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チャプター49

〜ドナーガルテンの街 マルクト広場〜



「そこまでだ!」

 頭上から響き渡ったその声に、あたりの誰もが空を見上げた。そこにいるのは、魔族の指揮官。どういう思惑か、誰に向けたものか、声を発したのだ。人と魔族の別なく、つい戦いの手を止めてしまう。

「トートよ、そこまでだ、下がれ!」

「な、なぜそのような! 必ずやこの人間を仕留めてみせます!」

 指揮官が呼んだのは、ほかならぬトートだった。これにはトートだけでなく、ゲートムントも不服そうな顔を浮かべる。

「いくら負けそうだからって、こんなところで撤退なんかさせるかよ!」

「そうではない! 情けないぞ、トートよ。魔族の精鋭たる貴様が、よもや人間ごときに互角の戦いを繰り広げようとはな。あまつさえ、グライドに至っては死をもって敗北を喫しているではないか。この百年で人間が成長したのか、魔王様の復活が完全ではないために我らの力が完全ではないのか。いずれにせよ、そのような恥を晒すなど、あってはならぬことだ。そこで、我が直々に相手をしてやろうというわけだ」

 腕を組んだまま、ゆっくりと降りてくる。そして、着地するや周囲の魔族は頭を垂れ、ひれ伏している。ただ指揮官というだけでなく、それだけの地位や実力があるのだろう。一方、魔族側が明らかな隙を見せているというのに、こちらも誰一人として動けないでいる。ただそこにいるだけの威圧感が、萎縮させていた。

「貴様ら、魔族としての誇りは地に落ちたようだな。空の上からでも見ているがいい。魔族の戦い方、誇りがどういうものかをな。見たところ、そこの大男、漆黒の槍使い、青い鎧の小僧、その三人を葬ればあとは烏合の衆のようだ。一対三、肩慣らしにもならなさそうだがな」

 指揮官の指示に従うように、トートをはじめとした魔族たちは一斉に上空に飛んでいく。まさに高みの見物を決め込むということなのだろう。

「さあ、準備は整ったぞ? 逃げるというのなら、止めはせんがな」

「ゲートムント!」

「おお、ツァイネ。あの赤いのは倒したみたいだな。あの野郎なめやがって。俺たちと戦おうってんなら相手になるまでよ。けど、大男ってのは、長老だろ?」

「そうだろうな。よもや、この老体に戦う価値を見出すとは、光栄というべきか難儀というべきか。こちとら前線から離れて百年だというに」

 二人のそばにやってきた長老は、いかにも面倒そうな口ぶりだが、その実いつの間にか剣を抜き放っており、臨戦態勢に入っていた。その、人間の身の丈を優に超えるほどの巨大な剣は、とても百年の眠りから目覚めたようには見えない。おそらく、あの頃からいつ出番が来てもいいように、手入れを怠っていなかったのだろう。まさに戦士の鑑である。

「長老、やる気満々じゃねーか」

「本当に。これなら、負ける気がしないよ」

「若者よ、買いかぶるでない。さっきも言ったであろうに、すでにこの腕はなまくらなのだぞ? 全く、あやつめ余計なことを」

 やる気十分なのか面倒なのか、これではまるで判断がつかない。しかし、魔族側にはまるで関係のない話だ。指揮官は、長老こそが人間側の勢力を率いていると見抜いていた。それはもちろん、そこにかつての面影を見たからに他ならない。いかに竜人族といえど、これほどの体躯をしている者はなかなかいない。

「人間二人は既に準備万端のようだが? 貴様はかつてこの街で数多の同胞をその手にかけてきた男、まさか、怖気づいたなどと言うことは、あるまいな」

 全てを見透かしたかのような指揮官の金色の瞳が、キラリと光った。



「ちょっと……大変なことになってきたんですけど。大丈夫かな……」

 ずっと陰で見守っているエルリッヒも、この展開には驚きと不安を隠せない。指揮官から感じ取れる気配は、思った以上に恐ろしい。強さを感じさせないということは、それだけ実力を隠す能力も高いということになる。おそらく、この指揮官は先ほどゲートムントたちが相手にしていた二人の魔族とはまるで比べ物にならない強さだろう。

 隠れるために家屋の漆喰を掴む手にも、思わず力がこもる。



「貴様は人間どもの指揮官、いくらか年老いたようだが、立ち上る気配はとても老人とは思えんぞ?」

 不敵な笑みを浮かべた指揮官は挑発とも評価とも取れる言葉を投げかける。この街を陥すためには長老を倒さねばならない。逆に言うと、長老を倒せばそれだけ人間側の士気を下げることができるということでもある。ゲートムントとツァイネの二人も、指揮官の目には求心力のある英雄のように映っていたが、まだ若いだけにこの二人を倒しただけでは戦意までは奪えない。この手の攻城戦とは、ただ戦力を奪えばいいというものではない。

 そんな意図を読み取ってか本心からか、長老の表情からは余裕が見て取れた。

「敵にそこまで買われるとは、不思議な気分だな。何しろもう前線には立っておらぬのだから。だが……」

 そこまで言って、一陣のつむじ風が舞った。

「っ!」

「なっ!」

 ゲートムントたち二人の背後にいたはずの長老の姿が、消えた。

「この街を攻めようという相手には、まだまだ遅れは取らぬぞ?」

 いつの間にか、指揮官の目の前に詰め寄り、その剣を振り下ろしていた。剣戟が、指揮官の鼻先を掠めて足元の大地をえぐる。

「ほう? 今の一瞬でここまで間合いを詰める速度、わずかに斬撃をずらす正確さ、そして大地を切り裂くだけの力。面白い、十分に戦力十分ではないか。そうでなければ、自ら戦う意味がない。さあ、来るがよい!」

 楽しそうな表情と共に先ほどのトートのように力を解放する指揮官。嵐のような風圧に、気圧されそうになる。

「くそっ、なんてパワーだ」

「でも、長老があれだけ動けるんだから、俺たちにも勝機はあるよ。長老! 三人でその指揮官を倒しましょう!」

「当然だ!」

 前線を離れたと自称する長老は、しかしその言葉に幾多の自嘲や謙遜を含めていた。多少年老いた程度では竜人族の身体能力は衰えず、まして種族の中でも何百年に一人現れるかどうかという巨大な体を誇る戦士。能ある鷹が爪を隠しているだけに過ぎないのだった。

「遠慮はいらんぞ! 全力でかかってこい! 全力の貴様らを葬ることで、人間どもの戦意を根こそぎ奪ってくれよう!」

 いかにも魔族といった口上を述べる指揮官に向かい、まず長老が斬りかかった。正面から、袈裟懸けに振り下ろす。並みの相手なら、この一撃だけで真っ二つにされてしまうほどの威力だ。

 しかし、指揮官はそれを右手に持った剣で受け止めた。これには、さすがに驚きを禁じえない。

「くそ、いい気になりやがって! たぁぁぁぁ!!」

 負けじとゲートムントが右側面に回り込み、鋭い突きを繰り出す。これもまた、幾多の獣や悪党を沈めてきた攻撃だ。しかし、指揮官は相変わらず涼しい顔のまま、右手の剣で受け止めていた長老の剣を右にいなし、それをゲートムントの槍にぶつけた。勢いを失った槍は、そのまま地面に突き刺さる。

 なんという手だろうか。力と速度において、これほどの手合いはいない。それを相手にこのような冷静な判断はなかなかできるものではなかった。

「今だ!」

 隙を突いてのこれまた素早い攻撃が、今度は左側から繰り出される。ツァイネ自慢の一撃だ。

「不意打ちで声を上げるとは、余裕ではないか」

 今まで長老とゲートムントと相対していたかと思えば、今度は空いている左手でツァイネの剣を受け止めた。

「そんなっ! 俺の剣を……素手で!」

「そう驚くこともあるまい。我ら魔族は、いや? 高位魔族と言ったほうがいいか? 高位魔族は、貴様ら人間とは初めから違うのだよ。もちろん、竜人族ともな!」

 そうして、左手で掴んだ剣ごとツァイネを吹き飛ばし、右手の剣を大きく薙ぎ払い、その剣風でゲートムントと長老を大きく吹き飛ばした。

 あの、巨体を誇る長老をである。




「やばっ! やっぱ強いじゃん……」

 相変わらず見守ることしかできないエルリッヒの白い喉が、ゴクリと鳴った。




〜つづく〜

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