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チャプター57

〜ドナーガルテンの街 上空〜



 分厚い雲の上は、雲ひとつない青空が広がっている。”本当の姿”に戻って、一瞬でここまで飛んできた。人間の姿もいいけれど、やはりこうして飛ぶ空はいい。こうしていると、世界の喧騒や魔物の襲来が嘘のようだ。だが、もちろん忘れたわけではない。早く三人を助けなければ。

(さあ、始めるか)

 天を仰ぐようにして大きく息を吸い、火気を収束させると、雲の下の地上めがけて火球を放った。人一人などいとも簡単に飲み込んでしまうほどの、巨大な火球を。




「何事だ!」

 突如視界を潰すほどの閃光があったかと思うと、直後に激しい雷鳴が轟いた。一体なんだというのか。思えばいつの間にか雲行きが怪しくなっている。先ほどまではとてもいい天気だったのに。

 誰もがその光に目が眩み、轟音に耳をやられていた。そして、敵味方の分け隔てなく、考えていた。「一体何が起こったのか」と。

「何事かと思えば……ただの気象現象か」

 少しの間落雷あった方角を見ていたが、何も起こらない。指揮官だけでなく、皆が一様にただの落雷だと結論づけた。思えば、長老の宮殿は街でもひときわ高い場所にある。雷が落ちやすい施設だった。

 一瞬虚を突かれたが、なんでもないとわかれば安心だ。三人にトドメを刺すべく、指揮官は再び力を込めた。




 マルクト広場にいた誰もが「ただの落雷だ」と結論付けたその頃、遠く離れた街の南西にある避難所では、その意味を知るものが安堵の表情で空を見上げていた。

(エル……また、助けてくれるんだね。ありがとう!)

 ギルドで受付嬢をしている竜人族の娘、シエナである。魔王時代に知り合って以来の友人である彼女は、エルリッヒがただの人間ではないことを、即ちこの街を救ってくれた救世のドラゴンその人(?)であることを知る、数少ない一人だった。

 当然、今の落雷がただの自然現象なんかではなく、元の姿に戻ったことに起因するものであるとすぐに気付いた。百年経った今でもこの街を救ってくれるのかと、その気持ちに涙が出そうになった。

「負けないで!」

 たとえ当人には届かなくとも構わない。シエナは両手を組んで、小さく声援を送るのだった。




「予想以上に楽しませてもらったが、これで終わりだ。苦しまぬよう、すぐに葬っぐぉあ!」

 言葉を、そして攻撃を遮るように、突如として指揮官が激しい炎に包まれた。直後、周囲に激しい衝撃波が巻き起こる。炎が指揮官に当たったことによるものだ。一体どこから放たれたどんな攻撃なのか。そもそも指揮官を狙った攻撃なのか、自分たちを狙った攻撃が外れただけなのか、それすら判断師あぐねていた。しかし、炎に巻かれている指揮官本人だけは、冷静に考えていた。

(勢い、衝撃から行ってこの攻撃はおそらく火球の類だろう。しかし、この方角には誰もいないはず。しかも、これほどの高威力の火球を放つには、魔界でもかなり高位の魔術師でなければならないはずだ。どこからの援護射撃が外れたとも考えにくい。これは一体……)

 気合一閃で炎を吹き飛ばすと、様子を伺うために飛び上がった。ダメージは残っているが、さほど大きくはない。攻撃にも防御にも、そして飛行にも、さしたる影響はなかった。

「さて、何者が……」

 同じく空の上で心配そうに見ている部下たちを他所に、ぐるりと一帶を見回す。人間以上の視力を持っているので遠くまで良く見えるが、それらしい人影は見えなかった。

(待て。なぜ、晴れている? 先ほど急に曇り出したはずではないか!)

 そうだった。なぜか、不自然なほど急速に曇り出したはずの空が、今は再び晴れ渡っている。この短時間にこれほどまでに劇的に変化するはずはない。これは恐らく、何者かの存在によるものだ。

(とすると、あの落雷は自然現象ではなく……)

 攻撃の手を止めさせるための目くらまし。それが指揮官の新たに導き出した仮説だった。真相にどこまで近づけているかはわからないが、大きく前進したことは間違いないだろう。

 そうして考えると、急に”あるもの”に気付いた。この場に急接近してくる、”巨大な気配”に。

「な、何者だというのだ!」

 未知の気配に思わず身がすくんでしまう。しかし、その「未知」はすぐに解消されることになる。突如として、目の前に巨大な竜が飛びかかってきた。回避しようにも、風圧で思うように飛べない。その竜は指揮官を襲うでもなく、目の前でホバリングを続けている。

「一体なんだというのだ!」

 指揮官自身も、竜自体は何度か見たことがあるし、魔族に与しない存在として戦ったこともある。しかし、これほど巨大な竜は見たことがないし、その身を包む桜色の鱗や甲殻も、初めて見るものだった。

 思わず、戦慄する。




「あ、ありゃあなんだ!」

 指揮官が上空に移り、意識が逸れたことでようやく一安心した三人。しかし、その上に覆い被さるかのように巨大な翼を持ったドラゴンが飛来していた。

 思わず声を上げてしまう。

「巨大な……桜色のドラゴン……! ねえゲートムント、あいつだよ! あいつが、前に俺たちを助けてくれたっていうドラゴンだよ! 御者のおじさんがしてくれた話と、一致すると思わない?」

「そうだな、言われてみりゃ。けど、なんでそんな奴がここに。ここは違う国だろ……」

 二人はついに、その姿をこの目に収めることとなった。それは、当時してくれた御者の話が与太話でないことを示していると同時に、自分たちが対峙したあのドラゴンとはあまりにも違う大きさに、恐れおののくことにもなった。

「なんで……なんで俺たちを襲わなかったんだろうな」

「それは、彼女は人間と敵対する者ではないからだ。当然、人間を捕食することもない」

 こちらもようやくといった様子で近くにやってきた長老が話し始める。訳知り顔の長老に、驚きを隠せない二人。この街のドラゴン伝説は何度も耳にしたし、長老がその頃まさに戦士としての最盛期だったという話も聞いていたが、まさかこのドラゴンがそれだというのか。

「人間の敵じゃない……? だからって助けてくれるだなんて。それに、彼女? あのドラゴンは、メスなんですか?」

「その通り。彼女、いやあの御方こそ、我らこの街の人間が崇拝する救世のドラゴンにして、竜族を束ねる竜王の娘、竜の王女殿下なのだ」

「ま、まじかよ! お姫様? ドラゴンに人間みたいな階級があんのも驚きだけどよ、なんでそこまで知ってるんだよ。いくら竜人族の長老だからって……」

 普段ならすんなり聞いているだけのゲートムントが、この時ばかりは懐疑的だった。長老の知識に出処を求めるその慎重さは、一歩間違えば自分たちも殺されてしまうという危険があるからこそのものだ。不確定な情報は、少しでも減らしておきたいという心理は、ツァイネも同じだった。それほどまでに、現実味のない出来事が起こっている。

 長老も、あのドラゴンこそがエルリッヒその人なのだという部分を隠しつつ、説明を始めた。

「竜言語というものを知っているか? 竜族が使う言語でな、人間にはただの咆哮にしか聞こえぬ言葉があるのだ。我ら竜人族は、少しだがそれを理解することができるのだよ」

「じゃあ、直接聞いたってのか」

「長老は魔王時代の生き字引だから、辻褄は合うよ。じゃあ、今もこうして助けに来てくれたっていうことなんですか? でも、それにしては百年も経ってるのに」

 幸い、二人の疑問は全て長老の知識で説明できるものだった。だから、逐一説明してやることにした。少しでも、これからこの街のために戦おうとする友であり主君のような存在のことを信じ、力となってくれるように。

「何も、普段からこの街にいるわけではない。だが、これほどの危機と魔王復活の知らせに、助けに来てくれたのだろう。それに、竜の王族は並外れた長寿だからな、百年などあっという間なのだろう」

 よその街から来た二人の感じている、自分たちを襲うかもしれないという恐怖を消すために、小さな自分に何ができるだろうか。人一倍大きな体を持つ長老は、深く考えていた。

 正体を明かしてしまえたらどれだけ楽かと考えもするが、それはまた、新しい迫害を生むかもしれない。少なくとも、今はまだリスクが勝っていた。

「とにかく、今は信じて見守ることだ。王女殿下が、この街を救ってくれるのをな」

 自分たちで決着をつけられなかった悔しさは残るが、それでもこれで助かったという安堵感と、今再び活躍が見られるという高揚感に、長老は百年ぶりに打ち震えていた。




〜つづく〜

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