鍛治のお仕事その1
「こんにちは」
俺が挨拶をすると、メイアさんはパッと花が開いたかのように、満面の笑顔を浮かべる。
「あたい、待ってたんだよ! 真斗っ!」
うん、やっぱり昨日の虫の一件以来、メイアさんの俺に対する好感度はモリモリと上昇したまんまだ。
ずっと俺を待っていてくれたんだろうか。
まさしく店に入った瞬間に声をかけられたしな。
ただ、暇なだけだったらいいんだけど……少し罪悪感が湧いてくるな。
だが、俺は今さらながらトンボのことで謝るために、ここに来たわけじゃない!
だから、自分に言い聞かせる。
優しい嘘はついていいんだ、大丈夫、大丈夫だ俺!
そうして、少し時間はかかったけれど、俺がメイアさんに向けた笑顔には曇り1つなかった。
「はい。さっそく参りました!」
ニパッと笑った俺の笑顔は完璧に決まったはずだ。
「ふふ。そうかい……」
メイアさんそう言って少しだけ俺と目を合わせると、恥ずかしそうに急に俯いてしまった。
昨日俺にチュッとかましてしまったことを思い出してしまったのだろう、顔が真っ赤だ。
しかしさすがにメイアさんも鍛治のプロだ。
次の瞬間には気持ちをサッと切り替えてきた。
「それで真斗、今日はワイバーンの牙を持って来たのかい? かなり大きいはずだけど、外に置いてあるんだとしたら盗まれることだってあるから気をつけないといけないよ」
「いえ、このポシェットの中に入ってるんですよ」
俺はアイテムポシェットから大きいワイバーンの牙と小さい牙を2本取り出すと、全体を見えるように抱えて見せた。
「真斗、あんた……アイテムボックス持ちだったのかい?」
「はい、カムシンの我が家に伝わる家宝なんですよ」
「カムシンか、ずいぶんと遠くから来たもんだねぇ、ほんと真斗がこの街にいなかったらかと思うと……」
「どうしました?」
「いやね、あのでっかいトンボが頭に乗っかってたまんまだったかと思うとね……おっといけないね、しんみりしちまったよ!」
「そうですか……」
「ほら、真斗まで落ち込むんじゃないよ! あんたはあたいを助けてくれた勇者様じゃないか!」
「そ……そうでしたね?」
「そうだよ、あたいもこんなにはっきりと男の人を褒めたのは初めてだよ。そういう意味では真斗はあたいにとっちゃほんとになんでも初めて続きだよ!」
「メイアさんに喜んでいただけのですから、俺も大変うれしく思います……」
メイアさんはまた赤くなってしまった。
俺ももはやなんと言っていいやら……こんなに戸惑ったことは今までなかったかもしれない。
まさか、親父が言ってたのってこのことか……。
一度嘘をつくと嘘に嘘を重ねることになってどうしようもなくなる。だから最初から正直でいいんだよ、真斗。
確か、そんな言葉だったはずだ。
しかし、そのことを知っていた親父は、過去に俺と同じ羽目に陥ったことがあるんじゃないのか?
まさしく俺が今体験中のこの状況をだ。
「そうだ、ワイバーンの牙の話だったね!!」
「ふむむ。見た目は完璧だね。ちょっと貸してごらん」
「はい」
俺はそう返事はしたものの、正直、この牙は結構長くてしかも重たいんだよね。
メイアさんの小さな体じゃ牙に潰されて押しつぶされてしまうんじゃないだろうか?
うん、メイアさんのためにも、ここは男気を見せるところだろう。
「メイアさん、この牙実は結構重たいんです。なので、どこかの台の上に置いて眺めるだけにしたほうが良いと思いますよ!」
モテる男は気遣いが重要だって、現代日本のどこかのホームページに書いてあったしな。
異世界にきて、少しずつ大人になっていく自分がどこか誇らしい。
「プ、フフ。ちょっと、真斗何言ってるんだい!」
「あたいはドワーフだよ。だいたい鍛治をするときだってあたいよりでっかい槌を力一杯叩きつけてるってのに。牙が重いもなにもないじゃないか」
「まぁ、でもドワーフのあたいにそんな言葉をかけてくれたのは真斗、あんたが初めてだよ。うれしいよ、ありがとね!」
うん。笑われたけど、好感度はアップした?
これはモテる男の秘訣だとか紹介していたあのホームページのおかげなのか? もはや俺にも判断できない。
まぁ、そんな一幕もあったんだけど、なんと驚くべきことに、スキル怪力を使わない俺の腕力だと正直両手に抱えないと持つこともできないこの牙を、軽く片手で掴んで持ち上げて見せた。
なるほど。
メイアさんを怒らせたら絶対にダメだな。
正直、昨日の頭ナデナデと鬼トンボの件は命に関わる危機だったわけだ。
まして、今さらトンボは俺がポシェットから出して頭に乗せました、なんて言ったらどうなることやら。
正直鳥肌が立ってくる。俺はもうこのことは金輪際忘れようと心に誓った。
覚えておくなくちゃいけないのは、怒らせたらいけないってことだけだな。
「なるほど、これはずいぶんと良い牙だね。うん。これだけ新鮮な牙からならとても良い剣ができるよ」
「大きい牙は長剣として、小さい牙は短剣でいいんだね?」
「はい。それでお願いします」
牙の評価は上々なようで良かった。
そう、それと昨日はメイアさんに言いそびれてしまったんだけど。
鎧一式と盾をワイバーンの素材をベースに新調したいんだよね。
ハンスさんが鱗と皮をより分けてくれたので、おそらく素材は足りているはずだ。
「あと、すいません、これは素材の一部なんですが」
俺はアイテムポシェットからワイバーンの鱗を3枚とワイバーンの皮を取り出すと、木棚に上に置いた。
「うん? これはワイバーンの鱗だね。それもかなりの上物だ。その牙のワイバーンのものかい?」
「はい。それで鎧を一式と盾を作っていいただきたいのですが」
「この鱗からなら……。うん、かなり防御性に優れた軽鎧と盾が作れるね……」
「よし、いいものだ。いいよ、鎧一式と盾、この素材からならかなり上等なものが作れそうだし、請け負おうじゃないか。ただね。金額と時間がそれなりにかかるよ」
「そうだね。剣と鎧と盾、全て込みで2大金貨かかるよ。完成までは3週間ってところだね。大丈夫かい?」
「はい。構いません」
正直、お金を全く持っていなかったなら、とても払える金額ではない。なにしろ日本円で200万円だ。
ただ、今の俺には結構余裕がある。
それにだ、メイアさんほどの鍛治師を1月には少し足りないけれど、かなりの期間拘束するわけで、これ、日本で考えると、年収2000万を超えているから、一見すると高収入に見える。
けれど、スポーツ選手や、芸能人など一芸で飯を食べている人の年収は、軽く億を超えていたりするんだ。
そう考えると、俺には伝説の剣匠の正当後継者と鑑定結果に出た上に、あのマグナスさんまでおすすめするこのメイアさんに鍛治をしてもらえるってことにかなりのプレミアム感を感じている。
正直、女性だからというだけで、ここまで繁盛していないことが本当にもったいなく感じるよ。
「真斗は気前がいいねぇ。それだけためらいなく即決してくれると、あたいも嬉しいよ」
多分、俺の気持ちが伝わっているんだろう。
俺のメイアさんに作って欲しいって気持ちが伝わったのかもしれないな。
「それで、真斗は剣、鎧、盾に付与する効果はどうするつもりなんだい?」
「付与というと?」
「うん? 付与を知らないのかい? まぁ、なにしろ値が張るからね、知らなくってもしょうがないねぇ」
「素材から、鎧をつくる工程でね、ある程度の効果を付与することができるのさ」
メイアさんは組んでいた腕を外すと、木棚の上に置いてあるワイバーンの牙をに取った。
「例えば、そうだね。このワイバーンの牙なら、元々火に強いだろうけど、さらに火に対しての耐性をあげることもできるし、ものがダメになっちまう可能性が高いけど、相反する水属性の耐性を付与することもできる」
「例えばだ、水魔法とワイバーンの牙は相性はよくないけど、もし成功すると、水属性に耐性のあるワイバーンの剣なんてのものができたりする」
「その代わり、付与に失敗すると素材ごとおじゃんさ」
メイアさんはそう言って目を細める。
正直鋭い眼光で、普段からそんななら幼女だなんて思われないだろうに。
「まぁ、あたいの腕ならね、どうとでもなるけどね。ただ、他の鍛治師にそんなことお願いしたら間違いなく失敗するだろうから慎重に判断することだね」
メイアさんが俺に説明する立ち居振る舞いは、そう、一言で言うと出来る鍛治師とでもいったらいいのだろうか。
鍛治の広場にきて最初は小さな女の子に誘われて、健気だし可哀想だからついてきただけだったんだけど。
今はあの時の幸運に感謝だな。
「まぁ、今のは極端な話だけどね、単純に硬さを上げるなんてのは一番オーソドックスだけどね」
「なるほど」
「ちなみに、メイアさんのおすすめの付与はどんなのでしょう?」
やっぱり、自分より知識のある人の意見は聞いておきたい。
「そうだね。ワイバーンの牙なら元々火には強いし、他の属性についてもよほどのことがない限りは対応できるからね。そうなってくるとね、剣自体の硬度を上げることが大事だろうね。2つの効果を付与できるから、もう1つは真斗の得意な戦い方で決めるといいよ」
「鎧もそうだね、元々竜種の素材はどの属性にもある程度対応できちまうからね。風属性なんて意外に面白いかもね。それと弱点を緩和するってことでは水属性なんていいかもしれないね」
「それはどんな効果が?」
「そうだね。鎧自体から軽く風が漂っているっていうのかな。例えば、弓で打たれたとして、それをほんの少しだけ緩和してくれる。まぁ、鎧を中心に微風が流れているって感じだね」
「当たり前だけど、矢が直撃したら風の効果なんてないも同然だからね。過信しちゃーいけないよ」
「水属性はそのままの意味だよ。ワイバーンの素材はある程度は対応できちまうってのは本当だけど。それでも、水系統の攻撃に対しては、やっぱり弱いからね。その弱点をある程度緩和してくれるのさ」
「なるほど。2つの効果を付与できるってことなんですね? ちなみになんですが、付与する効果を増やす事は可能なんですか?」
「いや、悪いけど付与可能な数は素材のグレードでほぼ決まっちまってるのさ。まぁ、もちろん鍛治師の腕にもよるところもあるからね、さっきも軽く触れたけど、グレードが保証する付与数に収まってるからと言って、必ず付与が成功するとは限らないよ」
メイアさんはここでワイバーンの鱗を1枚手に取ると手のひらの上に載せて見せる。
「例えばね、これがワイバーンの上位素材火竜の素材なら、そうだねぇ……間違いなく5つの特性は付与できちまうだろうね」
「まぁ、そんな素材間違っても手に入らないから期待するんじゃないよ? お金をどんだけ積んだとしてもね、何しろ物がないんだからね」
理路整然とした説明だよね、ほんと。
実際、俺よりも年上だし、しっかりしてるのも納得ではあったんだけど。
だけど、そのことに心の底から納得できたんだよね。