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チャプター8

〜ヴォーデン街道〜



 野盗一味を撃退した一行は、街道を気ままに北上していた。

 あの後、ゲートムント達の手によって身ぐるみを剥がされた一味は、用意していた荒縄で縛られ、それぞれ離れた位置に捨て置かれた。今晩立ち寄る予定になっている、レーベンシュタットの村にたどり着いたところで、村の警邏隊に通報するのである。しっかりと体力を奪い、しっかりと気絶させてあるので、警邏隊が連行するまでに逃げられる心配もない。

 旅慣れた二人は、こういう事もあるかと、つねに悪党を縛るための縄を携行するようにしていた。まさか、初日で使う羽目になるとは思っていなかったが。

「それにしても、あいつらてんで弱かったな。せっかく修行したのに、実力を見せつける機会がありゃしねーったら」

「まあまあ。俺たちの能力なんて、いらないほうが平和なんだから。修行の成果を見せなきゃならないって事は、それだけ危険な相手だって事なんだし、いい事だよ」

 相手の弱さにがっかりといった様子のゲートムントを、ツァイネがなだめる。エルリッヒにカッコイイところを見せられなかったのは残念だが、容易く勝てるのならそれに越した事はない。

「それにしても、エルちゃんも無事でよかったよ」

「ほんとだよな。もしあの時何かあったら、俺達今頃こんな話してられねーわ」

「二人とも大げさだなぁ。見たとこあのナイフはなまくらだったし、あの子分もすごく弱かったし、怪我をする要素なんてどこにもなかったんだから。あ、でも、もしあの時私の服がビリビリにされてたら、二人はどうしてた?」

 さらりと、ドキッとするような事を口にした。顔は穏やかだが、内心は分からない。二人は下心を試されているような気になり、返答に窮してしまった。

 そして、ようやく出した返答は、

「そ、そりゃあ怒ったさ!」

 実に無難なものだった。そこへすかさずゲートムントのツッコミが入る。

「だよなぁ。でもお前、本当は嬉しいんじゃねーの? そういう事態になったら」

「な! 何を言うのさ!」

 思わぬ攻撃に、慌てふためくツァイネ。その様が、とてもかわいい。

「そんな事ないに決まってるでしょ!」

「本当か? 俺だったら嬉しいね。身の安全さえ保障されてりゃそれでいいんだし、最後にゃ勝ちゃ全て帳消しよ。お前も素直に認めちゃえよ。な?」

 つい、口が滑った。ここは嘘をついてでも紳士を貫かねばならぬ場面だったのに。ゲートムントの誘導尋問に、最後は否定しなかったツァイネも、同じだった。嘘をつき続けるのは難しい。

「へ〜、やっぱそうなんだ〜。ふ〜ん。二人とも、本人を前にいい度胸だね♪ はい、そこに直って」

 にっこりと笑った次の瞬間、地鳴りがするほどの激しい平手打ちが二人を襲った。




「いってぇ!!」

 馬車内に、ゲートムントの絶叫がこだまする。

「ま、まあまあ。つい口が滑っちゃった俺たちが悪いんだし。いててー」

 なだめようとするツァイネも頰が赤く腫れている。決してゲートムントの事を笑えないのだった。

「まーったく、これだから男ってのは」

 呆れた様子も、心から呆れているわけでも嫌がっているわけでもなかった。所詮人間の男というのはこういう生き物なのだ。それを、長い人生で思い知っていた。まさしく型通りである。

「こっちは男二人と旅してるんだから、下心を持たれちゃ心配でならないよ」

「いや、それはわかるけどさ。誘ったのはエルちゃんだし、信頼されてると思ってるわけだし……」

「俺逹にそれはちょっと酷だよー。でも、今までなんともなかったでしょ? 俺達だって俺達なりに気遣ってるんだから」

 言われてみればそうなのだ。それを分かっているからこそ、本気で怒ったりはしない。先ほどの平手打ちも、もし本気だったのなら二人の首は旋回しながら吹き飛んでいただろう。もちろん、人間社会でそのような力を振るう事はまずありえないのだが。

「わかってるわかってる。だから旅に誘ってるんじゃん。でも、言ってる事は本当だよ? 二人がもし獣のように襲ってきたら、その時は私も、獣のように抵抗しなきゃならないから! そんな事は、させないでね?」

 ガタガタと揺れる馬車の中、少し切なそうな表情を作る。どう考えてもわざとらしいのに、ついついコロリと騙されてしまうのが、男二人の単純なところだった。

「俺達は、信じてくれたその気持ちには、背かないよ!」

「ああ! 任せとけ!」

(ふふふ、ちょろいわ)

 素直な反応に、内心でほくそ笑むのだった。





〜四日後〜



 一行は無事にノルドハーフェンの街に到着した。いつものように、町や村がない場所では野宿もしたが、道中は初日の野盗を除けば、安全そのものだった。盗賊も獣も魔物も現れず、むしろ心配になる程ののんびりとした旅だった。

 潮風が香る街の入り口で、馬車を降りた三人が挨拶を交わす。

「おっちゃん、ここまでありがとな」

「いやいや、無事に到着して何よりだよ」

「それはこっちのセリフだよ。いつも助かってます」

「ここでお別れだなんて、寂しいですね」

 御者とは、ここで別れる。馬車を含めての渡航は、商人ならばありがちなのだろうが、渡航許可を取っていないばかりか、ただの随伴となれば、なかなか許可は下りないだろう。それは、ツァイネの旅のお供だとしても、である。

「まあ、こいつらも一緒にだから、一緒にってのは難しいなぁ」

 御者が言っているのは、馬の事だ。馬を乗せての船旅は、コストもかかるが何より馬達にストレスがかかる。馬の事を心配すれば、ここで引き返すのが得策だった。渡航先でもこのまま馬車に乗って移動できれば本当に楽なのだが、そうはいかない。

「残念だけど、仕方ないね。私達は、ここで帰るよ」

 御者は、エルリッヒ達と同じホテルで一泊をしてから王都へ帰る。といっても、帰りの道中も盗賊に襲われないとも限らない、そこで辻馬車として用心棒の戦士を拾い、護衛まじりに王都に送り届ける。街の外に出る辻馬車乗りは、そうして安全を確保していた。

「だけど、エルちゃん達と一晩過ごせるからね、少しでも楽しい時間を過ごさせてもらうよ」

「こちらこそ! それじゃ、宿に行きましょうか」

「そうだな」

「無事に部屋が取れるといいけど」

 この街は港町という事で、人の往来が多い。宿屋は何軒もあった。おそらくは大丈夫だろうが、ツァイネの胸中には、一抹の不安があった。

 もし予約が取れなければ、ここへ来て馬車内で一泊、などという事になりかねない。もちろん、それは望ましくない。ゲートムント達の楽天主義が、少し羨ましかった。

「それじゃ、急ごうか。この後船のチケットも取らないとだし」

「あぁ、そうだった!」

 まるで忘れていたかのようなゲートムントの態度。ツァイネはもちろん、エルリッヒも覚えていたというのに。それはもちろん、船でよその国に行った事がないからなのだが、船着場に行けばすぐに乗せてくれるというものでもない。事前に船のチェックをし、その上でチケットを購入しなければならない。そう言った面倒な事は、全てエルリッヒが行うつもりでいた。

「それじゃあ、別行動する? 私が船のチケットを買ってくるから、三人は宿の手配をお願い。できる?」

「慣れない街で別行動は心配なんだけど」

「後、寂しいしな」

「二人とも、そんな事言ったらエルちゃんが困るんじゃないか? それと、心配っていうけど、この国の治安を一番知っているのはツァイネ、君だろう? 君がエルちゃんの心配をしたらダメだよ。この国は、どの街に行っても本当に安全だからね」

 こういう時、御者はさすがに大人だった。冷静に判断ができる。ツァイネにしても、寂しいと言ったゲートムントの気持ちが、偽らぬ本音だろう。

「そ、そっか」

「ほら、心配するには値しないんだから、さっさと宿を取ってきなさいな。私は後から宿に行くから。後、わかってると思うけど、どう部屋割をしてもいいけど、私は個室にするように」

「へ〜い」

 エルリッヒは馬車を引いた三人を宿探しに送り出すと、一人潮の香りの強い方へ歩き出した。

 気ままな散策の始まりである。




〜つづく〜

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