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幽霊に恋した透明人間  作者: 君名 言葉
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第六章 終い

「いやあ、一杯取れたねえ」

 祭りからの帰り道、幽霊に戻った僕は、雪野さんと射的の話をしながら歩いていた。


「でも、本当にびっくりしたよ。蓮くんに、そんな才能があるとはね」


 高校生くらいの男の人に乗り移った僕は、なぜか、射的が、気持ち悪いほど上手だった。

 いつもパソコンでやっていた、シューティングゲームが役に立ったのかもしれない。

 景品の最新ゲーム機を手に持った状態でベンチに座って、僕が幽霊に戻った時の、彼の驚いた顔は、一生忘れられないだろう。


 1200円が財布から消えて、50000円近くするゲーム機を自分が持っている。という状況だったら、誰でもあんな顔をするに決まっている。

 そして、それを見て、雪野さんと2人で笑いあったのだ。


「うん。楽しかったよ。ありがとう」

「どういたしまして」


 僕らは、いつもの廃工場に向かっていた。

 祭り会場はからは少し遠いが、まだあの賑やかな喧噪が少し聞こえる。

 明るい場所から暗い場所に足を運ぶというのは、無に帰るような気持ちだ。


 歩いていると、僕の死んだ細い路地が近づいていた。

 この雰囲気を壊したくはなかったので、何も気にせず、通り過ぎるつもりだった。


 しかし、だ。


 コツ…………コツ…………


 ゆっくりと誰かの足音が聞こえる。

 どこかで聞いたことのある、低くて嫌な音。その音は僕の心臓を重く揺さぶる。


 妙な胸騒ぎがした。


 まさか、また誰かが、この路地を通ろうとしているのか?

 雪野さんの時のように。


 それとも……?


 信じたくはない。でも、通り魔の可能性も、否定はできない。

 それに、僕は、探していたんだ。通り魔を。そうすれば、未練はなくなるじゃないか。

 でも、そうすれば、雪野さんとは……


 その時、僕は誰かに乗り移って殺してしまうだろう。

 彼女の前で、そんな真似はしたくなかった。それでも仕方がなかった。


「蓮くん。ちょっと見るだけにしよう」


 僕は頷いた。雪野さんは状況を完全に理解している。

 そして緊張しているのは、彼女も一緒のようだった。


 2人で、こっそりと路地を覗いた。

 どうせ僕らは見えないんだから、堂々とすればいいのだけれど、やっぱり、怖かったのかもしれない。色んなことが。


 そこには、不安定な足取り、そして、ゆっくり歩く、バッグを片手に持つ、男がいた。

 暗いのでよく見えないが、どうやら、制服のようなものを着ているみたいだった。


 だけど、僕には、その背中になぜか見覚えがあるような気がした。


 よく思い出せない。

 こめかみが痛む。

 まただ。脳が、思い出すことを拒否してるみたいだ。


 すると、その男は、少し立ち止まって、何かをバッグから取り出した。

 よく見ると、その男の前には、誰かが歩いているように見える。


 まさか。


「蓮くん。あれ……」

 顔の強張った彼女が言う。


「分かってるよ。本当は、あの男本人に乗り移れればいいんだけど、距離が遠すぎる」


 あれが通り魔かもしれないと、彼女の顔に書いてあった。

 しかし、今はどうすることもできない。

 周りに人はいない。乗り移ることは不可能だ。

 あの男が通り魔かどうかもわからない。


「今は何も……できない……」


「あ!」


 突如として、男は、急に、走り出した。

 何の前触れも、予兆もなく、ただ唐突に。

 その様子を見て、僕の背中に、嫌な汗が流れる。


 あの走るときの靴の不規則な音。

 聞き覚えがある。


 間違いない。

 あれは。

 あの男は。

 僕を殺した、


 通り魔だ。



「蓮くん!止めないと!」


 そんな事とっくに知ってる。

 でも、僕には止める手段がない。

 どうすれば? ただ見ているだけで終わり?

 考えるのすらも気持ち悪かった。


「そんなこと言ってもっ! もう止める方法はっ!」


 もう、追いつける距離じゃない。

 受け入れたくはない事実だった。


「私に」


「え?」


「私に乗り移って」

「雪野さんに?!」

「もう、それしか方法がない」

「でも、透明人間に乗り移れるかどうかなんて……」

「いいから早く!」


 考えたこともなかった。


 考えたくもなかった。


 彼女の体で人を殺すなんて。


 でも、今だけは、やるしかない。


 僕は、無心でこめかみに意識を集中させる。

 彼女の体に、僕は吸い込まれる。

 気が付いた時には、もう走り出していた。

 背中を追いかける。


 あれが。

 もしも通り魔だったとしたら。


 走る途中、男が立ち止まっていたところに、包丁が落ちていた。

 なぜ、こんなところに、都合よく、包丁が落ちているのか。僕には分かる。

 僕が殺された時も、通り魔は連続殺人の暗示のように、包丁を残していった。

 きっと、なにかのメッセージとして使っているのだ。


 もう、疑いは、確信へと変わっていた。


 何も考えず、包丁を拾い、全力で走る。


 彼女の体は、驚くほど身軽で、速かった。


 男の背中は、もう、すぐ目の前だった。


 これ以上、犠牲者を出すわけにはいかない。


 そして、僕の未練を捨てるために。


 僕は、この男を殺すしかないんだ。



 ほんの、一瞬だった。



 突き出した刃が、男の背中に触れたかと思うと、その場で男は倒れこんだ。


 辺りには、血溜まりができていた。


 前方にいた女性は、悲鳴を上げ、闇に包まれた道の先へと逃げて行った。


 やったんだ……


 遂に……僕は……


 はあっ、はあっ。


 ふと、ここで、何かが引っ掛かった。


 この制服。何か見覚えがある。

 それに、このバッグ。

 昔、僕が使っていたものと同じだ。


 そして、この路地は、僕が死んだ場所だった。



 え……………?



 嫌な考えが、頭をよぎる。

 いや、まさか、そんなわけ……


 僕はしゃがんで、男の顔を見た。


 僕そっくりだった。


 そんな、まさか、僕が生きているわけがない。

 すごく似ているとか、ただそれだけだ。

 だって、僕は、2年前に、通り魔に包丁で刺され……


 自分の手には、包丁がある。そして、この体は、雪野さんのものだ。

 雪野さんは、無意識のうちに、人を殺して、その時の記憶はないと言っていた。


 脳に電気が走るように、記憶が次々と、映像になって表示される。


 ◆


 あの日、僕が死んだ日、僕は自殺しようとしていた。

 もう人生に疲れたって。生きてる意味なんてないんだって。


 そして、その日の朝、包丁をバッグに入れて僕は家を出たんだ。


 学校に行くつもりはなかった。でも、体は勝手に学校へ行くように動いた。

 塾にまで行って、いつも通りの日常だった。

 いつ死ぬかずっと考えていた、帰り道の細い路地でだった。

 ふと、上を見上げると、満天の星空があった。

 あそこにある星は、何の意味もなく、光り輝いている。

 それを見て、小さいことを気にして生きる自分がすごく小さいものに見えたんだ。


 自殺なんて馬鹿馬鹿しいと、包丁を捨てた。


 肩の荷が下りたように、体が軽くなって、思わず走り出した。


 ◆


 思い出したこと全てが、今のこの男の行動と重なっていた。


 いつの間にか、僕は、彼女の体から抜け出して、幽霊に戻っていた。

 時が止まったように、動けなかった。


「な、な、な……」

「あれ? 蓮くん?」

 彼女は、目の前の死んだ僕を見ながら言う。

「どうしたの?」


 彼女は、目の前で人が死んでいること以外、何も知らない。

 むしろ、知らなくてよかった。

「ねえ? どうしたの? 顔が真っ青だよ?!」

 それから死体の方に目を向け、ひどく恐れおののいた顔をした。

「どういうこと? 私が……殺したの……?」


 やっぱり、そうだったんだ。

 彼女は、人を殺した罰で、人からは見えない透明人間になった。

 でも、その体に乗り移っていたのは、僕だった。

 つまり、だ。



『僕は僕を殺したんだ』



 じゃあ一体、僕は誰だ?

 僕は何なんだ?

 殺されたんじゃないのか?

 幽霊じゃないのか?


 今、ここにいる僕は……?


「あ、蓮くん、体が……」

 雪乃さんが僕の体を指した。

 僕の体が淡く、薄い緑色に光っていた。

 そして、空に向かって、少しづつ体が浮いていく。


 歴史は、繰り返すのか。


「ありがとう。雪野さん、もう未練はないよ」

「蓮くん……」


 僕は目をつぶった。


 世界は、こうして巡るのか。


 本当の自分を、殺してまで


 紛れもない真実を、隠してまで


 それでも、生きなきゃいけないんだ。


 目から涙が零れおちる。幽霊でも、泣けるんだな。


 遥か上空で、花火が上がった。


 綺麗な花火も、いつかは消える。


 だから、僕もいつか消えなきゃいけない。


 それが、今日だっただけなんだ。


「もうすぐ、雪野さんの記憶は、なくなるんだと思う。次に生まれ変わったら……また会おう」


「よくわかんないけど、これでお終いなんだね……」


「ああ、終いだよ」

 そして、最後に、彼女は少し笑った。

 僕もつられて口角を上げた。


 例え、あと何度同じことが繰り返されようとも。


 僕はこの景色を見て、きっと最後には笑ってしまうだろう。


 そう思った僕が見つめる先には、満天の星空が煌々と輝いていた。


 終わり

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