チャプター41
〜ドナーガルテンの街 マルクト広場〜
武器を構えたゲートムントとツァイネは、息巻くギルドの戦士たちとともに魔物の群れに立ち向かっていった。
魔物というには高等な、魔族と呼ぶべき相手に対し、それぞれが思いの外善戦していた。獣や野盗を相手にするのとはわけが違うはずなのに、ここまで戦えるものなのだろうか。意外な現実に、隣にいた青年に訊いてみた。
「なあ、なんでみんなこんなに戦えるんだ? 魔族ったら、何してくるかわからないのに」
「そうだよね。魔法を使ったり空を飛んだり」
「いや、みんな苦労してると思うぜ? ただ、俺たちは竜人族の仲間から色々話を聞いてるから、イメージしやすいってだけさ。それに、あんたらだって、こんなに強かったんだな」
勇ましく大きな戦斧を振り回すこの戦士は、どう見ても熟練の戦士だ。見た感じは自分たちと同じくらいで若いだろうに、戦い方、そして物腰、すべてが十も二十も年上かのようだった。まさか、本当に見た目の若い種族がいるというのか。
「俺たちは竜人族の戦士と稽古して、百年分の戦い方を習得してっけど、南の国に竜人族はいないんだろ? 人間だけで修行してるのに、よくこれだけの腕前を手に入れたもんだ」
青年は斧を振り下ろし、ゲートムントはやりで魔族の心臓を一突きにする。その間にツァイネはその素早さで魔族の体を十回は切り裂いていた。いずれ劣らぬ実者だった。
「俺たちは、さっき鍛冶屋で武具を鍛えてもらったばっかだからな!」
「普段の三割は実力が出てる自覚があるよ」
戦いながら、鍛冶屋でのやり取りを思い出していた。
それは武具の強化プランを話し合っていた時のことだった。机の上には、二人の武器と採掘してきた鉱石が積まれている。それらを前に、鍛冶屋の説明が始まった。
「そんじゃ、強化プランを説明してやろう。まず、槍の兄ちゃんからだ。竜殺しの漆黒の金なんて、俺も初めて見たぜ。言い伝えにゃいっぱい名前が出てたけどなぁ。つー訳で、こいつは下手にいじるより、取り回しを強化する方がいい。この、レビタイトはな、丈夫なくせにとてつもなく軽い。こいつを使って強化する。全体を覆うことで、細かな傷にも染み渡って、強度が増すだけでなく、重量が軽減されるんだ」
そう言って鍛冶屋はレビタイトの原石を渡してくれる。受け取ったゲートムントは、その軽さに驚きを隠せなかった。鍛冶屋の説明によると、ただ軽いばかりではなく丈夫で、触れた周囲の金属の重量も軽減してくれるという。まさにグラビタイトの真逆のような金属だった。
「はるか昔、神話の時代のあれこれでできたらしいから、俺たちにゃうかがい知れない仕組み味だけどな。さて、お次はその鎧だ。見たところ、火竜の鎧ってとこだろう? この街にゃ、魔王時代にできた救国のドラゴンの言い伝えがあるから、ちぃっと複雑な気分だが、強度は抜群だろうな。炎にも強い。だから、下手に手を入れるよりは、純粋に強化した方がいいだろうな」
机に置かれた鉱石を手にしながら、頭の中で最善の強化プランを練っていく。そして、今度はツァイネの武器に目を向けた。武具を見定める目は一級品である。
「そっちの可愛い顔の兄ちゃんのその武器、柄のところのその窪み、何かをはめ込むのか?」
「よくわかりましたね。ここに宝石をはめ込むと、炎や氷といった、魔法にも似た力を得ることができるんです」
道具袋から取り出した赤い宝石をキラリ、と反射させ、それを窪みに嵌め込んだ。すると、刀身に炎が立ち上った。知らぬ者が見れば驚くような現象も、鍛冶屋は目を丸くするようなことはなかった。ただただ感心するような表情を浮かべるだけだ。
「ほぉ〜、こいつぁすごい。石に宿った魔力が宝石のように見せてるんだな。てことは、力を使い切ったらただの石に戻るってことか。でも、埋蔵量には限界があるだろうし、いくら単体でも強力な武器っつっても、真価が発揮できないんじゃ宝の持ち腐れだ」
「……」
気づいていなが今まで口にしてこなかった鋭い指摘に、ツァイネは言葉もなかった。しかし、鍛冶屋の表情は明るい。この鉱石の中にこの問題を解決するための石がある、ということなのか。これには興味津々である。
「そこでだ! ここにある無抵抗マギアタイトを使って強化するのさ。こんなもん、今時使い道なんざないと思ってたけどな」
「それ、どういう鉱石なんですか?」
鍛冶屋が選別した鉱石は、どう見てもただの鉄鉱石にしか見えない。これを別物として選別する眼力もすごいが、そもそもどういうすごい鉱石なのか、剣の強化案と合わせて興味は増すばかりだ。二人の目は輝いている。
「こいつぁな、魔力の通りが普通の金属の何倍もいいんだ。ま、無抵抗ってのは大げさだけどな。こいつを精製して純度を高めて武器に使えば、宝石の持つ魔力をずっと効率良く使えるようになるってーわけだ。より強力な力を発揮できるようになるし、使い切るまでの時間もながくなる。どうだ?」
「どうだもなにも、最高です! それでお願いします!」
断る理由がどこにあるのかというような強化プランに、小躍りしそうなツァイネだった。しかし、まだ鎧の強化が残っている。果たして鍛冶屋はどんな強化を提案してくれるのだろうか。
「さて、お次はその鎧だな。そいつぁ神話の時代から続く特殊金属だな? まさか、原石と精製技術がまだ残ってるなんてな。その鎧は下手にどうこうするより、そっちの兄ちゃんの鎧と同じく、今ある石で補強するのが一番いいだろうな。それでいいか?」
「ええ、それでお願いします。だけど、この鎧がそんな大層なものだったなんて……」
王室や親衛隊にしか着ることを許されない青い鎧。金属も製法も、王宮に勤める鍛治師にしか伝えられていない。それ相応に大層なものなのだろうが、神話の世界にその起源があるとは、驚きだった。
そんなことはつゆ知らず、ただ強固な鎧として着ていたということに、少し恥ずかしさを覚えた。親衛隊では、鎧や使われている金属の由来については一切説明されなかった。
「今じゃ、由来を伝える人間もいないのかもしれねえな。それか、極秘すぎて伝えられないか。その辺の事情は、わかんねーけどな。とにかく、お前さんらの武具は初めて扱うもんばっかりだ。俺としても楽しみでならねぇってことで!」
こうして、二人は武具を預けることとなった。
強化された武器を手に、二人は魔族と向かい合う。軽さを増した槍は、それでいて攻撃の重さを失っていない。今まで以上に鋭い突きを繰り出すことができるようになったということもあるが、詳しいことはわからなかった。ただ、使う側としてはそれ以上に詳しいことは知らなくてもいいのかもしれない。今はただ、この街の平和を守ることだけを考えていれば、それでいい。
一方で、ツァイネはといえば、こちらも今まで以上に増した剣の切れ味に驚いていた。これならば、少なくとも雑魚相手には魔力付与の出番はないかもしれない。ただ強化するだけでなく、このようなおまけまでついてくるとは、完璧すぎる成果に、もはや何も言うことがなかった。
「ウヒョー! こいつぁすげぇ! 前とは段違いだ!」
「本当だね。鬼神か何かにでもなったような気分だよ。これならいくらでも行けそうだ!」
その戦いぶりは、まさしく快調と呼ぶのにふさわしい快進撃だった。
しかし、やられる魔族側も、それをただ手をこまねいて見ているわけではない。上空には、苦虫を噛み潰すような顔をした指揮官の姿があった。
「人間どもめ、調子付きおって。このままでは済まさんぞ。お前たち、ここまで戦力として温存しておいたが、もう容赦はせぬ、街へ下り、人間どもの首をはねてくるのだ。そうだな、できるだけ強そうな奴を狙え。連中の士気を削ぐのだ!」
周囲に滞空していた幾人かの魔族に号令をかけた。おそらく、今地上で戦っている魔族よりも強いのだろう。体格も身なりも、明らかに立派だった。そして、指揮官同様、頭には鋭い角が生えている。
その魔族の精鋭達が降り立った瞬間、辺りの空気は一変した。
〜つづく〜