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街に入るのも一苦労

 調査依頼は、ひとまず完了だろう。

 帝国の7聖将の存在がなによりも重たいだろうか。

 あのでかい熊すら、洗脳して最後には、狂乱させてみせた。


 それと、親子熊の死体なんだけど。

 本来、調査報告の証拠としても、当然死体が必要になるだろうな。

 ただ、素材として解体されたりというのは避けたい思いがあって。

 お墓を作って弔ってあげたいんだよな。


 とにかくまずは戻ろうか。

 俺は、アイテムポシェットに親熊の死体を収納する。

 そして、子熊に手をかけて入れようとして、うん、入らない。

  

 もう満杯ってことかな?

 俺は適当な木の枝を手に取るとポシェットに放り込んでみる。

 木の枝はスッとポシェットに消えて、取り出してみるとしっかりと木の枝が出てくる。

  

 なんだなんだ? 

 って。よく見ると、子熊はスゥスゥと小さく微かに息をしていたんだ。

 生きてるじゃねーか。

 クマ生きてる!


 クマ、大丈夫か? クマッ!」


 クマはうっすらと小さく目を見開くと俺と少し目があって、でも、またすぐに瞼は閉じそうになって。

 そんな中でも、クマは起き上がろうとしている。でもぐったりだ。  


 大丈夫か、クマ。

 まずはクマの状態の確認だ。

 鑑定!

   

  戦鬼熊の子ども熊

  説明

  戦鬼熊の子ども熊。生後2週間のメス子熊。

  身体中の骨が折れちゃってる。早く治療しないと死んじゃうのじゃ。

  頑張れ、真斗!


 またまたふざけた鑑定だな、おい。

 どう、頑張れと……。

   

 とにかく俺は子熊の治療をしてあげたい。

 ふと、俺はマリーナさんの言葉を思い返す。

 そう、マリーナさんは言っていた。


 回復魔法に適正のある人って、だいたい教会の神父さんや、シスターさんが多いんですよ。

 きっと、神様への日々の感謝の気持ちに、神様がお恵みをくださってるんです。

  

 要は、与えて欲しければ、まず与えよ。

 これだろう。

 世の中はギブアンドテイクだ。

 だけど、あいにく俺にはもともと信仰心なんてものがかけらもないので、あいにくと異世界の神様には感謝も捧げられないし、ましてや信仰心なんてもちあわせてはいない。


 だから、俺は願う。今俺に神様に捧げることのできるなにか、それは……。


 神様、美味しいおまんじゅう屋を俺は知っています。

 今度紹介します。なんでしたら作ります!

 だから、失礼とは存じますが、その子熊さんを治癒する力をくださいませんか!

 よし!

 鑑定!


 北条真斗

  説明

  おまんじゅう……じゅるり。くまさんくまさんこぐまさんを助けてあるんじゃ!

  特殊

   願力

    発現

    パッシブスキル

    翻訳、未来視、探し物探知、剣術

    

    アクティブスキル

    鑑定、大聴力、疾風、怪力、生活魔法、火魔法、アイテムボックス化

    靜足、透明化、夜目、回復魔法

    

    クロススキル

    高速演算、制御力向上、千里眼、名探偵

  

 よし、きたー!

 鑑定!


 回復魔法

  説明

  子熊さんに手を当てて唱えよう呪文。

  大怪我の場合には、特殊な詠唱が必要になるぞ。必要な時は鑑定さんに聞くように!

  今回は、「回復っ、回復っ、絶対回復ー!」

  これで子熊さんも全快なのじゃ!

  おまんじゅう忘れちゃだめなのじゃ!


 うん、これでいけるだろう。

 それにしても……鑑定さんに言われなるまでもなく、街の教会にはおまんじゅうを持っていったほうが良さそうだよな。


 俺はさっそく子熊の胸に手を当てると呪文を詠唱する。

 ちなみに手を当てたことに深い意味はない。


「回復っ、回復っ、絶対回復ー!」


 子熊の体が薄緑色にパッと輝いた。

 その瞬間、小さい体から過剰に流れていただろう、血がパッと止まり、そしてまるで時間が巻き戻るかのように、傷が塞がっていく。

  

 微かだった子熊の息は、明確な息遣いに変わり、心なしか今にも途切れてしまいそうだったその体には生命が再度宿り、今にも躍動しそうなほどにイキイキとして見えてくる。

  

 どうにか助けることができたかな? あとはこの子熊をどうするかなんだけど。

 ここに寝かせたまんまにしておいたら、間違いなくウェアウルフに食われてしまうだろう。

 かといって、街に連れていった場合、人に襲いかかったりしないか?

 大丈夫だろうか?

 まぁ、ギルドに報告はしないとならないし、うん、まずは子熊を調査報告の証拠クマとして連れていってみようか。

 ダメなら、その時考えよう。


 そうこうしているうちに、子熊がムクリと起き上がった。

 そんな子熊の様子を、俺を黙って見ていたんだけど、ノソノソ近づいてくるとペロリと俺の右手を舐めてきた。

 俺はペロペロと舐められるままに、身を任せていたんだけど、なんか可愛らしいそんな様子のクマの頭をおそるおそる左手でわしゃわしゃと撫でてみる。

  

 熊は嫌がることもなく、撫でられるままに身をまかせている。

 そして。


「キューン」


 俺に撫でられるままの熊はとうとう可愛らしい声で鳴き始めた。

 これなら、人を襲ったりはしないかな?


「キュンキュンキューン」

「熊太郎、行くか?」

 俺はごく自然に子熊に呼びかける。


 特に名前なんて考えていなかったんだけど。

 自然に呟かれたこの名前、悪くないよね?


「キュンキュン!」

 熊太郎は一声鳴くと、俺の後に着いてきて、少しすると後ろを振り返った。

 親熊を探しているのかな?

  

 ただ、未練を振り切るように俺の方を振り返ると、タッタと走りよってくる。

 熊太郎の親熊はもういない。

 だけど、熊太郎は元気だよ。

 俺はアイテムポシェットに眠る親熊に心の中で語りかけると、街へと続く森の小道を静かに歩き始めた。


  

 さて、まずは街に入れるかなんだが。

「熊太郎、人を襲っちゃだめだぞ。子猫みたいにな、可愛らしく振る舞うんだぞ」


 俺は、言葉なんてわかってはいないんだろうけど、熊太郎に声をかけて念を押してみる。

 熊太郎は、1メートルを超える体を弾ませながら、頭をフリフリ、嬉しそうだ。

 熊太郎、その頭の角は間違っても人に突き刺すなよ!


 そう、心の中で思いながら、俺は街の入り口に近づくと、ギルドカードを門番さんに提示する。

 いつものおっさんの門番さんはいないのかな。

 初めて見るちょっと若いふうの門番さんだ。

 いや……この前、騎士本部までギリアムさんを呼びにいったあのにやけたふうに俺を見てきた門番の若者だよ、こいつ。

 その門番さん若者は、なんだが、俺を見てちょっと固まっている。


「えーと。ギルドーカードには問題はないんだけど。その熊はなに? 許可証は持ってんの? 従魔証でもいいんだけど、持ってんならさっさと出して」


 矢継ぎ早やの質問だ。

 トラブルの匂いでも鍵つけているのか、あげくに若い門番さん若者は面倒そうな感じで、俺を軽く睨みつけてくる。

 許可証か、持っているいない以前に、そもそもその存在を知らない。   


「はい。熊はその。ギルドの調査依頼クエストの結果なんですけど、熊が原因だったもので連れてきました。それと無知ですみませんが、許可証と従魔証については保有しておりません。お手数ですが、許可証についてお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「チッ」


 門番の若者に、即座に激しく舌打ちされた。

 すごい門番だな。

 態度が悪すぎなんじゃないか、こいつ。

    

「どうした、にいちゃん。なんか困ってんのか?」


 あ、いつもの門番のおっさんだ。


「ってか、その熊はどうしたんだ? 中型サイズだな。一応その規則ってのがあってな、悪いが、そのサイズ以上の獣になると、街に入るには公爵殿下が発行する許可証か、ギルドが発行する従魔証のどちらかが必要になってくるんだけど、もってるのか?」

「いえ。その冒険者ギルドの調査依頼の報告のための熊の街への持ち込みになるんですが、それでも許可は必要でしょうか?」

「そうだな。冒険者ギルドのクエストの納品なら、それが怪物の死体なら問題はない。だけど、にいちゃんの抱えてる熊、元気いっぱいに動き回ってるだろ?」

「はい」


 確かに熊太郎は元気いっぱいだ。


「でな、生き物の持ち込みってことになるとだ、小型サイズで危険がないってことがわかっている生き物なら、俺の裁量でも許可できるんだけどな。中型サイズを超えてくると、その時点で必ず許可証か従魔証のどちらかが必ず必要になってくるんだよ。ましてやにいちゃんの抱えてるクマ、角が生えてるだろ」


 門番さんにいわれるまでもなく、この鋭く尖った立派な角は鉄をもつらぬく。


「冒険者ギルドだって、そのな、にいちゃんの抱えてる熊が暴れ出して被害が出た時に責任が取れないだろ?」


 納得の理由だ。


「なるほど。その許可はどのような形でいただけるんでしょうか?」

「そうだな。そんなに時間はかからないぞ。今、騎士本部から調査官にここまで来てもらうからな、少し持っててくれな」

「はい、わかりました」

  

 門番のおっさんは、そういうと門番の若者に騎士本部まで行くよう伝えた。

 門番の若者は、俺を睨み付けると、悔しそうに走って行った。


 ザマーミロだな。

 俺の勝利だ! などと小さな勝利の喜びを噛み締めていたわけだが、もちろん、そんな場合ではなかった。

 門番のおっさんの次の一言がなかなかに肝が冷えたからだ。


「それとな、街に入る許可が降りたとしてもな、そのそんだけでっかい熊ってことになるとなぁ。冒険ギルド絡みだからな、おそらく許可は降りるだろうけどな。街で一緒にいるってことになると、クマの宿泊が可能な宿屋を探さないとならないぞ」

「なるほど。参考になります。ちなみに、熊などの獣は通常宿屋に宿泊できるものなんですか?」

  

 こんだけでっかい熊をどこに寝かせるのかって話だよな。

 まぁ、まずは『緑葉亭』に聞いてみるところからだろうか。

 

「そうだな。一般宿屋じゃまず無理だな。まず客が怖っちまうから、宿屋も当たり前のように許可しないことがおおいんだ。客足が遠のいちまうからだろうな。だから、通常は、獣同伴で経営している宿屋に泊まることになるんだが……結構高いからな、覚悟しとけよ!」

「そうなんですか」

「それで、お兄ちゃんのその熊はどこで拾ってきたんだ? 見たことない熊だよなぁ、ってかその角大丈夫かい?」


 角はどう見ても大丈夫じゃない。

 もう言っちゃうか。戦鬼熊ですって。

 どうせこの後報告することだからなぁ。


「実はその……この熊なんですが……」


 そう言おうとして、遠くからガチャリガチャリと鉄のプレート鎧が擦れる音が聞こえてきた。

 鉄のプレート鎧が重いのだろうか、一歩一歩踏みしめるようなに歩いているかのような足音だ。

  

「騎士様、お待ちしておりました。ご足労いただき、ありがとうございます」


 門番のおっさんはビシッと起立したまま、調査官なのだろう騎士男を出迎える。

 鉄鎧が重いのだろう、ひどく汗をかいた男は小太りで、汗のかきすぎなせいか、いかにもつらそうに見える。

 

「熊の許可申請だときいてきたんだが。ハァハァハァハァ」


 男のハァハァは、いらない。

 俺はそんなことを考えていたんだが。

 門番のおっさんは、職務に忠実なのだろう、騎士の男の問いかけに姿勢を崩さずに淀みなく答えていく。

 その姿は立派だ。


「はい。1匹の熊がシュレイン街に入ることを希望しております」

「ふむ。熊の1匹や2匹、首輪でもつけてしっかり管理できるんなら、まぁ問題ないだろう。すまないがそこまで案内してくれ。ハァハァ」

「はっ」


 門番のおっさんは俺に目配せをする。


「はい。こちらに熊がおります」


 いよいよだ。

 俺は、抱えている熊太郎がよく見えるように両脇を掴んで持ち上げると、騎士男にお披露めした。


「この熊です」


「ふむ……。中型の熊だな。まぁいいだろう。申請許可問題なし……っと。ちょっと待て。熊のこの頭の角はなんだ? ハァハァ」

「はい。角つきの熊なんです」


 騎士男は眉をひそめる。


「いや、それは見ればわかるんだが。ハァハァ。なんて種類の熊なんだね? ハァハァ」

「はい。戦鬼熊です」


 騎士男は、眉をひそめ、顔はどんどん真っ赤になってゆく。

  

「戦鬼熊だとおおお」


 騎士男が大声で叫んだ。

 その声に熊太郎が驚いてしまったのか、少し震えてしまっている。

 俺は両手で抱きかかえると、頭を撫でて落ち着かせる。


 ナデナデ


「キューン。キュン」


 熊太郎、大丈夫かな?

 少し落ち着いたようで、俺の腕の中でずいぶんとくつろいできている。


 そうそう、調査官の騎士男にもフォローが必要だろうな。


「その調査官様、この熊は確かに戦鬼熊なんですが、ほら見てください、とっても可愛いんですよ?」


 ナデナデ


 だって、しょうがないだろう。

 俺はこの世界に来て間もないので、戦鬼熊が異世界でどう思われているのかなんてまったく知らないわけで。

 だから、騎士男の前で、熊太郎を思いっきり甘やかしてみせる。

  

 もう、ここまできたら、たかいたかいだ。


「いくぞ、熊太郎!」


 俺はその熊太郎の両脇をかかえて大きく上に持ち上げると、高らかに天たかく熊太郎を持ち上げる。


「たかい、たかーい」

「キュウ、キュウーン、キュキューン」

 

 熊太郎はよっぽど楽しいだろう、いつもより激しくキュンキュンと鳴いている。


「待て、それはもう良い。というか、本当に戦鬼熊で間違いないのか? 人に懐くなんて聞いたことないんだが。ハァハァ」


「はい。戦鬼熊で間違いありません」

 

 俺が熊太郎の頭の角をアピールしてみせると、熊太郎の角がギラッと光る。

 騎士男は軽く顔を引きつらせる。

 ドン引きしているのだろうか、心なしか顔色が悪いようだ。


「うーむ。戦鬼熊クラスの大物となると、事例がなくてな。ハァハァ。ちなみに、その冒険者ギルドの調査依頼ということなんだが、依頼内容は?」


「はい。モモトの森にウェアウルフが出現した原因についての調査の依頼です」


 騎士男は目を大きく見開いた。


「そうか、公爵殿下の管轄されている森の調査依頼となると……ハァハァ」


 態度の悪い門番の若者を呼びつける。


「そこの門番。今から公爵閣下のおられるお城に向かい、そこに詰めておられるグラント殿をお呼びしてきてくれ。ハァハァ。これを入り口の衛兵に提示すれば、城に入れるだろう。すまないが急ぎでな! ハァハァ」

 

 門番のにいちゃんは今度ははっきりと俺を睨みつけると、城まで走って行った。

 ザマーミロ! 

 まぁ、門番の若者のことは正直どうでもいい。

 騎士男はプレート鎧がよほど重たいのか、なにもしていないはずなのにぐったりしている。


「お手間をおかけしてすみません」


 その辛そうな様子に思わず頭を下げる俺に、騎士男は1つ大きくうなずくと、待合所の椅子にどっかりと腰を下ろし手ぬぐいで汗を拭った。

 ハァハァも少しは落ち着くだろうか。

  

 俺は、騎士男に熊太郎のそばにいることを伝えると、熊太郎の横に腰を下ろす。

 門を行き交う人々はそれぞれに用事をかかえているんだろう、皆、どことなくせわしない。

 ただ、そんな中でも、熊太郎に気づく人は当然いて。

 そんな人は熊太郎を見つめたまま、道を歩いていく。

 前を向いて歩かないと危ないぞー。

 なんて思いながら、俺はまぁ、正直なところ、ぼーっと久しぶりの暇の余韻を楽しんでいたんだけど。


 そこに、街での最初に知り合ってお世話になった、そうマルシィさんとアイルちゃんが通りがかった。

 2人は俺の前の道を、なにやら楽しく話しながら通りすぎていく。


 正直、暇なのもあったんだけどね。

 普通に2人と話をしたかったんだよね。

 俺は2人に向かって、大声で呼びかけることにした。


「おーい。マルシィさーん、アイルちゃーん!」

 マルシィさんとアイルちゃんはすぐに俺に気づいてくれて、マルシィさんはにっこりと笑ってお辞儀までしてくれた。

 そして、アイルちゃんはというと……その変化が劇的だった!

  

「おにーちゃーん!」

 元気よく俺のことを呼びながら、一目散に走ってくる。

 すごい早さで走ってくる。

 そして、減速することのないその勢いのまま飛びついてきて、俺の腹に直撃した。


 俺はそんなアイルちゃんを真っ向から受け止める。

 スキル怪力をとっさに使用しているにもかかわらず、俺の体はそのまま地面を離れると、うしろに向かって軽く吹き飛ばされる。

 すごい勢いだな。

 そんな可愛いアイルちゃんをどうにか喜ばせてあげたい。

 そう思った俺はふと横にいる熊太郎に目がいって、そして、ごく自然にアイルちゃんを両手で持ち上げた。


「たかい、たかーい!」

「キャハハハ! ウワーイ、ワーイ!」


 アイルちゃんは途中までは確かに喜んでくれてたんだけど。

 なぜか途中からちょっとむすっとしだしたんだ。


「わたし、そんなに子どもじゃないんだよ!」

  

 ありゃあ、やりすぎたかな。

 俺は素直にアイルちゃんに謝ることにした。

 なかなか機嫌が良くはならなかったんだけど、何回か謝ったら機嫌を直してくれたようで。

 ニコニコ笑顔に戻ったアイルちゃんは、子どもじゃないと言い張った割には、なぜか俺にしがみついて離れようとしなかった。

 うん、可愛いね。


 マルシィさんは、そんな俺をちょっとジトっとした目で見つめてくる。

 う……アイルちゃんとのけっこんのやくそくを見られて以来のこの視線。

 いや、大人になったらねって話だし……。

 アイルちゃんの精一杯な告白に、できないよなんて俺言えないし……。

 まぁ、正直アイルちゃんは可愛い。

 だけど、それは子どもらしい可愛さってやつでさ、アイルちゃんが大人になったらこんなふうになります的な、マルシィさん。

 正直、俺のタイプはマルシィさんなんだけど。

 ただ、現状はジト目を頂戴しております。

  

「お兄ちゃん、この熊さんはなーに?」


 アイルちゃんが俺の横でスヤスヤと寝はじめている熊太郎を見て気になったみたいだ。

 マルシィさんも熊太郎をしげしげと見つめている。

  

「森で拾ってきたんだよ!」


 俺がそう言うと、アイルちゃんはますます興味津々に熊太郎を見つめている。


「森と言いますと、もしかして、モモトの森ですか?」


 マルシィさんも熊太郎を見ながら、小首を傾げる。


「はい。冒険者ギルドの方の『モモトの森の調査依頼』の件で、まぁいろいろあって熊を拾いまして」

「この熊さんと、ウェアウルフが森に出たことには関係があるんですか?」


 マルシィさんがギルドに依頼しただろうクエストのことだけあって、さすがに詳しい。

 ただ。そうはいってもまだギルドに報告する前の話なので正直、どこまで話していいものかと少し悩む。

 うーん。まぁいっか、なにより被害者なんだから。


「はい。まだ、あまり詳しくは話せないんですが、熊太郎には親熊がいまして。その親熊が原因で、ウェアウルフが森の外れまで来てしまっていたようです」


 本当の話でもないけれど、まるきり嘘というわけでもないそんな話。

 マルシィさんはフムフムと頷いて、まったく違う疑問を投げかけてきた。


「その熊さん、随分懐かれているんですね。可愛いです。撫でても良いですか?」

「どうぞ」


 ウェアウルフより熊太郎が気になってしまうマルシィさんは素敵な人だ。


「ちなみにお名前は?」

「熊太郎です」


 マルシィさんはちょっと驚いて、すぐにポンと手と叩いた。


「変わったお名前ですね。なるほど、オスなんですね」


 間髪入れずに俺は答える。


「いえ。メスです」


 鑑定結果はメスだしね。

 マルシィさんは不思議そうに首をかしげる。


「熊太郎なんですよね?」

「はい。そうです」

「太郎ってオスにつけませんか? カムシンの方の風習ではそういうものだとお聞きしたことがありますが」

「えーと、その……」


 言い淀む、俺。

 しょうがないじゃなん。あの時の俺はごく自然にそう呼んでたんだし。

 それに熊太郎って呼ぶと機嫌よくキューンとか言うしさ。

  

 俺はちょっと自分に言い訳をする。

 ただ、そんな言い訳もマルシィさんに聞こえるわけもなく、と言うかこんな言い訳、言えるわけもなく。

 ただただ、マルシィさんにジトッとした目で見つめられる。

  

 またかよ。これ癖になったらどうするんだよ。

 何しろ、マルシィさんのジト目はちょっと威力が別格だ。

 変な趣味に目覚めそうだぜ。

  

 マルシィさんからのジト目はやむこともなく、ただ、熊太郎に触りたいのだろう。

 急に撫で始めた。


 ナデナデ

 ナデナデ


 マルシィさんのジト目は気のせいだったのだろうか。

 それはもうニコニコしながら、今はもう熊太郎を夢中に撫でている。

 もうここぞとばかりに撫でまくっている。


 ナデナデ

 ナデナデ

  

 それはもう満面の笑みで、もともと何となく気品が感じられるマルシィさん。

 そんなマルシィさんの無邪気な笑顔は、それはもう可愛かった。


 本当にマルシィさんはどんな表情をしてても可愛いよな。

 笑顔からジト目まで幅広く何でもいけてしまうオールラウンダーなマルシィさんはまるで神様のように思える。

 いや、神だろ!


 そんなこんなで俺にしがみつくアイルちゃんの頭をナデナデしながら、公爵殿下からの連絡で来るはずのグラントさんを待っていたわけなんだけど。

 結果として、実はグラントさんを待つまでもなく、街に入れることになったんだよね。

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