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騎士様は今日もお忙しい

「え!?」


 マルシィさんは声のするほうを見ると、握っていた手をサッと離した。

 いきなり不埒者って俺のことだろうか、俺も思わず声のするほうを見てかなりびっくりしてしまった。

 だってさ、そこにいたのは、あのくっころナイトさんだったんだよ。

 なるほど、だからだろう、発する声には気迫がこもっている。

 俺はくっころナイトさんのファンを自認している。

 なので、基本、くっころナイトさんを持ち上げる態度で臨んでいくつもりだ。  


「マールシア様、なんですかこの無礼者はっ!」


 マールシア様? いきなりの疑問符だ。

 しかし、ふつうに考えれば、急に無礼者呼ばわりをしてくるあなたのほうがよっぽど無礼なのでは?

 通常ならそう思うだろうし、人によっては怒りだして言い返したりすることだってあるかもしれない。

 だけど、相手がくっころナイトさんなら話は別だ。

 いかにもな、その誇り高き風情に、俺のテンションはじょじょに昇がっていく。


「うん? きさまは……」


 しかし、俺を正面から見つめたくっころナイトさんのテンションは、逆に急にその勢いを減じると少しずつ陰っていく。

 懐かしい、ゴブリン退治以来の再会だ。

 なのに俺の目の前でどんどん元気がなくなっていってしまう、正直、そんなナイトさんの姿は少し寂しいよ。


 黙り込むナイトさんと。

「…………」


 黙り込む俺。

「…………」


 こんなついつい沈黙が続いてしまった状態を打破するのは、やはり男からじゃないとな。


「どうも、先日ぶりです」


「…………」

「う……真斗様はなぜこちらに?」


 様付けで呼ばれました。

 あれ、俺、自己紹介してたっけ。そういえば、ギリアムさんが紹介してくれていたな。


「こちらのマルシィさんには、いつも大変お世話になっているんですよ」

「くっ。そうだったのですか、大変失礼いたしました」


 そう言うと、くっころナイトさんは急にいずまいを正して直立の姿勢だ。


「あらためて自己紹介をさせていただきます。私はクリス・フォン・ノイマン。今年から公爵殿下にお仕えする騎士としてのお役目を頂戴しております」

「真斗様には、ボルン森林でお助けいただいてあと、お礼を言うことができずにずっと忸怩たる思いをしておりました。あのときは、命を助けていただいて、本当にありがとうございました」


 続いて、直立から90度に直角に頭を下げて完璧なお辞儀を披露した。

 さすがはナイトのくっころ、もといクリスさんだ。

 その姿勢は実に凛々しく、さっとたなびく青髪がわずかに風に揺れると、その様はまるで清い水の流れを思わせる。

 その性来の美しさと相まって水の女神のようだと言ってしまったとして、果たして実際にクリスさんを見た人はそれを言い過ぎだと言えるだろうか。否、誰にもそんなことは言えないのではないか。


 しかし、そんな美しいクリスさんの発言はどこか少しおかしいものだった。


「失礼をお赦しください。ただ、そのマールシア様の手を握るのは……」


 少し言いよどんで、そうしておずおずと俺に手を差し伸ばしてくる。


「どうしても女性の手を触りたいというのなら、マールシア様のお手ではなく、どうかこの私の手をお好きにいじくってください」

「え?」


 うん? 俺が手をどうするって。俺は別に手フェチじゃないし。  

 騎士らしく堂々とした佇まいなのに、なんでそんなに恥ずかしそうなんだ。

 思わず戸惑ってしまった俺に、クリスさんの騎士らしい攻勢はなおも続いていく。

  

「さぁ、どうぞっ! 揉むなり挟むなり、なんなら舐めても……くっ」


 さらに俺に向かって手を突き出してくるクリスさん。

 いや、もうほんとに……だから俺は手フェチじゃないんだっての!


「……」


 あくまでもクリスさんの手を触ろうとしない俺を見ると、クリスさんは悔しそうに顔を歪めた。


「くっ。私の手では不足ですか?」


 ちょっと涙目だ。

 まぁ、確かによくよくクリスさんの手を見てみると、その手は日に焼けていて決して白くはないし日々剣を握った訓練をしているからだろう、小さなたくさんの傷跡やそれに剣だこだってできているそんな無骨な手だ。

 だけど、だからこそよく日焼けしたその手は、まさしくその手の1つのみでクリスさんがどんな人かを体現していた。

 本当は色白なはずのクリスさんが、こんなにも日焼けしてしまって……。

 それはまさしく頑張り屋さんだけが持つことのできる手だった。

 

 ここまでの手には俺もお目にかかったことがないかもしれない。

 この手には、俺も触りたいかもしれない。ふと、そんなことが脳裏をよぎった。


「お兄ちゃん、ダメっ!」


 アイルちゃんの大きな声が俺を制止した。

  

 クリスさんにとっては俺が手を握るのはそんなに大ごとなのだろうか。

 まるで、神聖な騎士の行事を邪魔されたかのように凛として言い放つ。


「なんですか、この子どもは。邪魔をするとは何事ですか!」


 いや、手を握るとか、握らないとか、ただ、それだけの話では?

 誰か、俺のこの心の中の声を拾ってくれよ。


「クリス! アイルはまだ子どもですよ!」


 マルシィさんがさすがに見かねたのだろうクリスさんを叱責すると、クリスさんもさすがに体をビクッとさせてちょっと反省したふうだ。

 さすがにこれでみんな落ち着いたかな? そんなふうに俺が思った矢先だった。

 アイルちゃんが追撃をかました。


「子どもじゃないもん! この騎士のお姉ちゃんがハレンチなんだもん!」


 消えかかっていた火は再度燃え上がって、いや、さっきより明らかに火の勢いは激しく燃え盛っている。


「何をいうかと思えば! 騎士たる者、命を助けられたからには体を持って返す、それが我が家の家訓なだけです」


 勇ましくもおかしなことを言うクリスさん。

 正直頭が痛くなる。

 だけど、何度でも言おうか。俺はくっころナイトさんのファンだ。

 だから、クリスさんが体で返すというならのなら、俺はためらいもなくそれを受け取ってしまうかもしれない。

 万が一にも騎士様のご意志に逆らってしまっては、それは失礼に当たってしまうだろうからだ。


 だけど、そんな認識はあくまでも俺だけのものであって、一般には通じない話だ。

 案の定、マルシィさんがドン引きしてしまった。


「体って……クリス! なにを言っているんですか、あなたは!」


 マルシィさんもさすがに言い出せないのか、ちょっと顔を赤らめてしまった。


「いえ、ですから冒険の際に真斗さまの盾となって敵の攻撃を一身に引き受けるのです!」


 そっちかよ!


「クリス、紛らわしいです……」


 まぁ、マルシィさんの珍しい姿を見られたのでよしとすべきなのだろうか。

 まぁ、アイルちゃんにはそんな複雑な大人の話まではわからないからね。

 当然ダメダメの姿勢を崩していない。


「とにかくダメったらダメ! お兄ちゃんに近づかないで!」


 それどころが俺にヒシッと抱きついてくると離れなくなった。

 そうして、まるで自分のお兄ちゃんなんだからと所有権を主張せんばかりに、クリスさんを睨みつける。


「こら、アイルもくっつきすぎですよ!」


 マルシィさんもあっちこっちに注意が忙しすぎて目が回りそうだな。

 ここはマルシィさんに加勢すべきか。


「あの、とにかくみなさん落ち着いて! ここには子どもたちだっているんですよ!」

「くっ。真斗様にご指摘を受けるまでそんなことにも気づかないとは。なんて恥ずかしい。皆様、真斗様、失礼いたしました」

「むー。おにーちゃん、私は子どもじゃないんだからね」


 みんな落ち着いたかな?

 マルシィさんもホッと一息ついたみたいで、一安心だね。

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