第九話 「黒い夢」
俺は、とある道路を歩いているようだ。
俺は道路を渡る。まだ、信号は赤信号だってのに……
人通りの少ない道だった、それだけで、俺は安心してしまっていた。
「浩介!」
ドン!と、後ろから何かに強い力で押される。
「イタッ!」
俺はその力のせいで3,4mふっ飛ばされた。そしてすぐに起き上がって振り返った俺の視線の先、そこにあったのは、唯一親しかった人の亡骸――――――――――――――――――
「うわぁ!」
目を覚ますと、いつもの朝と同様、俺はベッドの中にいた。時計を見ると、まだ夜中の1時だ。外は暗い。
「はぁ、はぁ。夢か……」
熱を出した状態で寝ると人は悪夢を見る、て聞いたことあるな。あれって本当だったんだな……
「クソッ……1日の始まりからいきなりあんな昔のことの夢を見るなんてよ……」
別に忘れたい過去ではない。いや、忘れてはいけない俺の過去。
「だからって、いきなり夢に出てこられても、きついだけだっつの。畜生、寝てたのに疲労は10kmマラソンより激しいな……」
かといって、もう一回寝てまたあの夢をみるのは嫌だ。またあの夢をみて、今日1日を普通に過ごせることは、多分俺にはできない。俺にそんな精神力はない。
「……朝食、なんか適当に手の込んだものでも作るか。」
着替えを済ませ、1階に降りようとする。その際、俺の体は非常に重かった。まるで全身が鉄になったみたいな感じだ。荒神 浩介、目を覚ますとサイボーグになってましたってか、ははは、笑えねえ……
「……お父さん、やめて……やめて、お父さん!いやぁ!お母さん!」
そんな声が聞こえてきた。声が聞こえてきたのは、亜衣の部屋から。心の中に凄い不安がつのる。
「亜衣!大丈夫か!?」
俺はすぐに亜衣の部屋に入った。亜衣は、とても息を荒くして苦しそうにしている。
「おい、亜衣!!しっかりしろ!!1回目ぇ覚ませ!!」
亜衣に近づいて、必死に体を揺さぶった。悪夢を見ながら寝るくらいなら、いっそ起きたほうがましだろう。
「はぁ、はぁ……浩介、くん……?」
よかった、さっさと目を覚ましてくれたようだ。
「大丈夫か?かなりうなされてたみたいだが。」
「う、うん……もう、平気だよ……」
そうは言ってるが顔はまだ赤いし、息も荒い。とても平気そうには見えない。
「悪い夢でもみたのか?」
「うん……昔のこと、夢に見て……」
やっぱり、亜衣も俺と同じく、何かつらい過去があったんだろう。
「どんな夢だったんだ?」
「……ゴメン……今はまだ話せない。」
誰にだって、話したくない過去の1つ2つくらいは持ち合わせている。俺にだって、人に話したくない過去をもっている。だからこそわかる、亜衣のつらさが。
「わかった。じゃあ、話せるようになったらでいい、話してくれ。俺も、力になるからさ。」
それから亜衣の頭につけてあった熱冷まシートを新しいものに張り替えた。それを終えると、「じゃあな」といいながら部屋を出ようとした。
「あの、浩介くん……1つ、お願いがあるんだけど、いい?」
ドアノブに手をかけたとき、亜衣が俺に話し掛けてきた。
「ん、なんだ?」
「……眠れるまで、手、握っててくれない?」
……なんというか、小さい子供がするようなお願いだな。
「OKOK。握っててやるから安心して寝ろ。」
もう一度亜衣に近づき、差し出された手を握ってやる。しばらくしたら、亜衣はすやすやと眠りについた。
その表情はとても幸せそうで、なんというか、満たされた表情、とでも言うべきかな?まあ、そんな感じの表情になっていた。
「どうやら、悪夢は見てないみたいだな。」
亜衣が寝てからも、俺は手を握り続けてやった。しばらくすると、俺もまた、そのまま眠りに落ちてしまった。
「ん……あれ?」
気づけば、俺はベッドの中にいる。ちなみに、俺の部屋の、な。しかし、手には何かを握っている感触がある。
まさか……
「ん……」
……
硬直時間、若干数分。
まあ待て、俺。状況を冷静にまとめろ、焦るんじゃないぞ、素数を数えて落ち着くんだ。1,3,5,7,9……おい俺、9は素数じゃないぞ!ホントに落ち着け!
「ふ、ふにゅ?え、あれ、浩介くん!え、なんで……」
うわぁ、どうしよう!亜衣が起きちまった!
「ま、待て、亜衣!落ち着け、あわてるんじゃないぞ、素数を数えて落ち着くんだ!」
「う、うん、わかった!1,3,5,7,9……あ、違う!9は素数じゃないよ!」
すごい、俺と全く同じあわて方だ。
「ま、まあとりあえず降りろ。話はそれからだ。」
「う、うん、わかった。」
とりあえずさっさとベッドから出ることに。ひとまず心を落ち着かせるための深呼吸。
すぅ〜、はぁ〜。
気持ちを落ち着かせたところで、改めて本題へ。
「なんで俺ら二人が俺のベッドで寝てたんだ?」
「……さあ、わかんない。でも、手は握ったままだったみたいだよ?」
確かにさっき手は離していなかった。つまり、俺たちは自分の意思では移動していないはずだ。
…………
俺の中でひとつの方程式が解けた。
「お・や・じ〜〜!!」
俺は自慢の足で一気に階段を降りていく。こんなことをする人間は一人しかいない!親父、その人のみだ!
「なに〜、浩介君?呼んだかな〜?へぶっ!!」
毎度おなじみ鉄拳制裁。こいつは、一体いつになったらまともな人間になってくれるんだろう?もはやここまできたらまともな人間には戻れないか。
「お前、飯抜き。」
それだけ言い放ち、俺は二階へ戻っていった。
「……36・2℃か。かなり下がったな、俺。」
再び一階に降りて熱を測ってみると、もうほとんど熱も収まっている。やるな、俺の体の超回復力。
「亜衣におかゆを作って、俺はトーストにでもするかな。親父は、今日捨てる予定だった魚の骨でも食わすかな。」
それぞれの朝食を作って、全員が食事を終えた後、俺は亜衣の熱を測った。
「よし、計れたな。えっと、38・9℃か。今日は学校休まないとな。」
「……学園に行っちゃダメ?」
「当然だろ。今日は休み。」
それだけ言って、俺はもう一度1階に降りた。亜衣が休むこと、学園に連絡しないとな。
「はい。そういうことで、広瀬亜衣は今日欠席します。」
へぇ、珍しい。親父が学園に連絡入れてくれるみたいだ。
「はい、亜衣ちゃんの欠席については連絡し終わったよ。さあ、浩介君は学園に行ってらっしゃい♪」
「ああ、そのことなんだがよ、俺も休ませてもらえねえか?」
「え?なんで?」
わかりきったことを聞くな、親父。亜衣が心配だからに決まってんだろ?
「親父も仕事に行かなきゃいけないんだから、誰か一人残って看病してやらないと……」
親父なら別にいい、といってくれると思っていた。しかし、その予想はたやすく裏切られた。
「それはダメだね。浩介君、学生は勉強が仕事なんだ。それをサボるわけにはいかないよ。」
「!?……お前、そんなこと今はどうだっていいだろ?39℃近く熱があるんだぞ、あいつ。」
必死になって親父に意見する。しかし、親父はその意見を聞こうともしない。親父は、俺のポケットに手を突っ込んだ。
「家に入れないように、これは預かっておくよ。」
ポケットから、俺のピッキングセットが取られた。そのまま親父は俺をかばんと一緒に家の外へ放り出した。
「野郎……ふざけやがって!!」
ガン、と車を思い切り決ってやった。なんだ、朝飯を昨日の魚の背骨にしたことをそんなに怒ってるのか!?
こんなことをしていても気が晴れるわけはない、だがどうしても当たらずにいられなかった。
「くそっ!ピッキングセットは取り上げられたし、どうするかな……ん?」
2階の俺の部屋の窓が空いている。その窓の横には、水を通すための細いパイプがある。
「これだ!……よし!」
パイプに足をかけ、それをよじ登っていく。昔、学校の屋上までこれと同じ方法で上っていたのを思い出した。
「よし、到着!」
静かに自分の部屋に入り込むと、そのまま窓を閉める。親父が家を出るのを見計らって部屋を出ようとした。その前に、俺は机の上にある紙に視線が言った。
「……なんだ、あれ?……ん?」
手紙だった。中身にはこうかかれてあった、「親の言う事聞かないと、あとでお仕置きがあるよ。それでもいいなら、休みなさい。」と。
まったく、あいつの考えることはよくわからない。
「まあ、後でお仕置き覚悟しとくか。」
紙をゴミ箱に捨て、亜衣の部屋に入った。
「え、あれ、浩介くん!?学園、行かなくていいの?」
「お前の看病のほうが大事だ。お前、ほっとくとなにしでかすかわかんないから。」
とにかく、亜衣を寝かし、再び熱冷まシートを張り替え、氷枕を新しいものにかえる。人の看病って、案外大変だった。
しかし、今日一日をその看病に使ってみると、どことなく気分がよくなった。人のために何かをする、それは自分の利益になる、ならないだけではあらわせない、何か大切なものをえることができるようだ。
続く