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チャプター63

〜ヴォーデン街道〜



 海峡を渡る船旅を超え、ヴォーデン街道を南下する三人。道中野盗や獣に襲われることもなく、王都までは後数日というところまで来ていた。この辺りまでくると、山の稜線や置かれた先史時代のマイルストーンなど、見覚えのある景色が増えてくる。徒歩では一週間以上かかってしまうため、普段からこの辺りまで繰り出すことはないのだが、それでも帰ってきた実感がある。

「いやー、今回はいろいろあったけど、ここまで来たら旅も終わりって感じがするなぁ」

「本当にね」

「なんか、巻き込んじゃったみたいになってごめんね。私がフライパンを修理したいだけだったのに」

 もともとは旅を楽しくしたいがために誘っただけだったのだが、結果的には激闘に巻き込んでしまった。一歩間違っていれば命を落としていたかもしれない。そう思うと、一言詫びずにはいられない。

 しかし、二人の表情はあっけらかんとしている。まるで気にしていないかのようだ。

「エルちゃん、そんなこと気にしてんの? 俺たちが死にかけたって怒っちゃうような奴に見える? 俺たちこの旅に付いて行ったから装備品を強化できたんだ、感謝こそすれ怒ったり恨んだりなんてなぁ!」

「そうだよ。それに、ハインヒュッテで俺たちを救ってくれたあの竜を間近に見ることができたんだ。御者のおじさんが言っていたことが本当だってようやく信じられたよ。まさか、あんなに圧倒的だったなんて、驚きだったけどね」

 二人はようやく肉眼で目にすることのできたその存在に思いを馳せる。そして、体を動かしたくなってうずうずしてしまうのだった。そんな様子を微笑ましく見ているエルリッヒだが、内心は安堵でいっぱいだった。もし、今回のことで嫌われていたらどうしようと、本気で心配していたのだった。

「俺たちが戦った奴よりでかかったしな!」

「うんうん! しかも、炎以外の力も操れるだなんて驚きだったよ。長老もいろいろ教えてくれたけど、本当に不思議だったねあれは! あ、でも、なんで最後あの指揮官に止めを刺さなかったんだろう。どう考えても余裕だっただろうに」

 そういえば、この二人とはそういう話をしていなかった。いや、もちろん当人の弁としては語れないが、どうにかしてその思いを伝えたかった。不自然にならないよう、それでいて一笑に付されないよう、気をつけながら話に割って入る。

「それさ、後は好きにしろってことだったんじゃないのかな」

「好きにしろって……逃すも殺すも俺たち次第ってこと?」

「いやいや、それじゃあ俺たちが勝てなかったらそこで終わってたかもしれねーし、俺たちが逃すとでも思ってたのか? それもありえねーだろ」

 やはり、説明してみてもこんなものか。ツァイネは色々と考えている様子だったが、ゲートムントは考えるどころかありえないといった態度だ。あの場であの状況で、「わざと」見逃す理由など、予想もつかないのだろう。

 言葉を選びながら、自分なりの考えとして慎重に解説してみる。それで伝わるかどうかはわからないが。

「見逃すっていうか、向こうも戦える状況じゃなかったし逃すのは選択肢としてありだったんじゃないかなぁ。それに、みんなの体力も見極めた上で引き上げたのかもしれないしね。だけど、それより思ったのは、どうせなら自分たちで最後決着をつけた方が、気分いいじゃん、そういうのって、ない?」

「なるほど、確かにそれはあるね。俺たち自身でやっつけたわけだけど、その方が町を守ったっていう実感があるもん。あのまま全部あのドラゴンがやってくれてたら、それはそれで助かったけど、なんとなく無力感に苛まれてた気がする。ゲートムントはどう?」

「あぁ、それならわかるわ。俺も、どうせなら自分で倒したかったしな。結局全然敵わなくて、あそこまでやってもらったのはちょっと悔しかったけど、せめて最後くらいはって思ってたもんなぁ。それを考えると、確かに感謝だ」

 この言葉はとても重く胸に響いた。少なくとも、二人は上辺でものを語ったりはしない。その二人に意義を認めてもらえたのだから、やはりリスクを冒した甲斐はあったし、あえて最後の一撃を任せた甲斐もあった。

 思いというべきか、目的が伝わったこのタイミングが、この旅の一つの終わりと言ってもよかった。さあ、後は街まで帰るだけだ。

「帰り着く前に納得できてよかったじゃん」

「まーな。つーても、あの時ドラゴンがいきなりいなくなっちまって、しばらく何もできなかったから、あのドラゴンが人間の言葉を話せたら、怒られそうだけどな。」

「わかるわかる。だけどさ、あの時エルちゃんの声がして、急に血が燃えたぎる感じがしたよ。ありがとね」

 急にお礼を言われると照れてしまう。あの時の心情は「なぜまだ止めを刺していないんだ」という驚きと軽い怒りのような感情だったのだ。結果よければ全てよしとは言うが、これではあまりにかけ離れていて、少し申し訳ない。ついつい照れ笑いを浮かべてしまう。

「あははー。そんな大したことはしてないって。さ〜、残り数日、気を引き締めて帰ろ〜!」

 完全なる照れ隠しだったが、馬車の中に、気楽な号令を響かせた。




〜王都 コッペパン通り・竜の紅玉亭前〜



「さ、懐かしの我が家ですよ」

 あれから三日、旅程に何の遅れもなく、三人は無事に帰ってきた。何しろ色々なことがあった旅だ、それぞれ真っ先に帰宅したしと、すぐさま解散してしまった。

 エルリッヒもまた、自分の荷物を手にコッペパン通りに戻ってきた。当然、これくらいの期間を留守にしただけでは、街は何も変わらない。

「まずは空気を入れ替えなきゃなー」

 ピタリと閉じられた鎧戸を確認すると、帰って休むまでの間にするべきことを整理した。そして、鍵を取り出してドアの前に立つと、不意に手が止まった。

 何者かの気配がする。留守宅の中にいるとなると、物盗りだろうか。いや、それ以外には考えられない。帰宅してまで休まらないのかと、小さくため息をついた。

「はぁ、困ったなぁ。荒らされてなきゃいいけど……」

 心配するのは中が荒らされていないかということであり、身の危険ではない。悪党は中にいるのだから、金品をやられたとなれば、その手で取り返せばいい。まずは中に入ることだ。そろりそろりと鍵を開ける。当然、静かになど開錠できない。それなりに大きな機械音がする。

「ま、いっか」

 一瞬しまったと思ったもののすぐに開き直ってドアを開けた。そして、勢い良く叫ぶ。

「何者だ! 大人しくしろ!」

「!」

 人間以上の夜目で真っ暗な室内にいる何者かの姿をチェックする。線が細い。男ではないようだが、一体誰だろうか。

「エル……ちゃん?」

「い、いかにもエルリッヒだけど……て、その声!」

 ひんやりとした店内に入ると、真っ暗な中テーブルを避けて壁際まで進み、鎧戸を次々と開け放っていく。暖かな風とともに柔らかな日差しが入り込んでくる。

 これで侵入者の姿が見える。

「フォルちゃん!」

 中にいたのは、どういうことかフォルクローレだった。日差しを受け、金髪がキラキラと輝いてくる。フォルクローレもエルリッヒの姿をその目で確認したらしく、驚いたような表情が急に変わり、泣き出しそうな表情になった。そして、窓際のエルリッヒめがけ駆け出し、抱きついてきた。

「うわ〜〜ん! エルちゃ〜ん!!」

「ちょ、ちょっと、フォルちゃん? どうしたの? ねえ!」

 これは一大事に違いない。まずはなだめるように背中を抱きしめる。しかし……

「ん? この匂い……」

 フォルクローレから立ち上る甘い香りの奥に、かすかに残る火薬の匂いが鼻腔をかすめた。多分、フォルクローレはいつも通りだ。とすると、泣きついてはいるものの、これはきっと何か厄介ごとの類だろう。

 勝手に侵入したことも問いたださねばならない。休む間もなく降って湧いた面倒ごとに、エルリッヒはため息をつくのだった。

「やれやれ……」




〜お・わ・り〜

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