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街をブラブラ

 そろそろお昼時だろうか。

 メイサさんのお店を出た俺は街を適当に散策していたんだけど、すごく良い匂いが漂ってくることに気がついた。

 俺と熊太郎はその匂いにつられるように歩いて行くと、飲食店だろう店々が、いくえにも棟を連ねて構えている広場に行き着いた。


 あの鬼トンボは丸々こんがりと焼けているんだろうか。店のテーブルの席についたお兄さんがトンボのパリパリに焼けた羽に塩を振りかけては美味しそうに食べている。

 一方でその向かいの鬼トンボは、まだ生きているのではないだろうか、羽がピクピクとかすかに動いているのが見てとれる。

 鬼トンボ自体は綺麗にお皿に盛り付けられていて、周りにはまるで食事の主役である鬼トンポを彩る脇役のように様々な飾り付けが色とりどりになされている。なるほど、あれが異世界の活き造りなんだろうな。

  

 向かいのお店はぐるみんスープ、他にはなだろう、ぐるみんの塊がお皿に乗っていてそのぐるみんには赤い実が練りこまれているようだ、

 全体にほんのり赤く色づいている。

 いわゆる甘味ぐるみんというものだろうか。

 よく見るとテーブルの席についているのは圧倒的に女性のお客さんが多い。


 ただ、俺には今熊太郎もそばにいるしで、あんまりお店に入って食事っていうのは避けたいところだ。

 もちろん熊太郎は悪さをしたことはないし、街の騎士からは許可ももらってはいる。

 ただし、許可があるとはいえそれはあくまでも街での滞在許可に過ぎないのものなので、そこに居を構えるそれぞれにお店に入れるかどうかは、あくまでもお店の経営方針による話だ。


「いらっしゃーい」

 少し先の道の端に出店が開いている。

 猪鳥の塩振りだろうか。

 肉の香ばしい匂いが漂ってきて食欲を刺激する。

 うん、ここの屋台なら気楽に食べられそうだな。

 

「すいませーん」

「お、いらっしゃい」

「猪鳥の串焼きだよ。どうだい? 1串5銅貨で味付けもお好みで色々自由にできるよ」


 店の前の木箱には、赤、緑、黄色、白と串にふりかける調味料がスプーンと一緒に置かれている。

 白は塩だろうか。他の色は初見で、かいもく検討もつかない。

 まぁ、それぞれ10本ずつ頼んでみようか。

 それと、熊太郎の分で10串、計50串だ。

 残り40串のうち、昼食で食べきれない分は、アイテムポシェットに保管しておけばいつでも食べれるだろうしね。 


「おいちゃん、計50串お願いします」

「なにぃ。50串とは、ずいぶんとよく食べるなぁ、そこの熊だってそこまでは食わないだろう?」

「いや、まぁ美味しそうなもので、お土産にしようかなと」


 おいちゃんには一応そう言ってごましておく。

 アイテムポシェットを持っていることを不必要に公開したくはないしね。

  

「なるほどなぁ」

「ちなみに、そこの調味料なんですが、白は塩ですよね? 赤、緑、黄色の調味料はなんて言うんですか?」

「うん、結構有名な調味料なんだけどな。赤いのが、辛実。緑のが酸実。黄色は、甘実。白いのはにいちゃんの言う通り塩だな」

「赤いのから順にな、辛い、酸っぱい、甘いと覚えておけば問題ないな」

「なるほど」

「今からじゃんじゃん焼いていくから、そうだな、結構待たせちまうだろうから、よかったらこの椅子を使ってくれても構わないぞ」

「ありがとうございます。お言葉に甘えて使わせてもらいますね」

  

 普段は店のおっちゃんが休憩するのに使っているのだろう、小さな椅子が店の裏に1つ置いてあった。

 ありがたく座らせてもらうことにする。

 椅子は小さいけれど、なかなか座り心地が良かった。

 熊太郎が側に寄ってきて頭をしきりに擦り付けてくるので、頭を撫でであげる。


 おっちゃんが焼いている鉄板からは、よく焼けた匂いが煙といっしょに流れてきてとても食欲がそそられる。

 熊太郎もお腹が空いたのだろうか、おっちゃんの焼いている肉をジッと見つめたまんまピクリとも動かなくなった。


「一応、大きめの袋を用意するから、それに入れて持ってくといい」

「はい。助かります」


 しばらくするとおっちゃんは手慣れたもので、50串を焼き上げると、横の大きめの布の上に串焼きを並べてくれた。   


「うん、こんなもんだな。計50串で、2銀貨と5大銅貨だな。調味料は自分の好みで振りかけて持ってくといい。袋はこれを使っていいからな」

「はい。お金の方はこれでお願いします」


 ちょうど2銀貨と5大銅貨をおっちゃんに手渡すと、おっちゃんは手に持った硬貨を確認して景気良く言った。


「はい。ちょうどだな。まいどありっ!」

    

 精算も済んだところで、俺はできればこのまま出店の裏で昼食を食べてしまいたいんだよね。

 

「それと、ここで少し食べていきたいのですが、このまま椅子をお借りして食事をしてしまってもよろしいですか?」

「うん、お兄ちゃんずいぶんと礼儀正しい言い方をするなぁ。全然構わんぞ。じゃんじゃん食べてってくれ」


 おっちゃんは気にするふうでもない。

 正直ありがたいよね。

  

 猪鳥の串焼きからは、まだジュージューと音がして肉脂が飛んでいる。そんな熱々の肉を口に含んだらきっと美味しいだろうな。

 熊太郎も今か今かと串焼きをジッと見ていて、我慢ができないのか俺に頭を擦り付けておねだりだろう、催促をしきりにしてくる。


 俺は自分に1串、熊太郎には、串焼きから肉を取り除いてあげて、布の上にお肉を並べてあげた。

  

「いただきます」


 まずは、調味料なしで肉を食べてみる。

 うん、癖のある猪の肉と鳥の肉がミックスしたような、そんな味で。

 ただ、噛めば噛むほど味わい深い味で、お肉が熱々なのも相まって際限なく食べられそうだ。


 調味料なしでも充分に美味しかった。

 次は、いよいよ調味料をかけて食べてみようか。


 まずは赤実。屋台のおっしゃん曰く、辛いって話だ。

 俺はちょっと手に取り、舐めて見たんだけど、これは唐辛子だね。

 熊太郎にはきっついかもしれないなぁ。


 続いて、緑実。酸っぱいと言う話だけど舐めて見ると、レモンだろうか、串焼きに合うんだろうけど、独特の酸味が熊太郎にはちょっと厳しいかもしれない。


 最後に黄実。甘いと言う話だけど、舐めて見たら本当に甘かった。

 現代日本の俺の知識チートから考えてみて、熊は間違いなく蜂蜜が好きなはずだ。

 まぁ、当然異世界の熊だし角が生えているんだから、熊とは違うのかもしれないけれど、甘いものが好きなのは間違いないんじゃないだろうか。


 まぁ、ここは実際に試してみるしかないだろうな。

 俺は手に平に黄実を潰して載せると熊太郎に向かって差し出してみた。

  

 熊太郎は黄実の匂いをちょっとかいだ後で、ぺろっと少し舐めた。

 そうして、そこからが大変だった。

 ペロペロが止まらない。

 俺の右手は熊太郎のよだれでべったりだよ。


 ただ、間違いないのは、熊太郎は黄実が好物だってことだ。

 俺は、自分の串焼きに赤実の調味料を振りかけて、熊太郎の分には、別に5本の串焼きから串を取り除いて黄実を振りかけると熊太郎の前の布に、山盛りにして置いてあげた。


 さて、順に食べていってみよう!

 赤実は鼻にツンとくる辛さと肉の味が絶妙だ。

 いやぁ、辛い辛い。


 次は緑実だ。

 レモンの様な酸味が肉の味を侵しながらも、肉の味わいも負けていない。

 食べ終わった後も、さっぱりとした清涼感を口内を満たしている。


 次は黄実で。

 うん、ハチミツ風な黄実の味が肉の味を更に引き立たせている。

 肉ってもともと甘いんじゃないか?

 そんなふうに思えてしまうほど癖がなく自然の甘みで舌がとろけそうだ。

 疲れた時や頭を使うときに食べたくなりそうな味わいで、まさしく甘味だね。


 最後は塩でサラッと味付をした串焼き。うん、これは普通に美味しくいただける。

 普段食べるのにはちょうど良い味わいだね。


 いやぁ、どれもこれも美味しかったな。

 熊太郎も5串を食べて満足したんだろうか。

 丸くなって横たわっている。今にも眠ってしまいそうだ。

 いや、まぁ俺も熊太郎と一緒に寝たいところではあるんだけれど、おっさんの出店の裏ではさすがに寝るわけにもいかない。

  

 少しゆっくりしたいところではあるけれど、

 このままダラダラしてしまうと、本当に寝てしまいそうで、俺は無理して立ち上がると、おっちゃんに別れを告げた。

  

「ごちそうさまでした。おいしかったです」

「うれしいこと言ってくれるね。また来なよ、にいちゃん」

「はい!」


 うん、満足のいく屋台だった。

 買い置きの分の串焼きががなくなったなら、ぜひとも、また買いにきたいものだ。


 俺は、少し歩いて道の脇に入ると、大きな串焼きの袋をさっそくポシェットにしまった。

 ひとまずは、昼食を食べ終わったことだし、さていつもの大通りの道に出ようとして、少し迷った。

 迷ったというのは道にではない。道はそもそもあんまり詳しくないしね。

 なんというか、今日はこのままブラブラと街を散策してもいいかなと、そう思えたんだよね。

 だから、まぁ少しなら道に迷ってもいいかなという覚悟で、ブラブラと適当に道を歩き始めたんだ。


 かれこれ1時間以上はゆうに歩いているだろうか。下町のような風情のある道を散策していると、いろいろなお店が隠れるようにひっそりと建っていて、見ているだけで興味がそそられる。

 次から次へと移り変わる景色は、ただ、いつのまにか少しずつ少しずつ荒んでいった。

 そうして、俺は知らぬ間に街の西のはずれにあるスラム街のあたりまで歩いて来てしまっていたんだ。

 この場所は危険だ、雰囲気がおかしすぎる。

 唯一の救いはまだ俺が今いるこの場所がスラム街ではないということだけだ。とはいえ、急いで街の大通りに戻った方が良いのは間違いない。

 

 ちなみに、俺がお世話になっているマルシィさんの孤児院は、東に位置するスラム街を進んだ先の丘の上に建っている。

 これに対して、俺が今いるこの場所は街の西にの外れに位置するスラム街にほど近い小道の1つだった。


 そう、俺はこの異世界に慣れはじめてしまっていて、挙句には甘えきってしまっていたのだろう。  

 俺はそそくさと北に続く道を歩きながら、どうにか東に出るための道を探して急ぎ足で歩いていく。

 そして、しばらく歩くとどうにかこうにか右折する道が見えてきた。ようやくホッと一息をつけそうだよ。

 しかし、結局、俺はその道にたどり着くことはなかったんだ。すぐ右下の道の端のあたりから声をかけられていることに、その時初めて気がついたからだ。


 さっきまでは町並みを見る余裕すらあったんだけど、スラム街の近くまで来てしまっていたことで、実はかなり動揺してしまっていたのかもしれないな。そして、心に余裕ができたからこそ初めて気がつくことができた弱々しい声。

 俺は声のするほうを見やった。

 随分としたダミ声とでもいうのだろうか。それは、喉に痰でも詰まったような声がまずなによりも気になったからだ。

 俺は少し眉をひそめながら右下から聞こえる道路の端を見て、そこして別の意味でさらに眉をひそめることになった。


 そこにいたのは、ただの少女だった。

 来ている服は、もう何日も洗っていないのだろう、ひどくスレた匂いがする上に、どこもかしこも破けていて、その素肌を晒している。

 ただ、それは決して色気とかそんなものを感じさせることはいっさいなく、ただただひたすらに無残だった。

 見える素肌は青白く今にも倒れてしまいそうで、服を着ていることで多少ごましてはいるのだろうが、微かに見える首から腕、足腰のすべてがガリガリに痩せていて瀕死に見える。


 そんな少女が、残りカスのようにわずかに残った力を振り絞るかのようなダミ声で、再び俺に呼びかけてきた。


「お花は……お花はいりませんか……?」

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