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チャプター62

〜ドナーガルテンの街 外門〜



「それでは、道中気をつけてな」

「長老も、わざわざのお見送り、ありがとうございます」

 百年ぶりの魔族の襲来から三日後、三人は王都へと帰ることにした。もともと詳しい旅程のない旅だったし、魔族の襲来はイレギュラーもいいところだったし、疲労で動けない一日があったのも、予想外の出来事だった。

 幸いだったのは、街を救った功労者として、以降の二日は宿代を免除してくれたことだったが、それももともとがそこまで大きな出費ではない。全てが、なすがままのスケジュールであった。

「んじゃ、くれぐれも気をつけてくれよな」

「ああ。だが、其方達も気をつけることだ。魔王が完全復活すれば、またかつてのように頻繁に魔物や魔族が出現するのだからな」

 帰りの馬車を調達すると、長老自らが見送りに来てくれた。これは、本来ありえないほどの厚遇である。少なくとも、ゲートムントとツァイネは心が躍っていた。この街での貢献はもちろんのこと、実力を認められたと言っても過言ではないからだ。

「エル……久しぶりに会えて嬉しかったよ」

「それはこっちもだよ、シエナ」

 見送りに来てくれたのは長老だけではない。シエナもまた、旧友として見送りに来てくれた一人だった。立場上表立ってエルリッヒと話すことができない長老に変わり、シエナが挨拶をする。

 どうしても、長老として威厳のある話し方や年長者としての振る舞いをするという”芝居”には抵抗があった。救国の竜としても、自らの祖と伝わる竜族の王女としても、エルリッヒは敬服するに値する存在でしかないのだ。それはそれで仕方ないとわかっていても、やはり寂しい思いは双方にあった。

「長老、私には声かけしてくれないんですか?」

「あぁ、いや……その、なんだ……」

 試すように水を向ける。少し寂しそうな瞳には、長老といえど戸惑いを隠せない。つい、口ごもってしまう。よもやこんなところで一念発起する羽目になろうとは。

「そなたも、二人を助け、よく働いたと聞く。帰り着くまでの道中も、何があるかわからぬゆえ、しかと助けるが良い」

「はい! それじゃあシエナ、もう行くね」

「ん、わかった。ほんと、ありがとね」

 今一度二人は抱き合うと、別れを惜しんだ。次に会えるのはいつになるのかもわからず、もしかしたら今生の別れになるのかもしれない。そんな別れなのだ。もちろん、だからと言って二人の友情には何ら変わることはない。それを伝え合うための抱擁だった。

「じゃ、行こうか」

 シエナの体をそっと話すと、馬車へと向かっていった。名残惜しいがいつまでもここで別れを惜しんでいるわけにもいかない。何しろ、また数日をかけて南下せねばならないのだから。

「そうだね。それじゃ、色々とありがとうございました」

「そだそだ、鍛冶屋のおっちゃんにも、よろしく言っといてくれよな」

 鍛冶屋こそ、今回の戦いの影の功労者である。二人は、それを忘れていなかった。鍛冶屋によって強化された武具があったからこそ、あれだけの戦いを繰り広げることができたのだ。それを思えば、感謝してもしきれない。

 そもそも、鍛冶屋の存在こそがこの旅の発端でもあるのだ。「鍛冶屋にフライパンを直してもらう」ことが、本来の目的である。そういう意味でも、とても大きな存在だった。

「それじゃ、また来るかもしれないし、もう来ないかもしれないけど、元気でねー!!」

 なんともあっけらかんとした挨拶を残し、三人は馬車に乗り込む。それは、お互いの元気を信じていればこその言葉だった。過剰な心配はしないのが、エルリッヒなりの信頼の証なのである。かつてこの街を後にした時にどんな挨拶をしたのかなんていうことはとうに忘れ去ってしまったが、きっとその時もあまり名残惜しいようなことは言わなかったに違いない。何しろ、見送りに来てくれた面々の顔には、わずかな驚きの色も見えないのだから。

「それじゃおじさん、出しちゃってください」

「あいよ!」

 小窓越しに御者に合図を送る。ゆっくりと走り出す二頭立ての馬車は、軽快な振動を伝えていた。




〜大陸を南北に貫く街道〜



 馬車が走り出して半日ほど、昼食を食べて少しした頃。三人はのんびりと振動に揺られていた。食後というのはまずもって眠たくなるものである。緩やかな午後の日差しを浴びて、エルリッヒとゲートムントはそれぞれうとうとし始めていた。そんな時、窓辺に座るツァイネが何かを陽にかざしていた。

「ん? 何してんだ?」

 その謎の行為に、ゲートムントの眠気が徐々に飛んでいく。一体何を持っているのだろうか。何をしているのだろうかと、気になって仕方がない。

 その声を受けてツァイネが手にしたものを見せてくれた。それは、どうやら鱗のようだったが、光を受けて何かが起こるようには見えなかったし、今まで知るどの生き物の鱗とも違っていた。大きくて、分厚い。そして、何より鮮やかな桜色をしていた。

「それ、もしかして‥‥」

「そ。俺たちを救ってくれた、あのドラゴンの鱗。あの時さ、戦ってる最中に剥がれたんだろうね。落ちてたんだよ。記念にって言ったら変だけど、勝手に拾っちゃったんだ」

 何と珍しい一品だろう。ゲートムントも受け取り触ってみる。鱗としての感触は、普段身にまとっている鎧に使われている火竜の鱗と変わらないが、比較にならないほど頑丈だった。こんな強固な鱗に覆われているのでは、なるほど生半可な攻撃は通じないはずである。女性的な色合いこそ気になるが、この鱗を集めて鎧を作り直したいという気持ちに駆られてしまう。

「あ〜、こいつで鎧を作ったら、俺どんな攻撃食らっても絶対平気なのによ〜!」

「あはは、わかるわかる。あの指揮官の攻撃がまるで通じてなかったもんね。武具に使えたら、すごい助けになるよね」

 二人は強力な武具の素材になりそうなそのアイテムに、ついつい盛り上がる。その声に、うとうとしていたエルリッヒも起こされてしまう。

「二人とも、何騒いでんの?」

「これこれ! エルちゃんも見てよ! あの時拾ったんだ。エルちゃんはあのドラゴンの活躍、見てた?」

 興奮気味にエルリッヒに桜色の鱗を見せてくるツァイネ。寝ぼけた頭で、一瞬なんのことだか理解できなかったが、すぐに意識が鮮明になっていく。何しろ、誰よりもその鱗のことを知っているのだから。

「そ、それ!」

「そう。すごいでしょ!」

 自慢げに見せびらかしてくるが、何しろそれは自分から剥がれ落ちたものである。まるで体を触られているような気になり、とても落ち着かない。

 戦いの衝撃や代謝の過程で剥がれ落ちることはあるが、よもやそれをツァイネが拾っていようとは夢にも思わない。一体この気持ちをどうしたらいいのだろう。過剰反応して怪しまれても困るし、かといってそのまま流せるほど心穏やかではない。まるで遠ざけるように手で覆い隠してしまう。

「ちょ、見せびらかさなくていいから。しまってしまって」

「エルちゃん、興味ないの? まあ、武具の素材なんてそんなもんかもしれないけどさ、これは貴重なんだよ。それに、一目見てわかったってことは、エルちゃんもあの戦いを見てたんだ。すごかったよね」

「俺たちも、驚くことしかできなかったもんな」

 二人は口々に感嘆の声をあげる。もう数日経っているというのに、よほどすごかったらしい。当のエルリッヒはその光景を「見ている」ことはできないので、あまり客観視はできないのだが、街を救えて、二人を楽しませられたのなら、危険を冒してまで元の姿に戻った甲斐もあったということだろうか。

「まーったく、二人とも興奮しすぎだって。私、話を聞いただけで直接は見てないんだからね。ふわぁ〜、やっぱり眠いや。ちょっと寝るから、ご飯時になったら起こしてね。後、変なことはしないように」

 嘘は言っていないぞ、とばかりに大あくびをして再び昼寝の姿勢になる。その表情はどこか楽しそうだった。とても穏やかな帰路である。




〜つづく〜

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