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激闘 強酸スライムの脅威

 目覚めると、まだあたりはうす暗かった。

 うっすらと朝日が昇って来ているのだろうか、少し開いた窓から見える月のような天体は、少しずつその姿を空の中に消している。


 俺は、そういえば昨日寝たのがずいぶん早かったことを思い出す。

 なにか忘れてはいけない、そうだ、シゲさんのいびき……。

 まぁ、それは本当にどうでもいい話だろう。

 俺はベッドから身を起こすと、階段を降りて食堂に向かった。


 おかみさんはもう店内の清掃をしている。

 やはり宿屋の朝はずいぶんと早いのだろう。


「おはようございます」

「おや、朝早いんだねぇ」

「はい、昨日寝たのが早くって」

「ごめんね。まだ朝飯はできてないんだよ。昨日の残り物でよければ、すぐに用意できるけどどうするかい?」

「お願いしても良いですか?」

「あいよ。ちょっと待っててな!」

「あんたー、昨日の残り物で1食分用意してもらっていいかーい!」

「あいよー」


 厨房からは威勢のいい声が聞こえてくる。

 おかみさんの旦那さんだ。

 数分もかからずに朝食が準備されると、おかみさんは俺の席に着いたテーブルまで持ってきてくれる。


「はい、お待たせ。パンとスープ、それに猪鳥の炙り焼きだよ」

 

 おかみさんがサッと生活魔法で温めてくれたスープは、1日おいたからだろうか。

 昨日よりもダシが効いているように感じられる。


 豚と鳥がミックスされたような味で、まぁ、日本のスーパーにもミックスされたひき肉が売られていたことが思い出される。

 猪鳥? 字面通りなら、猪に羽でも生えてるんだろうか。

 残り物ということで、おかみさんは結構な量を出してくれてたんだけど。

 うん、一気に食べきってしまったな。


「ごちそうさまでした。おかみさん、今日はもう出発しますね。それと、精算なんですが」


 俺はポシェットから6大銅貨を取り出すと、テーブルに置いた。


「あいよ。ちょうどだね。今日も泊まりでいいのかい?」

「はい。今日もその予定です。それと、部屋なんですが、やっぱり埋まってしまって泊まれないなんてことはあるんですか?」

「そうだねぇ。今は大体空いてるから、そんなに心配はすることはないよ。それに毎朝、出かける前に宿泊すると言ってもらってるからね。真斗の部屋は取っておいてあるから安心おし!」

「まぁ、建国祭りだとか、ほかにも凶悪なモンスターが近辺で出現した時なんかは、うちもそれはもう冒険者やらほかの村からやってくる人たちでごったかえしちまってね。そんな時だけは満員御礼になるのさ」

「なるほど。ちなみに10日分を、朝晩の食事込みで先払いって可能ですか?」

「それは構わないけど、その場合は、泊まりにこれない場合にも宿代は発生するよ。申し訳ないけど、部屋を空けておく必要があるからね。朝、晩の食事については間に合わない場合には、お弁当としてつつんでおくよ。ただ、食事は日持ちがしないからね。あんまり戻ってこない場合には、片付けちまうからね」


 おかみさんの言うことはしごくもっともで納得できる話だ。

 俺は万が一クエスト中のトラブルで帰ってこれない場合にも安心できる宿で寝泊りをしたい、そんな思いもあって、1室を長期間借りることにした。


「わかりました。おかみさん先払いでお願いしても良いですか?」

「あいよ。6銀貨になるよ」

「はい」


 うん、これでしばらくは安心だな。

 ただ、手持ちが少ないのは相変わらず。

 頑張って働かないとな!

 俺は気合を入れ直すと、『緑葉亭』をあとにする。

 

 街の朝は早い。

 俺が宿を出ると、静けさの中にも人々の営みがこれから始まるっていくのだろう躍動が感じられる。

 遠くの大通りからだろうか。

 ガラガラと馬車が行き交う音が聞こえてくる。


 俺は冒険者ギルドに向かうための道を歩きつつも、『マリーナの魔法薬草店』まできた時だった。

 昨日同様に休業中のプレートがかかっている扉を見て、そのまま魔法薬草店の前を通り過ぎた俺のうしろから、わずかにマリーナさんの間延びした声が追いかけてくる。


「クリア♪ クリア♪ クリアブラッドー♪」


 音程を踏んで歌っているみたいに聴こえてくる。

 うん、これはなんだろうか?


 表戸はまだ休業中のプレート。

 石化してしまっている冒険者さんのことも気になってはいるんだけど、にわかに踏み込むのも気がひける。さて、どうしたものか。

 俺が逡巡し、ちょっと悩んでいると、お店の扉がゆっくりと開いた。

 

 ギィィ

 ひょっこりとマリーナさんが顔を出す。


 そして、休業中のプレートを手に持った営業中と書かれたプレートに替えようとして。

 うん。マリーナさんのタレ目はバッチリ俺をとらえる。


「あら。おはようございますー。真斗さんっ!」


「おはようございます。マリーナさん、その……クリアブラッドって?」


 俺はさっそくここぞとばかりに問いかけてしまった。

 魔法薬草店を経営するマリーナさんのことだ。

 きっとすごい魔法なのかな?

 

「クリアブラッドですか。お掃除魔法で生活魔法なんですよー」


 おぉう? お掃除魔法で生活魔法?

 新しいキーワードだな。


「それって掃除ができちゃうんですか?」


「はい。お部屋のゴミをお片付けするときも、もちろんなんですけどー。そうですねー。自分も、綺麗にできちゃいますしっ」

「試してみましょうかー?」


 小首をコテンと傾げてのそんな問いかけに。


「はい。お願いします!」


 もちろん、俺も即決でお願いすることにする。

 正直、マリーナさんのクリアブラッドー♪ をもう一度聴いてみたかった。

 そんな俺の想いが返答までにわずかなタイムラグすらも許すことはしない。


「はい。ではいきますよー」


 マリーナさんはそういうとわずかに俺に近づいて両手を掲げた。

 ほのかに香るミルクティーのような甘いにおいが、俺をつつみこむ。


「クリア♪ クリア♪ クリアブラッドー♪ 」


 おぉぉ。俺の体をなにかが通り過ぎた。

 すごいさっぱりした気分だ。

 正直、たまに水浴びをしていただけの俺には、これは思わぬ誤算だった。

 俺の髪はサラサラに戻って。匂いも無臭に戻っている。それも一瞬でだ。

 これいいな、これいいな、これいいな!

 日本では毎日必ずお風呂に入っていた俺だった。


「マリーナさん、クリアブラッド、使いたいです。お手間でなければ、教えていただけませんか?」


 俺はためらうことなくマリーナさんにお願いすることにした。

 マリーナさんは右手を口に当てて、少し考え込んだ。

 そして衝撃の発言だ。


「真斗さん、その前に炎の生活魔法が使われていましたよね? なので、もう使えると思いますー」


 えぇぇ?

 炎って、あの大火力の火炎放射器みたいなのかな? あれは明らかに火魔法の方だったのではないかな。

 ただ、生活魔法を取得していたのも本当の話だ。ということは魔法の使用は詠唱だけの問題だろうか? 


「よし、やってみますね!」


 俺はグッと手に力を込めると、マリーナさんを真似るように生活魔法を唱える。


「クリア! クリア! クリアブラッド!」


 さっと巨大ななにかが俺を通り超していくと、その生活魔法の衝撃はあまりにたやすく壁をも突き破ると、放射状に大きく拡散していった。

 え。これ効果範囲がおかしくないか!?


「今ので、できていますよね……?」

 

 できているはずなんだけど、できていないような、だって明らかにおかしいだろ、効果範囲。

 マリーナさんは茫然自失としたふうで。


「できてますけどー。お部屋全体がクリアブラッドされちゃってます……」


 慌てて扉を開けると外に出るマリーナさん。

 あたりを見渡して、あわあわしているな。

 そんなマリーナさんが心配で俺も慌てて駆けよった。


「ここらあたり全部クリアブラッドされちゃってますよー。こんなの初めてみましたっ」


 なんとなくあたりが騒ついているのがわかる。


「うわっ。なんだなんだ。クリアブラッドか、これっ」

「あたしー、なんか魔法にかかったっぽい!」


 ザワザワザワザワ


 うわー。街の人が騒いでるよ。

 俺は本音、面倒事には巻き込まれたくはない性分だ。


「マリーナさん、戻りましょっか!」


 俺は慌ててマリーナさんの薬草店に逃げ込んだ。

 ふぅ。危ないわ。次からは加減しないといけないな。

 俺がそんなたわいもないことを思っていると、二階からドタドタと音がして、階段を降りてくる音が聞こえてきた。

 

 誰だ! マリーナさんの彼氏かっ!?

 なんてことを考えながら、階段の方を見たわけだけども。


 髪をうしろに赤い髪を束ねてポニーテールにした野性味あぶれる女性が降りてきた。

 続いて、うん、次の娘は金髪をツインテールにしている、可愛い系の女子とでもいえばいいだろうか。

 そして、3人目は丁寧に櫛で髪を梳かしているんだろう、サラサラ銀髪な清楚系女子。


 うん。女の子3人組だ。

 もしかしなくても、マリーナさんのお友だちかな?


「今のクリアブラッド、ずいぶんとすごかったね!」

「私に比べたらまだまだですわよっ!」

「神の御技に感謝を!」


 三人がいっせいに喋り出すと、静かな店内は一気に賑やかになる。

 そして、パッと花が開いたかのように、明るくもなった。

 なんていい雰囲気なんだろうか。よし、まずは自己紹介だよな。


「初めまして。俺は北条真斗って言います。Eランクの冒険者をしています。どうぞよろしくお願いします」


 俺がそう挨拶すると、3人の女性はこちらを伺って。

 先頭の赤髪の女性は、俺をまるで蚊トンボを見るように冷たい視線を向けると。


「うん? あぁ、よろしくな」


 金髪ツインテールの女性は、一言。


「ふんっ!」


 銀髪の女性は俺に目を向けることもなく一言。


「よろしくです」


 以上だった。

 言葉が途切れる。

 会話は終わった。


 おいおい。それだけかよ。

 まぁ、美人さんの女の娘3人組だからな、言いよられることも多いんだろうし……。


 でもさ。でも挨拶くらいはきっちりしようよ、ほんと。

 俺がそう思い少しやさぐれてしまったことはどうか責めないでほしい。


 そのときだった。

 ずっと横でそんな様子を見て体を震せていたマリーナさんが、キッと顔を上げると3人組の女性に向かって大声で叱りつけたんだ。


「ちょっと、ミラ、シル、それにメイもっ! ガロン草を無償でくれたのはこの方よ! 命の恩人に向かってその態度はなにっ!?」


 こわっ。マリーナさんこっわ。

 いつもの可愛い間延びしたふうな口調はどこいった。

 俺の頭には今朝のクリアブラッドー♪ が一瞬思い起こされてすぐに霧散する。

 

 補正だ補正をするんだ、俺!

 マリーナさんは、自分を名前呼びする女性のはずだろ!!

 

 

 ふぅ。ちょっと落ち着いてきたぜ。

 3人の冒険者女子も体をビクッとさせると、俺を必死に見つめてくる。

 先頭の赤髪ポニテ女子が俺に向かい、両手を前に重ね合わせる。いわゆる合掌のポースだろうか。

 そしてぺこりと深くお辞儀する。


「自己紹介が遅れました。あたいは、ミア・トラップと申します。この度は命を助けていただいて、本当にありがとうございました!」

 

 素晴らしい自己紹介だ。

 息をする暇もなく、金髪ツインテ女子が言葉を継いだ。


「ふんっ。シル・フォン・ブラウンよ。この度は命を助けられたわ。でも勘違いしないでね。私は真斗さんのことはちっとも好きなんじゃないんだからね! ふんっ!」


 なんだこりゃあ。ツンデレなのか、これ。

 っていうか、初対面の女子に好かれるなんて、俺だって毛ほども思ってないわ。

 なんてことを俺が思っていると。


 マリーナさんは、ジトっとした目で金髪ツインテ女子を睨みつけた。

 金髪ツインテさんは、その視線にビクッとあとずさると必死な様子で言い直す。


「う……真斗様は命の恩人。誰も私たちを助けてくれなかったんだから。グスッ。だから、私たちを助けてくれた、そんな真斗さんは……」

 

 そうのたまう金髪ツインテさん。なるほど、少し感情表現が豊かな人けれども本音の部分はすごく素直で良い娘なんじゃないかな……いずれにしろ、呼び方はきちんとあらため方がようそうだよね、シルさんだ。


 そんなシルさんは急に俺から目をそらすと、頰を熟したリンゴのように真っ赤に染めた。

 そうして、プイッと顔を反らすと、今度は居丈高に、皆に向かって宣言するかのように言う。


「私が真斗さんを大好きだなんてっ! そんな勘違いしないでくださいねっ!」


 その瞬間、マリーナさんの視線が、絶対零度にまで下がる。


「好きとか、好きとかー」


 頰を膨らますマリーナさんなんだけど、いや、まさか妬いてくれてるなんてことはないだろう。

 もしそうなら現代日本では女性にはまったくもてなかった俺には、ちょっと厳しい状況ということになってしまう。

 そうこうしているうちに、うしろで静かに控えていた銀髪清楚系女子がスッと前に出てくると、大きく手を掲げた手を、ゆっくりと胸に手を当てる。


「真斗様と知り合えた幸運を、女神アーシア様に感謝いたします」


 銀髪清楚系女子は、お祈りをしたあとで、今度は俺に向かって深く頭を下げる。


「メイ・ウェーバーと申します。真斗様の善き行いに深く感謝いたします」


 なるほど。清楚系女子はメイさんね、うん、覚えたぞ。

 俺が3人の冒険者女子を眺めていると、マリーナさんがクイクイと俺の服の裾を引っ張った。


「マリーナだって感謝してるんですからね、真斗さんっ!」


 マリーナさんは上目遣いに俺をみてそう言う。

 なるほど。俺はよく現代日本で、このリア充どもが、爆発しろ!

 なんて思っていたわけだが。

 

 俺は人生で初。

 少しだけど、リア充どもの気持ちを察することができたんだ。

 これが、本当の異世界魔法ってやつなのかもしれないな。

 


 そうした可愛い女の子3人組と一通りの挨拶を済ませた俺は、さっそく冒険者ギルドに向かおうとして。

 

「あの。真斗さん。実はお願いがあります!」


 マリーナさんの俺を見る視線がキット力強い。

 やっぱり芯が強い人だよな。

 なんてことを思っていたんだけど。


「その、昔、ミア、シル、メイを助けてくれたことのある冒険者さんが、バジリスクの石化病にかかってしまっていて。これからガロン草を探しに行くんですけど……。その、ごいっしょしていただいても構いませんでしょうか?」


 マリーナさんはずっと俺の目を見つめたままだ。


「正直、甘えてしまっているってわかってます。ただ、情けない話ですが、私たちじゃどうにもできなかったんです。どうかお願いします」


 マリーナさんは、頭を大きく下げたままだ。

 ミラさん、シルさん、メイさんの3人組も、そんなマリーナさんを見て慌てて続いて頭を下げてくる。


「「「お願いします!!!」」」


 これはどうにかするしかないだろう? 俺は強く決意する。


「困っている皆さんを、放っておくことなんてできませんよ。みなさん、行きましょう!」


「「「「はい!!!!」」」」


 女の子4人は見事に返事をハモらせた。


 俺たちは、さっそく街を出るといつもの街道沿いの野原に向かった。

 マリーナさん曰く、実は、昨日は夕方に街に着いてから夜遅くまで4人でずっと手分けして野原を探していたんだそうだ。

 だけど、まるで見つけることができなかったらしい。


 確かに、俺が前に広域鑑定を使用したときにも、無数の鑑定結果の中に含まれていたガロン草はほんのわずかだった。

 でもね、そんな話を聞いてしまったらなおさらなんだよね。

 俺は街道から少し外れて野原に出ると、俺を襲うだろう頭痛の痛みを覚悟して、ためらないなく広範囲にわたる鑑定を使用した。

 鑑定対象はあくまでも、野に自生する野草のみに絞っていく。

 

 マーネ草。マーネ草。マーネ草。マーネ草。マーネ草。

 そこここに生えているマーネ草が確認できる。

 

 だめだ、ガロン草が確認できない。

 すでに俺を中心として300メートル四方は鑑定しているだろうか。

 

 だけど足りない! これじゃまだまだ全然だ!

 俺は頭の痛みを強引に抑えつけると、さらなる広範囲に渡っての鑑定を無理に使用する。

 

 頭を襲うひどい痛みはどんどんと俺を蝕んで行く。

 くそっ。このひっきりなしに続く痛み……ダメだ……倒れそうだ……どうにかなり……。

 その瞬間だった。急速に頭の痛みが引いていく。

 周りに見えていたまるで抽象画のような風景は急にクリアなってになっていく。

 

 俺の広域鑑定の効果範囲はさらに拍車がかかり、とうとうその範囲は自分を中心とした5キロメートル四方をも軽く網羅ことになった。

 さらに俺のスキル探し物探知の効果と組み合わさって、その効果は劇的なまでに、俺の脳内に雷鳴のごとくガロン草の自生している場所を指し示す。

 

 そして、あった、あそこだ!

 すでに俺の脳内の中では、目視では見えない場所までが3D地図のように頭の中で整理され、既視化しており、見たことのないはずの風景は俺にとってはすでに熟知している風景と化した


 ガロン草が複数確認できる。はるか遠くに見えるかすかに見える丘陵、その下あたりか。

  


「皆さん、行きましょう!」


 俺は4人を先導して、はるか彼方に見える丘陵を目指して歩いていく。

 やがて丘陵を登りきると、下には動物の骨にも見えるなにかがうず高く積まれている。

 またあたりに枯れた草木や藁がところどころに山となっていて、動物の糞がそれに混じって散乱している。

 

 食いかけのなにかの巨大動物、そう俺よりもはるかに大きいなにかの生き物が体の中心からまるで、なにかに食いちぎられたかのような死体を晒し、さらには無数に蠅のようにも見える昆虫が飛び回っている。

 なんかやばそうな雰囲気だな、これ……。

 なんだけども、ガロン草はどう見てもこの少し先にあるわけで、ここを通らないわけにもいかない。

 俺はそろそろと下に降りようと身を屈めると、ミラさんが俺を止めた。


「真斗さん、待って!」

「はい。どうしました?」

「この雰囲気、あたいの住んでいた村の奥に昔からワイバーンが住んでるんだけど。その巣とこの場所の雰囲気がちょっと似てるんです。これほんと警戒した方がいいかもしれないです」

「それと真斗さんっ! これを見てくださいっ!」

 

 妙に透明な物体、まるでゼリーのようなその体の中にはブヨブヨの心臓だろうか、丸い玉が浮いている。

 もしかしてこれってスライムじゃないか?

 うん、聞いてみよう。


「ミアさん、それってもしかしてスライムですか?」

「はい! ただこのスライムだけは、ボルン森林に潜んでいるような普通のスライムじゃないんです!」

「というと?」

「もし、ここが本当にワイバーンの巣ならなんですけど、このスライムは強酸スライムの可能性が非常に高いんです! 確認だけさせてくださいっ」


「えいっ!」

 

 ミアさんはその勇ましい掛け声とはうらはらに、そっとスライムを少しずつ中心核めがけて踏みつけていく。

 そして、スライムの中心核が潰されると、スライムはそのまま動かなくなった。

 ミアさんはそんなスライムの体の端に短刀でスッ小さな傷をつけると、その体に枯れ木の欠けらを沈みこませる。

 

 なんということでしょうか!

 スライムの体の中に沈み込んだ枯れ木のかけらはジュッと小さく音を立てるとスライムの体の中で一瞬で溶けていく。


「やっぱり……」

「これは……」


「みんなよく聞いて! この巣の中には強酸スライムが出てくるから、もし出てきたら決してナイフで切ったり、強い衝撃を与えたりしないでっ! さっきあたいが見せたようにそっとスライムの中心核を潰すんだ!」


「中心核を潰せば殺せるとして、もし失敗したら?」

「ゆっくりと潰す限りは、強酸スライムは暴れたりしないから大丈夫だよ! だから、そんなときこそ心を落ち着けて冷静になって。何度でもいい、失敗したって諦めずに核を潰すんだ!」

「なるほど、よくわかりました」

「ミアはよくそんなことを知っているわね?」

「ミアらしくない」


 シルさんと、メイさんがきちんとツッコミを入れている。

 さすが、冒険仲間の3人組といったところだろうか。


「なに言ってんのさ! あたいの住んでた村の奥にはワイバーンが住んでるって言ったろ! そこに出現するスライムなんだから、あたいが知ってるのは当然じゃないか! いずれにしても、ここをすぐ離れたほうがいい! ひとまず急いであそこに身を隠そう、安全が確認できるまで首1つ動かしたらダメだよ! ワイバーンにはすぐバレちまうからね!」


 ミアさんはポニーテールをフリフリしながら滑るように岩場まで走っていき、手招きする。


 俺たちは急いでミアさんに着いて行くと岩場の中の草木に隠れる。四方を岩と草に囲まれたこの場所は、いいあんばいに俺たちの存在を消し周りの風景にとけこませている。


 俺を先頭にして、ほぼ1列に並ぶように立つのが精一杯なこの場所は、確かに隠れるには最適であろうとは思われたが、その代わりとして、俺たち5人には身動きのとれるスペースがいっさいない。ただ、これは逆に幸いなことで、もし本当にワイバーンがいる場合には、そのほんの少し動きすらも見逃さないであろうことから、その動けないということは逆に強みでもあった。


 うん、結論としては意外に良い隠れ場所なんじゃないだろうか。


 外から見える俺たち5人は、岩場の陰に同化していっさい動くこともない。

 俺たちが5人いっしょに隠れたことで少し、心強さを感じこともでき、ほんの少しの安心感を俺たちにもたらせてくれているようだ。いや、そんな安心感がなければ、そもそもここでは心が持たないのではないのか。俺にそう思わせてしまうほどに、あたりはえもいわれぬなにかを感じさせている。


 一歩も動くこともできず、ただ岩場に陰に隠れたまま数分が過ぎて。

 少し前から右肘に感じているこの違和感、これは……。


 首1つすら動かすことのできないこの状況で、俺はミアさんの言葉が必死に思い出す。

『ゆっくりと潰す限りは、強酸スライムは暴れたりしないから大丈夫だよ! だから、そんなときこそ心を落ち着けて冷静に。何度でもいい、失敗したって諦めずに核を潰すんだ!』


 そう、俺の右肘はいつのまにか強酸スライムらしきものにつつみ込まれていたんだ……。

 

 ミアさんの言葉の1つ、心を落ち着けて冷静になれ……か。

 ふと、日本にいたころの就活の失敗が思いおこされる。あのとき、もう少し冷静になって事前に連絡を入れられてさえいれば……。


 いや、そうではない、あれはあのときの俺ができた精一杯だったし、まして女性を助けたことに後悔などしてはいないはずで。

 だけど、心の中では情けないことに今でも失敗と思ってしまっているのだろうか。


 失敗したくなかった。ただ負けたくないって、ふと思ってしまったんだよな。

 俺は手に力をグッと入れると、ゆっくりと、そして、冷静に何度だって諦めずに核を潰す、そんなミアさんの言葉を心中繰り返しながら、強酸スライムの処理にあたることを決心した。


 失敗すればあたりに撒き散らされる強酸は俺のみならず、マリーナさん、ミアさん、シルさん、メイさんをも溶かし殺してしまうだろう。

 俺はそんなのは嫌だったし、なによりそんな結末は許せなかった。

 

 だから、少しずつ。少しずつ沈みこませるように右肘をスライムの核に当たればと願いなら押し込んでいく。

 俺の右肘は確かにスライムの体を大きくえぐるが、その甲斐もなくスライムは、なおも、その動きを止めることはない。

 軟体動物だからだろう、核を明確に潰さない限りは、永久に動き続けるのだろう、それは、異世界だから存在することのできる一種の怪物とでもいえばいいだろうか。

 

 だが、俺にも失敗は許されなかったし、一度の試みで諦めるつもりもなかった。

 そう、何度でも、だ!

 決意を新たに俺は再度右肘を後方に倒すとスライムの核が潰れてくれと祈りながら、ゆっくりと沈みこませる。


 今度こそ!?

 ダメだった。スライムの動きは依然として活発で、まるでその動きを止めることをしない。

 くそっ。どうしたらいいんだ!


 いや、ここで焦るわけにはいかない。

 俺には日本にいたころにはなかったもの、そうチートスキルがあるはずだ。

 チートのおかげだろうか、少し本当の意味で冷静になった俺は、自分の身のことばかりを考えて、この強酸スライムが複数匹いる可能性に初めて思い至らせる。

 みんなは無事だろうか。

 今は誰も、大きな身動きを取ることができない。ならば……。

 

 スキル、大聴力だ!

 俺は自分を中心にして、周りの音をもれこぼさずに拾ってゆく。

 

 マリーナさん、ミラさん、シルさん、メイさんの息遣いが入り乱れては聞こえてくる。

 そして、俺の聴力はその心音すらも聴ききのがさない。


 うん?

 マリーナさんだけ妙にばくばくと心音が激しくないか?

 いや、答えはここにきて初めて明確な彩りを見せていた。

 マリーナさんのふだんよりも少しだけ荒い息づいかいはすぐ俺のうしろから聴こえてくる。

 そう、マリーナさんに目には俺の腕をつつみこむ強酸スライムが見えてしまっているんだ。


 俺が強酸スライムを殺せない場合、マリーナさんの心音の激しさからみて、次は間違いなくふだんの冷静さを失い爆発してまうだろう。

 そう、それは恐怖からくる俺の心音の激しさと似かよっていて、ここにきて俺の聴力はやけに鼓動の早い俺とマリーナさんの心音が、まさしく同じテンポを刻んでいることを俺自身にも知らしめてしまう。

 

 次はもう失敗できない。マリーナさんもだが、おそらくは、俺ももう冷静ではいられないかもしれない。

 ミアさんの言葉がふと思い出される。

 冷静に、そして、落ち着いて、何度でも。


 俺は強酸スライムを倒すべく右腕を少しずつ少しずつ沈みこませようとして……。

 タイミングが最悪を極めていた。

 遠くからこちらに向かってなにかが羽ばたいて近づいてくる。

 ミアさんが小さな声で警告する。


「ワイバーンが来てます!」


 バサッ バサッ バサッ

 俺のすぐ目の前3メートルもない距離に、巨大なワイバーンが着地した。

 その全長は10メートルを超えている。声も出ないとはこのことだろう。その口はたやすく俺などは飲み込んでしまうだろう。

 

 前方のワイバーン。後方の強酸スライム。

 だが、隠れている俺たちはワイバーンに見つかってはいない、不幸中の幸いだろうか。

 とはいえ、もうこれ以上、スライムを放っておくわけにもいかない。


 俺は今度こそと、右腕を強酸スライムめがけて右肘を強く押し込んだ。

 そう、ミアさんはスライムを倒すときに、スライムの核が確実に潰れるまでゆっくりと押しきっていた。


 答えは最初から明らかで、ただ単純に強酸スライムの怖さに身がすくんだ俺が、強く腕を押し切れていないだけ、ただそれだけの理由で。

 本当に情けない話だよね。笑ってくれてもいい。


 だけど、だからこそ俺が次に押し込んだ右肘の踏み込みは力強く、それでいてゆっくりともしている。自分でいうのもなんだけど絶妙だった。

 強くグッと、腕をスライムに沈みこませる。

 ここまでの沈み込みじゃあ、さっきまでと一緒だ。

 そして、恐怖に負けてここで腕が止まってしまうようでは、異世界にきた俺は少しも成長していないことになってしまう。

 もっとだ、勇気よ、頼むから出てきてくれ!

 

 ググググニィ


 初めて確かな感触を感じる。深く沈みこんだまま、スライムはもう動かないかに思われた。

 だけど、それは俺の腕を沈みこませた反動で急に跳ね返ってきた。

 まだ生きてるっ!? しまった。強酸が拡散する!

 俺はもう自分の両手を犠牲にしてでも強酸が拡散する前に自分の体ですべて受け止めようとして。

 うしろを振り向いて確認する間もなく、一目散に手を出すととためらうことなく両の手でスライムを鷲掴みにした。


「キャアアアアアアアアアア」

「真斗さんはさっきからエッチさんですー!」


 マリーナさんの悲鳴だ。まだ生きている。

 いや、違ったんだ。これはそもそもそうゆう問題ではなかった。確かに俺はなけなしの勇気をはたいて掴んだんだけど。

 それは強酸スライムなんかじゃなくってマリーナさんの右胸で……。


 くっ。なんて情けないことをする俺の両腕だろうか。

 俺はちょっと自分の両手を叱りつけるように睨みつけて現実逃避をする。

 そんな俺の意に反して、脂汗は止まらない。

 

 マリーナさんはずっとワイバーンに襲われるからって我慢してくれてたんだろうか。

 本当に悪いことをした。

 涙目のマリーナさんに見つめられる俺。

 そうして、謝る暇もなく、マリーナさんの悲鳴に反応したワイバーンは俺たちに気づいてしまって、威嚇するような大きな唸り声をあたり一面に響き渡らせた。


「ギャオオオオオオオオ!!!」

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