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13 託された想い

 二十五階建ての建造物。かなりの高さを誇るインディゴブルーのビルだ。平和な頃は、眺めの良いレストランなんかがあったりして、素敵な場所だった。でも今は犯罪者の収容所となっており、スカイジェイルと呼ばれている。その最上階の一室に、ご主人様は閉じ込められてしまった。


「未熟者」


 自分に向かって言ったけれど、未熟者っていう言葉は、自分に向けて使う言葉じゃないのかもしれない。この状況で自分に向けて使ったら、自分を責める言葉じゃなくて、単なる言い訳になってしまうんじゃないかと思った。


 未熟なんだから仕方ないよねと自らに言い聞かせてしまっているかのようで、さらに悔しさが増す。


「未熟者め」


 手鏡に向かって言ってみた。ひどい未熟者の顔が、そこにあった。何泣いてんだ。泣いたからって、ご主人様は帰ってこないんだ。


 指先で涙を拭う。


「MOCAを頼む……か」


 それが、ご主人が私に託した言葉。


 どういうことだろう。MOCAは、既に敵勢力によって封印されてしまった。学園内からMOCAは姿を消し、研究室や地下のMOCA寝室は立ち入り禁止になった。その上、研究データも解析のために没収され、電気も止められている。私の自由と身の安全は保障されているものの、MOCAのデータを取りにいくことは難しいし、そもそもMOCAのボディも無いのでは、「頼む」と言われてもどうしようもない。


 隙があるとするならば、ご主人様が捕まった後、敵勢力が分裂して混乱の中で睨み合いをしていることくらいだろうか。同盟と裏切りの連続の中で、誰が学園天下を獲るのか、醜い覇権争いが続いている。


「争い、か」


 その引き金を引いてしまったのは、たぶん、残念なことに私のご主人様であるヴァーミリオン先生だったと思う。ご主人様が校長を追放しなければ、もしかしたら……。なんて、もう起きてしまったことを言っても虚しいだけだけど。


 起きてしまったことに「もしも」も何もない。


 私が考えるに、ご主人様がやろうとしていたことは、いわゆる「邪教」と「学園の伝統」との調和だったと思う。迫害や排除ではなく、融合させようと画策していた。学園の伝統をベースにしながら、伝統に凝り固まらず、新しい良いものを見つけたらよく噛み砕いて、栄養にして進んでいくような、柔軟な道。


 その道を実現させるために、MOCAという力が必要だったはずだ。


 校長は、MOCAを、金丹や邪教を排除するために使っていた。つまり、敵をほろぼす暴力として使うよう命じた。だけど、ご主人様はMOCAを武力や恐怖の象徴として使うことに乗り気ではなかったふしがある。


 まだまだMOCAのすべてが解明されたわけではないとも言っていた。


 と、そこまで考えて、はっと気付く。


 ――ああ、そうか。


 私が作るのか。封印されたMOCAのかわりに、新しいMOCAを一から作りなさいと、ご主人様はそう言っているのか。


 その先に、ご主人様を助け出す道も開けてくるということかもしれない。


「今の私に、できる?」


 鏡の中の私の顔は、不安でいっぱいの様子だった。


「だよねぇ……」


 物事には順序があるって先生もよく言っていた。


 幸い、前回愚かにも白紙提出した試験がやり直しとなり、その試験が来月に予定されている。実力をはっきりと示して、ご主人様と同じ肩書きを手に入れよう。


 すべては、それからだ。


  ★


 試験問題は、以前見たことのある問題だった。すべて過去に出された問題からの流用であった。準備期間が不十分だったのだろうか。どれもこれも、一問も漏らさず、見たことのある問いだった。


 ――聖人とは何か説明せよ。

 学ぶことによって、誰もが聖人になれる可能性がある。それがご主人様の考えだった。これについては、何度考えても並々ならぬ違和感があるのだけれど、どうせ模範解答はご主人様の考えに沿ったものだろうから、とりあえず、今度こそしっかり暗記した内容を書くことにしよう。


 一度見たことのある問いを相手にするのは、難しいことではなかった。模範解答は、すべて頭の中に入っている。しかし、だからといって、「試験なんて楽勝だ」というわけにはいかなかった。

 どうしても理解に苦しむことがあった。それは、ご主人様の口から何度きいても、しっかり理解できなかったこと。


 ――万物の仕組みについて説明せよ。

 そんなことを言われても。

 ご主人様の話によれば、万物には、共通する要素があるのだという。それぞれの物体が違う形をとっていたとしても、木にも、水にも、岩石にも、動物にも、そして人にも、必ず同じ部分がある。世の万物は、ひとつのものが分かれているだけで、共通する何かがあるはず。だから、それぞれの物体を注意深く観察することによって、その根本にある共通の何かを類推することができるというわけだ。その類推を蓄積することによって、不思議なことに共通の何かが見えるようになる。すると世の中に対する理解が深まり、ある瞬間に突然「ああそういうことだったのか」と悟ることができ、その後の人生では、より良い選択ができるようになるらしい。


 答案には、こういったことを書いていけば及第をもらえるのだろう。


 観察、推測、蓄積、段階を経ての悟り……か。


 何を言っているのか、何となくわかる。でも、何となくしかわからない。どんなことに役立つ知識なのか、はっきり具体的にわかるためには、どうすればよいのだろう。


 たとえば、ここに机がある。今、私が固まった両手を乗っけている机とは一体何だろうか。まず、椅子とセットで使われることが多い。今は真っ白の答案用紙を載せている。木材で作られている部分と金属が使われている部分がある。両端には荷物をかけるための部品が取り付けられている。


 だからなんだ。なんなんだ。机のことがわかったからといって、世の中の何がわかるっていうんだ。


 私は木目を見つめた。机の木目を見つめながら、何か簡単な答えが浮かび上がって来ないかと期待した。


 そんな甘い話はない。


 再び、机とは何なのか。その根本にある、万物と共通のものは何なのか。鉛筆を走らせる音が響く教室で、私は腕組をして考えていた。


 試験の残り時間、終始しかめ面で机を見つめ続け、そのうち激しい頭痛が襲ってきて、そして私は――。


 気を、失った。


 また落第だ。




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