おばちゃんのタレ
メイアさんのお店を出た俺は、ひとまず宿屋『緑葉亭』に向かっている。一応10日間ほどは宿屋『緑葉亭』の宿賃を先払いしているので、急に宿泊できなくなることについても特に連絡を入れる必要はない。
ただ、俺の朝晩の食事を用意するのも手間がかかるだろうし、なによりメイアさんのお店から緑葉亭まではそんなに時間がかかるものでもない。そんな訳で、俺はさっそく宿屋『緑葉亭』に到着すると、お店の扉を開けて店内に入った。
「いらっしゃーい、真斗おにーちゃん! ごめんだけど、朝食はもうないよ? 時間も時間だからお弁当にしてたのもさっき食べちゃったし!」
「あ、朝食じゃないんだよ、もうお昼時もだいぶ過ぎちゃってるからね。それと鬼トンボのお弁当役に立ったよ。ソニアちゃん、ありがとうね!」
「役に立った? 食べたんだね! 鬼トンボは栄養満点だからね、働く人の味方なんだよっ!」
「そっかー、うん、美味しかったよ?」
「うん、良かった!」
すまないな、鬼トンボ。俺のアイテムポシェットに永遠に眠っていてくれ……。
「それでね、今日もちょっと別のところに泊まる予定があってね。だから、今日の夕飯と明日の朝食は作らなくっても大丈夫だからね」
「んー、わざわざそれを言いにきたの? おにーちゃんは宿代の先払いをしてるんだから、最初にも言ったけど、そんななのはうちの仕事のうちだよっ!」
「そうかい……あ、そうだ、俺に持たせてくれたお弁当の鬼トンボのお礼なんだけけどね、良かったらこれみんなで食べてね?」
家族3人で食べるのにはちょうどいいくらいの量を、お皿に盛り付けるとソニアちゃんに渡した。
ソニアちゃんはそんなお肉を見て、ちょっと不思議そうな顔をしている。
「ふーん。なんのお肉なの?」
「ワイバーンのお肉だよ。いつもお世話になっているお礼だから遠慮しないで食べもらえるとうれしいな?」
「あはは。ワイバーンのお肉なんて高級食材だよっ! おにーちゃんも嘘ばっかり。でも、ありがたくいただいとくね!」
そんなソニアちゃんは食い気もだけど、可愛らしい生き物にも目がないんだろう。熊太郎を見る目つきがキラキラと輝いている。
「そいえば、おにーちゃん、そのクマさんはおにーちゃんのペットなの? かわいいねー」
「森で拾ってクマさんなんだよ。素直ないい子だよ」
「ふーん、角が危なそうだけど、撫でてもいいの?」
「どうぞ」
ナデナデ
「キューンキュンキュン」
「かーいーねークマちゃん!」
「キュン!」
熊太郎もナデナデされて喜んでいるみたいだ。
見ているだけで微笑ましい。
「そうだっ! お兄ちゃんは明日はお泊りにこれるの?」
「熊太郎の角、危ないと思うけど大丈夫なの? 迷惑にならないかな?」
「こんなに可愛いクマちゃんなら大丈夫だよっ! ねっ、クマちゃん?」
「キューン♪」
ソニアちゃんは幼いとはいえ、『緑葉亭』の看板娘だ。
そんなソニアちゃんからお泊りの許可も出たことだし、熊太郎もよく懐いているようだ。孤児院に何泊もするのもどうかと思うし、明日は『緑葉亭』に泊りにこようか。
「ソニアー、どうしたんだーい、お皿がまだ置きっぱなしだよー」
「はーい。おにーちゃん、クマちゃん、お仕事だからもう行くねっ! また明日ね!」
「またね!」
元気いっぱいなソニアちゃんとバイバイをして別れた俺は食料品を取り扱うお店が雑多に並んでいるそんな路地を見つけると足を止めて、しばらく立ち並ぶお店を見て回ることにした。
異世界の品物は種類がさまざまで、木の皿には色とりどりな調味料がざっくばらんに並べられていて、お店をカラフルに彩っている。赤、黄色、緑、紫から黒まで本当にさまざまな果物や食料品が山となって積まれていて、この街で一番色彩豊かな場所はまさしくこの界隈なのではないかと思わせる。
お肉と合う調味料はどれなんだろうか、いろいろありすぎてさっぱりわからない。もうこの際聞いてみた方が早いだろう。
そう判断した俺は、でっぷり太った体をなんのそのと機敏に店内をうろつき回っているおばちゃんに声をかけることにした。
間違いなく口癖は、あー忙しいとか、そんな言葉をしきりに言ってそうな人なんじゃないか。
まぁ、俺が声をかけようとした相手が、一目でわかるほどには威勢が良さそうで、口うるさそうなおばちゃんだったからだろうか。
俺がおばちゃんに話しかける言葉遣いはふだんよりもずいぶんと丁寧な口調になってしまった。
「あの、お忙しいところ誠に申し訳ございません。お肉などに味をつけるような調味料を探しているのですが、こちらの店舗には置いてございますでしょうか?」
「あんた!! 随分、丁寧な回りくどい言い方をするね! なんだい、学者さんかい!? もっとはっきりお言いよ!!」
しまった!
丁寧な口調は逆効果だったみたいだ。おばちゃんがここぞとばかりに口やかましくなってきた。
俺は今度は逆にふだんよりもずっと言葉を崩して話すことに決めて、速攻で言い直した。
「いえ、その失礼しやしたっ! その調味料って置いてありますー? お肉と合うのが俺ほしーんすけどっ? ねーっすかねー? 肉っすよ、肉っ?」
「…………」
「…………」
ちょっと俺とおばちゃんがお互いに無言で少しだけ見つめ合ってしまった。
いかん。今度はやんちゃに言葉を崩しすぎただろうか。
いや、しかし、学生のときにいた酒を飲むのが好きな一部の知り合いほどには崩れてはいなかったはずなんだが……。
まぁ、そんな口調もおばちゃん的にはありだったみたいだ。
「もちろん、置いてあるよ。最初からそう言いなよ! おばちゃんを戸惑わせるんじゃないよっ!」
うん、正解だったみたいだ。
「はい。すみません」
まぁ、もう崩れすぎた言葉もやっぱり面倒なので、素に戻ることにする。
「あの、お肉とかに合うおすすめの調味料ってありますか?」
「そうだねぇ。普通に肉と合わせるなら、この胡椒なんかはそんなに値も張らないしいいものだよ。まぁ、もしお金に余裕があるってんなら、2銀貨するけどね、うちで作ってる特製のタレが一番のおすすめさ」
おおう。これは当たりじゃないだろうか。
この手のおばちゃんが自慢するタレって実は本当に美味しかったりするんだ。
「特製のタレですか。味見は可能ですか?」
まぁ、2銀貨するものなので、一応味見だ。
「ちょっと待っててな!」
おばちゃんはそう言うと、どっこいしょとばかりに、ちょっと古めかしい年代物ふうなツボを持ち出してくると蓋を開けて、スプーンでタレをすくい取ると小皿に少しだけよそってくれた。タレは茶色の少し粘り気のあるふうな色合いで、匂いだけでも香ばしく、ツーンと鼻にくるようなそんな少し刺激的な香気に、ついつい食欲をそそられてしまった。
「はい、おばちゃん自慢のタレだよ。ちょいと舐めてみるといいよ!」
さて、どんな味がするものだろうか。
俺はおばちゃんから小皿を受け取ると、さっそくタレを舐めてみた。
「うまい!!」
「そうだろ、おばちゃん自慢のタレさ」
これが本当に美味しくて。当たりも当たり、大当たりだった。
なんだろう、にんにくと生姜、それに玉ねぎをすりおろして……それにほんの少しだけ感じるこの甘みは……。
そうか、りんごの甘みか!? しかし、まだなにか隠し味がありそうな……。
ただ、間違いなく言えるだろうか、このタレとワイバーンの焼肉は絶対に合うのではないかと!
おばちゃんも俺の反応の良さに気をよくしたのか、いや、本当に自慢のタレなんだろうな。
美味しそうにタレを味見している俺を見ながら、ぐいっと顔を上にそらすと実に誇らしげな様子だ。
「1瓶まるごとください!」
俺はお買い上げを即座に決める。
「2銀貨だけどいいのかい?」
「はい。構いません!」
「きっぷがいいね、お兄ちゃんは!」
「ありがとうございます!」
そんなに大きな木の瓶ではないけれど、『おばちゃんのタレ』とおそらくはおばちゃんの自筆で大きく書かれていて、否が応でもこのタレのプレミアム感をましてくる。うん、いい買い物をしたな。
「またおいで!」
そんなおばちゃんの言葉に俺は大きくうなずいて、おばちゃんをきっと見据えると俺の思いのたけを表明した。
「絶対また来ますから!」
孤児院に向かうためにスラム街を通る。だけど、あの初老の男が現れて以来、俺の周りは妙に何事も起こることのない安全な場所と化している。
そんなスラム街を通り過ぎると、すぐに孤児院に向かうための丘の道が続いて、あたりは急に緑が豊かになる。
もうすぐ日が暮れるのだろうか。夕日に照らされる土の道は、周りにおいおいと茂る野草とあいまって、自然の生き生きとした営みを感じさせる。
まぁ、実はそんな景色を目に収めながらも、俺の目にはまったく意識されていない。
そう、おばちゃん特製のタレでワイバーン肉を焼いて食べたら、俺の口内はどんなことになってしまうのだろうか。
まさしく、自然よりも色気よりも、なにより食い気の俺には、自然鑑賞なんてどうでもよかった。
夕飯には少し早すぎる時間だろうけれども、孤児院のみんなも喜んでくれるといいな。
俺は、そんなことを思いながら孤児院へと続く道を駆け足で登っていく。
遠くから声が聞こえてきた。
「おにーちゃーん!」
一目散に、俺に向かってかけてくるのは、アイルちゃんだ。
アイルちゃんの緑の髪は、太陽の光に照らされて周りの野草と合わさると、自然とあたりの緑と調和している。
キラキラと輝く黄金の瞳も夕日の光を反射して、いつもよりさらにいっそう輝いて見えた。
「もしかして、俺を待っててくれてたの?」
「うん。そろそろかなーって」
アイルちゃんがえへへーと笑っている。
「そっか。ありがとう、アイルちゃん!」
俺が頭を撫でるとそれはもう嬉しそうにニコニコ笑う。
なんて可愛らしいのだろう。
熊太郎もそんなアイルちゃんには、よく懐いている。
「キューン」
「熊太郎ちゃんもこんにちは!」
「キュンキューン」
うん、見ているだけで微笑ましいね。
「お姉ちゃーん、真斗おにーちゃんがきたよー!」
アイルちゃんは俺といっしょに孤児院の扉をくぐると、マルシィさんに俺の来訪を告げた。
少し間をおいて、マルシィさんは奥からパタパタと玄関まで迎えにきてくれた。
妙に様子が慌ただしく見えるのは、なにかの仕事をしている最中だったのだろうか、だとしたら申し訳ない。
しかし、さすがはマルシィさんで切り替えが上手なのだろう、俺を前にするとごく自然と落ち着いた雰囲気に立ち戻って俺の来訪を歓迎してくれた。
「お待ちしておりましたよ、真斗さん」
「ただいま戻りました。今日もお世話になります」
「キューン」
うん。熊太郎も挨拶をしてくれたのかな?
「くまちゃんもよくきましたね!」
「キュンキューン」
マルシィさんの、熊太郎を見る目つきが真剣だ。
きっともふりたいのだろう。
熊太郎も孤児院のみんなにもだいぶ懐いてきたのだろう、そこかしこを忙しそうに動き回っていて、実に楽しげに見える。
そうそう、今日はおばちゃん特製のタレを試してみたいんだよね。
なので、俺はさっそく夕飯の話を切り出すことにした。
「ちょっと早いんですけど、夕飯の準備を開始してしまっても良いですか?」
少し性急すぎただろうか。だが、一刻も早く俺はおばちゃんのタレとワイバーンの肉の組み合わせを食してみたい。
「では、私もお手伝いしますね!」
マルシィさんも意外に乗り気だった。
腕まくりまでしてやる気まんまんだ。
「子どもたちもまだ畑に出ていますけど、もうそろそろお腹をすかせて戻ってきますから!」
うん。なら問題ないね。
「では、厨房お借りしますね!」
「アイルも手伝うのー」
アイルちゃんも俺のすぐ横で、マルシィさんに習って腕まくりをしている。
「真斗さん、アイルは今日は料理のお手伝いをするっていうことで、畑仕事をせずに真斗さんを待っていたんですよ」
「だから、アイルにもしっかり料理のお手伝いをさせてくださいね」
「アイルもしっかりお料理作るの!」
「キューン」
うん、アイルちゃんからやる気がみなぎってるな。
熊太郎もかな?
「よし、みんなで作ろっか!」
「はい」
「はーい!」
「キューン」
フフ。みんなやる気だな!
俺は、ポシェットからワイバーンの肉を取り出すと、昨日と同じようにサイコロステーキふうにお肉を切り分けていく。
今日はマルシィさんがそんなお肉をどんどん鉄鍋で焼いていく。
焼きあがったお肉は、食堂のテーブルにアイルちゃんがどんどん並べていく。
3人作業だからだろう、昨日より格段に早く食事がどんどんと出来上がっていった。
「お兄ちゃん、これ使ってー」
「熊太郎ちゃん、こっちでご飯を待ちましょうね」
うん、熊太郎はまだ赤ちゃんみたいなものだからね、お仕事はまだ早いだろう。
人とおりの肉を切り分け終わると、向こうのかまででパンを焼いているマルシィさんの声が聞こえてきた。
「いい感じに、焼けましたわ!」
なるほど、俺がくる前にバタバタしていたのはパンを焼いていたからだったのか。
俺が振り向いてかまどの中のパンを見ると、うん、よく焼けている。
そうこうしているうちに子どもたちがバタバタと戻ってくる。
「今日はちょっと早いけれど夕飯ですよー」
「「「はーい」」」
子どもたちはいっせいにお返事をすると、慣れたもので、みんなが夕食を食べる前の準備を始めた。
役割がきちんと分担できているんだろうね。
生活魔法が使える子は2人の子どもの前に、孤児院の子どもたちは整列して並ぶと、順々にクリアブラッドをかけていってる。
そうして、綺麗になった子どもたちは、順々に食堂の席に着席していく。
ここまでの動きが淀みないんだから、たいしたものすぎて逆に不安になってくる。
子どもたちはもっとこう、言うことを聞かないわがままを言うものなんじゃないかとも思うだけども。
まぁ、子どもたちからはすごくし幸せそうで楽しそうな感じがひしひしと伝わってくるんだから、これはもうマルシィさんの躾の賜物なんだろうね。
アイルちゃんも正直いってちょっと俺に懐きすぎている気はするけれど、それ以外のところでは、すごいしっかりした子どもだしね。
俺は、手に持ったおばちゃん特製のタレをほどよくお肉に振りかけていって、最後の味つけを完成させていく。
うん、全員分の味つけも完了だ。
俺も自分の席に着席すると、隣のアイルちゃんは下からこちらをチラッと見てニコニコと笑いかけてきた。
なんて可愛らしいのだろう。
マルシィさんは全員が席についたことを確認すると、大きく掲げた手の平を上にして、そのままゆっくりと胸に手を当てる。
明るい声が朗々と響く。
「今日も無事に過ごせたことを、光の女神アーシア様に感謝いたします。いただきます!」
「「「いただきます!!!」」」
子どもたちも同様の所作のあとで、大きな声で唱和する。
俺もついつい気合が入る、実に楽しみな食事だ。
「いただきます!」
みんなでいっせいに食事開始だ。
さっそく子どもたちがお肉をパクパクと食べ始めると、みんなびっくり仰天している。
「あれ、昨日のお肉とおんなじなのに味がちがーう」
「なんだこれ、また美味しくなってるー!」
中にはただひたすら黙々とお肉お肉をかっ込んでる子どもたちもいて。
うん、好評みたいで良かった。
すぐ横のアイルちゃんもしきりにモグモグと咀嚼していて、もう食べるのに夢中みたいだ。
足元の熊太郎も実に美味しそうに食べている、お願いだから贅沢を覚えないでくれよ?
そんなみんなの満足した様子を見た俺も、さっそく一口サイズに切り分けたサイコロステーキにおばちゃん特製のタレがサッとかかったワイバーンの肉を口に含んで噛みしめると、溢れ出す肉汁とおばちゃんのタレが口内で巧みに溶け合っていく。
うぉ、なんじゃこりゃああああ!!!
とんでもないぞ、これ。
おばちゃん特製のタレと、ワイバーンの肉のジューシーな味わいが、口内で絶妙に調和していく。
もちろん、昨日の塩くじらの塩をほんの少しだけまぶして、お肉本来の味を引き立てていた昨日の味つけだって素晴らしかったさ。
だからこそ、まさかその味わいを超えてくるとは思わなかったよ。
俺はふと、子どものころを思い出す。
おじいちゃんの部屋に行くのが大好きだった子ども時代。
古い地球儀、レトロな船舶の造形の置物、そんな部屋がこっそりと家の片隅にあって、おじいちゃんはそんな部屋でレコードをかけ始めたんだ。
俺はこっそり隠れて聴いていて、そうだあれは確かベートーベンの第9楽章、歓喜の歌だ!
あの時の感動を俺は忘れていないし、ただ、あの初々しい感動はもう2度と味わえないんだろうな。
そう諦めかけていた俺の心は、今、間違いなくあの時のように歓喜している。
ふと気づくと、みんなも無言になっている。
ただただ、お肉を食べるのに夢中になっているんだ。
俺も、一口一口を大切に味わって食べると、名残りおしいけれど最後の一切れを口に運んだ。
周りを見ると、マルシィさんも子どもたちも、みんな食べ終わったみたいだ。
そして、食後の余韻を楽しんでいるのだろう、みんな静かなままだ。
一息おいて、マルシィさんからの素朴な質問がその静寂を破った。
「真斗さん、今日の調味料、私も今まで味わったことがないほどに味が洗練されています。どちらでこれだけの調味料を入手なさったのですか?」
子どもたちもマルシィお姉さんの真剣な様子に、俺に視線が集まった。
まぁ、結論はなんてこともないわけで。
ただ単にすごいおばちゃんが街にいて、タレを作っているってことだけだ。
だから、俺もその答えにためらうことはない。
「えぇ、今日シュレイン街の食料品を取り扱うお店が軒を連ねる界隈で見かけて購入したものなんですよ。まぁ、偶然手に入ったものなんですが。おばちゃん自慢のタレなんですよ」
うん。あのおばちゃん自分で言ってたしな。
おばちゃん自慢のタレだよ!ってね。
「オバチャンですか? 珍しいお名前ですね、ちなみにご氏名はなんておっしゃるんでしょう?」
「名前は聞いていないですね。ただ、おばちゃんなのは間違いないですよ」
詳しく説明できなくてちょっと申し訳ない。
ただ証拠として、木の瓶をマルシィさんにお見せした。
確かにその瓶には大きく『おばちゃんのタレ』と書かれているのが確認できるだろう。
マルシィさんもそれを見ると、大きくうなずいてくれた。
「ちなみに、食料品売り場って街の東にある食料品売り場で間違いはありませんか?」
「はい、そうですね、大通りから東に曲がって少し歩いた場所にありましたね」
「なるほど、それでお名前がオバチャンですね……。それだけわかれば、あそこの食料品売り場なら見つかると思います。私も今度、買いに行ってみますね!」
「えぇ。きっとおばちゃんも喜びますよ」
本当に美味しいタレだしね。
おばちゃんもリピーターが増えればうれしいだろう。
そんなこんなで食事も終わったんだけど、急に子どもたちが騒ぎ始めた。
いや、ここの子たちってきちんと躾がされている子たちなんだけど、まさか、ここまで喜んでくれるとは思わなかった。
「「「お兄ちゃん、ありがとう!」」」
「「「ごちそうさまでした!」」」
本当にうれしそうで、大喜びの子どもだちは、みんな俺の周りはなんとはなしに楽しげにウロウロしている。
そんな中、ん? 小さな女の子だろうか、トコトコと俺の足元に歩みよってきたんだ。
そして、俺を見上げると一言。
「おにいちゃん、あいがと!」
それはもう本当に、体全体から、ありがとうっていう気持ちが伝わってくる。
そして、両手を上に上げると、その姿勢のままじっと俺を見つめてくる。
なにかを待っているようだ。
うん? これはあれか? 抱っこしてほしいってことだろうか。
俺は両手で幼女を持ち上げると、たかいたかーいをしてみる。
「キャハハハ」
うん、喜んでくれたみたいだし、どうやら当たりかな?
「真斗さん、ユアナはそろそろたかいたかいは卒業させないと。まぁ……」
マルシィさんもユアナちゃんをみて、今日はまぁいいかなと思ってくれたのか、天真爛漫に笑い続けるユアナちゃんを幸せそうに見つめている。
アイルちゃんは、いつもお姉ちゃんとして、そんなユアナちゃんの面倒見て上げてるからなんだろう。
特にわがままを言うこともなかった。
「アイルはお姉ちゃんなんだから、ユアナは別にいいんだから!」
そんなことをきっぱりと言うアイルちゃんは、本当にしっかりもののユアナちゃんのお姉ちゃんなんだろうね。
俺には甘えてくるけど。まぁ、それはそれで可愛いからいいんだけど。
でも、孤児で子どもなんだから、少しくらい甘え立って懐いたとしたって、子どもらしくて全然良いんじゃないかなと思うんだ。
「キューン」
いつのまにか、熊太郎の頭を撫でながら、マルシィさんが甘やかしている。
子どもたちもみんな元気で、そうして、この日の孤児院には、夜のとばりはいつのまにかソッと優しくつつみこむかの様にいつのまにか落ちていく。
みんなは幸せそうに眠りについていた。