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森から垣間見える青い空のもとで

 確かに散策すると楽しそうな雰囲気の森ではあるんだけど……。

 ただ、これは決してピクニックなんかではない。

 ここ狼出るからな! それもでかいのが!


 俺はあくまで現代日本人だ。世界の中でも有数の安全な国。

 あくまでもスキルの力のおかげでどうにかこうにかやっているんだけど、 本音をいえば狼は今でもめっちゃ怖い。 

 なので、森に踏み入れた瞬間から、実はもう心臓が早鐘のように打ち始めている。

 まぁ、今回の依頼はあくまでも深入りしない範囲での、調査依頼なので、安心している気持ちがどこかにある。

 ただ、一方で俺はマルシィさんとアイルちゃんの2人を襲った狼たちにについては思うところもあって、深入りしてでも調査をしておきたい気持ちがあるから正直複雑だ。

 

 俺は森に入ると、さっそくスキルを使用する。

 スキル怪力、静足、透明化だ!

 これで、ひとまずの安心は確保できるだろうか。

 大聴力を使用するも、特にうなり声などは聴こえてこない。それはまるで普段のモモトの森のようだった。

 もちろん、森はかなり広いので、もっと先に進んでいけば、また別の風景を見せてくるかもしれないので、油断はできないが。


 そうそう、広域鑑定を使用したあとで頭痛が起こらなかったことを不思議に思った俺はあとで鑑定を自分にかけて見たんだけど、それはこんな感じだった。


  北条真斗

  説明

  シュレイン街冒険者ギルドの期待の星!ワイバーンの解体作業に勤しむおっさんの好感度が密かに上昇中?

  特殊

   願力

    発現

    パッシブスキル

    翻訳、未来視、探し物探知、剣術

    

    アクティブスキル

    鑑定、大聴力、疾風、怪力、生活魔法、火魔法、アイテムボックス化

    靜足、透明化、夜目

    

    クロススキル

    高速演算、制御力向上、千里眼 


 クロススキルって項目が増えていて、さらに3つのスキルを覚えてる。

 それぞれのスキルを個別に鑑定してみると。


   高速演算

   説明

   一部のスキル使用時に自動発動。処理能力が大幅にアップして、高速思考が可能になる。鑑定のときには便利なのじゃ!


   記憶量向上

   説明

   一部のスキル使用時に自動発動。脳内記憶量が大幅にアップして、大量の情報が認識可能になる。鑑定の以下略。


   千里眼

   説明

   一部のスキル使用時に自動発動。遠くも見渡せる便利な眼。鑑定以下略。

 

 鑑定さんは面倒くさがることがあるみたいなので、以下略についてはもう俺は何も問わない。

 おっさんについても言わずもがなだ。

 しかし、どうも説明を見る限りは、鑑定など一部スキルを使用するときに発動する補助スキル的な感じだろうか。


 広範囲に渡る鑑定スキルを使用する時には、鑑定対象を周りのすべてを広範囲に渡って一気に鑑定! なんてことをするとやっぱり頭痛が起きてしまうようで、使用するに際しては、ある程度は対象を絞る必要があった。


 たとえば、薬草類だとか、今回で言えばウェアウルフだとかに絞って広域鑑定を行う場合には頭痛が起こらずに鑑定を使用することができた。

 ただ、それにも限界があって、鑑定対象を少数に限定した場合の効果範囲は現在のところ最長で5キロメートルほどで、この距離を超えてくると少しずつ頭痛始まってしまった。


 それと、鑑定した対象がまるで目の前にあるかのように、それに立体地図のようにも、いろいろとイメージすることができたのは千里眼のおかげだろうと思われる。


 ちなみに、広域鑑定では、対象の名前しか確認することができないため、より詳細な説明を見たい場合には、やはり目視で確認しながら個別鑑定を行う必要がある。

 

 まぁ、そんなわけでせっかく覚えたんだし、パワーアップした広域鑑定をさっそく使ってみたいところではあるんだけど、まずは状況の確認。


 まずわかっていることはウェアウルフは、今までこの森に出現したことがないってことなんだけど。

 なのに、あのたくさんのウェアウルフたちは急に出現したんだ。

 

 もちろん、俺にはこんな剣と魔法の世界でのモンスターが出現する法則なんてわからない。

 だけど、物事には必ずある程度は結果を発生させた原因があるはずだろう。

 

 そう考えると、狼が1匹はぐれていたわけでもなく、急に群れで襲いかかってきたっていうのは……狼たちの縄張りを変化させるなにかがあったのだろうか。それに、あの狼たち、確かに大きな体つきをしてはいたんだけど、どこか痩せていなかっただろうか。


 いずれにしろ、ウェアウルフの現在の居場所を探ってみる必要があるだろう。

 よし、まずは鑑定からだ。


 鑑定!

 俺は鑑定の効果範囲をじょじょに拡げていく、やがて、その範囲が5キロメートルをカバーしたんだけど。

 ウェアウルフらしきものが鑑定に引っかからないんだよね。

 

 なにかないか、森の異変の原因がわかるようななにか……。

 俺はそう考えながら、鑑定を使用したまま歩いていったんだけど、急に右方向に進んで800メートルくらい先だろうか。

 鑑定結果にはウェアウルフはいないはずの、ある場所がぼんやりと赤く輝きだしていたんだ。

 スキルの千里眼で見てみると、どうにもウェアウルフの死体があるようだ。


 俺は、スキル怪力、靜足、透明化を使用したまま、ソロソロと近づいていく。

 ぼんやりと赤く輝いて見える場所はもうすぐそこで、木々の隙間から、覗き見てみたんだけど。

 うん、そこにはふつうにウェアウルフの死体があるだけだった。


 死体のほかには特になにか別の脅威となるような生き物の息づいも感じられない。

 俺はそのままウェアウルフの死体のそばに近寄ってよくよく見てみたんだけど、思わず眉をひそめざるを得なかった。


 狼の体は何か強い力で無理にはらわたを引きずり出されている。

 それと合わせるかのように散乱する肉片と血の跡で、あたりはちょっとしたホラー映画のようだ。


 コバエのような虫があたりを飛び廻ってはいるが。

 おそらく、まだ死んでからそんなに時間はたっていないのではないだろうか。

 腐乱した際に発生するような匂いは感じられなかった。


 ウェアウルフの下から流れた血とはらわたの跡は、森の奥に続いているようだ。

 ところどころに立つ大木はなにか凶暴な力でへし折られており、それが血の跡とあいまって、正体のわからないなにかへと続く道を指し示してもいるようだ。

 俺はそんな、血の跡を辿るように歩き出す。

 もちろん、スキル、怪力、静音、透明化を使用したままで、さらには広域鑑定を常時発動している。

 しかし、ずいぶんと深く森に入り過ぎただろうか……。


 進むほどに、赤くぼんやりと光る場所が少しずつ増えていって、そこにはウェアウルフらしき死体がまるで何か巨大な獲物に食われて捨てられたかのように散乱している。


 もう、俺の進む先は、赤、赤、赤と光る場所ばかりとなってしまって。

 これ、どうみたってウェアウルフみんな食べられちゃってるでしょ。

 そうして、進んでいった赤とウェアウルフの死体の先に、やがて複数の赤に包まれるかのような大きな紫色が輝いている、そんな場所にいきあたることになった。


 千里眼を併用して、よくよく見てみると、確認できるのは、怪しい男が1人で名前が『ゲイ・ユーディー』、でかい熊が『戦鬼熊』、小さい熊が『戦鬼

熊の子ども熊』、そして、とうとう見つけた『ウェアウルフ』だった!

 でかいほうの熊はしきりに小さい子熊をペロペロと舐めている様子も伺える。もしかしなくても親子なのかな?


 それにしても、広域鑑定でなぜ赤く光る場所にはウェアウルフらしき死体があったのか、そして、紫色の光とはなんだ、俺は自分の保有スキルの再確認をすることにした。

 鑑定!


 北条真斗

  説明

  あたりのホラーな様子に真斗はずっとドキドキ中。ゾンビが出てきたらどうするのじゃ?

  特殊

   願力

    発現

    パッシブスキル

    翻訳、未来視、探し物探知、剣術

    

    アクティブスキル

    鑑定、大聴力、疾風、怪力、生活魔法、火魔法、アイテムボックス化

    靜足、透明化、夜目

    

    クロススキル

    高速演算、制御力向上、千里眼、名探偵


 クロススキルに新しいスキル、名探偵が増えている。

 個別に鑑定してみると。


  名探偵

  説明

  鑑定使用時に発動する。赤く輝くものは犯人の手がかりなのじゃ! 手がかりを捜索するといよいよ紫色でいよいよ犯人が!?

  

 うん。犯人ってなんだろうか。

 それにしても、名探偵のような真似をしているのは俺ではなくって鑑定さんなのではないだろうか?

 それと、ゾンビが出てきたら俺はすぐ逃げるからな……。


 ふとそんな疑問を感じるものの、まぁ、今回は調査依頼で来ているわけで。

 その犯人ってことはウェアウルフを軽く引き裂いた戦鬼熊ってことになるんだろうか。

 あれだけ大きなウェアウルフが、抵抗する間もないかのように、はらわたを食い破られ、引き裂かれていたんだから。


 あの紫色の場所には一体何があるのだろうか。

 俺はスキル大聴力をさらに追加で常時発動させながら、少しずつ近づいていく。

  

「グルルルゥ」

「ガウガウ。クルゥ、ペロペロ」

「キューン、キューン」

 スキルを使用しても、なお、少し遠くに聴こえてきていた獣の鳴き声がいよいよ確かな音声となって聴こえてくる。


「フフフ。いい子たちですね。このワンちゃんも食べてやりなさーい」

 それに、これは人の声も聴こえてくる。

 妙なイントネーションの声、あの場に話せるのもう1人しかいない、間違いないゲイだ。

  

 つまりは、こうだ。

 目と鼻の先に、複数匹と、なんだかすごく怪しい人、ゲイがいる。

  

 俺は緊張からいつもよりさらにゆっくりと歩を進めていく。

 いよいよもう目と鼻の先だ。

 大丈夫だ。怪物の目の前で立ち止まったとしても気づかれはしないはず。

 少なくとも、ゴブリンのときはそうだった。

  

 俺はできるだけ、木の陰に隠れながら、声のする方にそろそろと進んでいく。

「ガルウウウウウウ」

 怪物の声は、もうスキルを使用するまでもなく、すぐそこから聞こえてくる。

 距離にして5メートルもないだろう。

 俺は、木の陰から顔を覗かせ、音のする方をソッと見る。


 千里眼で視てはいたけれども……。

 でかい! でかいぞ、これ!

 それは、大きすぎる熊だった。

 全長にして、4、いや、5メートルはあるだろうか。

 そして、もう1匹。こちらは逆にだいぶ小さい。

 そうはいっても、1メートルを多少超えるくらいには背丈があるのだから、この熊はもともと大きくなる個体なのかもしれない。

 噛みつかれたら、俺の腕ぐらい軽く食いちぎってしまいそうだった。


 そして、熊に餌をあげている男が問題で。

 男のそのひ弱そうな体は、一見すると熊が少しじゃれついただけでも、ポキリと折れてしまいそうに見える。

 だけど、親熊の様子はまるで可愛いペットのハムスターのように、ゲイに対してはすごく従順なんだ。

  

 うん、個別鑑定だな!

 鑑定!


  戦鬼熊

  説明

  戦うことに特化した鬼熊。その爪は剣よりも鋭く、頭角の1突きは、岩をも軽く串刺しにする。

  そんな怖い鬼熊も、現在はゲイの洗脳魔法により催眠状態。きっと撫でても大丈夫?


  戦鬼熊の子ども熊

  説明

  戦鬼熊の子ども熊。生後2週間のメス子熊。

  親熊大好きクマ。ゲイのことは嫌っているようだ。


  ウェアウルフ

  説明

  野生の狼。現在は、熊の餌にするためにゲイに連れてこられて洗脳されている。ウェアウルフの群れのボス。


  ゲイ・ユーディー

  説明

  ガルスタイン帝国の7聖将の1人、ゲイだ。魔獣を操る能力のみで将軍になるほどに、その魔法は卓越する。

  現在は、秘密任務中みたいなのじゃ。


 うん。ゲイ? 

 しかし、秘密任務っぽいのは見るからに怪しい雰囲気から一目瞭然ではあるんだけど、少なくとも鑑定さんと俺の意見は一致する。

 ただ、意見が一致するものの、秘密任務の内容までは明かしてはくれない。まぁ、そこまで見抜いてしまったらなんでもありになってしまうだろうか。


「ほら、なにをしてるんです、大好きなワンちゃんですよ。食べてしまいなさーい」

 

 戦鬼熊はおもむろにウェアウルフのボスに近づいていく。

 ボスというだけあってさすがにでかくそのサイズは2メートルを超えるだろうか。

 しかし、戦鬼熊にとってはなんてこともないのだろう、まして、ウェアウルフは洗脳されていてまったく動く気配も見えない。


 そんなウェアウルフの胴体をおもむろに戦鬼熊の角がつらぬいた。

 ウェアウルフの体からはとめどなく血が流れ、戦鬼熊の口元に垂れていくと、それを味わうように飲んでいる様はある種の恐怖だ。

 やがて血が枯れたのか、ピクリとも動かなくなったウェアウルフを頭を振って大地に叩きつけると、そのまま両手に抱え、一口で飲み込んでしまう。

 

 そんな光景を目の前に見た俺は、自身のスキル、静音と透明化に心から感謝してしまう。

 バレたら死ぬわ、これ。


 それにしても、生まれたばかりの子熊の親熊が洗脳されているのは、ちょっとかわいそうだ。

 そして、ウェアウルフの群れのボスが洗脳されていて、餌だったって……。

 まぁ、急な狼の出現は、このゲイが原因と考えて間違いはなさそうだ。

  

 そのときだった。戦鬼熊の親熊がなぜだろうか、俺の方にノソノソと近づいてきた。

 スキルは発動しているはずだ。

 だとするとどうして……。

 原因を特定する間もなく、近づいてきた親熊は一瞬で飛びかかってくると、その右手の鉤爪を、俺の頭めがけてふり下ろした。

  

 俺は鉄の剣で鉤爪の攻撃を真っ向から受け止めるものの、スキル怪力の効果の甲斐もなく、俺はわずかにうしろまで後退させられると、土に埋まる大石に右足を引っ掛けてしまい、そのまま尻餅をついて倒れこんでしまった。

 だが、これが逆に幸いする。

 倒れる前の俺の頭のあった場所には、すでに熊の左の鉤爪が振るわれていたからだ。それはまるで暴風のようで、その勢いに遥か後ろの草木までもが激しく揺れた。

 

 俺はそのまま大地を転がるように、後ろに距離を取ると、両足に一気に力を込めて、大きくまうしろまで一気に飛びすさり退避した。

 なぜ俺の存在がバレたのか。


 少しの間考えて、俺は理由もわからないままに再度、やみくもにスキル、怪力、静音、透明化を発動する。

 スキルの効果により、俺一瞬の間もなく、透明になった俺は、足音を立てることもなく静かに移動し、あたりの風景と同化したはずだ。

 このスキルが正常に発動していることについては、現にゲイには気づかれていないことからも伺えるはずで、俺はそのことに少し安心する。


 戦鬼熊もそうだ。

 キョロキョロと周りを見渡してはいるが、気づいてはいないはずだが……。

 熊は急に鼻をひくつかせると、匂い嗅ぎ出した。その視線はじょじょに俺に近づいてくると、透明化しているはずの俺の方向でピタリと止まる。

  

 そうか。匂いか。

 こればっかりはどうしようもなかった。

  

 さっきの狼の散乱死体の匂い、あの血だらけの場所にいた俺には、その匂いも染みついている。

 であれば、クリアブラッドを使えば消えるのではないか?

 しかし、熊は俺にわずかな時間すらも与えることなく、すでに俺めがけて、突進してきている。

  

 俺は必死に大きな木のうしろにその身を隠す。

 とにかく少しでいい、時間が欲しかったからだ。


 熊と大木がぶつかると、大木はメキメキと音を立て、一息に俺に向かって倒れてくる。

 潰されるわ!

 どうしようもない。もう使うしかなかった。

 俺は、マリーナさん直伝の生活魔法を唱える。


「クリア! クリア! クリアブラッドー!」


 その瞬間、俺の体に染み付いていた血の匂いを含めて、全ての匂いが消える。

 そして、俺はもともとスキル静音、透明化を使用している。


 正直、熊と俺との間にはもうわずかな距離しかない。

 いや、ほんとに俺と熊の鼻先がいまにもゴッツンコしそうな勢いだった。

 そうしたらバレるな。

 でもそれはもうどうしようもないだろ!


 俺は息を止めると、熊が離れるのをじっーと待つ。

 熊は起き上がると鼻をひくつかせながら、周りを見渡している。

 しばらく見渡すと、ようやっとなにもいないと思ってくれたのだろう、俺から離れていってくれた。


 危ねぇぇぇ。

 これ、死ぬところだったって!

 マジで危ないって!

  

 九死に一生を得た感じだ。

 一応ことなきは得て命が助かったし、ウェアウルフ出現の原因だろうゲイについても鑑定さんのおかげで、ある程度は察することができた。

 これはもうギルドに報告することで、調査依頼完了としても良いのではないか。

 俺が死んでしまったら、そもそも報告もなんもないんだろうし。まずは生きて帰るのも冒険者の務めではないだろうか。

 それに、正直、せっかくの異世界転生で、でかい熊にムシャリと食べられて終わりとか、そんな死に方はごめんだよ。


 そう思って退散しようと思った俺なんだけど、現代日本人だった故だろうか、今の状況をずいぶんと甘く見てしまっていたんだ。

 そう、鑑定結果には、帝国の7聖将と出ていたことの意味を、正確に理解していなかった。

 俺にとっては四天王とか、7聖将とか、7魔将とか、そういう肩書きはなんのキャッチフレーズにもならない。

 それはRGPゲームに出てきては、結局のところ、主人公である勇者に倒される、あくまでもちょっと格好のいい敵キャラで、ついでに倒すことが確定されている雑魚なんだ。

  

 正直、鑑定結果にゲイと出てきたのも良くなかった。

 ゲイはゲイ? なのかとふとそんなことを考えることもできてしまうほどには余裕もあって、完全に油断していた。


 現実で相対する帝国の7聖将は、凶悪だったんだ。

  

「あなたは誰ですーか? 姿を見せてください」

 ゲイはそう言うと、黒く長い髭をいじりながら、右手に持った棒を振り、目の前に空中に不思議な文様を描きだす。

 そして、光を帯びると一気に親熊、子熊を照射した。


「ウガアアアアアアア!!」

「グルルゥ」

 親熊、子熊は苦しそうに呻き声をあげると突然苦しみだした。

 目は充血したところじゃない。まるで血管が破裂したかのように、真っ赤に染まる。


「まぁ、いいでしょーう。ここでの役割は終わりましたし、最後の仕上げですーよ。それでは、ごきげんよう」

  

 ゲイはそう言うと、その気配は急に消えて、スッと消えてしまった。

  

 狂乱状態なのだろう。

 めちゃくちゃに暴れだす親子熊。それに子熊の様子も明らかにおかしい、2匹ともに狂い始めていた。

 そして、そんな見境のないその親熊の致命の一撃は、子熊にぶち当たると、一気に吹き飛ばした。


 子熊はゴロゴロとひどい音をたてると、木にあたってようやく止まり、そのままピクリとも動かなくなる。

 もう自分の子ども熊まで襲い出すそのさまは、すでに尋常なものではなく、このまま放置しておけば、間違いなくシュレイン街をも襲うだろうかと思われる。

 

 正直、逃げたいよ。ただ、それ以上に、俺は許せなかった。

  

 戦鬼熊は確かに怖い。

 迫力だって普通じゃない。

 だけどさ、この熊、親熊だったんだよ。

 さっきまで子熊をペロペロと舐めて可愛がっていた姿が、俺の目の前に浮かんでくる。

 もうピクリとも動かない子熊はそのままずっと倒れこんだままなのだろうか。

 でも、もう親熊は俺にもそんな子熊のことすらもまったく気づくこともなく。


 そんな親熊は、放っておけば間違いなく街を襲って、かなりの被害は出すだろうがやがて撃退されて殺されるだろう。

 確かに街を襲う怪物なんだから、それは当たり前のことで。だけど、まるで命のないバケモノのように追い立てられて殺されるってのは、なんか違うと思うんだよな。

 もちろん、そうはいっても俺にはあのシュレイン街に大切な人たちができたからね。

 危害を加えるようなら、たとえこの熊を殺してでも、ここは俺が止めてみせる。


 俺は覚悟を決める。

 そして、靜足、透明化を解くと、熊の前に立った。


 街にはけっして行かせるわけにはいかない!

 俺は剣を引いて構えると、盾を全面に押し出して身構える。

 親熊を攻撃したくはない。

 そんな俺の甘さが、一歩引いた防御の構えに俺を自然と導いた。


 戦鬼熊は俺との間合いを詰めるべく、突進してくる。

 俺はギリギリでその突進をかわす。

 ただ、俺の想像以上に熊の動きが素早かった。

 一瞬で、足を踏ん張り軌道を修正すると、真後ろから俺の両足を掴み上げ、大木に叩きつける。

 俺は、全身の骨を砕かれて……。

   

 その映像が見えた俺には、もう熊の突進を避ける選択肢はない。避ければ殺される……。

 俺は皮の盾で熊の巨体の突進を全身で受け止める。

 当然、その圧倒的な暴力を受け止めることができないまま、俺は吹っ飛ばされると、ゴロゴロと転がり、子熊の横まで吹っ飛ばされるとわずかに子熊の体に当たってそのまま倒れた。


 一瞬、気を失っていただろうか。

 ぼんやりした視界の中で、熊がすぐそこまで近づいてくる。


 頭がクラクラする……俺は意識は少しずつ覚醒してきているようだけど、もう俺は後ずさることしかできなかった……。

 どうすればいい? 決して生きることを諦めるわけにはいかない……。

   

 そのときだった。

 俺の与えたほんのわずかな衝撃が眠っていた子熊を揺り起こしていた。

 死んでいなかったんだ……良かった……。

 そう思う間もなく子熊は、親熊を見るなりムクリとその身を起き上がらせる。

  

 この状況で2匹を相手には、とてもではないができない。

 空気が止まった。そして、すべてがスローモーションのようにゆっくりと見えてくる。

  

 子ども熊は血走った目で、先ほど殴りつけてきた親熊をとらえると、親熊に向かい頭から突進した。

 戦鬼熊の角は鉄さえ切り裂く。

 そんな子熊の角は、親熊の心臓に一息に突き刺さると、最後の力を使い果たしたのか、子熊は親熊にしなだれかかるかのように崩れ落ちていく。

 親熊も急所を一突きにされてはひとたまりもなかったんだろう。

 一気にうしろにズシンと大きな音を響かせながら倒れると、ピクリとも動かなくなる。その瞬間初めて洗脳が解かれたのだろう、わずかに首を傾げて胸元のもう動くこともなくなった子ども熊を見つめるとほんの少しペロリと舐めて、そこで力尽きたのか、静かに絶命していった。

  

 それはひどく凄惨で、そして、抱き合う親熊と子ども熊の姿はなぜだろうか。

 俺にはひどく哀しいと思えるのと同時に、奇妙に美しいものにも見えてしまう。


 俺は体を仰向けにして倒れこんで、森林の木々の隙間からほんのわずかにかいま見える空を見上げる。

 木々の葉の間から見える空は青く澄み渡って、雲ひとつないようにも見えた。

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