チャプター54
〜ドナーガルテンの街 マルクト広場〜
攻撃は続いていた。ツァイネの流れるような攻撃と、ゲートムントの鋭い槍による攻撃、そして長老の重い斬撃。指揮官はそれを見事に捌いていたが、何しろ三人からの攻撃、全てを防ぎきれるものではない。少しずつではあったが、全身に細かいダメージを負っていた。そして、ダメージは徐々に蓄積されていく。それ故か、攻撃を捌く動きも鈍くなっていた。
「二人とも、体力は残っておるか!」
「なんとかな!」
「竜人族や魔族ほどじゃ、ありませんけどね!」
今の所、少しずつ体力を削っていく作戦は成功している。だが、その成否を握る大きな要因の一つに、三人の体力があった。何しろ相手は魔族の指揮官、ゲートムントとツァイネは若いとはいえ人間、そして長老は竜人族とはいえ体力の落ちている壮年、それぞれに不安の種を抱えていた。
「その様子なら、まだ大丈夫ではないか! さあ、最後まで倒しきってしまうぞ!!」
相変わらず上手く二人を乗せ、長老は陣頭指揮を執る。といっても、何か特別なことをするわけではない。ただ二人の士気を高めさえすれば、それでいいのだ。個々の判断に任せておけば戦況の判断は問題ない。単純な戦闘能力も申し分ない。後は、形ばかりの指揮系統に則って二人を扇動すればそれでいいのだ。
まさに魔王が生きていたあの頃のようだと、全身の細胞が若返るようだった。
「どりゃああああ!」
気合一閃、長老の振り下ろした大剣は衝撃波を生み、周囲の地面をえぐる。指揮官はついに捌くことすらせず、防御に徹することになった。
「ぐっ!」
多少のダメージを覚悟してでも相手が披露するまで攻撃に耐え続ければ、すぐにでも反撃に転じる機会は訪れる。そう目論んでいたのだが、どういうわけだか一向に勢いが衰える気配が見えない。
攻勢に転じるのはたやすいが、何しろ三人がかりで三者三様の攻撃を繰り出してきて、対処が難しい。今深手を負っていないのは、何も種族的に耐久力が高いからというわけではないのだ。先ほど指摘されたことがまさに的を射ていた。
『素手で防ぐほど頑丈なのではなく、そのまま食らってはダメージを負うから防いだのだろう?』
その通り、武器の鋭さ、攻撃の勢い、どれを取っても涼しい顔はしていられなかった。それだけに、なかなか打って出る隙が見出せない。
(このままでは埒があかぬな……)
強力な攻撃は自身の消耗も大きいため、ここぞというときにしか使いたくはない。もちろんそこまでいかなくても、魔法攻撃もあれば少し力を解放するだけでも先ほどのように吹き飛ばすことも可能だろう。だが、中途半端に強力な攻撃は、むしろ発奮してしまうらしかった。人間や竜人族の感情は理解できないが、感情によって攻撃の勢いが変わる以上、下手に刺激するわけにもいかない。とてももどかしかった。
「てぇぇぇい!」
防御姿勢を解くや否や、双剣による追撃が迫る。ツァイネにとっては、防御する腕ですら攻撃対象、防御行動自体が隙なのだ。
相手のどこが柔らかいか、どこが一番治りにくい傷を与えられるか。そんなことを考えながら攻撃を繰り出す。王宮の騎士団では、ただ攻撃手段を覚えるだけ、というわけではない。王宮の中に入ってきた悪漢はもちろん、親衛隊が相手にするとなれば、それは国家単位の危険人物である。より確実に相手の息の根を止める手段も含まれていた。ただ強力な武具を支給されるというわけではないのだ。
「こやつ小賢しい真似を!」
と息巻いて見せても、攻撃速度が速い。体が動くよりも先に攻撃を受けてしまう。実際に素早いのだが、それ以上に人間の速度を侮っているのかもしれない。無意識にこのくらいの速さで攻撃してくるだろうと踏んでしまい、それに合わせて動く。そして、実際の速度がそれより早い、となれば、動けないでいるのも当然だった。
押されているのはそれだけが原因ではないだろうが、少なくとも原因の一つであることに変わりはない。
(ここへ来て、己の未熟に気づけるとはな。意外なものだ……)
相手を人間だと侮るから苦戦するのだ。なまじ己に実力と立場があるから、実力を発揮できずに苦戦してしまった。少なくとも、百年の間に想像以上の実力者が生まれたのだと認識しなければならない。
「気づいてしまったからには、もう負けぬぞ?」
「っ!」
鋭い一言に、一瞬で攻撃の手が止まる。何に気付いたというのか。三人は危険を察し、間合いを取った。危険なサインではあるが、せっかくの流れ、ここまでだとは思いたくない。
「良いか? 攻撃を続けるぞ。奴が何に気付いたのかは知らぬが、攻撃せねば勝機は生まれぬ」
「そうですね。確かに怖いですが、攻撃しなければ勝てませんからね」
「ああ。一瞬びびっちまったけど、やることは何にも変わんねーもんな。向こうがどう変わろうと、倒すだけだ! とはいえ、大きな一撃を与えられてないってのは、結構イライラするもんだけどな」
三人は顔を見合わせると、再び指揮官めがけて向かっていった。
「たぁっ!」
「せいやぁ!!」
「どぉりゃぁぁぁ!!!」
三者三様の掛け声で渾身の一撃を放つも、
「ふむ」
それらはすべて防がれてしまうか、ぎりぎりのところで回避されてしまった。速度もタイミングも申し分なかったはずなのに。これが「気づいた」ということなのか。三人はもう一度顔を見合わせ、さらに攻撃を重ねた。
叶うならさっきよりも速く、見切れないほどに、相手の動きが間に合わないほどに、そして、たとえ防がれたとしてもそれをおしきれるほどに強く! それぞれが同じ思いで得物を振るう。
しかし、その一撃は又しても指揮官には届かなかった。
「無駄だ」
冷たい一言とともに、軽くいなされてしまう。一体”何”に気付いたというのか。
「無駄だと言っている。もうお前たちの攻撃は通じんぞ」
「どういうことだっ! 何で急に俺たちの攻撃に対処できるようになった!」
どういうわけだか、急に動きが良くなった。まるで霞が晴れたかのような、別人と言ってもいいほどの動きだった。
「お前たちは強い。少なくとも、知り得る人間の中では類を見ないほどにな。だが、それを認め、魔族としての己の思い上がりを正した時、速度も力も、正しく認識できるようになった。ただ、それだけのことだ」
「な、なんちゅう奴だよ。めちゃくちゃ真っ当な話じゃねぇか。そりゃそうだよな。魔族の指揮官なんてやってんだから、動きを捉えるのも、反応するのも容易いよな……」
指揮官の説明に、ゲートムントはただただ呆れるばかりだった。不思議な力でも発揮されれば、文句の一つも言えるのだが、自分たちが行っているのと同じ理屈で対処されたのでは、話にならない。それは、あまりにも公平な理由だった。
「ゲートムント、俺も同じ気持ちだよ。それでも、戦うしかないんだ。俺たちも、この戦いで成長して、上回るしかないんだ」
「わーってるよ。俺だって、諦めたわけじゃねーさ。それに、真っ当に対処してきたってんなら、魔法を使われるよりよっぽど印象いいしな」
「総意は変わらぬか。そうでなければな。一層厳しい戦いになるとは思うが、この街とこの街の住人を守るため、まだまだ攻め続けるぞ!」
三人の意思は変わらなかった。こちらの速度を見極め対処してきたとわかっても、攻めるしか選択肢はないのだ。ただただ、今まで以上に速く攻撃することを心がけるだけだ。
「でりゃぁぁぁぁ!!」
「たぁっ!」
「せいやぁ!」
威勢のいい掛け声とともに再び攻め込む。こんなやりとりが何度続いただろうかと思うものの、現状ではこちらが優位だった。だからこそ、まだまだ高い士気を保っていた。戦場において士気はとても大きな力を持つ。
しかし、指揮官の言葉は予想以上に重たい力を持っていた。
「……無駄だと言った」
右腕を軽く振るうと、青白い炎が巻き起こった。今まで以上に速く、そんな思いで向かっていた三人は、避けきれずに巻かれてしまう。見た目こそ炎であったが、熱で焼くことはなく、まるで太い鞭のように質量を持って、三人を打ち据えた。
とっさに防御体制を取ることすら叶わぬまま吹き飛ばされてしまった三人を冷たく見つめながら、静かに呟く。
「だから無駄だと言ったのだ」
〜つづく〜