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孤児院は朝からバタバタ

 異世界にきてからこれだけ熟睡したのは初めてだったかもしれない。

 ただ、孤児院では就寝の時間が早いので、自然と朝起きるのもずいぶんと早朝になる。俺は自然と微睡みから目が覚めて、ふと何気なく横を見てアイルちゃんが横でスゥスゥと寝息を立てて寝ていることに気がついた。

  

 アイルちゃんは、昨日は、ユアナちゃんの前でお姉ちゃんとして振舞っていたせいか、あんまり俺に甘えて来なかったんだよね。

 その反動で甘えたくなってしまったのかもしれないな。


 まぁ、まだまだ早朝で、誰も起きていない時間だろうから少しの間くらい甘えたっていいんじゃないか。

 俺の左腕にくっついて眠っているアイルちゃんの頭をナデナデすると、少ししてアイルちゃんが小さく寝言を口走った。


「うーん……真斗お兄ちゃん……大好きっ……」

  

 夢の中でもしっかりと俺にしがみついているのだろうか。

 俺の左腕はアイルちゃんがぴったりくっつているもので、正直かなりあっつい。

 顔にかかっている緑の髪からしたたり落ちる汗も吹いてあげたいところなんだけど、タオルもないしかといって動くにも動けない。

 もちろん、2度寝をする状況でもないので、とりあえずはボーッとするしかない。

 さて、どうしたものかなと考え始めたところで、マルシィさんの声が聞こえてきた。


「大変、どうしましょう!」

 

 朝から大慌てだ。家内をバタバタと探し回っている足音が聞こえてくる。

 やっぱりアイルちゃんを探してるのかな、なんて思っているとパタパタと足音を響かせてマルシィさんがやってきた。

 

「真斗さん、朝早くにすみません。アイルがどこにもいないですが、お邪魔しておりませんか?」


 やっぱりか!

  

「ここにいます」


 俺は布団をめくって俺に左腕に抱きついて眠っているアイルちゃんをお披露目した。


「なんでアイルがここに?」


 マルシィさんが怪訝な面持ちだ。

 気のせいだろうか、心なし眉がつり上がっていないか?


「いえ……そのアイルちゃんが起きたらここで寝ていたんですよ」


 ごめんね、アイルちゃん。でも事実だし。

 このままだとお兄ちゃんは犯罪者にされちゃうからね。


「そうなんですか。それなら仕方がないですね。そろそろみんな起きだしますから、真斗さんお手間からしれませんが、もう少ししたらアイルを起こしてもらっても良いですか?」

「はい。お任せください」


 マルシィさんは安心したのか、フゥと息を軽くついて少し脱力した感じだ。   

 朝から疲れさせちゃったかな……。

 これ以上朝からご面倒をおかけするのも申し訳ないからね、しっかり起こしてあげないと。

 アイルちゃんのことなら、俺に任せろってんだ!


 そうしてさらにすぐ横で眠っているアイルちゃん見守っていると、さっそく子どもたちが起き出してきたのか、ガヤガヤとした物音や足音、それに話し声なんかが少しずつ聞こえてくる。まるで孤児院が起き出したみたいになって、その息吹はじょじょに騒々しいものになっていく。  

 うん、そろそろ起こそうかな。


「アイルちゃん朝だよ!」


 なかなか起きないけれど、すこーしずつうっすらと目を見開いていく。


「ほよ……お、おにぃ……」


 そして目を一気にパチクリと開かせると俺を食い入るように見つめて、ダイナミックに正面から抱きついてきた。


「お兄ちゃん! おはよう!」


 うん。朝から元気だね。


「真斗さん、アイルは起きましたか?」


 マルシィさんは子どもたちが起きてくるのを確認したあとで、アイルちゃんがまだどこにもいないことに気がついたのだろう。

 すごく気がきく人だから、2人して寝てしまっていないかって心配になって見にきてくれたんじゃないだろうか。


 まぁ、すでに起きているかどうかどころの騒ぎではなかった。

 ベッドの上で、アイルちゃんは全身を使って俺に抱きついている。

 もちろんこれだけなら子どもがじゃれついてきているという話で終わっただろう。

 だけど、今回は少し違った。そう、俺も気づいていなかったんだけど、寝ているうちにアイルちゃんの服はだいぶ着崩れをしてしまっていたのだろう。上の服のボタンもかなり外れてしまっていて、正直、少しはしたないというレベルを超えている。いわゆる半裸にも見えてしまう状態だったんだ。

 そんなアイルちゃんを抱きかかえている俺の右手は明らかにはだけた上着の端にかかっていて、まるで俺が脱がせているようにも見えてしまう。


「何をなされているんですか……?」


 マルシィさんのジト目だ。

 いや、俺は起こしただけで。

 抱きつかれているだけで。

 服のボタンを外したのも、はだけさせたのも俺じゃないよ?

 心の中で色々言い訳をしてたんだけど、言えたのはたった一言。


「え……いや今起こして……」


 マルシィさんのジト目が変わらない。

 そうしてアイルちゃんにも一言。


「アイル、朝の準備ですよ」


 アイルちゃんは少し残念そうに俺を見ると、パッと離れて、自分のあられもない姿にそこで初めて気がついたのだろう。

 ちょっと恥ずかしそうに下を向くと頬を赤らめながら上着のボタンを締め始めると、実に恥ずかしそうな様子で俺を上目遣いで伺ってきた。


 いや、待て。

 なんてマセたふうな様子を見せるアイルちゃんなんだろうか。

 そんなにモジモジとして俺を見てしまったらマルシィさんが……。

  

 マルシィさんは視線を絶対零度まで凍らせると、プイッと顔をそらして出ていってしまった。

 まぁ、アイルちゃんはそんなことには全然気がついていないからね。

 すぐにいつもどおりの元気なアイルちゃんに戻っている。


「お兄ちゃんまたあとでね!」


 俺も半ばやけくそで、にっこり笑って言った。


「はい。またあとでね!」



 一通り身支度を整えて、食堂に出ると、みんな朝の準備で慌ただしかった。

 マルシィさんも子供たちの面倒を見ながら朝の作業もしていて忙しそうだ。

  

「お手伝いすることはありませんか? 男手が必要なことでもあればと思うんですが」


 俺がそう声をかけると、一度はプイッと頰を向けられたんだけど、さすがに、アイルちゃんにいたずらするはずはないと思い直してくれたようで、いつも通りのマルシィさんに戻ってくれた。

 よかったよ、ほんと……。

  

「うーん。ではお言葉に甘えて。そこの棚に手が届かないので、埃を拭っていただけれると助かります」


 マルシィさんが素直に頼ってくれるのって、信頼されたようでうれしいよな。

 ちなみに、生活魔法で掃除してしまってもいいのだろうか?

 前にマリーナさんが生活魔法でお掃除魔法とか、なにかのキャッチフレーズみたいなことを言っていて、妙に忘れられないその言葉は今でも俺の頭の中に残っている。そう、掃除といったら生活魔法なんだ。


「はい。あの、クリアブラッドを使ってしまっても構いませんか?」

「魔法の方が手早いですからね、ご負担でなければぜひお願いします」

「では、使いますね」


 前回クリアブラッドを使った時にはあまりの効果範囲にそこらじゅう魔法がかかってしまい、ちょっとした騒ぎになった。

 それもあって、クリアブラッドはあんまり使っていなかったんだけど。

 ここの孤児院なら、あたりは畑だしまず大丈夫だろう。

 そんな思いもあって、俺は全力で魔法を唱えることにした。


「クリア! クリア! クリアブラッドー!」


 うん、やっぱり効果範囲がおかしい気がする。

 上の棚だけではなくって、うん、孤児院全体が綺麗になってないか、これ。


「真斗さん! なんですかこれは!」

「はい、クリアブラッドです」

「孤児院丸ごとクリアブラッドされちゃっていますね、これは」

「そうみたいですね」

「…………」

「カムシンご出身の方はみなさん真斗さんみたいにお出来になるんですか?」

「どうでしょうね。ただ、生まれた国ではごくふつうに平凡な一般人でしたよ。はは……」


 うん、現代日本では本当に平凡で、おまけに就活失敗しちまったしなぁ。

 まぁ、これからだ。今をしっかりやっていかないとな!


「真斗さんで平凡なんですか……でも、本当に助かりました。ありがとうございます」


 マルシィさんは俺にお辞儀をすると、今朝俺に冷たくあたってしまったことが自分でも気になっていたのだろう。

 すっと俺に近づくてくると、急にぺこりとお辞儀をしてきた。


「今朝は、そのつまらない誤解をしてしまって……そのすみませんでした。アイルはまだ子どもなのに、忘れていただけると助かります」


 じっと俺の目を見つめて離さない。

 うん。マルシィさんの目には力があるね。それにすごく真摯な瞳なんだ。

 そんな、マルシィさんだからこそ、俺だって真摯に答えるさ。


「マルシィさん、お気になさらずに! 俺だっていけなかったんです、つい気持ち良さそうに寝ている姿を見ていたらどうしても起こせなくって」

「ふふ。それなら、私もいっしょですよ? アイルは子どものころはお布団に入ってきたことがあるんですよ、そのときは私も寝かせたまんまにしちゃいました」

「はは。じゃあいっしょですね?」

「そうですね、ふふ」


 なんだからホワホワした温かい空気が俺とマルシィさんの間に拡がっていく。

 しかし、そんな空気も急に切り替わる。


「あの、真斗さん……」

「はい?」

「……マルシィさんどうされました?」


 マルシィさんがなにやら言いたげに俺の手を握ってくると、顔つきも妙に真剣な面持ちだ。

 そうして意を決してなにかを言おうとして。


 戦うことを知るものの一喝とでも言うのだろうか。

 とにかくものすごく気合いの入った女性の声が俺とマルシィさんの間に割って入ってきた。


「ちょっと待てい! そこの不埒者!!」

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