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チャプター52

〜ドナーガルテンの街 マルクト広場〜



「ツァイネ! 間に合った!」

 エルリッヒはつい叫んでいた。絶妙なタイミングで駆けつけたツァイネは、剣に水の力を宿らせ、自信に満ちた表情で立っていた。そして、その左手には、見慣れぬ剣が握られている。あれが、宿屋に取りに帰ったという”秘策”の正体だろうか。

「わざわざ、武器を?」

 先ほどの考察が再び頭をよぎる。あの剣よりも強いのであればそちらを使った方がいいに決まっているし、出し惜しみするような局面でもないはずだ。ならば、あのニ本目の剣は一体なんなのか。

「まさか! まさか、ゲートムントの……」

 ゲートムントが槍を投げ捨てて剣を装備する姿を想像してみる。

「んー、ないわー」

 あまりにもイメージできなかったので、誰が見ているわけでもないのについ大ぶりな動作で手を振ってしまう。それほどまでに、否定するのがたやすい可能性なのだ。

「じゃあ、どういう……」

 口元に手を当てて、これまた大げさに考え込んでしまうのだった。




「よく戻ってきたな。あのまま逃げても良かったのではないか?」

「誰が逃げるのさ。こっちは勝つ気でいるんだから」

 睨み合う二人の間には、言葉に乗らない気迫があった。完全に見下している指揮官と、完全に勝つつもりでいるツァイネ。この両者の絶対的な感覚は、お互いの実力に自信があればこそ、湧いてくるものなのだろう。当然、ツァイネの自信に相乗りする以上、ゲートムントも長老も負けることなど微塵も考えてはならない。

「してゲートムントよ、ツァイネ坊の取りに行ったその剣は、何なのだ? 何を考えておる?」

「へへっ、気になりますよね? あれは、俺たちが西のヴェステン村で色々お手伝いをした時に、お礼でもらったんですよ」

「そう。星降りの剣です」

 手にした剣を鎧のベルトに挟み、固定する。そうして、左手で抜き放つ。鞘は革製のごくごくシンプルで平凡なものだったが、その刀身は深い紺色をしていて、よく見ると星屑のような小さな光が無数に煌めいている。それが、剣を抜いた勢いで光の軌跡を描いた。

 武器というよりは、まるで装飾品か芸術品のようだった。

「ほう……?」

 これには、長く生きている指揮官も目を奪われる。

「この武器がいつ作られたのかはわからないし、いつから村にあるのかもわからなかったし、そもそも何で俺たちに村の宝をくれたのかもわからないけど、使うなら今しかないってね」

 右手にはいつもの剣を、そして左手にはこの星降りの剣を装備したツァイネは、普段とは違って見えた。すなわち、双剣使いの剣士である。

「ほう? 双剣か。はじめから披露していれば良いものを、出し惜しみとはなめられたものだな」

「そんなんじゃないさ。まだまだ未成熟な自己流だからね、もっと慣れてから使いたかったんだけど、お前があんまり強いんで、使わざるをえなくなった」

 誰にとっても未だ未知数の「二刀流」に、思わずワクワクしてしまう。それは、無理からぬことだった。指揮官も、もし圧倒的な力で叩き潰そうと思っているのなら、すぐにでもできるはずだ。あえてそうはせず、会話にすら付き合っているのは、戦いを楽しみ始めているからに他な戦いを楽しみ始めているからに他ならない。

「そのような付け焼き刃で勝てるというのか。見くびられたものだな」

「付け焼き刃かどうかは、その体、その剣で受けてみればわかるよ」

 二本の剣を構え、臨戦体制に戻る。もちろん、ゲートムントと長老も同じだった。戦闘再開、誰もがそう思ったその時、ツァイネが二人に話しかける。

「ごめん、少しの間、一対一でやらせてくれないかな」

「お、おいツァイネ。いくらなんでもそれは危険だろ。こいつがどんだけ強いかは、十分わかって言ってんだよな?」

 申し出を止めさせようとするゲートムントを制止し、ツァイネは続けた。その表情は落ち着き払っている。

「わかってるよ。でも、始業してた時の勘を取り戻すまでの少しだけ、俺一人にやらせて欲しいんだ。じゃないと、剣がぶれて二人を傷付けかねないし」

「言い分はわかった。んじゃ、勘を取り戻すまでだからな。もういいと思ったら、すぐに俺たちが参戦する合図を送れ。絶対無理すんな」

 鎧の上からではあったが、柔らかくツァイネの肩を叩く。言い分を受け入れた以上、あとは信じて送り出すだけだ。今ツァイネの言い分を信じられるのは、ともに修行を行いその双剣術の真価を目の当たりにしているゲートムントだけなのだから。

 本人がまだ仲間と共闘するのは不安だと言っているのであれば、それもまた信じて聞き入れるだけだ。せめて納得がいくまでやってもらうだけだ。

「一対一か。死んでしまっても知らんぞ?」

「加減はわかってるつもりだよ。それじゃ、始めようか」

 じりじりと、一歩ずつ間合いを測る。お互いに、相手の初手やその速度を頭の中でシミュレートする。いったいどんな攻撃を繰り出してくるのか、自分がそれを上回り先手を切るためにはどんな攻撃をしたらいいのか。強者だからこその焦れる瞬間だ。

「……」

 お互い、自由に動けないでいた。



「ゲートムントよ、ツァイネ坊の双剣術はそんなに信頼に足る実力なのか?」

 数歩下がった位置から見守る長老が、ゲートムントに話しかける。一人の戦士であると同時にこの街の指導者でもある長老には、状況を冷静に分析する必要があった。

「もし不安の残るようなものだったなら、勝手に加勢するぞ? 若い命を散らしたくないのはもちろんだが、あやつは貴重な戦力だ、失うわけにはい」

「長老、野暮はやめてくれよ。俺は実際にあいつの努力に立ち会ってるんだぜ? その俺が、三人であいつに挑むのに万全な状態までは一人で調整したいって言ったその言葉を信頼して任せてんだ。本当に不安だったら、ちゃんと止めてるさ」

 その表情があまりに真剣だったから、長老はそれ以上言うことができなかった。この短時間でも、二人の実力は十分に理解できていたからである。実力を認めた相手の本気は尊重せねばならない。それが流儀だった。

「……ならば、その時まで見守るとしよう」

「そうしてくれ」

 二人は武器を持つ手を緩め、ツァイネの行動を見守った。



「どうした、せめて来んのか?」

「そっちこそ」

 お互い、まだ最初の一撃が繰り出せないでいた。最初に動いた方が負けと決まっているわけではないものの、人間より圧倒的な力を持つ魔族の指揮官と未知数の力を秘めた剣による攻撃と、お互い慎重になるだけの理由はあった。

「……」

(このままじゃ、どうしようもないか。どこまでできるかわからないけど、先手を切ってみるかな)

 後の先と言う手段もあるために先手必勝も危ぶまれるところだったが、ツァイネは決意した。まず攻めなくては、勝利は来ない。

「行くぞ!」

「っ!」

 スピード自慢を活かし、瞬時に距離を詰める。そして、まず右手の剣で切りつけた。それを受ける指揮官の剣は、まずもって予想通り。

(初撃はまず予想通りか。でも、左手の動きと魔法があるから、気をつけないと……)

 相手の行動が攻撃に移らないうちに、キモである星降りの剣を振るった。腕を交差させるかのように、振り上げる。

 その鋭い軌跡は鎧を深々と刻んだ。初めからまともなダメージを与えられるとは思っていない。戦果は上々だった。

「ほう、やるではないか。しかし無謀だな」

「何?」

 隙を埋めるように間合いを取ると、指揮官は鎧についた傷を撫でながら話しかけてきた。これには、心理戦かと疑わざるをえない。

「先ほど、貴様の剣をこの手で受け止めたのだ。たとえ腕を切りつけたところで、ダメージが入らないとは思わなかったのか?」

「そういうことか。その心配はないよ。じゃあ、お前は何で防いだ? 斬られたらただでは済まないから受け止めたんだろう? 俺の攻撃には、少なくともそれだけの威力があると見積もられてるって考えるけどね」

 これが心理戦なら互角に渡り合える。時間稼ぎなら慎重に動かなければならない。単純な疑問ならこちらも問題ない。

 そう結論づけた。

「さあ、続きと行こうか。どうせ、まだまだ攻撃手段を持ってるんだろう?」

 軽く挑発したツァイネの瞳は、力強く輝いていた。




〜つづく〜

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