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異世界の事情

「いやなに、なにも謝るこではありませんぞ。真斗殿の真心のこもったふわもこ縛りに、娘2人も満足しておるようじゃし」


 ククルハさんとクーモモちゃんはまだ遠くを見つめたまま、こちらの世界に戻ってきていない。

 あんた、父親としてそれでいいのか?

 いや、そもそも種族が違うんだ、このことに異論を挟むほうが筋違いなのだろうか……。


 それにしても最初に俺が家に入った瞬間に帝国の人間と誤解をしていたようだが、一体なぜシュレイン街のスラムに身をよせることになってしまったのだろうか。


「あの、失礼かもしれませんが、最初に帝国の者と誤解をされていたようでしたけれど……すみません、俺はまったく無知わからないのですが一体なにがあったんでしょうか?」


 俺の問いかけに少しの間あたりがシンと静まった。

 ポカンドさんがおもむろに語り出した。


「ふむ。真斗殿は3年前の動乱をご存知ではありませんか?」

「すみません、今までずっとカムシンにいた者で世知に疎くて……」

「なるほど、それはまたずいぶんと遠くからおいでなさったものですなぁ、しかしそのおかげでわしら一家は救われたのですからそのことには感謝しかできませんな」

「いえ、たいしたことはしていませんから」

「真斗殿がたいしたことではないと思っているその行い、ふつうの者にはまずできませんぞ」

「そうでしょうか」

「力を持ってなお、それを正しく行使する。ただこれだけのことがどれだけ難しいことか。そうですな古に伝えきく勇者、彼の者は世界すら瞬断する力を有しながら正しく勇者であり続けた。だからこそ伝説なのでしょうから」


 この異世界に『勇者』と呼ばれる概念があることに驚きを感じざるをえないな。


「勇者とは一体?」

「ふむ、人族にも伝わっている話だとは思いますが……そうですな、女神ロンドを信奉するわしらの中での一節にこうあります」


『善と悪を超越し正しく全てを調律するもの、1にして全、全にして1たる勇者の願うとき世は浄化され有限無限の楽園になった、


「真斗さん、これははるか神代の時代の話です。なんでもロンド神様の聖痕が光り輝くと手に宿されると紋章の光り輝くとか、まさしく光を顕現するもの」

「ただし……」

「ただし?」

「ふむ……、急に消えてしまったそうなのですよ、勇者は。その最期に黒い炎に包まれて消えたとも……。ゆえに、わし個人としては、こんな考えはおそれおおいものだとは思っているんですが、勇者が少し哀しい存在だったのではないかと、そう思ってしまうのですな」

「その一節がこれですな」


『楽園を統べた勇者はその定めの終わりにて黒き炎に包まれてたち消えゆくもまた定理に示されるところ、そは真理なり』


 紋章って。俺は大丈夫だろうな。


「あぁ、話が逸れてしまいましたな」

「いえ、俺がお聞きしたことですから、それで勇者の紋章とはどのような形なんでしょうか?」

「弓矢ですな、ロンド教会にも掲げられる弓矢がまさしくそのシンボル」

「……ありがとうございます」


 俺のと一緒じゃねーか。


「ただし、真斗さん、この勇者のことをアーシア教徒の前では決して褒めたたえてはいけませんぞ」

「なぜですか?」

「魔王だからですよ、ロンドの勇者は、アーシア教で定められるところの魔王なのですよ」

「…………はい」

「真斗さんはわしらとふつうに接してくださるし、王国の民もある程度はわしらを受け入れてくださる。なにしろロンド教会まで建っておる街じゃしな」


 俺が勇者で魔王? もはやわけわからんな。

 まぁ、この紋章、しばらくは隠しておいたほうがいいのかもしれないな。


「そうそう、話がずいぶんと逸れてしまいましたな」

「わしら一家は、3年前までここより北の草原と森林が広がるフィルランディア平原と、カルムスイ森林の間に暮らしておったのです」

「部族は、わしら黒狼族のみならず、銀狼、白狼、青狼、赤狼の5大部族がそれぞれに集落を形成しておってな」

「ただ、それも……」


 ここまで話すと、ポカンドさんは思い出したくないことが脳裏をよぎってしまうのだろう。頭を下に向けてしまった。


「……お辛いのでしたら、話はここまででも」

「すみませんな、東方に広大な版図を有するガルフスタイン帝国、7聖将軍ギャスパール、奴が攻めてきよったのですよ」

「一瞬で赤狼の集落を襲撃したやつは、そのままの勢いでわしらをかたっぱしから殺し、そして捕虜として奴隷にしていきよった……」

「ただ、わしらもただやられてばかりではもちろんなかった。各部族の勇者が集まってな、そう黒狼からは刹那のモルル、銀狼からは白雷のモイモイ、白狼からは智高のソウメイ、青狼からは氷剣のフモモ、そして赤狼からは火剣のボボゾイを先頭に帝国と争ったわしらはどうにか均衡状態を保っておった」

「ちょうどそのころ、このアルデバラン王国とガルフスタイン帝国の戦争も激化の一途をたどっておったからの、それにも助けられた形じゃ、そうこの街を治めるヴァーミリオン公爵、神智将マイヒゲル殿にな」

「ただ、そこに北の獅子皇国が急に攻めてきよった。同じ亜人だと思って正直油断しておったのだな。獅子団長ゴッドフリート……奴の率いる軍団の前に、我らは一斉に総崩れとなってな……」

「そして帝国の、亜人堕としともいわれる政策のもとで我々は人狩にあいましてな、1人、また1人と……今では、もう皆バラバラになってどこにいるのかも……」

「あなたっ! 獅子皇国も、我々を助けることもなく、むしろ我々を貶めて……悔しいんです」


 モスモルさんが全身を震わせて握りしめた手からは血が流れている。

 一体どれだけの惨状が起きていたというのだろうか……。


「その、獅子皇国とは?」

「獅子人により統治されている国家ですな。亜人絶対主義を掲げて、帝国とは長年敵対しておったはず。ただ、それも過去のこと。帝国と同盟でもしたのか我々は……」

「真斗さん、すみませんな、しんみりとしてしまうような話をしてしまって」

「いえ、俺が無知なだけですから話しづらいことをお聞きしてしまって、俺こそ申し訳ありません。それにしても、王国はあなたたちを助けれてはくれないのですか?」

「私たちは人族ではありませんからね。それに王国の民であるわけでもありません。そうゆう意味では、この街に受け入れられていることだけでも、正直ありがたいんですよ」

「このスラム街には、人族も含めて、さまざまな人種がおりますが、取り立てて、亜人種に対する迫害が行われていません」

「むしろ身を立てて、第1戦で活躍している亜人種もいると聞いています。そういう意味では王国は、我々亜人種を人族と同様に平等に接してくれているのですから。ただ、その王国も、帝国の侵攻に対して、ずいぶんと劣勢になっているとか」


 この世界の情勢もまたひどいものだった。

 絶対人族至上主義を掲げるガルフスタイン帝国、逆に絶対亜人至上主義を掲げる獅子皇国、そして人族を中心としつつも亜人にも寛容な政策を行うここアルデバラン王国。

 この3勢力が最有力の勢力として戦争状態に入りそうな気配は、今聞いた話だけでも充分に感じ取れる。

 それにしても俺はどうにも無知すぎるようだ。少しこの異世界の情勢を調べたほうがいいのかもしれない。

 俺の思考はどんどん深みに入っていこうとして。


「そういえば、真斗さんはまさか、このスラム街に現れる神の御使様なのでしょうか? だとしたら、とんだ失礼を……」


 ポカンドさんの俺に対する問いかけは斬新で聞いたこともないものだった。

 神の御使とはなんだろうか?

 

「いえ、この付近には今日初めて立ち寄りましたし、それにこの街に来たのも少し前になんですよ」

「そうなんですか」

「神の御使様とはどんな方なんでしょうか?」

「はい。それがスラム街にスッと現れて、幼い女の子に食べ物を与えては街を歩き、食べ物を与えては街を歩きと……しかも特に何を求めるでもなく、ただ恵んでくださるそうで」

「その方は、幼い女の子限定に食べ物を?」

「はい。そうだと聞いています。たとえ幼くとも男の子や、女子であってもそうですな13歳以上の女子が行列に混じっただけで姿を消してしまわれるそうです。ですから、御使様の後ろには、いつの間にやら純粋無垢な幼女だけが後をついて歩くとか、その姿を見た人がいつしか神の御使様と」

「それ、おかしくないですか?」

「どこがですかな?」

「なんで、幼女限定なんでしょうか?」

「そうですね、真斗殿、アーシア教、また、ロンド教の経典の一節なのですが。こうあります」


『最初に神は幼き女の子どもに命の雫を与えたもう。その命の雫はその子から男の子どもに恵まれて、命が生まれたりけり』


「まさに神の御使様はそれといっしょなのですよ。幼い女の子どもに食べ物という命の恵みを与えておられると、そう言われていますね」

「なるほど」

「ちなみに、どんなお姿で現れるでしょうか? それに、詳しい場所などは?」


 ポカンドさんは、少し沈思して考えているようだ。やがて伝え聞く噂を脳内でまとめたのかおもむろに語り出した。


「そうですね。非常に太っておられて、息がハァハァと荒いそうです。それと、口にこう白い布を耳に引っ掛けてつけているようで。そうだ、メガネもされていますね」


 騎士調査官のモミンさんか?


「なるほど、ちなみに鉄のプレート鎧を着てガシャガシャ言わせていたりはしませんか?」

「いえ、そのような話は聞いておりませんな。ただお召し物は少し変わっているようで、小さな幼女が投影された白く短い服を着ておられるとか」


 モミンさんではない。幼女が投影された短い服? アニメキャラをプリントしたTシャツか? となると……。


「なるほど、だいぶ話がみえてきました」


 今までの話からわかることは、俺の他にも転移した日本人がいるかもしれないということだ。

 しかもだ。なお悪いことにはなんらかのチート能力を保有していること、そうでなければこの異世界で食料など配布できるものではない。

 ただなによりもひどいのは、その幼女たちを連れ歩いていて、それがこの世界では犯罪とされていないことだ。

 この異世界だと何百人の幼女を引き連れて歩いてもそれは褒められこそすれ、捕まったり、ましてや非難されることにはならない。

  

 俺は、同じ同郷のおそらくは日本人同士として、その真意を問いたださねばならないだろうな。

 一見、犯罪者予備軍のようにも思えてしまう彼と一度会ってみなければ。

 もし、どうしようもないのなら、最悪は……。

 うん、逮捕するしかないだろう。責任重大だ。


「その件もどうにかした方が良さそうですね」

「どうにかとは?」


 俺は沈黙をもって返答とした。

 異世界の住人にはわかるはずもないこと、俺はあえてその発言をスルーする。

 

「それでは、私は今日はこれで失礼しますね」


「あの、お住まいはどちらに? せめて、このお礼だけでもまたさせてください」

「お礼はいりませんよ。そのみなさんが元気になってくれたので、それだけで」

「ただ、もし私に何か用がおありなら冒険者をしているので、ギルドか、もしくは、今は宿屋『緑葉亭』という宿屋に泊まっていることが多いのでそちらまでお訪ねください」

「そうですか」

「ククルハ、頑張るのよっ!」

「はいっ!」


 ククルハさんがグッと手に力を入れている。

 狼耳もピンと建って尻尾をフリフリと揺らしている。

 だいぶ元気になってはいるけれど、もう死ぬような目にはあってほしくはないよな。


「ククルハさん」

「はいっ?」

「俺とはお友だちです。ですから、なにかあっても、なくても構いませんから困ったことがあったら俺を訪ねて来てくださいね?」

「……真斗さん……狼の爪は一度食い込んだら外れませんよ。覚悟しておいてくださいね?」

「はは……」


 なんの覚悟だ、しかしククルハさんの迫力は正直圧巻だな。


「おじちゃん、ご飯ー」

「おじちゃん……」

「こら、クーモモ。おじちゃんじゃなくて真斗さんよ。いつかお嫁になるんだから、ちゃんとしなさい!」

「あーい」


 お嫁? まぁ、それはともかく、まったく食料を持っていなさそうなのも確かだ。

 体の状態は元に戻ったとはいえ、仕事を再開するにもある程度は時間もかかるだろうし。

 

「みなさんでこれをどうぞ」

「これはお肉ですな、いただいても良いのですか?」

「これはまた美味しそうなお肉ですね」


 ワイバーンの肉のけっこう大きな塊だ。

 けれど俺のポシェットにはこのお肉が山ほど入っているからね。

 こんなときにこそ使うべきだろうさ。

 

 クーモモちゃんがお肉を見つめながら指を舐めている。

  

「それでは、俺はこれで。みなさん、またお会いしましょう」


 族長を中心にみんなが急に姿勢を改めて、俺に向かって深くお辞儀をしてきた。


「本当にありがとうございました」  


 俺も軽く会釈をすると家を出た。

 クーモモちゃんの最後の言葉が印象的だった。


「おじちゃん、あいがと♩」


 おじちゃんじゃない、おにーさんだ。

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