公爵邸の食事風景
中盤以降、逆飯テロ話です。食事前後の方はお気をつけください。
※筆者の胃腸の都合により、ふつうの食材に切り替わることがありますので、あらかじめご了承ください。
燦々と太陽の輝く中でも、鉄のプレート鎧や、鎖帷子ををガシャガシャとさせて、騎士たちの訓練は続いていく。
訓練を怠った場合には死があるのみだからだろうか、訓練の激しさは俺のみたことがないほどに激しく、そして真剣なものだった。
俺もフィンダスさんとの一騎打ちのあとで何人かの騎士たちと稽古をさせてもらったが、皆、一撃一撃の打ち込みが鋭く重たかった。
スキル剣術により攻撃をさばくことはできるものの、常に鍛錬を欠かさずに訓練を繰り返し自身の技を上達させていくその姿勢には感嘆を禁じざるをえない。
また、熊太郎も団長のフィンダスさんには懐いたのか、訓練場のそこかしこをついて歩いている。
人懐こいとはいえ、戦鬼熊の子ぐまなんだけど、まだまだ体も小さく可愛らしいからだろうか、騎士の皆さんも違和感なく熊太郎と接してくれていて、中には頭のギラリと光る角を避けながら頭を撫でてくる騎士さんなんかもいたりするから俺もうれしい。
そんなこんなで、やがて日も中天に差し掛かるころになると、ようやっと午前の訓練を終えたのだろう騎士たちが幾つもある待合所に向かって歩いて行った。そして、公爵殿下から声がかかった。
「真斗殿、昼食をごいっしょしたいのだが、どうかの?」
「それに、マルシアー」
「マルシィです! 」
「これはまた失礼しましたの。マルシィ様もよろしければ昼食をごいっしょにいかがですかの?」
「そうですね。それでは、昼食をごいっしょさせていただきます。すみませんが、私はそのあとで孤児院に戻りますので」
公爵殿下は長い髭を扱かせながら、マルシィさんの言葉に大きく頷いた。
「グラント、マルシィ様を孤児院までお送りするように。頼むの!」
「はっ!」
一見するとのんびりとしたふうにも見えるが、グラントさんを見つめるその眼光はかなり鋭い。
グラントさんに指示された騎士たちが最初に俺たちが馬車から降りた場所まで駆け足で向かって行く。
帰りの馬車の手配をしに向かったのだろうけど……その有り様はまるで国賓待遇だ。
俺たちは再度大きな城の扉をくぐると、出迎えに現れた執事騎士のホムホムさんの後について、今度は食堂だろう場所に向かって歩いて行く。
城の廊下は丁寧に掃除されているのだろう、目立つ誇りやゴミなどはいっさい見当たらない。
逆に、壁や廊下の曲がり角などには年代物のツボに活けられた花や絵画などの貴重そうなものが飾られている。
そんな廊下を進んだ先では、メイドさんが左右に控えていて、さらにその先の扉を開けると白いテーブルクロスに覆われた大きな大きなテーブルが見えてくる。公爵を上座として順々に座っていった俺たちの前で、ホムホムさんが優雅にお辞儀をすると、傍に控えたシェフを紹介してくれた。
「殿下、そしてお客様方、こちらにお食事のご用意ができてございます。こちらに控えておりますのは本日の担当、シェフ歴30年を超えるベテランシェフ、マイケルでございます」
「ふむ、実に楽しみじゃな」
「マイケルさんのお料理、久しぶりだなぁ。実に楽しみです!」
公爵殿下はともかくとして、久しぶりだとのたまうマルシィさんも前に食べことがあるのだろう。
まぁ、マルシィさんの正体はおいておいたとしても、皆がここまで食事を楽しみにしている様子に加えて、ほのかに漂ってくるまるでハープのような清涼感にあふれる匂いに俺の食欲も自然とをそそられてくる。
このスッキリサッパリとした匂いの漂う食事か……うん、本当に楽しみだな。
俺たちの前には大きなお皿に入れられて綺麗な丸い鉄の蓋で覆われた、まるで美術品とも思えるような美しい食事が順々に配膳されていく。
公爵殿下、マルシィさん、そして馬車の手配を終えたのだろうグラントさんにフィンダスさん、そして俺が食事のメンバーだ。
錚々たるメンバーだといっても過言ではないだろう。
「ほぉ。これは今日は腕によりをかけたのぉ。わしもこれだけのものはそうは食わんぞい」
「懐かしいお食事ですね。故郷の味だから楽しみです!」
「まさしく! 」
「風が……騒めいている……」
皆が皆、食事が楽しみで仕方がないのだろう。
一体全体なんなのだろうか。
そんな大皿の鉄の蓋を、シェフのマイケルさんが順々に開けていった。
俺は人生でここまで驚いたことはないかもしれない。
白い光沢を放つ大皿の上には、さらに目も眩むばかりに光も輝く黄金色の丸い玉が載っていたんだ。
黄金とは人の心をどうして魅せてしまう。
日本では、奥州藤原氏の金色堂や、金閣寺が有名だろうか。全てが黄金に輝いていたあの場所……。あそこを見学したときには多少高くてもいい、ここに賃貸して住んでみたいと思ったものだ。
俺は今まさしく、これをどう食べるのか、20を超えていい年をしたはずの俺に、今さらながらの冒険心が芽生えてワクワクと自然と心も浮き立ってくるのを止めることができない。シェフは、最初に公爵殿下の皿の前に向かうと、ビリヤードで使うキューブだろうか、上から垂直に構えると黄金玉に真芯に向かってストンと突いた。
パカっと黄金玉が中心から割れて開いた。
それはダンゴムシだったんだ。
黄金の輝きを放つダンゴムシ。
そのダンゴムシが、大皿の上にひっくり返されていて、足をわさわさと動かしている。
皿にはオリーブオイルだろうか、とにかく油が塗られていて、ダンゴムシはひっくり返ったまま身動きが取れないようだ。
そうか、高級料理では活け造りをするのが最高の贅沢で。
日本でもそんなものがあったし、この異世界でもトンボが活け造りをされているっぽかったし。
さぁ、お召し上がりくださいませと言わんばかりに鼻の下から両サイドに長く伸びた髭をしごくマイケルさん。
シェフのプライドをかけた料理だからだろうか、その顔は自信に満ち溢れている。
おそらくは、自慢の料理について何か問われた場合に控えているのだろうと思われるが……。
だが、俺は言いたかった。自慢の料理? これがか……?
まさしく俺の本音だ。
しかし、幸か不幸か、今の俺にはそこまでの動揺はない。
命の危機を感じ取る時に心は鉄と化す。まさしくスキル、鉄心さまさまだろう。
黄金玉の味はどうだったかって。
食感も味も、そうだな……。
エビシューマイのようだったとだけ言っておこうか……。