チャプター44
〜ドナーガルテンの街 マルクト広場〜
何か大技を仕掛けるために踏み込んだツァイネの攻撃を、グライドは再び防ぐことに成功した。一転、勝ち誇ったような表情になる。油断とも取れる態度だが、感情を持つものであれば、表情が緩んでしまうのも無理はないだろう。
「奥義か何だか知らんが、防いでしまえばこちらのものだ。どうだ、これでまた降り出しだぞ!」
実際は、先ほどよりも速い一撃を想定して防御に徹したのが功を奏した、ということなのだが、無事に防げたことは事実、自らの作戦が勝ったのだと思うことにした。
しかし、ツァイネの顔は少しも動揺していない。これが強がりなのかまだ何かを隠しているのか、判断つかない。斬り込んできた一撃も、先ほどとは比較にならないくらい軽かった。
「貴様、どういうつもりだ?」
「さあね。今の一撃を防いだことはほめてあげるけど、そこで終わりだと思わないことだよ!」
そう言い残したかと思うと、今度はグライドの目の前から消えた。これは一体どういうことなのか。思わず左右を見回して探してみるが、そこにツァイネの姿はない。何が起こったのか理解できないものの、ここで首をかしげるそぶりでも見せようものなら、魔族の面子が丸つぶれである。必死に平静を装った。
「どこへ消えた! 逃げ隠れしたところでもう勝ち目はないと言ったはずだ! さあ、さっさと出てこい!」
虚勢を張っていると見破られないよう精一杯叫び、まだまだ自分に分があるのだとアピールする。実際、この叫びを前に攻めてくる者はただの一人もいなかった。だからこそ、余計に目の前から消えたツァイネの存在が気になった。
一体、どんな作戦で奇をてらっているというのか?
「くそ、何を考えていやがる。いきなり目の前から消えやがって……」
「誰が目の前から消えたって?」
目の前から聞こえてきたその声は、紛れもなくツァイネのものだった。どういうわけか、目の前に立っている。
確かに、この数十秒ほどは目の前からいなくなっていたはずなのに。
「貴様、どこへ行っていた?」
「どこへも行ってなんかいないよ。ずっと、ここにいたよ。片時もお前の側から離れちゃいないさ。何しろ、俺以外の誰も敵わない。他の人たちを襲わせるわけにはいかないからね」
大した自信だが、ツァイネ自身はもちろん、周囲の戦士たちも、そしてグライドもその言葉を否定することはなかった。確かな実力に裏打ちされた自信のツァイネが、一体何をしたというのか。グライドの脳裏に、一抹の不安がよぎる。
「でも、俺の暑さ対策もそんなに長時間は有効じゃない。だから、そろそろ決着をつけようと思ったのさ。気づいてないなら、自分の体をよく見てみることだね」
「なんだと? 俺の、体? 一体なんだって……」
言われるがまま、武器を持つ手を緩め、自らの体を舐め回すように見る。そして、次第に表情が青ざめて行く。気づかぬうちに、その体は血にまみれていた。もちろん、己自身の血である。
「へぇ。魔族も血は赤いんだ」
感心したふりをしながら、ますます赤く染まる姿を眺める。いつの間にか出来ていた切り傷から流れ出た血液は、一度体を流れた後、すぐさま己の身にまとった熱の力で乾いてしまう。固着した血液の不快感が、グライドを包んだ。
「い、いつの間に!」
「今さ。さっき見せたような力は、そう長く続かないからね。持ち味のスピードを発揮させてもらったよ。素早く動いて鎧の隙間を攻撃する。基本的な作戦だけど、これが意外と有効なのさ」
厳しい訓練を積み、強力な武器を備えたツァイネの攻撃力は並の戦士よりも高く、その速度も神速と言ってもいいほどだった。グライドが捉えられないのも、無理はない。そうしてどこに行ったのかと探している間に、鎧の隙間を狙い、したたかに切りつけたのだ。そのことに気付くや否や、鋭い痛みが全身に走った。
「グッ!」
「さてと、そろそろ止めを刺させてもらうよ」
最後の一撃を放たんと間合いを取り、剣を構えたその刹那。グライドの周りの空気が、再び上昇を始めた。
もはや、耐えられるものではない。
「今度は何を!」
「このまま人間風情に殺されるなど、魔族の恥! ならば、自ら果ててこの街もろとも消し去ってくれるわ!」
自爆。思いつく攻撃は、それしかなかった。今まで、幾らかの魔物を相手にしてきて、時折そのような攻撃を仕掛けてくるものはいたが、これはその時の比ではない。これだけ大掛かりな力で前振りを行うというのは、よほどの威力を秘めている証拠だ。
それこそ、フォルクローレの作る爆弾数十個にも匹敵するほどの。
「こんなところで爆発したら! みんな、逃げて!」
「もう遅い! こうなって仕舞えば、おそらくこの街一つくらいはゆうに破壊できるわ! かつて存在した大爆発の魔法にも劣らんぞ! ハァーッハッハッハ!!」
勝機がないと悟ったのはグライドだった。だからこその、自爆。おそらく、魔族の仲間をも消しかねないであろう攻撃だ。それほど、魔族というのは仲間意識が希薄なのだろうか。それとも、魔族には生き残るだけの力があるというのか。いずれにせよ、守らなければならないのは、この街と、そこに住んでいる人たち全員だ。ここで戦っている戦士全員と、その思いは変わらなかった。
逃げ場がないのなら、いっそ賭けに出るしかない。そう思うが早いか、ツァイネは駆け出していた。
「強き人間よ、この街とともに死ね! 地獄で今一度決着を……ゴフッ! つけて……」
「それは先に取っておくよ。今は一方的なさよならだ!」
自爆攻撃が発動するよりも早く、ツァイネの剣がグライドの喉元を貫いた。そして、一言を残して、すぐさま距離を取る。耐えられない熱さも、一瞬であれば、我慢もできた。膝から崩れ落ち、地面に倒れ伏したグライドの様子を見守る。もしかしたら、まだ生きているかもしれない。
「……ふう、流石に倒せた、かな?」
少しすると、辺りの気温上昇が収まってきた。どうやら、無事に勝利できたらしい。ツァイネは剣から宝石を取り外した。
「身を守るために防御の力を張る石なんて、そうそう出番はないと思ってたけど、こういう使い方もできるなんてね」
ツァイネの行った”秘策”とは、これだった。防御の力で魔法の力を緩和させることだった。周囲に満ちた高熱が本当の気候であれば、こうはいかなかったかもしれない。だが、魔法の力によって生み出された力だということに気づいた瞬間、天啓が降りた。そして、その読みは見事に当たった。
「鍛冶屋のおじさんにも、感謝しないとだな。今の強化がなかったら、とっくに力を使い切ってただろうし。っとと、山の上のガーゴイルにも、感謝しなきゃだった。あれで、随分気持ちが引き締まったもんなぁ」
思い起こせば、この街に来てからの全てが一つに繋がったからこそ勝ち得た勝利だった。
「はぁ、疲れた……」
まだ休むわけにはいかないが、魔族の精鋭を討ち果たしたことで、こちら側の士気は先ほど以上に上がっている。それに加えて、魔族側の士気は少し落ちている様子だった。無理もない、劣等種と踏みにじる対象でしかないはずの人間が、魔族の精鋭として自分たちではとても敵わないような相手を打ち負かしたのだから。
一瞬にして、優勢ムードが消えていった。
「みんな、今なら押し返せるよ! このまま頑張ろう!」
音頭を取り、再度戦列に戻るツァイネ。グライドを倒した今となっては、居並ぶ魔族たちはもはや雑魚にしか感じられなかった。流れるような攻撃が、何匹もの魔族を倒していった。
(そういえば、ゲートムントは大丈夫かな)
自分が勝利を収めた今、親友の勝利は確信しているものの、やはり気にかかるのだった。
〜つづく〜




