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勘違いから始まる恋だって悪くはない

 気持ちを新たにして、といってもいいだろうか。

 新しいDランクのギルドカードを持っているだけで何とはなしに気分が浮き立ってくる。

  

 冒険者ギルドを出た俺は、大通りに出たあとで道沿いに立っていた屋台で、パンに猪鳥の肉を挟んだだけの簡素なサンドイッチを10食分買い上げると熊太郎といっしょに食べたあと、さっそく鍛治広場に足を向けることにした。


 鍛治師の広場に軒を連ねる煩雑な広場からは外れた小さな路地に入り、しばらく進むとひっそりと建っている。『万屋万兵衛』には今日もお客さんがいないのだろう、物音一つ聞こえない。そんな簡素なお店の扉をくぐると、すぐにメイアさんは俺に気づいてくれた。


 小柄な体つきは一見すると幼女にも見えてしまう。

 実際は俺よりも年上で29歳なんだけど、性格は生粋の姉御肌ふうで親身になってお世話そしてくれるすっごく良い人なんだ。


「お邪魔しまーす」

「お、あんたは……そうだ、真斗じゃないか。どうしたんだい? 鎧でも買うお金ができたのかい?」

  

 冒険者稼業は、ある意味その日暮らしって面があるんだろうけれど、その不安定さの見返りに、1日もあればそれなりの金額を稼ぐことも人によっては可能だ。だからこその問い掛けだろうか。なにしろ、つい先日来たばかりで、そのときにほぼお金を使い切っていたことはメイアさんも知っているはずだからだ。


 まぁ、しかし実際のところ今日の俺はまったくお金を持っていない。

 明日ならワイバーンの納品である程度、お金に余裕があるんだろうけど。 

 そういうわけでさっそく本題を切り出すことにした。


「いえ、その。実は剣が……」

  

 すごい言いづらいわ!

 まぁ……そうも言っていられない、俺は腰から剣を取り出すと、メイアさんに剣の残骸とでも呼んだ方がしっくりくるような溶けかかった剣をお披露目した。

 

「えええええ!!」


 案の定、メイアさんをかなり驚かせてしまったよ。


「あんた、この剣溶けちまってるじゃないか」


 その通りなので、ぐうの音も出ない。


「どうしちまったんだい、この剣は?」


 本当に不思議そうな表情で俺を見る。

 まぁ、それも仕方ない。

 鉄の剣は、通常火を使って鍛治で鍛える。そんな鍛治師のメイアさんだからこそ、ここまで剣を溶かすためにはどれだけの熱量が必要になるのかを、誰よりもよく理解しているんだろう。

 

「その、剣に炎の魔法をまとわせて、斬撃を放ちまして……」


 メイアさんは、目を見張ったまま今度は微動にしなくなった。

 いや、そこまで驚くことなのか?

 マグナスさんの技に比べたら、子どもの児戯のようなものなんだけど。  

  

「それって火炎剣だろ、あんたとんでもないことをするね。マグナス・グルーガーの十八番だろう、それは」


 なるほど、メイアさんからすると、火炎剣はマグナスさんの必殺技って認識なのか。


「ただ、これからも火炎剣を使っていくってんなら、そうだねぇ。最低でも竜種の牙レベルの素材が必要になるね。そんなもの用意できるのかい?」

「はい。ワイバーンの牙はどうですかね? それなら明日には手に入ります」

「……なんで、なんでワイバーンの牙を持ってるだい?」


 驚いた表情のメイアさん。


「街道の先にワイバーンの巣があったんですが、そこ……」


 俺の言葉の先を読んだんだろう。

 メイアさんが、言葉を継いで先を続ける。


「あぁ、ワイバーンの死骸から採取したんだね。ただ、死んでから時間が経ってしまうとねぇ、正直素材としては使えたもんじゃないんだよ」


 うーん、残念、採取したのは間違いないんだけどね。

 あくまで、ワイバーンは俺の光の剣『絶刀飛燕村正』が伸びて、仕止めたものだ。


「いえ、倒したんです!」

「倒しただって! どうやってだい? あんたは冒険者になったばっかりの新人なんだろ? そんなことできるわけじゃないじゃないか!」


 小さい体を精一杯にプルプルと震わせながら俺の言葉を全身を使って全否定するメイアさんは、外見どおりの幼女のように見える。危うく頭を撫でてしまいそうになってしまう自分がいてちょっと心配だ。

 異世界にきてからの俺は、アイルちゃんと接しているからだろうか。可愛らしい子どもを見ると、ついつい頭を撫でたくなってしまう。

 まぁ、撫でたら怒られそうだから、撫でないけどな!


「はい。ワイバーンについては明日素材をお持ちしますので、実際に見て判断してもらえればと……。それと実はもう1つお願いがあるんですが」


 メイアさんはちょっと警戒したふうに俺を見る。 

 

「うん?」


 いや、もう大丈夫、これ以上は驚かせませんよ。

 俺だって、メイアさんを驚かせて、外見どおりの幼女ふうロリッ娘リアクションを取らせる気はない。

 さすがに、そんな姿を見せられてしまったら、我慢ができずに頭をナデナデしてしまうかもしれないし。  


 なので、俺は極力メイアさんを安心させるよう笑顔と気配りを忘れないよう気をつけている。

 そして、なんでもないものかのように、戦鬼熊の親熊の角をポシェットから取り出した。

 ちなみに、角の先端部分を小さく切断したものなので、サイズ自体はそんなに大きなものではない。

 まぁ武器にするわけでもないしね。

 

「この角なんですが、この付け根あたりに穴を開けて、紐を通したいんですが?」

「あぁ、首飾りにするってことかい?」

「はい。そうです」

「ふむふむ。ちなみにこの角はなんの野獣の角なんだい?」


 ひどく素朴な問いかけだ。

 だから、俺も率直に答える。


「はい。戦鬼熊です」


「ええええええぇぇぇぇぇ!!!」

 

 しまった! また驚かせてしまった。

 しかし、それももうあとの祭りだった。 

 潤んだ瞳で、小刻みにビクビクと震えてしまっている。

 ピンクの髪の短いツインテールも体の震えと歩調を合わせるかのように左右に揺れている。

 そんなメイアさんとふと目があった。

 どう見てもその有様は、

 『お兄ちゃん、怖いお化けが出たの! 助けて! 』と言って今にも抱きついてきそうな幼女にしか見えない。

 そんな保護欲を掻き立てられてやまない、小さな女の子が俺の目の前でプルプルと震えているんだ。

  

 俺はとても我慢ができなかった。

 いや、意図してわけでもなく、もちろんわざとでもない。

 ただ、ごく自然と伸びた俺の手は、メイアさんの頭の上にソッと手を乗せると、ナデナデをしてしまっていたんだ。


 ナデナデ


 メイアさんは何だろう、この手は?

 そんな風に俺を見上げていて。

 まだ察してはいないんだろう。


 まだ、まだ大丈夫だ。ここからでも挽回できるはずだ。


 だめだ、手が止まらない。

 ナデナデ

  

「なんだい? この手は? なんであたいの頭をさっきからしきりに撫でているんだい?」


 メイアさんはキョトンとしたふうに俺に問いかける。

 どうする……どう言い訳すれば……。


「いえ、その頭の上に虫がいまして」


 そして俺の口から出た言葉は、まるで小学生男子のような言い訳だった。


「虫なんていたのかい。見せてみな」


 多少疑っているのか、言葉つきが結構鋭い。  


 もちろん、俺の手の下には虫なんていないしね。

 どうする。どうすればいいんだ、俺。


 異世界での現代知識チート。

 俺は奥の手としてのそれをためらいもなく披露することにした。


「あ、メイアさん、あっちに美味しいお酒が!」


 ドワートと言えば酒だろう!


「えっ! お酒だって!?」


 案の定、メイアさんが俺の指差す場所を振り向いて、その瞬間、俺はアイテムポシェットから、収納していた鬼トンボを取り出した。

 そう、宿屋『緑葉亭』のソニアちゃんがお泊りをしたから特別だって俺にお弁当としてもたせてくれていた、あの鬼トンボだ。

 それが、ここにきて初めて活きてきた。


「うん? 酒なんてどこにもないじゃないか?」

「あれ、気のせいだったかな」


 俺は目をゴシゴシと擦って、見直すふうを装って、おもむろに右手の鬼トンボをメイアさんにご披露した。

 まぁ、40センチを超える、妙に見た目の生々しい、まるで生きてるようにも見える巨大なトンボで、もう黒と赤と紫の斑点が入り乱れていて、どこかヌメッとしている。そんな禍々しいトンボが鬼トンボだ。


「なんだい?? これは???」


 あれ、反応がおかしい?


「いえ、その頭についていた虫です」

 

 メイアさんはそのまま無言になって、まるで時が止まったみたいになった。


「…………」


 仕方ないので、俺も反応を伺う。


「…………?」


 そして、メイアさんは気絶して、そのまま後ろに倒れこんだ。

 いかん、気絶させちまった。


 うん、これは放っておけないだろうな。

 この異世界、治安だって、けっして日本ほど良いわけでもないだろうこの異世界で、こんな幼女を1人寝かせたままにはしておけない。


 俺は熊太郎の頭をなでなでしながら、メイアさんが自然と目が覚めるのを待つことにした。

 うん、最初は呼びかけたんだけどね、反応がまったくなかったんだよね。

 そうして、また少し時間が経って。


「あれ、ここは……」

「あんたは、そうだ、虫が、でっかい虫が……」


 メイアさんが目覚めたようで、ただ、よほど印象深かったのか、まだうわごとのように呟いている。

 うーん。トラウマになってしまったら、それはもう間違いなく俺のせいじゃないか。


 とにかく安心させることが大事だろう。

 だから俺は力強く言った!


「大丈夫です。もう退治して、悪い虫は遠くに捨ててきましたから!」


「本当に……? 本当に退治してくれたの!?」


 潤んだ瞳が妙に幼さを強調している。


「本当ですよ。ほら、メイアさんも俺がどでかいトンボを右手で抑え付けてやっつけてたのを見たでしょう?」

 

 もちろん、俺はやっつけていない。

 最初から死んでたし、あれお弁当だしな。

 でも、ここは嘘も方便だ、ほらよく言うじゃないか。

 優しい嘘はついてもいいんだって。

 だから、俺は本当にごく自然と微笑むことができて、結果、メイアさんも俺のことを信じてくれるとすごく安心した笑顔を俺に見せてくれる。


「ふぅ。そうだったかね? ……そういえばそうだったね……よかったよ! あたいとしたことが気を失っちまって、みっともないったらないよ!」

「ふふ。でもそうか、真斗は私を守ってくれてたのかい? なんだ、いい男じゃないか!」


 心なしかメイアさんの頰が、ほんのりと赤らんでいて、緊張が解けたのだろう、じょじょにだけどいつもの笑顔に戻ってきている。

 そんなメイアさんからは、自分の心にとどめを刺したいのか、さらなる追撃の言葉が放たれる。


「もしかして、真斗は気を失っている間、ずっとあたいのことをみててくれたのかい? 』

「はい。それは心配でしたから。メイアさんが起きるまでは、ずっとここにいようって決めてました!」

「それは、あたいのために……? 悪いトンボからあたいを守るために……かい……?」

「もちろんですよ!」


 こんな幼女みたいな人、1人で寝かせたままにしておけないしな、俺の本音だ。

  

「そうかい……これはトンボから守ってくれて、さらにはあたいのことを、ずっと見守ってくれていたお礼だよ!」

 チュッ


 景気よく、ほっぺにチューをされた。

 なんだか、初めて俺の心に微かに罪悪感が生まれたような気がする。

 いや、気のせいさ!


「そうだ、戦鬼熊の角、本当に首飾りにしちまっていいのかい?」 


 メイアさんはさすがに照れているのか、俺と視線を合わすこともなく、急に話題を変えてきた。

 いや、ようやく話が元に戻ったのか。


「はい、首飾りでお願いします。この子熊にかけせてあげたいので、サイズを合わせてもらえると助かります」

「この子熊のかい。この子もひょっとしなくても戦鬼熊の子どもだね。そうかい、この子にもたせるってことは……」

「はい。お察しのとおりです……」


 とたん、メイアさんは目に涙を浮かべる。


「真斗……あんたって人は、ほんといいやつだね。気に入ったよ。そうだね、明日来るんだろ? なら、それまでに仕上げておくからね」

「ありがとうございます!」


 本当、頼りになる人だ。


「それと角は首飾りにするならこのままだと危ないからね。だいぶ丸みをもたせることになるから、結構サイズは小さくなるからね、そこは了解しとくれね」

「はい。その方が助かります。危ないですし」 

「ふふ。そうだね」


 メイアさんの笑い声には嘘がなく、だからだろうメイアさんの素直に気持ちが伝わってくる。

 だから、可愛らしく響くんだろうな。


「それでは、また明日きますね、よろしくお願いします」

「はいよ、任されたから安心しておいで!」


 お店を出ると、さっそくにお店の中からバタバタと作業を始めるかすかな音が響いてきた。

 メイアさんには本当、頼りになる姉御みたいな人だよな。

 そんなことを漠然と考えながら、大通りに向かう道すがら、万屋万兵衛からは角を叩いて削っているような、そんな音大きながさっそく響きわたってきた。

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