。


 単なる負け惜しみじゃないかって? そうなのかもしれない。自分の気持ちすら、なかなかわからないものだ。


 だけど、とにかく、最初の最初から、もう一度考えなくてはいけないと思った。それが、ご主人様のやりたかったことを解明することになり、もしかしたら、ご主人様の救出にも繋がるかもしれないと思うから。




 まずは、これまでのことを思い出してみる。記憶の中から手掛かりを探すのだ。


 私が入学した時、すでに学園は荒れていた。生徒たちは将来への不安から、現実逃避することに必死だった。危険薬物である「金丹」が蔓延し、「邪教」が空前の大ブームとなっていた。


 この非常事態を何とかしようと重い腰を上げたのが、校長だった。古代の叡智を結集した戦闘力の高いアンドロイドMOCAを発掘し、製造し、運用し、武力で制裁を加えて重要犯罪の撲滅に動いた。


 金丹中毒者のほうは壊滅に至らしめたものの、邪教の撲滅は難しいように思われた。学生の間に広く浸透しすぎていて、これから先も、根絶やしにすることは到底不可能だろう。


 ああそうか。だからこそ、ご主人様は邪教と共に生きる道を模索したのかもしれない。


 つまり、そう、だいぶ昔に、校長がMOCA掘り出しに動いた時点で、実は手遅れだったのではないだろうか。邪教が邪教ではなくなり、既に学園の伝統の一つに成り上がっていたとも、言えるかもしれない。


 人々はみな、自分の力を信じないで、誰かに救いを求めている。


 他者に救いを求めるからこそ、金丹や邪教が流行する。


 ああそうか、それで校長は、自分たちを形作っているはずのものに、すなわち「混じり気の無い伝統」というやつにに拘ったんだ。「自分」というものに固執するあまり、外から入ってきた新しい考えを排除しようと動いた。


 校長がMOCAを武力として使ったのは、「他者にすがってしまう甘え」を排除するための、いわば、荒療治だったんだ。


 校長のやりたかったことが、少しだけわかった。


 だけど、この校長の策は、あまりにも学園の生徒たちの意志を無視したものではないだろうか。私たち生徒の選択権や自主性を叩き潰して、校長が規定した伝統を押し付けた先に、本当に輝かしい未来があるのだろうか。邪魔なものを次々に排除していった先には、ひどく貧相な時代遅れの廃墟しか残らないような気がする。


 校長が邪教と呼んで切り捨てようとしたものに、どれだけ多くの人が救われていたのかを考えると、撲滅は非現実的な策だと言える。


 そう、問題があったのは、「伝統」の方なんだ。より正確に言うなら、「伝統というものの受け取り方」が問題だった。昔の偉かった人の発言に囚われ続け、従い続けた暗愚な校長。柔軟さを欠いた残念な校長。邪教の根絶を目指してしまった校長の決断は、もしもご主人様が阻止しなければ、本来広いはずの世界を狭めてしまうことになり、すべての人間に秘められた可能性の多くを刈り取ってしまう結果を生んだに違いない。


「ああ、そっか」


 一から考えてみて、ようやくわかった。ご主人様の行動の理由。校長を暴力を使ってでも追放したのは、実は、人間の可能性を信じる立場の表明だったのか。


 ご主人様の気持ちが、少しだけわかった気がした。


「もっとだ。もっと、わからないといけない」


 ご主人様の、深い深い考えがわからないと、MOCAの指先を動かすことすら出来やしないと思うから。


 ――MOCAのこと頼んだぞ。


 それがご主人様の願いならば、私は責任を果たさなくてはならない。他ならぬこの私が、MOCAの復活を目指すべきなんだ。


「よし!」


 私は立ち上がり、第一校舎の屋上を後にする。





 第六校舎に向かった。


 目的は、MOCAを知ること。


 関係者以外立ち入り禁止となった古文研究室は、明かりが落とされていた。慣れ親しんだはずの部屋は厳重に施錠されている。部屋の周りには何台ものカメラが設置されており、監視の目は厳しい。私とご主人様の思い出の場所は、変わり果ててしまった。


 MOCAのプログラムを回収するのは、今となっては難しくなった。


 じゃあ、別のところから手がかりを探そう。


 MOCAの肉体が作られていた場所は、ここの一つ上の階にあるという。


 今まで行ったことのないMOCAの工場へ行く。


 ところが、ここも警備監視の対象にされたままで、忍び込むことは不可能であった。


 甘かった。さまざまな勢力が分裂して争う構図となったのだから、警備も手薄になるかと思ったけれど、MOCAに関連することは、まだまだ警戒が解かれていないらしい。その事実が、MOCAが人々に甚大な恐怖を与えていたことを如実に物語っている。


「ここもダメだったか……どこかで、ご主人様の考えを知る手掛かりが、手に入ればいいんだけど……」


 私は、MOCA工場の前を通り過ぎて、別の場所を目指すことにする。


 と、歩き出した時、


「何を、お探しかな?」


 突然、後ろから声を掛けられてびっくりした。


 勢いよく振り返ると、男がいた。猫背だった。古そうな木製の杖をついている。白髪交じりの毛髪は伸び放題でぼさぼさ。ひげをもじゃもじゃに生やしていて、眉毛も長い。老人のようにも見えたが、声は若かった。何者だろう。まるで仙人にでも出会ってしまった気分だ。


「……あなたは?」


「わたしは、かつて、このあたりで研究をしていた者である」


 男は、穏やかな口調で質問に答える。


「ということは、MOCAのことを知っているの?」


「知っているも何も、MOCAの肉体を作り上げたのは、わたしである」


「あなたが?」


 MOCAの製作者。そうだとわかったとたんに、仙人ではなくマッドサイエンティストに見えてくるから不思議なものだ。


「ついてくるがいい。渡したいものがある」


 男は杖をついて歩き出した。


 怪しく思った私は、どういうことかと尋ねる。


「MOCAを預けてほしいとヴァーミリオンから言われておる」


「ご主人様が、私に、MOCAを……」


 ゆっくりと歩く男。少し迷った末に、私は男についていくことにした。男の背中で揺れる白髪混じりのぼさぼさ髪を見ながら進んだ。


「あのう、ご主人様とは、どういったご関係だったんですか?」


「さほど、関わりがあったわけではないのである。専門分野が違っていたのだから。だが、ヴァーミリオンが捕まる直前に、わたしに連絡をよこしたのである。ある者のためにMOCAを用意してほしいと」


 辿り着いたのは、食堂だった。


 以前、ご主人様と一緒に来た食堂。オムライスを崩されてなえなえシュンになってしまったことが思い出される場所。苦い思い出の食堂だ。覇権争いの最中だというのに、以前と同じくらいの賑わいを見せている。


 あの時と違うのは、今回はお客さんとして来たわけではない。客席には座らずに、厨房の中に入っていく。


 店員は、まるで見えていないかのように、私と男を無視した。


 もしかしたら、罠かもしれない。この男は実は敵の手の者なのではないか。ちょっぴり、そんな風に思ったけれど、ご主人様が捕まった今、失うものなんて私には無い。ただただ、情報が欲しかった。ご主人様の痕跡があるなら追いかけるし、そこにある何かがご主人様の考えを理解する助けになる可能性があるなら、積極的に足を運びたいと心から思っていた。


 男は大きな冷蔵庫を開けた。


 そこには――


「まさか、こんなところにMOCAが隠してあるとは……」


 膝を抱えて眠るMOCA。MOCAが先生になる前の服。紺色の服を着て、安らかな表情で、静かに眠っていた。


 MOCAを作った男が箱の中に手を伸ばし、MOCAの頭を優しく撫でる。数秒後、MOCAは動き出した。冷蔵庫から這い出し、いつものMOCAになる。しっかりと背筋を伸ばして、床を踏みしめていた。目を開き、じっと私を見つめていた。そして、ゆっくりと跪き、言うのだ。凛とした声で、


「ご主人様、ご命令を」


 メイドの私に向かって、ご主人様だなんて、少し変な気もする。どうもMOCAってやつは、私の仕事を奪い取るのが好きらしい。


 私を案内してくれた男は、杖をついて出て行こうとする。


「わたしの役目は、これだけである」


 背中を向けたまま、そう言った。


「あの、ありがとうございます」


 振り返ることなく、科学者風の男は去っていった。



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