チャプター35
〜ドナーガルテンの街 ギルド本部〜
鍛冶屋を後にした三人は、ギルドの本部へ向かっていた。この三日間ギルドで活動していたというゲートムントたちの話に、エルリッヒが興味を持ったからだ。
ギルド勤務の竜人族には、エルリッヒのことを知る者もいるかもしれない。本当は百年近くも前に来ていたのだが、つい数年前に訪れたかのように話しているため、バラされてはかなわない。少なくとも、人間ではないのでは、と疑われてはかなわない。
それでも厭わずに足を運んだのは、ひとえに興味が勝ったからに他ならない。もし迂闊なことを言われても、いくらでもごまかせるだろうという腹があってのことだ。
「でもさー、ここで名前を上げるのは大変でしょ。私たちの国と違って、竜人族の戦士と渡り合わなきゃならないから」
「そりゃあなぁ。あのマクシミリアンだって戦士でもないのに俺たちより腕力は上だったんだからな」
「だからこそ、戦士としての経験が俺たちのもう一つの武器だったのさ。身体能力で負けてるって言っても、俺たちだって人間としては鍛えてる方だし、武器の扱いは上だしね。それに、ゲートムントの我流槍術と俺の王室直系の剣術は伊達じゃないさ。それなりには通用してたよ」
考えてみれば、何も竜人族の戦士だけではない。人間の戦士も登録し、活躍しているのだ。彼らに混じって戦う分には、負けるということはないだろう。竜人族相手に落ち込んでやしないかというエルリッヒの心配は、全くの杞憂だった。
「ま、初心者用の武具を借りてたから、戦力はガタ落ちだったけどね」
「だな! でもよ、おかげでどれだけ装備に頼ってたかを考えるいい機会になったんだよ。この身一つじゃ限界があるってな。だからこそ、いつもの装備がなんか余計大事に思えてきたってのもあるんだけど」
きっと、貸し出されたのは最低限の武具だったのだろう。いかに二人の戦闘スキルが高くとも、装備が貧弱ではそれほど大きな成果は上げられない。それでも評判になっていたというのだから、やはり二人の実力は折り紙付きだったのだろう。それが、我が事のように嬉しかった。
「武具が良くても、使う人間がダメならそれは活かせないし、両方揃って初めて強さが見えるんじゃないかなぁ。っとと、着いた着いた。いやー、懐かしいなぁ」
「エルちゃん、ギルドにも来てたの?」
「まさか、戦士だった、とか?」
二人の間に、再びいつもの疑問がわき上がってきた。普段はエルリッヒへの思慕で覆い隠されているが、時折湧き上がる疑問である。それを、ついに口にしてしまった。
「ねえ、エルちゃん。エルちゃんて、もしかして別の種族?」
「え! な、何言ってるのさ!」
「いや、だってなぁ。あれだけ重たいフライパンを軽々と扱うなんて、只者じゃねぇよ。今回、この街で竜人族と出会って、気付いちまったんだよ」
種族を疑われ、まるで心臓が飛び出そうなくらいに驚いた。思わず胸に手を当ててしまうが、伝わってくる鼓動は、予想通りに早鐘のようだ。人間社会で暮らす中で、一番疑われてはならないというのに。
「や、やだなぁ、どこを見てそんなことを。耳だって尖ってないし、尻尾だって生えてないし、どう見たって人間でしょ!」
「そ、それはそうなんだけどさ、腕力の強い種族だっているかもしれないなぁって」
「そうそう」
ここまで聞いて、ようやく胸のドキドキが静まってきた。二人が冗談半分で言っているというのが伝わってきたからだ。いくら超重量だからといって、フライパン一つ持てたからと疑われてはたまらない。それに、姿形はまさしく人間そのものなのだし。
とりあえず、こちらもそれなりのとり繕い方をしなければ。下手に慌てても、墓穴を掘りかねない。
「二人とも、何言ってんのさ。今まで色んな土地で色んな種族を見かけたけど、こういう姿なのは人間だけだから。それに、何さ腕力だけ強い種族って」
まさかそんな種族いるはずもないが、これはこれで失敬だ。少しからかってやらないと気が収まらなかった。
「まーったく、くだらないこと言ってー。もし本当に力が強いだけの種族だったらどうするのさ。例えば、こんなことをしてみたらっ!」
そうして、おもむろにツァイネの手を握る。瞬間、全身の毛が逆立つ勢いでツァイネが固まった。そして、顔が赤くなる。わかりやすい反応だった。
「ね、手の骨は砕けた?」
「はっ!! だ、大丈夫、大丈夫だけど!」
心が砕けそうだと言いかけて、言い淀む。とりあえず、手の骨は無事だ。それどころか、優しく握られたその手が温かくて、それ以上の感覚が湧いてこない。変なことを言って後悔するやら嬉しいやら、不思議な気持ちになった。
「大丈夫? だったら、変なこと言わないように!」
そっと手を離し、釘をさす。本当なら、少し力を込めるだけでも手の骨を粉々に握りつぶすことくらい、わけはないのだ。
それを、優しく柔らかく握って、二人の目を覚まさせる。
「ご、ごめん。本当に悪気はなかったんだ。ただ、少しだけ気になったもんだから」
「俺も悪かったよ。この街で竜人族に会って、もしやって思っただけなんだよ」
竜人族以外の種族を知らないのなら仕方ない、といったところか。冗談半分ということは、本気半分ということだ。世間の狭さに気づいていない、ということなのだろう。ここは笑って許すのがいい女なのだと結論づけた。
「ま、そんなことだろうと思ったよ。別にいいけどさ、女の子には言わないのがいい男だと思うぞ。なんてね」
一足先にギルドの本部に入っていくエルリッヒを見つめながら、その耳には聞こえないような小声で、ゲートムントが囁いた。
「なあツァイネ、さっきエルちゃんに手を握られたの、貸し一つだからな」
「そ、それはひどくない? 狙ってやったんじゃないんだし」
二人はエルリッヒが手を握ってきたことについての議論を繰り広げていた。当人にとっては大したことではなかったが、恋心を抱く二人には大問題だった。もっとも、エルリッヒ自身もそれをわかってやったという一面はあるのだが。
期せずしてゲートムントの嫉妬を買うことになってしまったツァイネ。哀れというべきか、役得だったというべきか、それは誰にもわからない。
軽いわだかまりを残しつつ、二人も本部の中に入っていった。
「こんにちは〜!」
窓からの光が差し込む広間、光の差さない燭台の明かりが頼りの角、そしてざわつく食事用のテーブル。ギルド本部に明るい挨拶が響く。
ここは国中の猛者が集うギルドの本部施設であり、依頼の受注から道具の調達、果ては武具の調整まで、必要なことは全て揃うのではというほどの一大複合施設となっていた。
そして、まさに一獲千金富と名声を得んがため、国の治安を守るため、いかつい鎧に身を包んだ戦士たちが闊歩している場所でもあった。
エルリッヒの声が響き渡ったのは、そんな殺伐とした場所だった。
何しろここは普段自分達が暮らしている国とは違い、人間だけでなく竜人族の戦士も混じっている。その顔ぶれに初めは圧倒されていたゲートムントたちも、今ではすっかり慣れっこの様子で、遠慮のない様子で入っていった。
しかし、エルリッヒもまた、物怖じすることなくその荒くれたちの集う施設にいた。そして、ひとしきりカウンターを眺めると、つかつかと歩を進めて行った。
「??? エルちゃん、カウンターに行って、何か用でもあんのかな」
「まさか、依頼の受注じゃ、ないよねー。せっかくフライパンを新調したんだし」
という二人の不安をよそに、エルリッヒの足はカウンターの受付嬢に向かっていた。そして、相変わらず元気のいい挨拶が飛ぶ。
「久しぶり、シエナ!」
「ギルドの受付カウンターにようこそ! って、エルじゃん! どうしたのさ!」
そこに座っていたのは、竜人族の若い娘。いや、人間の年齢で数えれば若くないのかもしれないが、とにかく見かけは若い娘だった。どうやら、エルリッヒの知り合いらしかった。
その顔の広さに驚くとともに、この旅で初めて見せた「女の子同士の笑顔」に癒される二人なのであった。
〜続く〜




