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10 クーデター1

 試験結果が発表された日のことだ。


 さんざん落ち込んで、慰められて、次こそは合格すると心に誓った後、私はヴァーミリオン先生のメイドという普段の仕事に戻った。


 雑用メイドの仕事の一つに、郵便物の受け取りというものがある。ヴァーミリオン先生のところに届けられる荷物は、一旦、第三校舎にある郵便物倉庫に保管される。それを第六校舎にある研究室へと運んでいくのが、日課に組み込まれているのだ。


 その日は、いつもよりひときわ大きなダンボールが届けられていて、私は張り切って腕まくりした。鼻息荒く、持ち上げようとする。だけど、なかなか持ち上がらない。


「何が入ってるの、これ」


 私は、とても抱えては持ち切れないそれを、何とか台車に載せて、押していく。


 ごろごろ、きゅるきゅると、小さな車輪が音を立てる。


 荷物と共にエレベーターに乗って、地下に出る。乳白色の石が敷き詰められた薄暗い廊下を進み、なだらかなスロープを苦しみながらのぼっていく。


 再びエレベーターに乗って、ヴァーミリオン先生と私の部屋へ。


「はぁ、つかれた……」


 こんな重たい荷物を運んだのは、生まれて初めてのことだ。箸より重たいものを持ったことがない、というわけではないけれど、ここまでの重量はなかなか無い。


 私は、既に開け放たれていた扉から、ペンギンみたいな歩き方で入る。背中から突入する。


「ご主人様、でっかい郵便が届いています」


「お、届いたか。間に合ったな」


「間に合った……? 何にですか?」


 しかしご主人様は、私の質問には答えなかった。


 ご主人様は、いつもの席ではなく、私がいつも座る席を占拠して、多くの辞書を広げて調べものをしていた。


「ご主人様、何を調べているのですか?」


「MOCAに、新しいプログラムを組み込もうと思ってね」


「おお、またさらにパワーアップするんですね。どんな機能ですか?」


「まだ秘密さ。ところで、その荷物を、開けてくれないか」


「何なんですか、これ」


「開けてみればわかるよ」


 まさか、私へのプレゼント。なんて一瞬だけ頭をよぎったけれど、違った。考えてみたら、愚かにも落第した私に対して、ご褒美なんかくれるわけがないんだ。


 それは、何の面白味もない箱だった。真ん中に、丸いスイッチがあって、カラフルなコードが同梱されていた。


「何ですか、このでっかいコンピュータ」


「この箱の中身を使って、MOCAのプログラムを増強する」


「増強……ですか」


「そう。まだまだMOCAは不完全だからね。新しい情報を大量に取り入れて流し込んでおく必要性があるんだ」


「あれでまだ未完成だなんて……それなら私はどうなってしまうんでしょうか……」


 私は、MOCAによる授業をいくつか受けてきていた。その際には、いつも知識の深さと臨機応変さに感嘆させられたものだ。時々、底意地の悪い学生たちが、MOCAについて難しい質問をすることがあるのだ。


 そういう時に、MOCAは、圧倒的な情報量を駆使して、しっかりと理解できる説明を繰り出す。もしも彼女が人間だったら、間違いなく尊敬して、心酔してしまうに違いないと思えるほどだ。なのに、まだ増強する余地があるというのか……。


 ヴァーミリオン先生は、さっそく新しいコンピュータのセッティングに取り掛かり、私にしばらく外に出て行くよう促した。何か一人で考えたいことがあるのかもしれない。


 私は、いつものように第六校舎地下のコンビニでジャスミン茶を買い、第一校舎の屋上へ向かったのだった。


  ★


 しばらくベンチで空を眺めながら休憩をして、帰って来たときには、部屋が劇的に様変わりしていた。


 本棚に囲まれていたはずの場所が、なんということでしょう。いつも私が座ってる席の背後の本棚には、黒いフレームのモニタが大量に並べられている。Lサイズのピザ箱を横に二つ並べたくらいの大きさの液晶モニタが縦に三つ、横に四つ。棚に十二面ほど貼り付けられており、本が取り出せないようになってしまっている。


 絨毯にはいくつものカラフルな配線が這っていて、気をつけないと転びそう。どの線も、もとを辿れば、作業机の上、私が運んできた巨大なコンピュータから伸びている。それくらいのことは愚かな私にも理解できた。


 さらに、その大きな箱から、ご主人様のパソコンにケーブルが繋がっているのを確認できた。


「ご主人様、どうしたんですか、これ」


「たくさんあるだろ。MOCAに頼んで、運んでもらったんだ」


「それは、そうだと思いましたけど、そういうことではなくて、どうして、部屋がこんなに全面液晶だらけになっているのでしょうか」


 ご主人様は、そうだなぁ、と呟き、マウスをクリックする。


 一斉に、モニタの電源が入り、四十台以上の液晶が画像を映し出す。それぞれ違った画像であった。


 ある液晶は、生徒たちの往来する廊下、また別の液晶は、無人の体育館裏を映し出している。さっきまで私が居た第一校舎の屋上、第二校舎の大図書室、第三校舎の事務室、第四校舎の男子寮、第五校舎の資料館、第六校舎の食堂、第七校舎の音楽室、何より驚くべきことに第八校舎の校長室までモニタリングされている。


 しかも、それは、止まっているものばかりでなく、人の視線の高さで動いている画面もある。どうやら、カメラ自体が動いているみたいだ。人間の目線の高さで上下に揺れているので、人間のようなもののの眼球あたりに小型カメラでも仕込んであるのだろう。


「なんですか、これ……」


「見てわからないかな」


 固定監視カメラとMOCA視点のカメラがあるのはわかる。部屋の奥のほうにある棚にまで、同じように画面が貼り付けられていて、もしかしたらリアルタイムの監視と録画を展開しているのかもしれない。だけど、どうしてこんなこと……。


「ご主人様は……、何をしようとしているのですか?」


 私はおそるおそる尋ねる。そしたら、ご主人様は、私の質問になんか答えずに、画面の一つを見つめながら言ったのだ。


「はじまったか……」


 私は、ご主人様の視線の先を追った。


 いつも私の座っている席の背後のモニタが見えた。


  ★


 画面の中では、大騒ぎが展開されていた。


 校長室のある第八校舎、そこに続く松林に、人だかりができている。校長の顔にバッテンがつけられたプラカードを持った人や、『校長やめろ』と書かれた布を掲げる人がいる。多くの学生や教職員たちが校長の政策に反発しているのだ。立ち入り禁止の芝生は踏み荒らされ、たくさんの紙くずや割れた生卵などが転がっている。すでにMOCAにやられたのだろうか、仰向けに倒れている人もいて、阿鼻叫喚の惨状を呈している。


 門番二人らしき人影を探してみたところ、一人は騒ぎに参加して校長の居る頭上に向かって罵声を浴びせており、もう一人はうつ伏せに倒れている。


 まるで、反政府デモ。


「ああ、なんで、こんなことに」


 私は、ここが学校だっていうから入学したんだ。勉学のために入ってきた。それなのに、こんな争いばかりが続いたら、学校じゃなくて、戦場じゃないか。


 モニタの中では、争いがどんどん激化していく。既に第八校舎の敷地内には侵入を許しているものの、MOCAたちが人だかりの建物内への侵入をギリギリのところで抑えているようだった。


 広場を埋める勢いで、校長を敵と見なす人々が続々と集まってきている。


 中には、私の大好きなご主人様を非難するメッセージを掲げている人の姿もあった。


 不意に爆発音がした。画面の中からではなく、どこか遠くから。


 私は別のモニタに目を向ける。第一校舎から第八校舎へと続く地下通路の定点観測カメラが暗転しているのが見えた。いくつかの動くカメラが灰色の煙を映していたので、なんらかの爆発があったということだ。


 私は、うかつに動くと危ない気がして、いつも開け放たれているはずの扉を閉めて、誰も入ってこられないように鍵をかけたのだけれど、そんな私を見て、ご主人様は言った。


「行こう。扉をあけるんだ」


「え? でも……」



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