世界が終わる、その朝に~禍の角~
ふと思いついた話です。
時系列上は超絶隣人ツノガーZ (カッコカリ)と同じ2日間をメインにした話になります。
どうやらうちの家族は変わっているらしい、と知ったのは、小学校に通うようになってからだった。
授業参観には姉が来たし、卒業式にも姉が来てくれた。
他の子はお父さんやお母さん、あるいはおじいさんおばあさんが来ていて、姉が来る我が家は少数派なのだと知った。
姉の立ち居振る舞いも奇妙なのだと分かった。
いつも黒を基調としたふわふわのドレスを身にまとい、しかもそれが随分と似合っていた。ぶっちゃけて言えば彼女は美しかった。この世の者とは思えないほどに。
そして何よりおかしいのは、うちはとても裕福なんだ、という事だった。
姉は働いている様子もないのにお金に困る様子はなかった。いつもパソコンに向かって絵を描いたりゲームをしたりSNSで呟いたりしているばかりなのにどうやって稼いでいたのだろうか。
うちには姉と僕しかいない。
姉が僕を育てた。
彼女は何でも知っていた。ハンニバルのアルプス越えを見てきたように語ったし、ブラックホールの量子論的挙動について論文が書けるほどの見識も持っていた。
これだけ条件が揃えば、姉は随分変な人なのだという印象を持たれるかもしれない。実際変人ではあるんだけれど、僕にとって彼女は家族であってそれ以上でもそれ以下でもなかった。
これはそんな姉と僕との間に起きた、ちょっとした事件の物語だ。
その日、姉はいつものようにパソコンに向かい、ペンタブで絵を描いていた。
姉はいわゆる神絵師という生物なのはここ最近で理解していたけれど、それで商売をしている様子もない。
「姉さん、ごはんだよ」
「おう、そこ置いとけ」
姉はやたらめったら伝法な口調で話す。
相手が誰だろうとこんな様子だ。
「何描いてるの?」
「うん?そーだなあ。人生?」
じ、人生?
「萌え絵ってーのは不思議なもんでな。
こーんな平面に記号みてーな目や口や書き込んでるだけで、膨大な情報を保存できるのよ。読み取れるかどうかは見る奴次第だけどな。
こりゃ一種の高度に進歩した情報圧縮法だぜ。私はそれに惚れこんでんだよ」
「絵って記録するものじゃないの?それなら写真だってそうだよ?」
「あー。そっからか。写真ってーのは光学的な情報を、ある瞬間に限って切り取ったもんだろ?」
「うん」
「それと絵は違うんだよなあ。例えばこれ見てみ」
姉は顔文字を入力。
( ゜Д゜)
「何に見える?」
「目が点になって口がぽかーんと開いてる顔だね」
「こんなドットの羅列でそこまで読み取れるわけだ」
「うん」
「私が書いてるのはそれをさらに進歩させたもの……って事になるのかねえ。私が今までたどってきた人生と、これからたどるであろう人生、ひょっとしたらその道から零れ落ちて零落していくかもしれない人生、全部詰め込んだ絵を描きてえのよ」
「……これ姉さんなの?」
どう見ても2体の怪物―――天使と悪魔をモチーフにしたものの戦いにしか見えない。
「おう。そうだぞ。姉ちゃんは実は魔神なんだぞ」
「その割に小さいねえ」
姉さんの身長は先日、僕が追い越してしまった。
「うっせ。まあそんなわけで、今私の人生最大の作品を描いてるとこなんだ。明日までに間に合わせなきゃいけねえんでな。さあ散った散った」
「はいはーい」
熱が出た。
「ったく、世話の焼ける奴だなあお前」
布団にくるまって寝込んでいる僕を、姉が看病してくれている。
「今日で最後だってーのに」
「最後ってなにさ」
「この世」
へ?
「あー。忘れろ。なし。今のなし」
「あのー、熱で耳がおかしくなったのかな僕」
「おかしくはなってねえよ。……まぁ最後だからいいか。ほら腕出せ」
言われるまま、僕は腕を出した。
ぐさっ
「いたっ!?」
「…ぷはっ。我慢しろ、男だろ」
見れば、姉が僕の腕に噛みついたようだ。その口からは尖った牙が伸びている。
「姉さんなにそれ」
「あん?量子機械を注入…あー。まあいい。要するに魔法だ魔法。魔神だって言ったろ?」
「魔法って姉さん……あれ?」
けだるさがない。熱っぽくもないし。
「ったくよぅ。今日はあたしの大作が完成するはずの日だったんだぜ」
「ごめんなさい……」
「まぁいいさ。時間切れだ。
……ちょっと来い。お前に見せたいものがある」
「え?いいけどさ。なんか治っちゃったし」
よくわからないまま姉に引きずられていったのは、家のベランダ。
僕の部屋は2階にある。姉の部屋も。
まだ早朝、薄暗い空。
それを背に、姉はベランダの手すりの上に飛び乗った。
「危ないよ」
「危なくねえよ。私は不死身だからな」
姉の黄金の髪が、黎明の中で輝いた。
その背後―――何か大きなものが、せり上がってくる。
「エリゴール―――昔、中東で出会った人間の王は、私の事をそう呼んだよ」
漆黒に彩られたその巨体。
鋼鉄で出来た16枚の翼はまるで刃のよう。
手には二股の槍を持ち、細身ながらも完成された武器のようなその姿は。
確かに魔神だった。
高層ビルほどもある巨大な悪魔が、僕を見下ろしている。
「お別れだ―――別に私が手ぇ出す必要はないんだけどな。けど、見届けたいんだよ。私たちの願いの、その成就を」
「なにを、言って……」
「まぁ、ねぇとは思うが、失敗した時のために言っておく。
私の財産は全部お前にやる。この国の国家予算くらいの量は隠してある。家の中にヒントは残してるから、自分で探せ。
あぁ、そうそう。後このサイバネティクス連結体―――今お前と話してるこの体だがな。もう使わないから、これもお前にやる。好きに使え。―――つーてもこんなもん貰っても困るか。けど、いちおー、この星の科学を超越した代物だ。解析すりゃひと財産じゃすまねぇと思う」
「ねえ、さん……?」
「じゃあな。達者でな」
姉は、姉さんは、それだけ言うと、そのまま後ろに―――ベランダから落ちた。背中から。
同時に魔神は飛び上がったけど、そんなもの僕は見ちゃいなかった。
「姉さん――――――!?」
結局、その日に世界は終わらなかった。
ベランダから落ちた姉の体に僕はパニックになり、救急車を呼び―――困惑する結果を告げられた。
あれは人間によく似た作り物だった。信じられない事に。
それがまるで生きた人間のように喋り、動き、そして僕を養っていた。
姉がベランダから落ちる直前に言っていたことを思い出す。この体をやる、と。彼女は言っていた。
僕の姉を演じていたあの魔神は去ったのだ。
ただ、ニュースでとんでもないものを見た。
何百という巨大ロボットが、阪神間で争い、そして姿を消したこと。
あの中に、姉もいたのだろうか。
分からない。
ただ、姉の体が動く事も、あの魔神が戻ってくることも、その後1度もなかった。
世界が終わらなかったから、きっと姉は失敗したのだろう。
だから僕は、姉の遺したものを探した。
それはそれでちょっとした冒険だったけれど、その甲斐はあった。
飽きれた事に、本当に凄い額の財宝が出てくる出てくる。
生涯使い切れないほどの額のお宝が、たっぷりと手に入ってしまった。さすが魔神、というべきなのか。
その財産で、僕は進学した。最高の学識を身に着け、姉の体を調べるために。
せっかく姉が残してくれたものを、人に任せる気にはならなかったのだ。
姉の体は、姉の部屋の真ん中に座らせている。
たまった埃を払い、時々服を着替えさせて。
そして僕は、時々姉が描きかけたまま残していった絵を眺める。
結局、僕には彼女の人生がさっぱり分からなかった。ひょっとしたらそれは絵が未完成なせいかもしれないけれど。
あの日から1年が経った今日も、僕は姉の体の手入れをするつもりで家に帰ってきた。
コトッ
玄関を開けた時、そんな物音がはっきりとした。
「―――!?」
僕は、バクバクと脈動する心臓を抑えながら、急いで階段を駆け上がった。
そうだ、きっと何か落ちた音だ、期待してもダメだ、ずっと裏切られて来たじゃないか、期待に。
コトン
また物音。
姉の部屋の扉に手をかけ、開き―――
「―――なんだ、まだバラしてなかったのか。まぁおかげで、新しいのを作らなくて済んだからいいか。結構面倒なんだよ、サイバネティクス連結体を作るの」
「ねえ、さん……」
「なんだ泣きそうな面して。……悪かったよ泣くなよ。泣き顔苦手なんだよ知ってるだろ?」
「姉さん、なんだよね?ほんものだよね?」
「あぁ、本物だとも。お前の姉ちゃんだよ。間違いなく」
「姉さん……姉さん!」
「おぉよしよし、だから泣くなって。な?大丈夫だ。角禍のクソ野郎が銀河諸種族連合と話つけたからな。今後200年間、地球から出ないことを条件に無罪放免だ。まあ実質軟禁だがな、私らにとっちゃ」
「もう、どこも行ったりしないよね?」
「少なくともお前の寿命が尽きるまではこの星にいるよ。約束してやる」
「よかった……よかったよぉ……」
「ほんっと、お前シスコンだなぁ……」
「そんなんじゃないよ……
その角禍、っていう人、感謝してもし足りないよ……」
「あー……あれは人じゃねえんだけどな、私の同類だよ。機械生命体群、地球人はリオコルノって呼んでるのか。それだよ。あいつの外見が名前になっちまってるのが釈然としねえが……まぁ、ともかくだ」
「ただいま」
「おかえりなさい……」
その日も、次の日も、次の次の日も、世界は至極普通に続いていた。
一発ネタ。
前々から書くぞ書くぞ詐欺してるおねショタとはまた違う話ですがいかがだったでしょうか。
感想をいただけると作者が泣いて喜びます。
以下おまけ
Q.エリゴールって何者?
A.超絶隣人ツノガーZ (カッコカリ)で出て来たナナシと同型の個体です。区分上は襲撃型指揮個体になります。銃剣付きの大出力レーザー砲を装備し、大型の放熱器も積んでいることから突撃型よりも遠距離戦闘と継戦能力に優れますが戦艦ほどではありません。