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チャプター53

〜ドナーガルテンの街 マルクト広場〜



 両手に剣を携えたツァイネの猛攻は続いていた。素早い動きで、指揮官に切り込んでいく。一方の指揮官はそれを受けるばかりでさながら防戦一方であった。一見するとツァイネ有利に見えるが、指揮官の顔には余裕が見て取れ、様子見をしているのではないかという気配が窺えた。

(さすがに強いな……)

 一心不乱に攻撃しているかに見えて、ツァイネ自身は至極冷静だった。相手の様子をつぶさに観察し、今の自分がどのような状況になっているのかを考える。当然、このまま押し切れるなどと甘いことは考えていなかった。双剣術が強力なのは事実であっても、攻撃の手が一振り増えただけなのだから、3人がかりで攻撃した方が、まだ数が多い。それに、先ほどの指摘がたとえ的を射ていたとしても、切れ味にも自信のある一撃を、素手で防いでしまったのだ。都合良く急所を斬るか、よほど柔らかい部位を狙わない限りはまともなダメージになるとも考えにくい。

 思いつく全てを総合的に判断すると、次に取るべき作戦が見えてきた。

「よし、この辺でいいかな。……はぁっ!」

 ひとしきり一方的な攻撃を繰り出し、その締めに両の剣を同時に、それも交差させるように振るった。わずかだが、意表をつく攻撃である。

「もう、お終いか? 人間にしておくには惜しい程度には、力も速度も申し分なかったのだがな。やはり、人間の体力ではこの程度が限界か」

 ツァイネのことを気に入っているのか、一見寡黙そうな指揮官は意外なほどに饒舌だった。しかし、それすらも心理戦の一環かもしれないと考えてしまい、素直に表情を崩せないでいるのがツァイネの本音だった。

「……いや、ただ単に調整が終わっただけだよ。ゲートムント、長老! もう見てなくて大丈夫だから、一緒に戦って!」

 調整とはどういう意味だ。それを考える間も与えず、ツァイネは二人を呼ぶ。もともと自分一人で勝つつもりではなかったのか。それが思い上がりであると、初めから気づいていたのか。魔族の指揮官という栄誉ある立場でありながら、目の前にいるこの年端もいかぬ人間の少年に対し、戦慄を覚えずにはいられなかった。

 少なくとも、戦闘能力だけでなく、状況分析能力にも、長けているのかもしれない。願わくは、己の見立てが外れていることを。

 柄にもなく、魔王と神ー人間にとっての邪神ーに願いを込めてしまうのだった。

「お、いよいよ出番か?」

「そういうこと。あんまり慣れないうちにみんなで戦ったら、二人を傷つけかねないからね。少し調整させてもらってたんだよ。もちろん、俺一人じゃとても勝てないっていうのも事実なんだけどね」

「なんであれ、見ているだけでは面白くなかったからな。戦士としての血が、すっかり騒いでおるわ!」

 すでに圧倒的な力の差を見せつけているのにも関わらず、槍使いの青年と壮年の竜人族は明るい表情をしている。今まで踏みつけてきた人間は、みな恐怖に満ちた表情を浮かべていたというのに。なんなのだ。この百年に、何があったのだ。

 思いもよらぬ姿に、形容しがたい感情が湧き上がっていた。

「貴様……この私を相手に肩慣らしをしていたというのか」

「そりゃそうさ。この戦場のどこに腕慣らしをする相手がいるっていうのさ。少しでも慣れておきたかったし、この星降りの剣もまだまだ未知数だからね」

 事も無げに言っているが、並の戦士であればこれほどの相手に肩慣らしなどしようとはとても思わず、よしんばそのようなことをしても、即座に返り討ちにあっているだろう。そして、星降りの剣に限らず一般の戦士は新しい武器を手にしても、その攻撃力や切れ味は気にするが、それで終わりだ。特殊な力が秘められていても、それを活かしきれないまま振るうことが多い。

 少なくとも、ツァイネはそのような戦士ではなかった。

「切れ味や威力はすぐにでも把握できるけど、市販の武器じゃないんだ、どんな力が秘められてるかもわからない。それをそのまま使うだなんて勿体無いし、もしかしたらお前に有効打を与えられるかもしれない。そう考えたら、少しでも知っておこうって思うのは、当然じゃないかな」

 不思議な煌きを放つ刀身を眺めながら、己のスタンスを解説してみせる。もちろん、この剣がどんな不思議な力を秘めているのか、それともただのスペシャルな剣なのか、それはまだ解明できていない。だから今している話も、半分くらいはハッタリ同然だ。それでも、こうして説明することで、相手の動きを牽制することができる。

「何しろ、恐ろしいほど実力差のある相手を倒そうっていうんだからね」

 ツァイネがこういう少し冷たい物言いをする時は、大体が本気を出そうとしている時だ。情けをかける必要も、力を出し惜しむ必要もない相手と戦う時、決まってこのような様子を見せる。そして、ゲートムントもまた、ツァイネの覚悟に負けないよう、気を引き締めるのだった。

「それじゃあ、仕切り直しと行こうか。今度は、さっきみたいに簡単にはやられないと思うよ」

 今までとは若干違う構えを見せたかと思うと、強く踏み込み、二人に先んじて攻撃を再開させた。それは、今さっきまでのものとは明らかに違う、驚異的な速度だった。

 スピードだけではない。戦士としてのセンス全てが、人間風情が、と一言で片付けるには、あまりにも異質で、あまりにも非凡だった。

「長老、俺たちも、早く復帰しねーとだぜ」

「そのようだな」

 友として負けていられないゲートムントと、この街の長として、そして人間以上の身体能力を持つ竜人族の戦士として、確かな矜持を持つ長老。二人もまた、ツァイネに引っ張られるかのように、先ほどまでの疲労が嘘のような動きで指揮官に取り付いた。

 今までの動きをはるかに越えるツァイネの猛攻だけでも手一杯だというのに、ゲートムントの槍と長老の巨大な剣が襲いかかってくる。二人の攻撃もまた、ツァイネには及ばないものの、指揮官が知る範囲では類を見ないスピードを持っていた。

 当然、速いだけで威力の伴わない、そよ風のような攻撃ではない。そもそも、この三人は皆、市販の武具など身につけていないのだ。正しく使いこなせば、高い攻撃力は自ずと保障される。

「先ほどと、違う?」

「当然だよ。お前たち魔族が俺たちを侮るように、俺たちだって様子を伺うんだ。尤も、お前がとてつもなく強いってことは、十分把握してるけどね」

 確かにツァイネの攻撃は軽い。しかし、決して無視していいわけではなく、その軽さを埋めるかのように、鋭いゲートムントの突きと、長老の重たい斬撃が重なる。先ほどは軽くいなすことができたのに、そうではない。これほどの連携を受けたのでは、攻撃の隙を見つけるのも難しい。

「決定打は与えられなくても、こうしてダメージを与え続ければいつかは勝てる! 押し切るぞ!」

 経験則をもとに指揮するのは長老。魔族は人間をはるかに超える体力を有している。だから、かつても複数人で少しずつダメージを与えてなんとか倒した、という経験があった。今回も、自分たちに勝機があるとしたらそのような戦い方をするしかない。と判断していた。

「長老、作戦通りにはうまくいかないかもしれないから、何かあったら臨機応変に立ち回る必要がありそうですよ」

「その辺は、状況次第でってことで、いーんじゃねーのか? 今は攻めるのに手一杯だし、作戦通りにいかないなんてことは日常茶飯事なんだ、長老もそれはわかってるだろうさ」

 長老からしたらほんの若造だが、実戦経験は下手な若者よりは踏んでいる。この戦いを見ているだけで、信頼に足ることが伝わってきた。

「さあ、体力の続く限り攻めるぞ!」

 三人は、ますますの気合で攻撃を重ねた。指揮官が防戦一方でいるはずないということには、目を瞑り続けながら。




〜つづく〜

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