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11 クーデター2

 それは、私にとって、あまりに突然のことで、とても受け入れがたい事だった。


 校長の政策に対する皆からの反発があるってことは、読めていたことだ。それが大騒ぎに発展してしまうことも、予想できなくは無かった。だけど、そうなってしまっても、ご主人様のつくったMOCAが、しっかりと鎮圧するんだろうなって思っていたんだ。


 だって、ご主人様は、何よりも平和とか秩序とかを愛していて、誰よりも争いや混乱を憎んでいる人だって思っていたから。


 いや、今だって、そう思っている。こんなことになっている今になっても、まだ、ご主人様は、本当に平和を愛する優しい人なんだって……。だから、こんなことになっているのには、ちゃんとした理由があるんだって――。


 校長室で、ご主人様が堂々と仁王立ちしている。反対に、校長が小さくなって怯えている。老人を追い詰める長髪の若者。


 ご主人様は、いつもと違って、うしろで縛った髪形。その背後には、MOCAが十体、ずらりと並んでいて、あろうことか学校の長であるソリッドウェル校長に対して敵意を向けている。私は、アンドロイドたちの背中越しで繰り広げられる展開を、呆然と見ていた。


 今回の騒ぎを受けて、私とご主人様は、第六校舎にあるモニタだらけのご主人様の部屋を出た後、すぐさまエレベーターに乗った。実は、私も驚いたのだが、第六校舎のエレベーターは、『B1』までの表示しか無いけれど、隠しスイッチを押すと、『B3』にまで潜ることができるのだった。


 地下三階の真っ暗な細い通路は、全ての校舎に繋がっている。平常時は誰にも使われることの無い隠し通路だが、生卵が舞う騒ぎになってしまったら、もう使うしか無い。ご主人様が移動中にそう説明してくれた。


 かくして、懐中電灯で道を照らし、私は暗闇を歩く恐怖からご主人様の腕にしがみついて、「おばけやしきじゃないんだから」と呆れられながら、重たい鉄扉を開き、第八校舎の地下に出た。正確に言えば、第八校舎の建物が建っている場所の地下ではなく、第八校舎に続く曲がりくねった松林の道の直下だ。


 薄暗い大きな部屋には、大小さまざまな機械があり、カラフルなコードが床を走っている。何よりも目を引くのは、MOCAが眠る乳白色のカプセル。いくつも並んでいる。


「この巨大なMOCAの寝室は、全てMOCAが管理している。MOCA以外で入れるようになっているのは、僕と君くらいのものだ。校長でさえも、ここに入ることはできない。異物がここに侵入した瞬間に、即座にMOCAが反応して排除するようプログラムされている」


 ご主人様は、淡々と語りながら、次々とMOCAの卵を割っていく。


 中から出てくるのは、濃紺の戦闘服を着たMOCAだ。すらりとしたシルエットで、卵から出たばかりだというのに、すでに紺色の戦闘服を纏っていて、凛と背筋を伸ばして立っていた。


 十個の卵を割って、十体のMOCAが、ずらりと並んだ。


 じっと静かに立っていて、ご主人様の指示を待っているようだ。


 頭の上の地上では、たぶん大騒ぎが続いているんだろうけれど、MOCAたちは、ご主人様を注視していて、ほとんど音を立てていない。そんな光景を見て、私は、なぜだか背筋が寒くなった。実際、季節は真冬だからか部屋の温度は低かったけれど、そういう種類の寒さじゃなくて、もっとゾッとするような、それこそ本当に、おばけとか、幽霊とか、妖怪をこわがるような。


 ご主人様は、何か決意するように一人頷くと、髪の毛を束ねて頭の後ろで結び、てのひらに収まるような小型のコンピュータを取り出し、操作して、おそらくMOCAたちに指示を送った。そして、


「それじゃあ行こうか」


 再び歩き出したご主人様の後を、十のMOCAが同じ速度で、同じ間隔で、同じ歩幅で一列に連なってついていく。さっきよりも早歩き。私は置いていかれないように、小走りで後を追った。


 ご主人様のすぐ後ろというポジションは、私の場所にしたかった。いつでもご主人様の手助けができるように。


 こんな、MOCAに……人間じゃないロボットたちに、自分の大切な場所を奪われたくない。私のひらひらのメイド服が泣いてしまう。


 私は、無理に割り込んで、ご主人様の背中のすぐ後ろを奪回した。


 ふふん、と得意げに笑いながら、MOCAに視線を送ってやったけれど、MOCAは特に何も感じていないようで、相変わらずの無表情だった。どうしてか少し悔しい。


「こっちだ」


 ご主人様が、導いていく。階段をのぼる。


 新築、第八校舎の裏にある、学生が普段通らないような場所に繋がっており、扉を開けて閉めると、自動でロックが掛かった音がした。


 第八校舎に入って、校長室へ直通のエレベーターに乗るため、エントランスを横切る。


 窓の向こうに、私たちと行動を共にしているのとは別のMOCAたちの背中がずらり並んでいるのが見える。さらに奥には、黒山の人だかり。松の木に登ってギャアギャア喚いている人もいる。校長に敵対する人々は、とうとう門の中に入り切れなくなって溢れてしまっていた。


 私は、そんな暴れたがりの人たちを目にして、なんだか無性に悲しくなった。


 ――ご主人様も私も、争いが嫌いなのに。


 エレベーターで最上階にのぼって、重たい扉をMOCAが開けて、白髪頭を抱えている校長が見えた。校長の暗かった顔に希望の光が灯った直後、私は混乱した。


 ご主人様は、学園の平和を守るために、校長を助けようとして、ここにMOCAたちを連れてきたんだと思っていた。


 だから、「おお、まだMOCAがいたのか、そいつを使って、さっさと、地上で群がっている邪教徒どもを鎮圧してくれ」と言った校長に対して、ご主人様がとった行動や態度は予想外で、私は大いに戸惑ったんだ。


「その席を、僕に譲ってもらう」


 ご主人様の言葉に、校長は入れ歯をすっとばしそうなほどの顔で驚愕した。けれど、すぐに状況を把握し、勝ち目が無いことを理解したように、うなだれた。


 私は、こんなタイミングで、こんな形で校長がその地位を退くのは変だと感じながらも、どうしていいかわからず、ただおろおろしているばかりで、そのうちに、ご主人様の真後ろっていうポジションもMOCAに奪われてしまった。


 壁を作るみたいに横に並ぶMOCAの隙間から見た校長は、威厳なんて感じられないくらい小さい人物に見えた。


「すべて、お前のしわざか……」


「いいえ、ご自分で招いた結果です、ご老人」


 もう、校長と呼ぶ気も無いらしい。この人は、ご主人様にとって、そこらへんを歩いている人と同等かそれ以下の、何ら特別でない人になってしまったようだ。


 ご主人様が校長を嫌っていたことは知っていた。私だって、校長の考え方は好きじゃない。できれば、ご主人様が一番上に立ってくれればいいのにって、何度思ったことか。


 だけど、こんな風に、争いで、武力で頂上を奪うなんて、ご主人様らしくない。全然全然、優しくない。


「これは一体、どういうことだ。MOCAは私の命令を最優先に聞くように設定されているはずでは……。それが、私に逆らうなどと……」


「お忘れですか。MOCAのプログラムは、僕が組み上げたものです。MOCAを動くようにしたのは僕です。ただ掘り出しただけのあなたとは理解度が違うんです」


「くっ」校長は、悔しげな声を漏らして、言う。「だがヴァーミリオン、お前の今の行動は、お前が大事にしている『聖人の教え』に反するのではないか。古の書物によれば、父と子の関係と、君と臣の関係は絶対のはずだ」


「いいえ、ご老人。暴政で民の心が離れた君主など、ただの犯罪者です」


「……お前は、何がしたい?」


「決まっているでしょう。この学園を平和にして、それを維持し続けたいんです。そのためには、あなたの考え方は、僕らにとって邪魔にしかならない」


「ほう、『僕ら』……とな。他に協力者が居るということか。この状況を生むのにお前が関わっているということは……そうか、お前まで邪教に魅せられおったか。わしにとっては、やつらの書物なんぞ全て焼き尽くしてしまわねば気が済まないほどだというのに」


「僕としても、邪教は学園全体にとっての害悪だと思っていますよ。他のみんなのために尽くす、という部分が抜け落ちていて、人を独善に導いていますからね。僕らの学園を蝕んでいることは間違いないので、絶対に壊さねばならないものだと思っています」


「ならば、わしと手を組ま……」


 老人は、言いかけて、途中でやめた。ここからではご主人様の顔が見えないから、わからないけれど、おそらく、ご主人様に似合わないような顔でにらみつけたんだと思う。


「そうか。いずれにせよ、ここまで攻め込まれた以上、わしに勝ち目は無い……か」


 あっさりと、本当にあっさりと決着がついた。


「では、僕に、その椅子を明け渡してください」


 老人は、頷きはしなかったが、その無言が、やむなくの肯定を意味していることは、愚かな私にも理解できた。


「わかっていたでしょう? はじめから向かう道が違うことを。あなたの考えでは、人は付いてこない。あなたのもとで頑張る気力は起きない。ここは学園だ。学生たち皆のやる気を起こさせないような思想を持った者を頂に置いておくことは、できない」


 そして、ご主人様は、校長席に座る白髪を指差す。


「MOCA、こいつを捕らえろ」


 アンドロイドたちは、一糸乱れぬ動きで頷くと、ついさっきまで校長だった老人を、まるで金丹常習者や邪教勧誘者を捕まえたりする時みたいにして、手錠をかけて乱暴に連行していく。十人がかりで。


 白髪の老人が退場するなり、ご主人様は、安堵の溜息を吐いて、さっそく校長のふかふかの椅子に腰掛けた。


「ご主人様、どうして、こんなこと……」


「……そうだね。時には、こういう思い切りが必要で、手段を選ぶべきでない瞬間が訪れるんだ。僕は、それを見逃さなかったし、見過ごせなかった。やるべきだと思った時に、そうしないのは、勇気がないってことだ。ただそれだけのことだよ」


「学園みんなのために……ですか?」


「そう、以前も言ったと思うけれど、あの人の考え方では、学園は良い方向に進まない。僕らは敵対や排除ではなく、『共に生きること』へと舵を切らねばならない。今こそ、それをするチャンスなら、どう考えたって、そうすべきなんだよ」


 ――敵対や排除ではなく共に生きること。


「だとしても……。だからこそ、こんな方法は……」


 こんな方法は、ご主人様には似合わない。


 たとえ、やむをえないことだったとしても、こんな形で上を目指すご主人様を見たくなかった。


 本当に、これが正しいやり方だったと言うのだろうか。


 嫌だ。不快だ。すごく後ろめたくて、情けない気持ちだ。


「これからが、大変だ」


 ご主人様が、小型の情報端末の操作を終えて、机の上に置いた。その瞬間に、私のメイドスカートのポケットに入れていた小型マシンが震えた。ご主人様以外と連絡先を交換してないので滅多に鳴らない携帯端末。何かの証拠を挙げる時にカメラ機能をよく使うので、持ち歩いていた。


 届いたメッセージを開いてみれば、差出人は学園の名義で、件名は『緊急速報! 校長、退任を発表』というものだった。


 おそらく学園の全生徒に一斉送信されたのだろう。


 校長室まで届いていた騒がしい音が止んだ。


 窓越しに見下ろした人だかりが、次第に動きを止めて、静まっていくのが見えた。


 それから、また少し騒がしくなったんだけど、今度は大量のMOCAが出動して鎮圧した。


 こうして、ヴァーミリオン先生が学園のトップを奪ったのだ。



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