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子ども熊の将来

「じゃあ、倉庫に行くか」


 マグナスさんは一言で、ドアを開けるとみんなで階下に降りていく。

 ふと、今朝のワイバーンの納品で朝来たばかりなんだよなぁ、なんてことを思ったりもするんだけど。


 熊太郎をさすがに親熊の死体と対面させるわけにもいかないので、倉庫の横に首輪をつけて鎖でつないだ。


 それから俺たちはギルド倉庫に入ったんだけど、ハンスさんはまだワイバーンと格闘中だった。

 それにしても、この解体の風景、それはもうものすっごくグロかった。

 現代日本では食べるだけで見る必要のなかった風景もこんな感じなんだろうか。


 そんな中解体作業に夢中で、俺たちに気づくことないハンスさんに、マグナスさんは、一言、声をかける。


「ハンス、邪魔するぞ」

「マグナスか、ワイバーンは今朝見せたろう。まだなにかあるのか? すまないが今忙しくってな、緊急の用でないならあとにしてほしいんだが……」

「いや、ワイバーンじゃなくってな、戦鬼熊の死体を確認するために、倉庫の空いたスペースを少し使わせてもらいたいんだが」


「あぁ、ならそっちの奥のほうのスペースが空いてるから自由に使ってくれて構わないぞ」

「悪いな、ハンス」

「いいってことよ」 

   

 そんな忙しそうなハンスさんだったんだけど、さすがにマグナスさんのうしろにいた俺には気づいたみたいで。

  

「ん? 真斗か。どうしたんだ? ワイバーンなら今朝も言ったけどな、明後日まではかかるぞ。悪いが、かかりっきりで解体してもそんなもんでな。それともギースがなんかヘマでもしたのかい?」

「いえ。そのワイバーンとは別件のクエストなんですが、ちょっとでっかい熊がこの中に入っていまして……」

「ハンス、信じられからもしれんがな、ちょっとここのスペースにな、どでかい熊が姿をあらわすぜ」

「マジかよ」

「あぁ。真斗、いいか?」

  

「はい。では出しますね」


 俺はアイテムポシェットに手を入れると頭の中に広がってくるポシェットの一覧から、親熊を探索する。

 出てこい、親熊さん!


 5メートルを超える熊が突如として俺のポシェットから出てくると、ズルズルと倉庫に横たわっていく。

 その姿は正直圧巻だろう。

 

「なんじゃあ、こりゃああ」


 ハンスさんが、本日、2度目の驚きをあらわにすると、そのまま戦鬼熊を凝視する。

  

「この角、まさか……戦鬼熊か? ワイバーンに続いて、戦鬼熊もか」

「いえ、その色々ありまして……」


 ドガーン


 倉庫の扉が衝撃で弾け飛ぶ。

 熊太郎だった。

 熊太郎は一目散に親熊の元に駆け寄って、そして、もう死んで動かない親熊をペロペロと舐め始めたんだ。


「くまちゃん……」


 マルシィさんは、親熊をひたすらぺろぺろ舐めている熊太郎をただただ哀しそうな目で見つめている。

 

「熊太郎、お母ちゃんはな、もう死んだんだよ」


 俺はそんな熊太郎のそばに寄って、頭をただ静かに撫でる。


「お母ちゃん、守ってやれなくてごめんな」


 熊太郎にそんな気持ちが伝わっているんだろうか。

 熊太郎はただ一声大きく鳴いた。


「キューーーーン」


 それは熊太郎の慟哭のようでもあり、そして泣いているようにも見える。

 生後2週間のメス子熊、だけど、そのたった2週間の間、親熊と過ごした時間が熊太郎にとっては、かけがえのない時間となっているのだろうか。


「親熊の解体はしません、埋葬します」


 俺は静かに宣言すると、その声はみんなにも伝わったようで、みな親熊に黙祷を捧げている、そんな静かな時間が自然とこの場を満たしている。


「あの、真斗さん!」


 そんな中、マルシィさんが意を決したように見えて、いつもの上品さだけじゃなくって、なんだろう、この人の話はきちんと聞かなくてはならない、そんな気にもさせる生まれ持ったときから世界が違う人間が放つようなそんな雰囲気で。


「クマちゃんのこと、ヴァーミリオン公爵に任せてくださいませんか? 』


 どういうことだろうか?


「誠に恐れ多いこととは存じますが、公爵殿下にですか?」

「はい。ヴァーミリオン公爵には私から申し上げておきます」

「熊太郎は正直なところ、成体になるのに1年もかからないでしょう。その時に、熊太郎は親熊さんのように大きく大きくなります。そうなってくると、街でも宿屋でも、どこにおいても熊太郎ちゃんの居場所はなくなってしまうでしょう」

  

 マルシィさんはかすかに握る手にはいつもよりほんの少しだけ力がこもっているようで、そして、ただその視線は悲しげなままに熊太郎を見つめている。

 そんなマルシィさんは急に俺の目に視線を合わせると、その瞳の力強さと気高さみたいなものに俺は一瞬でつつみこまれてしまった。

  

「ただし、それも王国の軍とて所属する戦闘用の熊としてなら問題ありません。正直申しまして、王国の軍として、クマちゃんを求めている部分もあります」


 マルシィさんが俺をまっすぐに見据えて目を逸らさずに言い切った。


 うん。正論なんだろうな。

 俺だって、ずっと面倒を見てあげたい気持ちはある。

 けどさ、言い訳かもしれなけれど、5メートルを超える熊になった時には、確かにふつうに街にはもういられないだろう。

 今はまだ小さい、1メートルとちょっとだ。

 いっそ、熊太郎と一緒に街を出るという選択肢もあるにはあるがその道のりはかなり険しいだろう。


 正直悩んで。

 だから、俺はマルシィさんに聞いてみることにした。

 

「マルシィさん、王国の軍に所属するということになると、それは戦争で傷つけ合うだけの毎日になってしまうのでは? もし、人同士の不毛な争いに、熊太郎を巻き込むと言うのなら、俺は熊太郎を安全に暮らせる場所を探すために、街を出ていかざるをえませんよ?」

  

 うん、そう言いながら俺の気持ちが固まってくる。

 ただの殺しあいをする場所に、熊太郎を置いていこうとは思わない。

 ならば、どこか、熊太郎が安全に暮らせるような場所を探すか、もしくは、熊太郎がひとり立ちできそうなほどに大きくなったあとで、人のいない場所を探して野生に帰すか……。


 ただ、もちろんシュレイン街をただ出ていこうとは思っていない。

 正直、俺はこの街と人が大好きなんだ。

 それは目の前で大人なことをいうマルシィさんを含めてだ。

 だから、熊太郎をのことが片付いたのなら、許されるならこの街に戻ってきたいんだよな。 


 そんなことを思っていたんだけど。

 マルシィさんはずずいっと俺に一歩近づいてくる。

 もう一歩さらに近づいてくると、もうほんのわずかな距離しか俺とマルシィさんの間にはなくなった。

 そんな、今にも触れあってしまいそうな距離で、両手を腰に当てると、俺を上目遣いに強く睨みつけてきたんだ。

 

「私は真斗さんにこの街から出ていってほしくはありません!」


 マルシィさんの勢いはとどまることをしらない。


「もちろん私の我儘だってことくらいはわかってます! だけど、探しに行くって、もう戻ってこないってことなんですか??」

「いえ、その……」

  

 それはもうすごい勢いだった。

 素直に出ていってほしくはないという言葉は素直にうれしい反面、すごい迫力でもあったんだ。


「本当につれないことを言わないでください!」


 今度はジト目だ。

 正直、結構このジト目が妙に似合うんだよね、マルシィさん。

 やばいよ、可愛いよ。


 そんなことを俺が考えているなどとは、少しも思っていないのだろう。

 俺の答えを待つ姿勢のマルシィさん。


 俺の心はマルシィさんからの真剣な言葉とジト目を頂戴した段階で、街にいながらどうにかするしかないって考えに大きく傾いている。

 だから、シュレイン街での俺と熊太郎についての生活を、もっと前向きに考えてみようと、そう思ったんだよね。

 

「マルシィさん。遠慮しないで言わせてもらいますね。ヴァーミリオン公爵とお会いしたいです」

「熊太郎をお預けする方の人柄を正直に見させてください。それと、王国の軍を見学させてください。熊太郎が所属する場合にどのような立ち位置になるのかも知りたいですね」


 俺は2点が妥協ラインかなと考えている。

 1つが、ヴァーミリオン公爵の人となり。

 果たして、熊太郎を任せられる人柄なのかどうかだ。


 2つめが、王国の軍の雰囲気、熊太郎が所属する場合の普段の生活と、軍で戦う場合には、捨て石にされるような扱いをされてしまうのかどうか。


 どちらも満たしてくれていれば良いんだけど、片方だけとなると……。

 そんな俺の考えをマルシィさんはすぐに察してくれたんだろう。


「わかりました。その2点の要望共に私にお預けください。近日中には公爵から使いが参ります」

「お手数をおかけします。ありがとうございます」

「いえ。不安になる気持ちはわかります。なので、いろいろと見ていただいてご参考にしていただければと思います」

「はい。よろしくお願いします」

「それでは、私はアイルを待たしておりますので、これで失礼いたしますね」

「クマちゃんも、また会いましょうね!」

 

 そう言って、マルシィさんは熊太郎に思いっきり抱きつくともふもふしたあとで、おもむろに倉庫から出ていった。

 熊太郎を見ると、親熊がもう動くこともないことがわからないんだろうな、親熊の顔をずっとペロペロと舐め続けている。

 

「ハンスさん。ワイバーンの解体でお手間をおかけしているところ申し訳ないんですが、その、1つお願いがあります」

「うん? どうした真斗。別にワイバーンの解体は好きでやってることだし、それに仕事だからな。遠慮しないでいいぞ」

「ありがとうございます。その戦鬼熊の親熊なんですが、角だけ切って、肩身として熊太郎に持たせてあげたいんですが、角を切るような道具ってありませんか?」


「おう、あるぞ。そうだな、ちょっと待ってろ」

  

 おっさんは、そういうと倉庫の右の工具入れだろうか、木箱の中から1つの鋸を取り出してきた。

  

「戦鬼熊の角は、硬いからなら、普通にやってもまず切れない。その点、この鋸なら切れるだろう。そいつはこの街でも名うての鍛治師に作ってもらった一品ものなんだよ」


 そう言ってハンスさんは、俺に鋸を手渡した顔はどこか自慢げだ。

  

「ありがとうございます。ありがたくお借りします」

 

 俺は親熊の側にいる熊太郎に一言声をかける。

 熊太郎は生後2週間だ。だから親熊の生き死にも、そういうことをひっくるめてわかっていないだろう。

 だからだろうな、熊太郎にとっては生きてるのと変わらない親熊の角に傷をつけることに対して、許可を取りたい。


「熊太郎、親熊さんのな、角傷つけるぞ」


 熊太郎は俺を見ると、ただ一言鳴いた。


「キューン」

  

 角は、全長40センチはあるだろうか。

 俺は根元に手を当てると鋸を当てて一気に引いた。

  

 ほんの少し、角に傷がついた。

 あとは繰り返しだろう。

 俺はひたすら鋸で角を切断し、1本の角を綺麗な形で取り出すことができた。

 しかし、結構な時間がかかったみたいで、外は日が沈みそうだ。

 

 熊太郎はいつの間にか、親熊の腕の下にくるまるようにして、寝ついていた。


「熊太郎、ごめんな……」


 俺はそんな熊太郎の頭にそっと手を当てると一言心の中で謝って、親熊さんに手を置くと、瞬で俺のポシェットに収まっていった、後日の埋葬が必要だろう。


「ハンスさん、鋸ありがとうございました」

「お、もう終わったのかい? どうだい、良い鋸だろう」

「そうですね。正直、その鋸でなければ、切断できなっただろうと思います」


 一息ついて、俺は借りた鋸をハンスさんに返したんだけど、手に持ってどこか懐かしそうに見つめている。


「まぁ、こいつは傑作だからなぁ」

「有名な方の一品なんですか?」

「あぁ、昔はよくここにも着てくれたんだよ、バグスル・スチュアートって言ったらこの街では誰もしらないくらいの有名な鍛治師だったんだけどな……今はもう亡くなっちまったからなぁ」

「そうですか……」


 バグスル・スチュアート……確か、メイアさんのおじいちゃんの名前だったはず……。

 ふと、腰に下げている鉄の剣を見てみると、その輝きはどこか同じようなふうにも見えるから不思議だ。

 

「それで真斗の用事は大丈夫かい?」

「はい、ありがとうございました」

「そうだ。にいちゃんワイバーンの肉だけなら、持っていける肉があるんだがどうする? 正直、肉はな鮮度が大事だったりするからな。もちろんギルドに降ろして貰っても良いけどな」

「まぁ、そうは言っても、鮮度については安心してくれ。この倉庫の中、少しひんやりしてるだろ?解体作業の時なんかはな、氷魔法で室内を冷やしたりするからな、まぁ、そこまで神経質になることもないんだけどな」

「では、お言葉に甘えて、熊太郎の食事にも困っていたので、もらっていきますね」

「真斗、熊の餌にワイバーンの肉とは豪気だなぁ。ワイバーンの肉は、まぁ、うちで降ろして貰ってもいいんだけどな、豚鳥の肉の30倍はするぞ、今の相場だとな」

「マジですか」


 おっといけない。あまりの価格の高さに言葉が崩れる。

  

「おう、マジもマジ、おおまじだ」

「まぁ、毎食でもありませんし、とりあえずこのお肉の塊を持っていきますね」


 そう言って俺は目の前の1メートルはあるだろうか、よく切り分けられている肉の塊に手をかけてアイテムポシェットに収納する。


「ほんと、いつ見てもお兄ちゃんのアイテムボックスは便利だなぁ」

「あ、そうだ、ハンスさんもよろしければこちらの肉、今日の晩飯にでもしてください」


 俺はそう言って小分けされていた小ぶりの肉を木棚の端に寄せる。


「お、そいつはありがたいな。ありがたくいただくよ」

「では、また」

「おう、またな」



 ギルド倉庫を熊太郎といっしょに出た俺は、さっそく冒険者ギルドのフロアに戻ろうとして扉を開けると、すぐにバタバタと走り回って誰かを探しているふうのマルシィさんにいきあたった。

 どうしたんだろうか? 今ころは孤児院に向かう道中のはずだろう。

 

「マルシィさーん、どうしたんですか?」

「ま……ま……真斗さんっ!」

「どうされました? それにアイルちゃんは?」

「それがその、アイルがアイルがいないんですっ! 調査官のモミンさんの姿も見えなくって!」


 事件勃発か? まじか……。

 まずは周りに人に聞いて見るべきだろう、そう思ってあたりにいる冒険者さんに聞いてみたんだけど、みんなそれぞれのクエストに納品だったりで忙しそうで、誰も小さな女の子のことは知らないようで。

 

 いつも、いろいろ周りを見てくれている受付嬢さんなら、もしかして!?


「あの、すいません」

「あら、真斗さん、どうされました?」

「あの、少し小太りで鉄のプレート鎧を着てハァハァ言っている中年の男性と、薄く淡い緑色の髪で金色の目をした小さく可愛らしいちょっと元気いっぱいな女の子なんですけど、お心当たりはありませんか?」


 受付嬢さんはちょっと考えたふうで、でもすぐに検討がついたようだ。


「そのお二人なら、ずいぶん前からギルドの資料室のモンスター部屋にお2人で入っていったかもしれないですね。だけど、大丈夫ですよ、資料室のモンスター部屋はふだんは誰もいませんし、モンスター部屋とはいいましても、標本みたいなものしか置いてありませんからね」


 くそっ。その誰もいない部屋に2人きりでいさせることが問題なんだよ!


「マルシィさん! 行きましょう!」

「はいっ!」



 ギルドの資料室でモンスター部屋……これかっ!

 そんな部屋の中からは、なにやらかすかに声が聞こえてくる。


「ハァハァ、アイルちゃん、モミモミするとどう? ハァハァ」


 モミモミモミモミ

 

 ハァハァハァハァ


「うん、なんかこれ気持ちいー」


 マルシィさんの顔色が変わっていて、もう真っ青だ。

 俺だってそれは変わらない。

 2人していっせいに強く扉を開いた。

  

 バンッ


「モミンさん、うちのアイルに何してるんですかっ!?」

「モミンさん、あんたああああ!」

「え? ハァハァ……」

「あ、お姉ちゃんおかえりなさーい」

「真斗おにーちゃーん」


 タタタタ、ダキッ


「アイルちゃんや、その手に持っているブヨブヨしたのはなーに?」

「スライムさんの標本だよっ!」

「そっか……」


 俺は心の中で、モミンさんに詫びを入れた。


 マルシィさんはホッと息をつく暇もなく、状況の急激な変化に戸惑っているふうで、少しして一言。

 

「いえ、なんでもありません。アイルを見ていてくれてありがとうございました」


 そう言ってモミンさんにぺこりとお辞儀をするマルシィさんは今日も可愛らしい。


 あとでモミンさんに聞いてると、なんでも最初はよく聞き分けてくれていた良い子のアイルちゃんだったんだけど、なかなか戻ってこない俺たちを待っていて少し泣き出してしまったらしい。

 それで資料室で気晴らしに遊ばせてくれていたんだそうだ。


 まぁ、とりあえず今日のところは泊まるところには困らないようで、俺は熊太郎といっしょに孤児院まで向かうことになったんだ。

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