孤児院で過ごす夜
孤児院に着くと、もうだいぶ日は落ちていて、あたりはあっという間もなく夜の帳につつまれるて、微かに孤児院からの光のみがあたりを照らしている。
俺は、道すがらに夕飯をご一緒に、なんて言葉に誘われて孤児院にやってきたんだけど。
うん、これから料理をするみたいで、マルシィさんがかなりバタバタしてしまっている。
ここはもう、せっかくさっき手に入れたばかりのワイバーンのお肉なんだし、孤児院のみんなと焼肉なんてどうだろうか。
「マルシィさん、よかったらなんですが、今日の夕飯は焼肉にしませんか? 先ほど、ギルドからワイバーンの肉を回収したので、大量に持ってるんですよ」
「お心遣いは嬉しいのですが、ワイバーンの肉は売ればずいぶんと高くなりますよ? 正直、おすそ分けでいただくのも心苦しいくらいなんですが」
確かにハンスさんもそんなことを言っていたな。
だけど、俺は異世界に来て最初にお世話になったマルシィさんや孤児院の子どもたちといっしょに食べたいんだよね。
孤児院での食事って、一風変わった食材だったからね。
たまにはさ、お肉だって良いんじゃないかと思うんだ。
「いえ、シュレイン街に来て、俺が最初にお世話になったのがこちらの孤児院です。だから、お返しをしたいと申しますか」
うん。俺の正直な気持ちだ。
「それに、マルシィさんもギルド倉庫で見られた通りに、ワイバーンの肉は山ほどありますからね。なので、気兼ねなく食べてもらえると嬉しいんですが」
「うーん……わかりました。お言葉に甘えちゃいますね!」
マルシィさんはちょっと悩んだみたいだったけど、最後には納得してくれたみたいで、いよいよワイバーン肉の調理開始だ!
一体どんな味がするものなんだろうか。
俺は孤児院の厨房に入ると、さっそくポシェットからワイバーンの肉を順々に取り出して、サイコロステーキふうに子どもたちでも食べやすいサイズに切り分けていく。
「真斗さん、調理までお願いしてもらってよろしいんですか?」
「切った肉だけを、鉄鍋に乗せて焼くだけの料理ですから。ただ、そうですね、鉄鍋に引くための油とあとは塩があればいいんですが」
「ありますよー。そこの戸棚に入っています。ちょっと待ってくださいね!」
マルシィさんはそういうと、厨房の上の木棚から小さな木の瓶を2つ取り出すと、厨房の端に置いてくれた。
「こっちが油で、こっちが最近手に入ったばかりの塩くじらのお塩です」
「ありがとうございます」
うん、最近空から降ってきてくれてほんと良かったよ、塩くじら。
この塩ならどんな肉とだってマッチするんじゃないかなってくらいに味わい深い塩なんだ。
匂いにつられてだろうか、熊太郎が俺のそばに寄ってくて、足をペロペロと舐めてくる。
「熊太郎もちょっと待っててな」
まぁ、待ってくれないね、俺はペロペロされっぱなしだ。
俺は軽く油を引いた鉄鍋の上に、サイコロステーキをどんどん盛っていく。
中火をイメージした生活魔法で熱っするとお肉はジュージューと音を立てて、匂いもじょじょに香ばしくなってくる。
最後に軽く塩を振って味つけをしたら完成だ。
マルシィさんはさすがに家事に慣れているだけあって、俺の鉄鍋の中でお肉が焼きあがるタイミングに合わせて、手際よくお皿を持ってきてくれる。
よく焼けたワイバーン肉は次々とお皿に盛られていって、そんなお皿は子どもたちが次々と食堂のテーブルに並べていった。
俺とみんなの共同作業は、まぁ、マルシィさんの察しの良さも手伝って、軽く及第点を超えたんじゃないかな。
「よし、出来上がり!」
調理を終えて、食堂の大広間に向かうと、子どもたちがもう行儀よく椅子に座って、下を向いている。
なんだけど、まだ少しジュージューとかすかに焼けているお肉の匂いが食堂いっぱいに充満していて、子どもたちもどこかソワソワしているかな?
そんなわけで、俺も少し小走りにアイルちゃんの横に空いている席に座ると、マルシィさんが食事前のお祈りだ。
マルシィさんは全員が席についたことを確認すると、大きく掲げた手の平を上にして、そのままゆっくりと胸に手を当てる。
明るい声が朗々と響く。
「今日も無事に過ごせたことを、光の女神アーシア様に感謝いたします。いただきます!」
「「「いただきます!!!」」」
子どもたちも同様の所作のあとで、大きな声で唱和する。
俺もちょっと遅れて。
「いただきます」
なんだか懐かしいこの感じ。
子どもたちはワイバーンのお肉が珍しいのか、興味津々だ。
1人の子どもが我慢できなくなったのか、大急ぎで口に運んだ。
「美味しい!」
別の子どももその声に触発されたのか、肉にかぶりつくように食べ始める。
「なんだこれっ!」
マルシィさんも子どもたちが人おおり口につけたのを見て、初めて肉を取り分けて口にする。
「ワイバーンのお肉と塩クジラのお塩でさらっと味つけをしたこの感じ、よく合いますね」
俺も食べてみて、びっくりしたんだよね。この肉って現代日本で言うところでの間違いなく高級牛肉クラスすら超えている。
そして、予想した通りに塩クジラの塩とものすごくあった。
ただ、お肉にサラッと薄く塩クジラの塩を振りかけただけなんだけど。
うん、マルシィさんの意見には、俺もためらいなく同意できる。
「そうですね。俺も想像してたよりはるかに美味しくってびっくりです」
俺もあっという間に平らげてしまったんだけど、
子どもたちもその小さい体のどこに入ったんだろうって思うくらいに、あっという間に完食だ。
成長期の子どもってすごいよね。
熊太郎も美味しそうにムシャムシャと食べて、結構大盛りにしたお皿だったんだけど、あっという間もなく空になってしまう。
そんな元気な熊太郎の姿を見ていると、ちょっと安心するから不思議だね。
みんなのお皿はもうピカピカで食べ残しなんてかけらもない。
そんな、食べ終わった頃合いを見計らってマルシィさんが声を上げる。
「ごちそうさまでした!」
「「「ごちそうさまでした!」」」
「それと、みんなっ、今日のお肉は真斗さんからいただいたものです。どうしたら良いかわかりますね?」
「「「はい! 真斗お兄ちゃん、ありがとうございました!!!」」」
すごい……躾が行き届いている。
将来がすごく期待できる子どもたちだね。
そんな中、アイルちゃんが俺に飛びついてくる。
「おにーちゃん、ありがとう! お肉すっごく美味しかった!」
アイルちゃんはそのまま俺からなかなか離れようとしない。
俺としてはそんなアイルちゃんも可愛いなって思うんだけど、周りの子どもたちは、食事の片付けをし始めてるんだよね。
これは、もしかしたら、なんて思っていると。
案の定、そんなアイルちゃんにマルシィさんからの叱責だ。
「こら、アイル!」
「なにー?」
アイルちゃんはますます俺の腰にしっかり抱きついてくるとガシッと掴んで離さない構えだ。
だけど、マルシィさんは怒りながらも、あくまでも冷静なんだよね。
「お片づけがまだですよ。みんなは何をしていますか?」
アイルちゃんの俺を掴んだ手が少しずつゆるんでいって、アイルちゃんはとうとう下を向いてしまう。
少しして。
「お片づけをしてるの……」
「アイルはどうしたら良いと思いますか?」
アイルちゃんはおずおずと俺から離れると、名残おしそうにお片づけに向かっていった。
「真斗おに=ちゃんごめんね。アイルはお片づけしてくるら、待っててね!」
「はい! よくできました!」
褒めるところは褒めるマルシィさん。
正直、俺にはできない芸当だ。
思わず拍手をしそうになったよ。
子どもたちとみんなで、後片づけ。
中でも、生活魔法が使える子どもたちは率先して手から水を出すと、次々にお皿を洗っていく。
もちろん、ほかの子どもたちもしっかりしていて、役割分担もちゃんとできているしで手慣れたもんだ。
洗ったお皿を片付ける子どもたち、テーブルを濡れたタオルで綺麗に拭いていく子どもたち。
そんな子どもたちに混じってアイルちゃんもしばらくはバタバタと後片づけをしていたんだけど、俺を少し見るとちょっと不安そうな表情になって、急に駆けよってくると、俺の右足に両手をいっぱいに使って抱きついてきて離れようとしなかったんだ。
「真斗おにーちゃん、今日はお泊りしていってね……やくそくだよ!」
うん。可愛いなアイルちゃん。
ただ、どうしても思ってしまうのが、俺の現代日本で染み付いている慣習というか何と言うか。
どうしても、通報だとか、事案だとか、そんなことが頭をよぎってしまうんだよな。
情けない話だ。
ただ、そんなことを思ってしまっていたとしても、俺は今日はマルシィさんとアイルちゃん、それに孤児院の子どもたちといっしょにいたい気持ちに嘘はない。
「大丈夫だよ、今日はお泊りするからね!」
そんなアイルちゃんの様子が気になったのか、マルシィさんもちらっとこっちを見て。
「アイル、大丈夫ですよ。真斗さんは今日は奥のお部屋にお泊まりしてもらう予定ですからね……ね、真斗さん?」
特にジト目で俺を見つめるでもなくって、いつもの笑顔のマルシィさんだ。
「わーい」
アイルちゃんは大喜びして、また後片づけに戻っていく。
そうして食事の後片づけも終わると、孤児院での就寝は早いもので。
日本時間でいうと、まだ午後9時にもならないんじゃないだろうか。
あたりが暗くなるのと合わせるように、孤児院も静かに眠りに落ちていく。
そんなはずだったんだけどね。
実はちょっとしたドタバタがあったんだよね。
「アイルも真斗おにーちゃんといっしょに寝るのー」
アイルちゃんが俺の部屋に入ったと思ったら、頑として出ていかなかったんだ。
「こら! みんなと同じところで寝るんですよ! ほかの子どもたちもアイルがベッドに戻るのを待っていますよ! それに、真斗さんにもご迷惑をおかけしたらいけません!」
マルシィさんの素晴らしい正論は、いっしょに寝ちゃおうかなどと思っていた俺の気を正気に戻してくる。
いや、変な意味じゃなく、普通に自分を親ってくる子どもって可愛くないだろうか。
まぁ、とはいっても、アイルちゃんだけ、ほかの子どもたちから離れて1人で寝てしまっては、孤児院の規律的にもよろしくはないよね。
なので、俺はマルシィさんのしごくごもっともな意見に早々に白旗を揚げていたわけなんだけど。
今日のアイルちゃんは、いつもと一味違ってて、ひどく頑迷だったんだ。
「だって、門番のおじちゃんが、およめさんはいっしょに寝るんだって言ってたよ!」
「アイル、真斗おにーちゃんのおよめさんになるんだもん! ねっ!?」
おい、門番のおっさん!
「まだお嫁さんじゃないでしょう! わがままばかり言ってると、真斗さんに嫌われちゃいますよ!」
俺に同意を求めるふうな、そんな視線で見つめられても一体全体俺にどうしろと……。
なんて言えばアイルちゃんが納得するかわからないしな。
そうこうしているうちに、アイルちゃんが大声で泣き始めてしまった。
「うわーん」
「こら、泣かないの!」
マルシィさんも、アイルちゃんがこんなにわがままを言うところに接したことがないんだろうな。
本当に困惑し始めてしまってる。
確かに孤児院のほかの子どもたちはきちんとみんなで寝ているのに、1人だけわがままを言ったらだめだよね。
「アイルちゃん。お姉ちゃんにあんまりわがままばっかり言ってたらダメだよ。俺はわがままを言うアイルちゃんより、マルシィお姉ちゃんの言うことをきちんと聞いて良い子で素直なアイルちゃんのほうが好きだな?」
俺がそう言うと、アイルちゃんはピタッと泣き止んで……少ししたら涙を拭って、一言。
「……わかったの!」
「アイル、みんなと寝る!」
うんうん。良い子だよね、アイルちゃん。
俺はマルシィさんとアイルちゃんにおやすみの挨拶をしてバイバイすると、ベッドに横になった。
熊太郎も床下で体を丸めてスゥスゥとした寝息をつき始めている。
そんな熊太郎を見ていると、俺も急激に眠気につつまれていって、いつのまにか同じようにスゥスゥと寝息を立てていた。




