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チャプター48

〜ドナーガルテンの街 マルクト広場〜



「たぁぁぁぁ!」

 空を切るような鋭い突きがトートの背中を貫く。強固な鎧をもろともせず、トートの体ごと大穴を開けていた。

「な……に……!」

 一瞬何が起こったのかわからないまま、其身に降りかかった衝撃に体を大きく揺さぶられる。そして、ゆっくりと振り向いたその瞬間、突如として激しい痛みが襲ってきた。

 全身が燃えるようだ。頭では攻撃を受けたのだと理解できるが、心では、まるで納得できないでいた。自分は魔族であり、人間よりも高い身体能力を持って生まれた種族だ。ましてその中でもある程度の地位や身分を与えられている身であり、今は頑丈な鎧に身を包んでいる。あまつさえ、本気まで出しているのだ、かすり傷すら負う道理がなかった。

 それが、どうしたことか。激しい痛みとともに、視界には己の体を貫く漆黒の槍が見えるではないか。

「これが、人間の意地ってやつだ!」

「み、見事だ……」

 槍を抜かれた体からは赤い血がしたたかに流れる。人間と同じ色の血なのかと驚いたのもそこそこに、あからさまな大怪我を負ったはずなのにそれほどの様子でもなさそうなことにもう一度驚いた。やはり魔族、人間ほどの致命傷にはならないというのか。

 胸に大きな穴が空いているままで、再びゲートムントに向き直った。息は荒いが、気を失う気配はない。なんと丈夫なのだろうか。

「だが、急所は外しているぞ?」

「あいにくと、そこまで余裕があったわけじゃないんでね。でも、俺が人間の割には強いってことだけは、分かっただろ? さあ、続きと行こうか」

 相手に戦意ありと判断すると、再び槍を構えた。戦闘継続である。

「たぁっ!」

 目の前にいるトートめがけて鋭い突きを繰り出す。そして、それをすんでのところで回避し続けるトート。一見するとギリギリの攻防が繰り広げられているように見えた。だが、鋭い攻撃を出しているのにもかかわらず避けられているゲートムントの姿は、裏を返せばずっと押している状態であり、回避以上の行動が取れないトートの姿と見ることもできた。実のところ、どちらが優勢なのかは当人たちにも判断できなかった。

 ただ一つ言えるのは、トートの方が深手を負っているということである。

「くそっ、なんで大穴空いてんのにこんだけ動けるんだよ!」

「人間より丈夫な種族だからとしか言いようがないな! おそらく、人間なら死んでいたのであろう? 恐ろしい力、そして武器だな」

 人間を見下しているというよりも、一個の種族として自分たちより劣っているだけだと言う客観的な視点から出る言葉は、嫌味がないだけに厄介だった。これが「敵」の姿だと言うのか。これが「試合」でないことが悔やまれる。ゲートムントの胸には複雑な思いが去来していた。

「お褒めに預かりどーも。っと、やりづらい相手だな。もっと嫌な奴ならいいのに、よっ!」

「お前たち人間にとっては、十分嫌な奴のつもりだが? これは、そなたが変わっているということか?」

 舌を噛まないよう気をつけながらの攻撃は、どうしても勢いが落ちる。しかし、回避する側もそれは同じはずだ。そのわずかな行動の緩みこそ、ゲートムントの狙うところだった。

 突きのラッシュから、唐突に大きく振り上げる一撃を繰り出す。相手の反射神経や動体視力がどれほどのものであれ、意表をつくことはできるはずだ。

「ぬぅ!」

 少なくとも目論見は当たったらしく、人間社会には出回っていない金属でできているらしい強固な鎧を深々と切り裂いた。

 大穴の開いたその横に、斜めの傷が大きく入った。

「どうだ! 驚いただろう?」

 距離を取るトートに、自信ありげな表情を向けた。これがゲートムントという戦士の姿である。決して自信過剰ではないが、時には強気な態度を見せる。そして、それが相手への威圧になり、勝利につながる。ただ一つ計算できない要素があるとすれば、それは相手が人間ではないということだった。

「ああ、驚いた。まさか、この鎧をこうもあっさり切り裂くとはな。先程も触れたが、いい武器だ。みたところ漆黒の金属でできているらしいが……」

「悪いな、俺にも詳細は不明なんでな。ただ、この槍は龍殺しの槍だ。お前さんにゃ効果はないだろうが、ドラゴンの嫌がる漆黒の雷が出るんだよ。ドラゴンでなくてよかったな」

 山に住む龍を自ら退治してやろうとこの槍を作成した、ハインヒュッテの村の武器屋のオヤジ。彼が一体どこで元になる鉱物を手に入れたのか、そしてどこでその精製技術を手に入れたのか、今となっては謎である。だが、この槍はそれ以降幾度となくゲートムントの戦いを彩ってきた。まさか、魔族の高位戦士にまで通じるとは予想外の極みだったが。

「なるほど、龍殺しの槍か。そういえば、かつて千体の竜の血を吸った剣があったと聞くが、そういう武器はどのような相手にも高い攻撃力を発揮するという。そういうことか。今の世にもかつての魔剣のような武器を操る者がいるとは、嬉しいぞ」

 騎士として感激に打ち震える。まさにそんな様子だった。やはり、敵としては憎みきれない相手だ。少なくとも、この町に来てからはまだ誰も殺していないせいもあるだろう。しかし、だからと言ってここで遠慮していてはこちらが殺されてしまう。心を鬼にするとは、まさに今のようなことを言うのだろう。そう、肝に銘じた。

「伝説の武器、ねぇ。そんなもんがあるなら是非とも振るってみたいもんだけど、今の俺にゃ、こいつが最高の相棒なんだよ。んじゃま、続きと行くか!」

 どこか愛おしそうにその手の獲物を見つめると、表情を引き締め、再びトートに相対した。こう言うちょっとした時間は、ゲートムントにとって良い休憩時間になっていた。だが、それは同時にトートにとっても回復の暇になっているのだが。

「いい表情だ。そうでなくてはな!」

 こちらも表情が険しくなる。己の本気を受け止めることのできる人間が現れたことへの喜びと、戦いを楽しむ純粋な気持ち。人間を蹂躙し支配するなど、今のトートにとってはもはや低俗なものにすら映っていた。

 胸のダメージは決して無視できるものではないが、怪我をおしてでも続けるべき戦いであり、結果どちらの命が尽きようとも、それは充実した最後となるのではないか思った。それほどまでに、予想を超えた実力を見せ、愉悦をもたらしてくれている。

 目の前に繰り出される鋭い突きを、時にはその身で躱し、時にはその手の剣で弾き、今度はこちらが繰り出す剣戟を、身の丈を超える長さの槍を巧みに使って受け止めてくる。そんな一進一退の攻防を続けていた。

 まさに、互角の勝負である。

(このままじゃ、キリがねぇ!)

 ゲートムントが焦りを感じたのと同時に、トートもまた決定打について考えていた。

(そろそろ、一撃を報いねば!)

 そんな二人の思考が噛み合った一瞬、攻撃の歯車に食い違いが起こった。突き攻撃が続くかと思われたゲートムントが真一文字に薙ぎ払いをかけ、突きを回避するついでに懐に潜り込んで至近距離からの攻撃を行おうと考えていたトートがぶつかり合った。

「なっ!」

「くっ!」

 お互いに放った一撃はもはや引っ込めることができない。トートの一撃がゲートムントをしたたかにかすめた次の瞬間、トートが勢いよく吹き飛ばされる。

 熱を持った頰から流れる鮮血を確認し、ゲートムントはなぜか楽しそうな笑みを浮かべた。そして、鈍い一撃を受けたトートも、刀身についた血糊を見て満足そうな表情を浮かべた。どちらも、互いの実力をその身で感じているからこその、表情だった。

「燃えてきたぜ!」

 手傷を負ったことで、ますます気合が入ってしまうゲートムント。今度こそ決定打を与えるべくトートに迫った。

「来い!」

 トートもまた、そんなゲートムントから勝利をもぎ取るべく、再び剣を構えた。そうして、何度目かのつばぜり合いが始まろうとしたその瞬間だった。

「そこまでだ!」

 上空から、居丈高な声が響き渡った。




〜つづく〜

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