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チャプター5

〜三日後・朝 外門前〜



 朝焼けが消えゆく中、エルリッヒは一人待っていた。大荷物を抱え、朝の空気を吸い込んでいた。ちょっと前までの刺すような空気とは打って変わって、とても柔らかい。それに、鼻腔をくすぐる花の香りがたまらない。

 旅の準備をしていた三日間は、大忙しだった。荷物の準備、お店を休みにするのでその案内、旅の備えにフォルクローレからたる爆弾や罠の買い付け、そしてルーヴェンライヒ邸へ赴き、伯爵夫人から国外旅行のレクチャーを受ける。三日間で行うには、ギリギリのスケジュールだった。それでも、旅の備えを万全にした、という自負があった。

「ん〜、気持ちのいい朝!」

 大きく伸びをして、今一度春の空気を吸い込む。この、薄っすら混じっている花の香りが大好きだった。

 一息ついて、周囲を見回す。男達はまだ来ていない。かつてのように門の外で待っているんじゃないかと思い、あらかじめ門番に確認したが、まだ来てはいないらしい。いったいどこで油を売っているというのか。それとも、寝過ごしてしまったのだろうか。今までこんな事は一度もなかったのに。いや、一応約束の時刻まではまだ少しある。七つの鐘はまだ鳴っていないのだから。

「ーーとはいえ、私だってそこまで早く来てるわけじゃないのに。女の子を待たせるなんて、失格だぞ〜?」

 遠く街道に目を凝らして見ても、やはり二人の姿は見えなかった。このまま待っていても埒が明かない。エルリッヒは近くにあった花壇の縁に腰をかけ、二人が来るのを待った。




〜およそ三十分後〜



 それは教会が七つの鐘のうち、三つを鳴らし終えた時だった。

「あれ?」

 いい加減痺れを切らし始めていたエルリッヒの視界に、こちらに向かってくる馬車が飛び込んできた。

 視界に飛び込んできたと言っても、エルリッヒの視力は人間のそれとは大きく違う。件の馬車はいまだかなり遠くにいる。




〜およそ五分後〜



 七つ目の鐘もとうに鳴り終わった頃、ようやく件の馬車がやってきた。さすがにこの距離まで近づけば、気配で二人が乗っていると分かる。遅くなったのはこの馬車を調達していたという事なのだろうか。

 言われてみれば、旅程を徒歩で考えていた。徒歩でも安全な道のりだが、馬車なら早い上に快適だ。考えもしなかった。

 まったく、どっちが旅慣れているんだか。

「エルちゃ〜ん!」

 馬車の窓から顔を出したツァイネが、無邪気に挨拶をする。

「遅〜い! でも、その馬車に免じて許そう!」

「ゲートムントー、許してくれるってー」

 エルリッヒの顔を確認すると、ツァイネは馬車の中に引っ込んでしまう。すると、次に目に飛び込んできたのは、懐かしい顔だった。

「あっ! 御者さん!」

「お久しぶり、エルちゃん」

 馬車の存在とそこから顔を出すツァイネの姿に気を取られていたが、馬車を操っていたのは、ほかならぬあの御者だった。

 ドラゴン退治の旅では、散々お世話になった。その御者のおじさんが水先案内をしてくれるというのだから、こんなに心強い事はない。

「ゲートムント達に頼まれてね。また旅のお供をさせてもらうよ」

「こちらこそ、御者さんが一緒だったら心強いです!」

 二人の挨拶を馬車の中から苦々しく見ている男二人。そんな旅立ちの朝、春の朝である。

「それじゃ、全員揃ったし、行こうか」

「だな」

「まずは北へ!」

「それじゃ、港町まではしっかり連れて行くからね」

 エルリッヒが馬車に乗り込むと、いよいよ旅立ちの瞬間だ。四人は意気揚々、街の外門を出た。



 一行は、まず真北に向かう『ヴォーデン街道』に乗る。馬車の速度であれば、恐らくは四日ほどでノルドハーフェンにたどり着く。そこから先は、船に乗って移動するため、御者とはお別れせねばならない。

「二人は、北の街道は来た事あるの?」

「もちろんあるけど、ノルドハーフェンは行った事ないんだよね」

「だな。確か、魚が旨いんだったよな」

 ガタゴトと馬車に揺られながらののんびりとした会話。なんと気楽な旅だろうか。かすかに話し声が聞こえている御者の表情も、とても穏やかだ。魔物の気配一つない。これで、野盗が現れなければ、何も問題はないのだが。

「魚かあ。じゃあ、出発前にどこかで食事していこうか。私も、せっかく行くんだったら現地の料理は一度は味わいたいし、街についてすぐ御者さんと別れるのも、さみしいしね」

「そうだね。それに、何時に到着するかもわからないしね。下手したら、何泊かしなきゃいけないかもしれないし」

「げ、なんだよそれ。どういう事だよ」

 旅での会話は、こうした目的地での過ごし方などが話題の中心になる。これもまた、醍醐味だ。

 乗合馬車などで偶然乗り合わせた人と話をするのも楽しいが、気心の知れた相手との旅は、やはり全然違う。

「あ、ねえ、話の腰を折っちゃうけど、窓開けていい?」

「ん? いいけど? で、ツァイネ、何日もって、どういう事だよ」

「ゲートムント、想像してみてよ、船に乗るんだよ? 北の国行きの船って、いつ出てるのさ。一週間に一本かもしれないんだよ? 波がひどくて船を出せないかもしれないんだよ? 港町なら宿には困らないだろうけど、そういう事も考慮するのが、旅の達人ってもんだよ」

 窓を開けてからこっち、エルリッヒには二人の会話は話半分にしか聞こえてこなかった。何しろ入ってくる風が気持ちいい。当たりが柔らかいのもあるが、街で吹く風とはまた全然違う。草原の間を抜ける風は、遠くに見える森の香りや、さらに遠く霞んで見える山々の空気さえも運んで来てくれる。それが、えも言われぬ心地よさ、爽やかさをもたらしてくれた。

 まさに、自然界全体で春の芽吹きを祝福しているかのようだ。

「いい風〜♪」

「本当だねー。出発がこの季節でよかったよー。ゲートムントと武者修行してた時は冬だったから、本当に大変だったんだ」

 冬の出来事を思い出し、寒気が走る。二人の旅は、それほどまでに過酷だったのだろうか。

「あぁ、あれは大変だった。おかげで随分強くなったつもりだけど、冬に修行するのは、やっぱり無謀だったぜ……」

 いつも元気なゲートムントですら、負けじと後ろ向きな発言をしている。そう語らせるほどの何がそんなに大変だったのか、とても気になる。

「ねえ、修行って、どこでどんな事してたの? 教えてよ!」

 帰ってきてからこっち、漠然とした自慢話は色々されたが、具体的な話は一切してくれなかった。エルリッヒとしても、ゆっくり話を聴く暇がなかったのだが、気にはなっていた。一体どんな修行を重ねてきたのだろうか。

「そうだなぁ、まず旅に出て最初に向かったのは、西のエルテ村ってところで、小さい村だったな」

「うんうん。小さいけどのどかな村だったよ。まずはそこで、村人の困り事の解決から始めたんだ。力仕事はなんでも引き受けますってね。ほら、実際に依頼があるかどうかは分からないけど、猛獣退治や盗賊討伐なんてのから、家の修理まで、色々思いつくでしょ?」

 実際は畑仕事ばかりだったけど、と添えながら話をしてくれる。自分の知らない二人の姿が見えるのは、やはり嬉しいものだ。

「で、そのエルテ村にはどのくらいいたの?」

「んー、一週間くらいかな。結局普通の力仕事しか来なかったから、見切りをつけてな」

「それから次に向かったのが、おわっ!」

 話の腰を折るように、馬車が大きく揺れて止まった。

「おっちゃん!」

 ゲートムントがすかさず御者に確認を取る。御者の顔は険しかった。

「悪いね、どうやら盗賊みたいだ」

「ちぇー、せっかく気持ち良く話を聞いてたのに」

 むくれるエルリッヒをなだめるように、ツァイネが馬車から降りる。

「ちょっと待ってて、すぐに片付けるから」

「強くなったところを見せる機会には、ならなさそうだけどな」

 ゲートムントも、余裕の表情で後を追う。エルリッヒが余裕なのと同じように、二人にとって、街道を襲う盗賊など、小者同然にしか見えていなかった。

「そんじゃ、行きますか」

 漆黒の槍と不思議な力を宿した剣、おなじみの得物を手に、颯爽と駆け出した。相手は5人、首領と手下四人だ。この旅最初の戦闘である。




〜つづく〜

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