死闘 ワイバーン
とにかくみんなを逃がさないと!
「俺が引きつけます。みなさんは逃げてください!」
「マリーナのせいでっ。ごめんなさい」
マリーナさんは涙目だ。
いや、それは俺が悪かったし。というか、今はそんな場合じゃない。
「くっ。あたいもここまでか」
ミラさんは震えていて、ふだんの気の強さが嘘のように影を潜めている。
あの虎のように獰猛そうな威圧感を放つことのできるミアさんが、今はまるでその野生を失った猫に見える。
チンチラだろうか。
「そんなこと……私は真斗さんの言うことなんて聞いてなんてあげないんだからねっ!」
シルさんがためらうことなく、声を張り上げる。
いや、今はツンしてる場合じゃないから。
「女神アーシア様。今までのお恵みに感謝を。天に向かう我々にどうか、ひとしずくのお恵みを」
メイさんは、最期の言葉だろうか。お祈りをし始めていた。
我々? 俺たちはもう天に召されてしまうのだろうか。
うん、みんな、そんなことをしている場合じゃないからね!
「とにかく、みんな逃げてください!」
ワイバーンの威嚇はとどまることを知らない。
その凶暴な爬虫類のみが持つだろう特有の目がギョロリと動くと俺たちを一瞥する。
「グワオオオオオオ!」
4人の女の子はいっせいに固まってしまったまま、そのあまりにも大きすぎる啼き声に一歩も動くことができない。
俺だって、そりゃあ怖い。
自分の体より頭がでかいんじゃないか、これ。
大きく開ける口はひと噛みで、俺なんて真っ二つにされそうだ。
そして、ワイバーンは、大きく空中を滑空すると、俺たちが隠れている岩場めがけて一気に急降下してくる。
密集して動けないままでいる俺たちを、一気に喰い殺す気なんだろう。
そしてそれは事実として、ワイバーンからしてみたらひどく当たり前にできてしまうことでもある。
ヒュオオオオオオ
風を切り裂くような音が聴こえてくる。
これは……。
「みんな、体を伏せるんだっ!」
マリーナさんを始めとして、ミアさん、シルさんも慌てて身を伏せる。
だけど、メイさんだけは……。
「アーシア様、ただいま、御身のもとに参ります……」
俺はメイさんを助けるべく、メイさんの元に駆け出して、そしてメイさんごと俺の体は食いちぎられた。
くっ。これが1秒先に起きる現実、ならば今すぐに動け、俺の体っ!
俺は恐怖に身がすくむ体を無理に動かして、胸に手を当て、お祈りをしているメイさんの体を抱え込むと、背中から体を抑え込んで一気に大地に身を伏せさせる。
そのすぐあとをワイバーンの口がかすめていく。
「メイさん、あんたバカか! このままワイバーンに喰われて死んじまってもいいのかよ!」
「ですが……」
「アーシア様を信じているのはもうわかっている、だけど今は少しでもいい……」
「俺のことも少しだけでいい。信じてくれないか?」
メイさんはそんな俺をただじっと見つめた。身動き1つしなくなった。
……っつ。
俺のことが信じられないならそれでもいい、だが、どうか死なないでくれ!
しかし、それにしても今のは危なかった。コンマ数秒の遅れでまさしく喰われるところだ。
ワイバーンは再び上空を滑空し、じょじょにその滑空のスピードを加速していく。
このスピードでこられたら今度こそ、もう躱しきれないか……!?
ふと、みんなの顔を見て見る。
マリーナさんは、あの芯の強さが見る影もなく、あまりにも圧倒的なワイバーンの暴力に怯えている。
ミアさんは、今も借りてきた猫、チンチラみたいだ。
シルさんは、もうツンツンする余裕もなく、ただ泣いている。
メイさんは、その瞳にはなにもうつっていないのか、ただ、俺の方をじっと見てその視線を外さなくなった。
そう思う間もなく、マリーナさんは急に、前に出ると、ワイバーンに向かって大きな声で叫んだ。
「マリーナのせいでみんなを犠牲になんてできないっ! 食べるなら、マリーナだけ食べてみんなを逃してあげてっ! お願いだから、ほかのみんなを食べないでっ!」
そう言ってワイバーンに向かって駆け出していく。
くそっ。あれは俺のせいでもあるんだって!
「マリーナさんやめるんだっ! 1人だけ犠牲になる必要なんてないんだ! みんなが助かる方法を考えよう!」
マリーナさんは、一瞬俺を泣きそうな目で見たあとで、そのまままた駆け出していってしまう。
くそ、どうしたらいい。今すぐマリーナさんを追うべきか、しかし、その場合、うしろの彼女たちが襲われた場合に……。
そうこうしているうちにもマリーナさんはどんどんと俺たちから離れていってしまっている。
このままマリーナさんだけを犠牲にして俺たちだけ助かっていいのか?
そんな訳ないだろうが!!
ワイバーンは自身に向かって1人走ってくるマリーナさんを見て、明らかにその餌としての対象をマリーナさんに絞ったようだ。
ワイバーンはしばらく旋回したあとで、一気にマリーナさんを喰い殺すベく急降下していくように見えて。
そして、遥か上空からマリーナさんめがけて一直線に落下した!
そんなマリーナさんの自己犠牲の魂の波動を目の前で見て、まして俺は実際に感じることになって。
1つだけ俺の中で覚悟が決まった。
そう、俺は命に懸けてもマリーナさんを助けたいと、そしてみんなを助けたいと、このとき確かに思ったんだ。
お願いだ、願う力よ! この瞬間だけでもいい。俺に誰にも負けないだけの力をくれ!!
マリーナさんへの俺の強い想いはやがて願いとなって力になった。
その瞬間、俺の右手の甲は眩いばかりに光り輝く!
目も眩むばかりのその光は、一瞬、死んだ直後のあの不思議な世界を思い起こさせる。
手の甲には象形文字だろうか、不思議な文様が浮かび上がってくる。
俺は力強く叫んだ。
「マリーナさんに手を出すなああ。このトカゲモドキがあああああ!!」
紋章の輝く俺の右手がどんどんと熱を帯びていき、やがて光となって、そして形を成した。
そう、それは眩しいばかりに輝く光の剣!
俺は右手の光の剣を高く上に掲げる。
だが、駆け出したマリーナさんは、もうはるか前にいて、今さらスキル疾風を使っても追いつけない距離……。
俺が追いつくころには、ワイバーンに噛み砕かれてしまうだろう。
間に合わないっ! くっ、どうしたら……。
その瞬間、地球にいたころのおじいちゃんの言葉が急に俺の脳内に電撃のように蘇る。
死んだおじいちゃんが言っていた……、そうだあれは確か……。俺の心の中にはまるで昨日のことのようにおじいちゃんのいた道場の風景が急に思い起こされた。
おじいちゃんの道場……。
ずいぶんと古い道場は意外に広く、ただその木の床は歩くとギィギィと音をたてて今にも崩れてしまいそうなそんなオンボロな道場だった。
おじいちゃんは、お茶が大好きで、茶柱がたたないのぉ、なんて言いながらよくズズズズお茶を飲んでいた姿が妙に懐かしい。
そんな、おじいちゃんはどこか不思議な雰囲気を漂わせるまるで仙人みたいな人だったけど、あるとき、白く長い髭を扱きながら、まだ小さな子どもだったころの俺に言ったんだ。
「真斗や。男はどうせ斬らねばならぬのよ」
「なんで斬らないといけないの?」
「男はな、生まれてからは常に闘争の連続、だから、己の刀を持たねばならぬ」
「えー、自分の刀なんて危ないよっ!」
「真斗、男はのう、どうしたって戦わねばならぬときがあるもんなんじゃ、だからのお、真斗や。鋭くて何物をも斬り裂くそんなふうにのぉ、自分を鍛えあげておくれ」
「うーん、よくわかんない」
「真斗や、この刀を見てごらん」
「わー、すごい刀だ!」
「これはのぉ、遥か昔から我が家に伝わる家宝の刀よ、おじいちゃんのご先祖様もな、この刀を持って討ち取れぬ敵はおらなんだそうだ」
「それはどんなに遠くにいるお鳥さんでも斬れちゃうの?」
「もちろんじゃ、一度抜けば斬れぬものなし。おじいちゃんはな、真斗にもこんな刀みたいな、負けない男になってほしいんじゃ」
おじいちゃんはそう言うと、はるか彼方を飛んでいる燕に対して剣を構えるとおもむろに斬って捨てた。
剣が……ご先祖様伝来の剣が伸びていたんだ……。
「おじいちゃん、お鳥さんがかわいそうだよ!」
「なに、峰打ちじゃて、なぁ、真斗や、いつかこの剣を使いこなしてみせるのじゃぞ」
「頑張るね、おじーちゃん!」
まさしく、一刻の猶予もないこの状況で、おじいちゃんの言葉が走馬灯のように俺の心に、神秘に輝く刀身に見事な波紋を宿したあのおじいちゃんの刀を思い浮かばせる。
そう『絶刀飛燕村正』をだ!
いかに光の剣といえども、その刃の届かぬ敵を斬ることはできない。
だが、あの刀ならば、あるいは……。
俺は大きく大上段に剣を構えると。
そして、心の中でさらにひたすら願う。ただ鋭く、鋭く、そしてどんな遠くの敵をも斬り裂くような。
『絶刀飛燕村正』のようになってくれ! 光の剣よ!!
まさしくその瞬間、俺の願いを受けた光の剣は、その形状を刀に変えいくと、その刀身に光の波紋を眩しいばかりに輝かせていく。
それはまさしく、俺がその幼少のころに見た、あのおじいちゃんの刀、そのままの刀身だった。
「伸びろっ! 伸びろー絶刀飛燕村正!」
その瞬間、俺の持つ光の剣は、熱を帯びたまま大きく上方に伸びていくと、その刀身ははるか上空の雲までをもつらぬいた。
俺は、鋭利なまでに研ぎすまれた、光の剣『絶刀飛燕村正』をワイバーンめがけて振り下ろす!
シャッ
あまりにも鋭利になりすぎた光の剣の形状は、もはや摩擦を受けることもなく、たやすくワイバーンの首を切断する。
いまにもマリーナさんを喰い殺そうとしていたワイバーンは、まさしくその直前で、頭を胴体と分かたれた。
ワイバーンの頭と、胴体からは止めどなく血が噴き出すと、マリーナさんをあたり一面ごと真っ赤な血で染め上げて、にわかにその姿は血の赤に消えて見えなくなる。
俺はスキル疾風を使用すると、瞬時にマリーナさんが倒れた付近に移動する。
「マリーナさん、大丈夫ですか!?」
大きな声で呼びかけるも反応がない。
あたり一面をただただ単純な真っ赤な赤に変えたその中で、大きな大きなワイバーンの死体の片隅で倒れ込んだ女の子が1人、小さく息をしている。
「マリーナさん」
「……真斗さん……」
「もう大丈夫ですよ、俺が倒しましたから! ワイバーンはもういません。どうか起き上がってください」
そう言って手を伸ばしたんだけど。
マリーナさんは少し自分の体を見て、ワイバーンの血で汚れてしまっていることに気がついて、遠慮したのか俺の手を握ることをしない。
ここは俺から動くところだろ!
俺は無理にマリーナさんの手を取ると立ち上がらせる。
まだ震えている。まだ自分が生きていることが、きっと信じられないんだろうな。
俺はそんなマリーナさんの震えを抑えようと軽く抱きよせると、マリーナさんの服に染み込んでいた真っ赤な血が俺の服を少しずつ赤く彩っていく。
「真斗さんの、真斗さんの服まで汚れちゃいますよ?」
「いいんですよ、そんなことくらい……それよりすいませんでした。あれは俺のせいでワイバーンに気づかれたんです。それとマリーナさんは自分だけ死のうとなんてしないでくださいね」
マリーナさんが『ありがとうございます……』とそう小さく呟いた気がした。
マリーナさんが急に俺を見つめてくる。
え?
そうして俺に向かって背伸びをすると……。
「「「あのーー!」」」
3人娘の声が見事にハモった!