表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/40

ぐるみんスープ

 そんなこんなで一波乱はあったものの、子どもたちもみんな朝の準備を始めている。


「あ、そうでした。マールシア様、今日はこちらをお土産にお持ちして参りましたので、ぜひ、みなさんで」


 クリスさんは、持参していたバッグから、大きな少し透明なビニールのようにも見える袋に詰まっているゼリー状の塊をマルシィさんに手渡した。

 マルシィさんはそんなゼリー状のなにかをしげしげと見詰めてうれしそうだ。  


「これは良いぐるみんですね。ありがとうクリス。ただ、ここではマールシアではなく、マルシィですよ?」

「はっ。失礼しました!」


 クリスさんは、騎士らしい立ち居振る舞いでさっと胸に手を当てると頭をさげた。

 どこからどう見ても姫に仕える騎士にしか見えない。


「お願いですから、もっと気さくに振る舞うように」

「はっ」


 どんなに注意されても、まるで変わることのない騎士らしいその態度。

 やっぱりクリスさんは素敵な人だよな。


 しかし、ぐるみん? ぐるみんの正体は確かに気になるところだ。

 それに先ほどからしきりにクリスさんがマルシィさんのことをマールシア様と呼んでいるんだけど。

 でも前に鑑定したときには、マルシィ・クーパさんって名前で間違いはなかったはずだ。

 鑑定さんが嘘をついている? いや、そんなスキルを俺は聞いたこともないし、だとすると……。

 

 まぁ俺のそんな思いをよそに、マルシィさんはクリスさんから受け取ったぐるみんの詰まった袋を小脇に抱えると厨房に入っていった。

  

「今日の朝食はぐるみんのスープにしましょうか!」

「わーい。ぐるみんだー」

 子どもたちにも大盛況みたいだ。

  

「あのぐるみんってなんでしょう?」


 俺の素朴な疑問だ。  


「ぐるみんはスライムを天日干しで乾かしたものなんですよ」

「ちなみに、天日干しでスライムで乾かすと味が変わるんですか?」

「そうですねぇ、味は変わらないんですけど、とてもかみごたえが出てきて癖になる食感になるんですよ?」

「なるほど、楽しみです」

 

 弾力が強まってとてもかみごたえのあるスライム、ぐるみんか。

 どんな食感がするのだろうか。本当に楽しみだ。


 しかし、スライムといえば、ふとあの恐ろしい強酸スライムとの激闘が思い起こされてしまう。

 マリーナさんたち、冒険者さんの治療うまくいっているといいんだけど。

  

「クリスはどうしますか? よろしければ朝食をご一緒にいかがですか?」

「せっかくのお申し出誠にありがたいのですが、これから公爵邸にてお役目がありますので」


 ぐるみんを手渡したクリスさんは、孤児院の入り口の外で起立をした姿勢を崩さないまま仁王立ちしている。

 そして、警戒するふうにあたりを見渡している。

 騎士として警備の職務だろうか。


 持参したぐるみんすら食べることもなく、ひたすら騎士の職務に従事するその姿勢。

 日本に生まれていたら間違いなく働きすぎな人になったんじゃないだろうか。

 いや、クリスさんはサラリーマンではない。そう、これは騎士のお役目だ。

 そこを履き違えてはいけないな。


「そうですか、ヴァーミリオン公爵からは何か言伝は預かっていますか?」

「いえ。特には」

「そうですか。美味しそうなぐるみん本当にありがとう、クリス」

「はい。それででは、これにて失礼いたします。真斗様、次お会いするときには、ぜひしっかりとしたお礼をさせてください」


 クリスさんは、そう言って孤児院のみんなにも会釈をすると、凛とした風情で街への道を歩いて行く。

 そんなクリスさんを見送っていると、マルシィさんがふと思い出しかのように俺に言った。


「そうそう真斗さん、公爵家訪問の件、明日のご予定は空いていらっしゃいますか?」

「明日ですか? もちろん空いていますよ」


 もちろん空いていると、すぐに返答できてしまうあたり、自分の予定のなさが少し寂しい気もする。

 ただ、いよいよ公爵家への訪問だ。熊太郎の今後のこと、またこの街のトップの人との会談だ。俺の体はほどよい緊張感で満たされていく。


「では、明日早朝から公爵家まで馬車で行きましょうか。真斗さん、今日もよろしければうちにお泊りになりませんか?」


 正直悩むところだけれども、緑葉亭のソニアちゃんには今日お世話になることを伝えちゃってるしね、今からやっぱり泊まれませんとは言いたくない。


「すみません、今日は別に宿屋『緑葉亭』に宿泊する予定になっておりまして、せっかくのお誘いなのに申し訳ありません」

「いえ、急にお誘いしたのは私なんですから、真斗さんもお気になさらないでくださいね」



 まぁ、そんな一幕もあったわけだけども、マルシィさんと朝当番の男の子たちとで、朝食の準備をすることになると、調理はどんどん進んでいった。

 今日はぐるみんスープにパンだ。


 マルシィさんが俺の中でも恒例になりつつある、女神アーシア様への感謝のお祈りだ。

 マルシィさんは全員が席についたことを確認すると、大きく掲げた手の平を上にして、そのままゆっくりと胸に手を当てる。

 明るい声が朗々と響く。


「今日も無事に過ごせることを、光の女神アーシア様に感謝いたします。いただきます!」

「「「いただきます!!!」」」


 子供達も同様の所作のあとで、大きな声で唱和する。

 今日のぐるみんスープも食すのが実に楽しみだな。


「いただきます!」


 みんなでいっせいに食事開始だ。


  

 異世界に来てからはなんだかんだで珍しいものを食べてばかりだ。

 ドン引きするような食材も出てくるけれど、食べてみると案外、おいしかったりする。

 そういう意味では、食事は毎日の楽しみの1つと言っても過言ではないだろうな。


 ぐるみんスープは見た目は、ぶよぶよと固まったゼリー状のなにかだった。

 そしてゼリー状の中には、ゼリーになりきれていない塊が見える。

 これがスライムの核なんだそうだ。


 さっそく、ぐるみんスープにスプーンを押し当てると、軽く触れただけなのにそれだけでぐるみんがブニョブニョと揺れている。

 少し強く押し込んでいくと、軽く反発されながらも妙に弾力のあるスープに少しずつスブーンは食い込んでいく。

 少し力を弱めてしまえば、スプーンはそれだけで弾かれてしまいそうだ。

 グッと力を入れてブヨブヨのスープを一口サイズのちょうど良いサイズにすくい上げる。


 どれどれ。

 口に含んだぐるみんは食感でいうとこんにゃくゼリーみたいな感じだろうか。

 ただ、ゼリー自体に味はあまりないのかな?

 そう、スープの具材の味がゼリーと合わさって初めて花開くというか。

 うん、これは相乗効果っていうんじゃないだろうか。


 スープの具材は、猪鳥と野草だ。

 野草のちょっとした苦味が良いアクセントになっていて、猪鳥の旨みを上品にまとめている。

 しかし、それよりも驚くべきなのは、猪鳥の肉汁をぐるみんが包み込んでいてその旨み成分を全く逃していないことだ。

 噛んでも噛んでも、ぐるみんに包み込まれた肉汁の味わいはいつまでも口内を循環して消えることがない。

 これは、ちょっとした食の革命じゃないのか?


 ぐるみんになったスライムの核の味わいもまた絶妙だった。

 ナタデココみたいなかみごたえも、なんだか懐かしい。


 まぁ、そうはいっても孤児院のみんなにとっては、珍しくはあるけれど、決して縁のない食べ物ってわけじゃないんだろう。

 ワイバーン肉を食べるときみたいに興味津々ってわけでもないけれど、それでも美味しいそうにスープを口に運んでいる。

 そんな当たり前の食事風景もいいものだよね。

  

 楽しい食事だからだろう。

 そんな時間はあっというまに過ぎ去っていく。


「「「ごちそうさまでした!!!」」」


 孤児院のみんなの後片付けがテキパキと進められていく。

 俺も、2日間連続でお世話になったからだろう、前よりも孤児院がずっと身近に感じられる。 


 アイルちゃんが後片付けがひと段落した段階でタタタと俺の側まで駆けよってきた。


「真斗お兄ちゃん、今日もお泊まりするんでしょ!?」


 そんなアイルちゃんの言葉にうなずいてあげたいのは山々なんだけど。


「ごめんね、アイルちゃん。今日は緑葉亭にお泊まりする予定だから来れないんだ。だけど、また必ずお泊まりしにくるから。ね?」


 アイルちゃんはじっと下を向いて、黙り込んだままだ。


「アイルちゃん?」

  

 アイルちゃんは俺を信じてくれたんだろう。

 何かをこたえたように、それでも元気よく言ってくれた。


「うん。約束だよ、絶対にまた来てね!」

「うん。約束する!」  


 アイルちゃんとの約束をした俺はマルシィさんに目を向けると、お世話になったことを感謝して孤児院をでた。


「それでは、失礼します」

「はい、お気をつけて行ってらっしゃい」

「おにーちゃん、またねー!」


 マルシィさんとアイルちゃんが手を振って送り出してくれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ